汐の前髪が目にかかるようになってきた。
聞けば、今までは早苗さんが散髪してくれてたということだった。
金曜日の帰りがけ、早苗さんに道具一式を借りて、今日、俺が散髪にチャレンジすることにした。
できるようなら道具も買うか。
「汐、じっとしてろ」
ちょっと緊張するな。
「うんっ」
汐も真剣な顔だ。
眉の下あたりでいいかな。
左目の上あたりを真横に切る。
じょき。
なんだ、簡単じゃないか。
次は右目の上。
じょき。
ん? ちょっと足りないか。もう少し。
じょき。
やべ。切り過ぎた。もうちょっと左の上も…。
じょき。
結局眉が出たくらいで揃った。
「ふぅ」
「汐、髪のばしたいか?」
「ううん。いつものがいい」
「んじゃ、後ろも切るな」
「うんっ」
リボンをほどいて、髪を梳かしてやる。
髪の柔らかさは、渚似だ。
肩の上あたりだよな。
前髪と同じように真横に切る。
じょき。
ありゃ。前髪のようにはいかないな。
そうか、髪の量が違うんだ。
前髪より抵抗が大きい。ちょっと力を入れる。
じょき。
ありゃ。髪が動いて斜になってしまった。
じょき、じょき。
なかなか上手くいかないな。
(しまった!)
今まで真横に切っていた。普通は外側になだらかになってるよな。
散髪屋のように髪を持って少しずつ切ればよかったのか。
今からでもそのようにするしかないか。
じょき。じょき。じょき。
……。
…。
日曜日の夕方、いつものように古河パンを訪れる。
「ちっす」
「汐、よく来た………な」
「あっきーっ」
いつものように汐がオッサンの足に抱きつく。
「小僧、……おい」
「あぁ」
言いたいことは、…わかる。
「う、汐、……かっこいーじゃねーかっ!」
「かっこいい?」
汐が首をかしげる。
まだ誰からも感想をもらってないから、自分ではわからないか。
途中でやめて早苗さんに頼むなり、散髪屋に行くなりすればよかったんだろう。
気がつけば、よく言えばボーイッシュ、正直に言えばザンギリ頭としか言いようがなかった。
頭をたたけば文明開化の音がしそうだ。
「朋也さん、汐、いらっしゃいませっ」
エプロンをつけた早苗さんが奥から現れた。
「ちぃす」
「さなえさん、こんばんわっ」
「まぁ、汐、……かっこいいですねっ」
「えへへっ」
汐が早苗さんに抱きつく。
「すんません。せっかくお借りしたのに、失敗しちゃいました」
「いえっ、そんなことないですよっ。ね、汐ちゃん、かっこいいですよっ」
「ほんと?」
「はいっ。パパが切ってくれたんですねっ」
「うんっ」
あぁ、笑顔が突き刺さる。
……。
…。
「汐ちゃん、失恋でもしたの?」
「俺が切ったんだよ」
「うわっ。……でも汐ちゃん、嬉しそうね」
友達に囲まれる汐。
「うしおちゃん、すげー」
「かっこいいっ、おかぴー」
「えへへっ」
ボタンが汐に寄って来た。
「ぶひぶひっ」
「なべ、いけー」
汐がボタンに飛び乗った。
「ぶひーーっ」
汐を乗せたボタンがグラウンドを駆け回る。
「や、野生のうしお」
「ジャングルの王者うしお、ちゃん?」
あぁ、同じような事を考えてる。
杏と目が合い、
「「はぁ」」
同時にため息をついた。
「髪を切った女の子に対する感想じゃねーな」
「まぁ、ふたりにはいい経験だし、いい思い出になるんじゃない?」
慰めなのか励ましなのかわからないが、そんなもんかな。
「…そうだな」
それでも、我が娘の将来が不安になる眺めだった。
[END]
初出:「岡崎朋也と汐〜父子家庭の日々〜」スレ 673〜676