星祭り・ヒトデ祭り

「さーさーのーはーさーらさらー、のーきーばーにーゆーれーるー♪」
「そっか、七夕か」
「うんっ。あした、おねがいするんだよ」
「何お願いするんだ?」
「んーとね、まだわかんない」
「はははっ、そっか。汐、七夕って何か知ってるのか?」
「うん。んーっと、……んーっと、……なんだっけ?」
「えーっとな、たしか……、そうだ、織り姫さまと彦星が年に一度会える日だ」
「うんっ。あまのがわであうんだねっ」
「そうそう」
「……」
「……」
 ふたりは空を見上げる。
「ママもおりひめさまとひこぼしさまにあえるかな?」
「……、そうだな、渚なら、ママなら、織り姫さまでも彦星でも仲良くしてるさ」
 ……。
 …。

「こんにちわー」
 いつものように笑顔で挨拶して門をくぐる。
 汐は?
 いた。七夕飾りの前だ。
「汐ーっ」
 声をかけて七夕飾りの方に移動する。
「パパーっ」
 いつものように足に抱きついてきた。
「お願いできたか?」
「うんっ」
 どれどれ?
 色とりどりの短冊。
『Jリーグのせんしゅになれますように』
 がんばれ。
『おおきくなりますように』
 何がだ。
 ……。
『ママとなかよしになってください』
 ……。
 汐、これは反則だぞ。
「ほんと、汐ちゃん、いい子よねー」
 杏が後ろに立っていた。
「本当にあんたの子なの?」
 目尻をふいて振り返る。
「おまえなー、汐の前で言う言葉……か?」
 杏も目尻を押さえていた。
「あのねー、せんせーもパパとおなじこといってた」
「わっ」
 杏があせる。
「なんてだ?」
「ママなら、おりひめさまでもひこぼしさまでも、みんなとなかよしだって」
「そっか。……きっと仲良くしてるさ」
「うんっ」
「杏、ありがとな」
「ちゃんと汐ちゃんの願い、叶えてあげなさいよっ」
「ん?」
「うらっ」
 短冊を裏返す。
 ……。
『ずっとパパといっしょにいれられますように』
 ……。
「ずっとパパと一緒にいれますように、だな」
 汐の頭をくしゃっとかき回す。
「よしっ、ずーーーっと、ずーーーーっとパパといようなっ」
「うんっ」
「あんたっ、汐ちゃんを嫁に出さない気っ?」
「おうよ。誰が嫁になんてやるもんかっ。なー、汐、ずっと一緒だよなーっ」
「うんっ」
「はぁ、バカ親っ」
 ……。
 …。

「ただいまー。うし」
 パーーーンッ!
 パーーーーンッ!
 ……。
 クラッカーか。
「おい」
「おかえりなさーい」
「ただいま、汐」
 ジロっと、にらみつけてやる。
「今日は、一般では星祭りですが……」
 唐突なやつだ。
「本当はヒトデ祭りの日です」
 きっぱりと言い切った。
 ぐわっ。
「なんだこの星の飾り付けはっ」
 いたる所、星、星、星…。
「おりがみは汐がきったんだよー」
「星じゃないです。ヒトデ祭りです」
「はぁ」
 ごろっ。何か蹴ってしまった。
「何だこれは?」
 木彫りの星が数個転がっている。星じゃなくてヒトデなんだろうな。
「蹴るなんて失礼ですっ」
「床に転がってるからだろ? 何に使うんだ? それ」
「和みます」
「これでどう和むんだ?」
「こうやって抱いていると、……」
 トリップされてしまった。
 ……。
 …。

 風呂場で着替えて戻ると、まだ風子はトリップしていた。
 汐も慣れたもので、テレビに夢中だ。
 ん?
 テーブルの上に3つの透明なタッパが置かれている。
 中身は、…料理か。
「はっ」
「気がついたか?」
「このように誰でも和んでしまいます」
「おまえだけだよ」
「わっ、ヘンな人が変態してますっ」
「てめっ、言うにこと欠いて、変態とはなんだっ」
「変態とは、動物の形が変わる事です。風子は物知りだから怒りません」
「むっ。…それはそうと、これはなんだ?」
 テーブルの上を指差す。
「ヒトデ祭りのオードブルです。お姉ちゃん指導、風子作です」
「風子作ぅ」
 ふむ。
「岡崎さんはもうオードブルの虜です」
 ちょっと焦げた卵焼き。
 いびつなタコさんウインナー。
 見た目はなるほど、風子作だ。
「……」
 ま、いっか。
 この飾り付けといい、料理といい、風子の本気が伝わってくる。
「皿に盛ってやるからな」
 俺がタッパを持って立ち上がると、
「あっ、風子がやりますっ!」
 流しまでついてきた。

 落としそうになりながらも、一生懸命料理を移している。
「温めるやつは別にしておけよ」
「え? そんなのわかってますっ」
 わかってなかったんだろう。皿に乗せた唐揚げをもう一枚の皿に乗せ変えている。
 ふと気づいた。
「おまえ、その手どうした?」
 あちこちに絆創膏。何本かの指に包帯を巻いていた。
「!」
 慌てて両手を後ろに隠す。
「おまえ、不器用だな」
「風子、不器用じゃないです。どちらかというと器用な方です」
「そんな手でよく言うな」
「風子だからこの程度で済んだんです。岡崎さんなら手首が飛んでます」
「指じゃなくて手首かよっ」
 呆れつつも、埋まった皿をテーブルに運ぶ。
 タッパを洗い、水切りに置く。
 揚げ物の皿はレンジでチン。
 その間に、風子が小皿と割り箸、コップとジュースを運ぶ。
 その姿は小動物が走り回っているようだ。
 最後に俺がビールを持ってテーブルに着く。

「で、ヒトデ祭りなんだな?」
「はい、ヒトデ祭りです」
「それじゃ、祭りの始まりは風子がやらないとな」
「風子が何故そんなことしなくちゃいけないんですか?」
「俺はヒトデ祭りなんて知らないぞ。汐知ってるか?」
「しらない」
「岡崎さんがヒトデ踊りを踊るんじゃないんですか?」
「そんな踊り知らねーよっ」
 あぁ、かみ合わないのはいつものことだが、やはり頭が痛い。
「しょうがないです。始まりって何をすればいいんですか?」
「そうだな、……開会宣言でも開幕の言葉でもいいけど、無難なところで乾杯の音頭でいいんじゃねーか?」
「乾杯の音頭ってなんですか?」
 そっか、こいつはそういう事知らないか。
「例えばだな、
『あっ、あーー、この度はご指名を受けましたので僭越ながら私めが乾杯の音頭を取らさせて頂きます。
 ヒトデ祭りの成功を祈念しまして、かんぱーーーーーいっ』
 ってな感じだ?」
「……」
 すっげー嫌そうな顔をされてしまいました。
「パパ、おもしろーいっ」
「ほら、受けてるぞ。やってみろ」
「嫌ですっ。そんなヘンなのは岡崎さんだけで十分です」
「仕方ねーな。『ヒトデ祭りを始めます。かんぱーい』でいいからさ。何かないと締まらないだろ」
「そのくらいでしたら」
 風子がコップを持ち、俺を汐を見て、
「では、ヒトデ祭りを始めます。ヒトデに乾杯ですっ」
「乾杯っ!」
「かんぱーいっ」
 そんなものに乾杯したくなかったが、ここは大人しくしておこう。
 ぷはーっ。ビールが美味い。
 唐揚げをひとつつまむ。
「おっ? 意外に美味いぞ」
「うん、おいしい」
「汐はお世辞は言わないからな」
 見てくれはともかく、柔らかく揚がっている。
「…風子の腕をもってすれば、当然です」
 だったら顔が赤くなってるのはなんだ?
 公子さん、大変だったろうな。
 ……。
 …。

 で、やることはいつもと変わらないわけだ。
 今日もトランプ大会になった。
 俺はそれを眺めながらテーブルでビールを飲む。
 いつもふたりきりの夕食にひとり加わるだけで、なんだか華やかな感じだな。
 風子なのにな。
 こいつも一応女ってとこか。

 冷蔵庫に新しいビールを取りに行こうとすると、電話が鳴った。
「はい、岡崎です」
『こんばんは。芳野です。ふぅちゃん、おじゃましてますよね』
 ん? あ、公子さんか。
「はい、来てますよ。なんだかえらく気合いが入ってましたけど……」
『平日にご迷惑かと思いましたけど、ふぅちゃんがどうしてもって聞かなくて、…すみません』
「いえいえ、別にかまわないです。料理まで頂いて恐縮です」
『本当にご迷惑をおかけします』
「それは置いといて、ヒトデ祭りって何かご存知ですか?」
『いえ、わたしもよく分からないんですが……、
 2週間ほど前に商店街に一緒に行ったときに、七夕の星祭りのポスターを見たんです。
 そうしたら「ヒトデ祭りです」って言って、ふぅちゃん帰ってからヒトデを彫り出したんです』
「彫り出す?」
『あ、木のヒトデ持って行ってないですか?』
「あー、ありますあります」
 3個あるな。これを彫って、料理して、飾り付けまで作って……。
 なにが風子にそこまでさせるんだろう。
『本当に一生懸命彫ってたんです。だから止められなくて…。本当にすみません』
「いえ、本当にかまわないです。俺も風子がただフザケてるだけじゃないんだろうなって思いましたから」
『ありがとうございます』
「遅くならないうちに、タクシーでも呼んで帰らせますね」
 そんなに遠くではないとはいえ、一応妙齢の女性、というか女の子をひとりで帰らせるのは気が引ける。
『そうして頂けると助かります』
「はい。まかせてください」
『では失礼します。くれぐれもよろしくお願いします』

 電話を切って、木彫りのヒトデをひとつ拾い上げる。
 なんでこんなもん作ったんだろうな。
「ヒトデの魅力には、誰も逆らえません」
 ゲームが一段落ついたのだろう。
 風子は木彫りのヒトデをひとつ拾って、真剣な顔で汐の前に突き出した。
「汐ちゃん、これあげます」
「え?」
「もらってください」
 汐がこっちを見る。もらっていいの? と聞いてるのだ。
「汐、もらっていいぞ」
「うんっ。ふぅちゃん、ありがとー」
 にこっと笑って受け取った。
「かわいいですか?」
「うんっ、かわいいっ」
 風子の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「岡崎さん」
 今度は俺の番か?
「それ返してください」
 思わずずり落ちそうになった。
「いらねーよっ」
 持っている木彫りを投げ渡す。
「わっ」
 風子は両手で抱えるように受け取った。
「もうっ、最悪ですっ」
 ぷんっと拗ねる。
「これは……」
 風子は立ち上がって、渚の写真の前にヒトデを掲げた。
「岡崎さん、渚さんにこのヒトデあげてもいいですか」
「おまえ……」
「渚さんにも和んで欲しいです」
「……、あぁ、いいぞ」
 渚なら喜んで受け取っただろう。あいつが断るはずがない。
「ありがとうございます」
 風子は渚の写真の横にヒトデを置いて、写真を見つめる。
「渚さん、お姉ちゃんに渚さんのこと、たくさん教えてもらいました。
 ……風子は渚さんと遊びたかったです。
 渚さんと汐ちゃんと一緒に、おまけで岡崎さんも一緒に、ヒトデ祭りしたかったです」
 俺は風子の横に並んで渚の写真を見つめた。
 ぽんっと、風子の頭に手を載せてやる。
「なんですか?」
「ありがとな。渚のかわりだ」
「そうですか。そこはかとなく最悪ですが我慢します」
「そうかよ」
「はい」
 ……。
 …。

 しかし……。
 おい、いくらなんでも無防備過ぎじゃねーか?
 風呂から汐のはしゃぐ声が聞こえる。
「汐ちゃん、目つぶってください。お湯かけますっ」
「はいっ」
「んーっ。汐ちゃん、可愛いですっ」
 あぁ、公子さん。
 風子が帰っても勘違いしないでくださいね。
「パパもいっしょにはいろーっ」
 汐がお呼びだ。
「おー、今行くぞーっ」
「岡崎さんっ、来たらヒトデ神の呪いが一生つきまといますっ」
 はいはい。行かねーよ。
 ……。
 …。

 いつもと違う夜に興奮してたんだろう。
 普段より30分遅れで汐が目をこすりはじめた。
 布団を敷いて寝かすと、風子が汐の横でよくわからない節で歌い始めた。
「汐ちゃん良い子だねんねしなー♪」
「すぅ」
 程なく寝息をたて始める。
「汐ちゃん寝ちゃいました」
 汐の枕もとには木彫りのヒトデ。
 風子はやさしく汐の髪をなでる。
 汐を見つめているその横顔はとても穏やかで、いつもと違う印象を感じさせた。
 顔は全然違うけど、それはまるで…。
「……」
 おい。相手は風子だぞ。
 缶ビール三本で、酔ってしまったのだろうか。
「岡崎さん」
「なんだ」
「最後のひとつは、岡崎さん、もらってください」
 風子は床に転がっていた最後のヒトデを、俺に差し出していた。
 このヒトデは……。
 ようやくわかった。
 このヒトデは風子の本気の気持ちだ。
 愛とか好意とか、そういうのも含めて一切合切の純粋な気持ちなんだ。
 俺は……。
 俺はこれを、受け取って、……いいんだろうか。

  受け取る
 →受け取らない

『朋也くん。だめです』
 そう、渚なら絶対そう言う。
『断ったらふぅちゃん、かわいそうです』
「……そうだな、断ったら渚に怒られるな」
 俺はヒトデを受け取った。
「ありがとな。渚と汐とお揃いだな」
「はい。和みまくってください」
 風子の満足そうな顔に、心からありがたく思えた。
「ん?」
 俺のヒトデは他のふたつに比べて……、
「これ、なんだかゴツゴツしてるな」
「あっ、それは……」
「それは?」
「最初に作ったヒトデですから……」
「……、あぁ、形の悪いのは俺で、良いのは渚と汐に、ってことか」
「いえ、そういう訳じゃないです」
「ん? じゃあどういう訳だ?」
「あ」
 すんごく嫌そうな顔だ。
「いえ。そういう訳でいいですっ」
「……」
 ま、深く追求するのはやめておこう。
 ……。
 …。

 袋に入れたタッパを風子に持たせる。
 風子はちょっと泣きそうな顔だ。
「だいじょうぶか?」
「なにがですか?」
「タクシー」
「風子、子供じゃないです。タクシーくらい乗れますっ」
 こりゃ、ダメだ。
 でも公子さんに頼まれているとおり、甘やかさない方がいいんだろうな。
「だったら乗れ」
「言われなくても、乗ります」
 それでもおそるおそる乗り込んだ。
 俺は運転席に回って、運転手に目的地の住所と目標を告げる。
「あー、そこならわかります」
「よろしくお願いします」
 後ろの席に回って、風子に別れを告げる。
「今日はありがとうな」
「今日のところは大人しく汐ちゃんをあずけますが、次はないです」
「わかったわかった。では、お願いしますっ」
 すぐにタクシーは見えなくなった。
 ……。
 …。

 電話すると、すぐに公子さんが出た。
『はい、伊吹です』
「岡崎です。今タクシーで送り出しましたから」
『ありがとうございます。あの、ふぅちゃん、ひとりでタクシーに乗るの初めてなんです。大丈夫でした?』
「はい、大人しく乗りましたよ。運転手に住所も教えましたから、大丈夫だと思います」
『そうですか。何から何まですみません』
「いえ、それで、俺も心配なんで、着いたら電話いただけますか?」
『はい、わかりました』

 電話を終えて周りをみると……。
 やっぱ片付けるの、俺だよな。
 貼付けてある折り紙をはがし、紙袋につめる。
 後で汐が遊ぶだろう。
 皿を全部オケに漬ける。
 風呂場に移動したところで……。
 ぐわっ。
 あいつ本当に俺と同じ年の女性か?
 ブラが入り口に落ちていた。

 電話が鳴り、飛びつく。
『岡崎さん、芳野です。今ふぅちゃん帰りました。本当にありがとうございました』
「それはよかったです。あの、公子さん……」
『はい』
「あの、…ですね……」
『なんでしょう?』
「どんなことがあっても、俺と風子の間には何もなかったですからっ」
『はぁ。それはどういう…』
「えっとですね……」
 俺は全てを正直に話した。
 ……。
 …。

「ふぅ」
 なんで俺がこんなに焦らにゃいけないんだ?
 冷や汗をシャワーで流して、一息つく。
 洗い物は明日だ。
 ブラは汚れてなさそうだから、紙袋に入れて押し入れに放り込む。
 渚よりも小さいのか……。
「って、何考えてんだっ」
 目がさえてしまった。
 もう一本、缶ビールを開ける。
「……」
 3人いると、ホント雰囲気が違うもんだな。
 渚、慣れたつもりだったけど、やっぱ寂しいぞ。
「……」
 安らかな汐の寝顔。
「ふっ」
 自然と笑みがこぼれる。
 泣き言を言ってられないよな。
 今日はいっぱい渚のこと思い出したな。
 いつもより渚が身近に感じられるよ。
 ヒトデを指ではじく。
 ちょっとだけ風子に感謝。
 風子のヒトデの隣に、渚の写真。
 写真の渚は、とても喜んでいるように見えた。

[END]


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