仁宣王朝――――――洪熙帝と宣徳帝の二代に渡る名君の治世
洪熙帝の治世はわずか1年だが、その治世は仁政であり、 恤民を主眼にした政策と記録に残されている。永楽帝が外征している間、 監国として長く内政の実務を取り仕切り、明朝興隆の実を上げており、英主の実績を残している。 永楽帝期の過度な膨張政策と恐怖政治を緩和し、 民衆に休息の時間を与えた。
後を継いだ宣徳帝の治世は洪熙帝と並んで 永楽帝以後の休養期にあたり、仁宣の治と呼ばれ、明の絶頂期と歴史家は評価している。 宣徳帝は内政に努め、また経営維持が困難となっていた満州直営を放棄、またベトナムからの 撤兵を決定する。その一方で鄭和による南方航海を再開した。 これは版土の単純な縮小を意味すものではなく、永楽帝期に膨張した領土を 取捨選択し、国内の行政整理を目的とした政策であった。
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仁宣王朝