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仏法の教義や道理を学ぶことによって、我見や疑惑のない正しい信心を培い、折伏に必要な知識などを身につけることができます。 また、教学が深まれば、悪縁に遭っても、紛動されることがなくなります。そのためには、御書の拝読をはじめ、宗門機関紙の活用、講義・勉強会などへ積極的に参加することが大切です。
日蓮大聖人の教えの多くは、「御書」によって学ぶことができます。 御書とは、宗祖大聖人が書き遺された御書状のことで、現在大石寺より出版されている『平成新編日蓮大聖人御書』には、約五百篇に及ぶ御書が集録されています。本宗ではこの御書を鑑として信・行・学の研鑽に努めているのです。 第二祖日興上人は『遺誡置文』において、 「当門流に於いては御抄を心肝に染め極理を師伝にして」(新編一八八四) と教示されています。すなわち、御本仏大聖人の御金言である御書の一文一句を心肝に染めることは、信仰のうえから大切であり、それには仏法の極理を師伝された御法主上人の御指南に随順して、はじめて正しく理解することができるのです。 したがって、本宗の教学の研鑽は、師弟の筋目を正して習うことがもっとも肝要なのです。
本宗の機関誌紙には、宗門発行の「大日蓮」と法華講連合会発行の「大白法」などがあります。これらには御法主上人の御説法や御指南をはじめとして、僧侶による布教講演や信徒の信仰体験などが掲載されています。特に御法主上人の御指南や御説法は、日蓮正宗の信仰の指針となるものであり、法華講員一人ひとりの信心の啓発と増進をはかり、教学力を高めるものですから、努めて拝読するよう心がけるべきです。 また宗門からは、信仰の増進と折伏弘教の推進に役立つよう、さまざまな布教書が出版されています。
総本山や末寺で行われる講義や勉強会への参加は、教学を深めていくものです。 大聖人の仏法は、師伝によって正しく学ぶことが大切です。現在における仏法上の師匠は、御当代法主上人であり、その御法主上人の御講義を拝聴できる機会があれば求道心をもって参加すべきです。また、末寺において行われる勉強会などは、御法主上人の御意を体した僧侶によるものですから、積極的に参加し、真剣に取り組むことが大切です。 講義や勉強会は教学面ばかりでなく、正しい信心のあり方を学び、信仰を深める指導の場でもありますから、信心向上のために大いに参加すべきです。 教学がすすめば、信も深まり、折伏にも意欲が湧いてきます。日々の研鑽によって仏法の裏付けとなる道理を身につけ、正法への確信を深めてさらなる折伏弘教に邁進していきましょう。
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信仰の志を三宝に奉(たてまつ)ることをいいます。 仏典には二種供養 三業(さんごう)供養 事理(じり)供養をはじめ、多種の供養が説かれていますが、大別すれば、「法(ほう)供養」と「財(ざい)供養」に分けることができます。法供養とは、仏の所説に従って正法を弘め、人々を教化 利益することであり、現代においては、さまざまな障害のなかで折伏弘教に励むことがこれにあたります。財供養とは、食物や衣類 香華(こうげ) 資材などを供養することであり、これらによって仏法の法灯(ほうとう)が護られ、ひいては衆生を利益していくという意義があります。 御本尊の讃文(さんもん)には、「供養すること有らん者は福十号に過ぐ」と認(したた)められているように、末法の正しい三宝に供養するならば、仏がそなえる十種の徳よりも大きな功徳を積むことができると示されています。 大聖人は、 「ただ一つきて候(そうろう)衣を法華経にまいらせ候が、身のかわ(皮)をはぐにて候ぞ。う(飢)へたるよ(世)に、これはな(離)しては、けう(今日)の命をつぐべき物もなきに、ただひとつ候ご(御)れう(料)を仏にまいらせ候が、身命を仏にまいらせ候にて候ぞ」(白米一俵 はくまいいっぴょう 御書 新編一五四四) と仰せられ、真心を込めた財物の御供養は、命を仏に捧(ささ)げるほどの尊い行為であると教示され ています。 伊豆や佐渡配流(はいる)のおりには、船守弥三郎(ふなもりやさぶろう)や阿仏房(あぶつぼう) たちが身の危険を顧(かえり)みず食物などを大聖人に奉(たてまつ)り、献身的に給仕に励まれました。また、南条時光は幕府の弾圧によって経済的に逼迫(ひっぱく)したなかにありながらも、身延におられる大聖人に対し種々の御供養を尽くされました。このほかにも四条金吾をはじめ多くの信徒たちが、末法の御本物大聖人に対し真心の御供養を申し上げ、外護(げご)の任をまっとうしてきたのです。 大聖人は、 「度々(たびたび)の御供養は、法華経並びに釈迦尊の御恩を報じ給(たま)ふに成るべく候。弥(いよいよ)はげませ給ふべし、懈(おこた)ることなかれ」(新池 にいけ 御書 新編一四五七) と仰せられ、仏の広大な恩に報いていくためにも御供養に励むべきことを教えられています。 仏がそなえる十種の徳 1 如 来ーーー根本の真理を体得した覚者 2 応 供ーーー供養に応ずる資格のある覚者 3 正遍知ーーー諸法を正しく遍く知る智慧を有する覚者 4 明行足ーーー宿命明などの三明の行を具足する覚者 5 善 逝ーーー涅槃へ善く逝き至る覚者 6 世間解ーーー世間を通達し理解しきった覚者 7 無上士ーーー一切衆生の中で最上の覚者 8 調御丈夫ーー衆生の心身を調えて善導していく覚者 9 天人師ーーー天界 人界の師匠である覚者 10仏世尊ーーー智徳円満で世に尊崇される覚者 |
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日蓮大聖人の仏法が、全世界に流布することを「広宣流布」といいます。
広宣流布の様相について大聖人は、
「妙法独りはむ昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば、吹く風枝をならさず、雨土くれをくだかず、代はぎのうの世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、人法共に不老不死の理顕はれん時を各々御らんぜよ、現世安穏の証文疑ひ有るべからざる者なり」(如説修行抄 新編六七一)と教示されています。
すなわち、日蓮大聖人の仏法が広宣流布したときには、自然界の働きも平穏なものとなり、個人においても災いを払い、長寿を保つことができ、社会においても真の平和を築くことができると仰せられています。
この広宣流布の実現は、御本仏大聖人の御遺命であり、正系門下である日蓮正宗僧俗が夢寐にも忘れてはならない一大願業です。
大聖人は広宣流布について、
「広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」(諸法実相抄 新編六六六)
と仰せられ、末法において未来万年までも全世界にこの南無妙法蓮華経が流布されていくことを示されています。法華経「薬王品第23」にも、「我が減度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」 (開結五三九)
と、末法濁悪の世において正法が、未来永劫にわたり日本一国のみならず一閻浮提に流布されていくことを説かれています。
この大聖人が御遺命された広宣流布の実現に向かって精進する精神は第二祖日興上人に厳然と受け継がれ、日興上人は「遺誡置文」に、「未だ広宣流布せざる間は身命を捨てて随力弘通を致すべき事」
と示され、門下一同に対し不惜身命の折伏弘通を厳命されています。
したがって、広宣流布の実現に向けて折伏弘教に挺身することこそ、日蓮正宗僧俗の使命なのです。 |