へんさん ちゅうしゃく
大乗仏教運動の進展にともなって大乗経典も数多く編纂され、やがて二世紀頃から経典の注釈が |
りゅうじゅ ちゅうろん だいちどろん
行われるようになり、竜樹等の論師が出てきました。竜樹は、『中論』をはじめ『大智度論』や |
じゅうじゅうびばしゃろん くう
『十住毘婆沙論』等を著して「空」の教えを大成し、大乗仏教思想の基礎を築きました。これにより |
竜樹は、中国や日本の多くの宗派から開祖と仰がれ、「八宗の祖」といわれています。 |
ちゅうかんは
竜樹の後継者たちは、主に『中論』を中心に研究したので、その系統は「中観派」と呼ばれています。 |
むじゃく せしん ゆいしき せんよう
その後、四世紀になると、無著や世親(天親)等の論師が出て、唯識思想を大成し、大乗教の宣揚 |
に努めました。この系統を受け継ぐ弟子たちは「唯識派」と称され、「中観派」とともに二大学派が |
しきさい
形成されて、学問仏教としての色彩が強まっていきました。 |
じゅじゅつてき お
しかし、六世紀に入ると、仏教は呪術的・神秘的傾向を帯びて密教化し。土俗信仰であるヒンドゥー教 |
の影響を強く受け次第に吸収されていきました。さらに十一世紀頃からイスラムがインドに進出し、 |
のが
イスラム教徒の攻撃によって、多くの僧がネパール、チベットに逃れるようになりました。 |
そうに さつりく
イスラム教徒は、仏教僧院の破壊や僧尼の殺戮を行い、一二〇三年には、インド仏教の中心的寺院 |
とりで
であり最後の砦であったヴィクラマシラー僧院を破壊し、これによってインドの仏教は消滅しました。
|