うめぎくにょ 大聖人は幼名を善日麿と称されます。その名前の由来は、大聖人の母、梅菊女が、大聖人の誕生時 |
| にご覧になられた夢に由来しています。『産湯相承事』(御書1708ページ)には、まず大聖人のご両親 |
| が、大聖人ご懐妊のときにご覧になった不思議な夢について記されています。 |
| ひえいざん いただき 母の梅菊女は、比叡山の頂に腰掛け、琵琶湖の水で手を洗うと、富士山から太陽が昇り、その日輪 |
| みくにのたいふ こ くうぞうぼさつ を梅菊女が懐くというものでした。またこのとき、大聖人の父、三国太夫も、夢に、虚空蔵菩薩が肩の |
| じょうぎょう 上に見目美しい子供を乗せて現れ、「この子は上 行菩薩といい、一切衆生を導く大導師である。 |
| この子を汝に授ける」と言われたというものでした。 |
| ぼんてん たいしゃく また、大聖人ご誕生時にも梅菊女は不思議な夢をご覧になられました。それは梵天・帝釈等の諸天 |
| ぜんざい ぜんにちどうじ まっぽうきょうしゅ しょう
しゃかぶつ 善神が現れて、「善哉善哉、善日童子、末法 教 主 勝 釈迦仏」と三度唱え、礼をして去っていかれたと |
いうものです。 |
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まろ それにより、大聖人は「善日麿」と名付けられたということです。ちなみに「麿」とは、鎌倉時代では |
子供を示す言葉です。 |
さらに大聖人は、この母の夢について、母の物語と思ってはならない。仏の言葉と拝しなさいと、 |
| 日興上人に語られました。つまり「善日」という名は大聖人ご誕生以前より、諸天をして、そのように |
| 呼称されていたということです。 |
| せいちょうじ どうぜんぼう 善日麿は十六歳の時、清澄寺の道善房を師として出家し、「是聖房蓮長」と名乗られました。 |
| じょうけんぼう ぎじょうぼう くんとう 蓮長は清澄寺において、師匠や先輩の浄顕房・義浄房などから薫陶を受け、勉学に励まれました。 |
| そこで蓮長は仏教の盛んな日本で何故戦乱や天変が続くのか等の原因を深く尋ねるため、鎌倉や |
比叡山に学ばれました。蓮長はその研鑽の中で、釈尊の説く仏法の本懐は法華経であり、その |
法華経に予証された末法の一切衆生を救う上行菩薩こそ日本に生まれた自分であるとの確信を |
| もと 深められたのです。しかも是聖房の「是」とは、「日」の「下」の「人」と表記されるのです。 |
| さらに蓮長は、 |
| 「日本第一の智者となし給へ」(御書 443ページ) |
| ため 「末代の衆生の為には何をもって本尊とすべき(趣意)」 |
| ほうじゅ 等と虚空蔵菩薩に願いを立てられました。すると虚空蔵菩薩より「智慧の宝珠」を右手に賜り、 |
| 一切経の勝劣・浅深が手に取るように明らかとなり、また本尊については、 |
| 「汝の身を本尊とせよ、明星の池を見給え(趣意)」 |
| と告げられたということです。そこで蓮長は御自分の姿を「明星の池」に写したところ、そこには |
| まんだら さんだいひほう こうせんるふ 大曼荼羅本尊が現れ、末法の一切衆生を救済する方法は三大秘法の広宣流布であるという |
| 確信を得られるのです。 |
「日蓮」の名乗り |
| けんちょう 御自分こそ、末法の一切衆生を救済する仏であるとの確証を得られた蓮長は、建長五(1253) |
| げしゅ 年三十二歳の御時、下種仏法の立宗を宣言あそばされました。このときに当たって、「蓮長」の |
| 名を「日蓮」と改められました。 |
| じゅんえん まず三月二十八日に順縁というべき、師匠の道善房と少々の大衆に御法門を示し、また |
| ぎゃくえん ごう 四月二十八日には、逆縁の衆生を導くため念仏の強信者等にも念仏無間等の法門を説かれました。 |
| とうじょう あっく それにより、怒った念仏者等は大聖人に刀杖を加え、悪口を浴びせましたが、大聖人の信念は |
| 決してゆらぐことはありませんでした。 |
| けどう 法華経には末法出現の御本仏の衆生救済の御化導について、次のように記されています。 |
| よ もろもろ ゆうみょう ごと こ 「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」 |
(法華経 516ページ) |
| あ 「世間の法に染まざること 蓮華の水に在るが如し」(同 425ページ) |
つまり、日月の光明が一切世間を平等に照らして、闇を除くように、末法出現の御本仏は、 |
人として世に生まれ、そのお振る舞いは、まさに太陽のような存在として一切衆生の闇を除くので |
あると。またその仏は汚泥のような世間の中にあって、常に清らかな蓮華のごとくであると、予言 |
されているのです。 |
また大聖人御自ら『四条金吾殿女房御返事』に、 |
「明らかなる事日月にすぎんや。 浄き事蓮華にまさるべきや。 法華経は日月と蓮華となり。 |
故に妙法蓮華経と名づく。 日蓮又日月と蓮華との如くなり」(御書 464ページ) |
と、日蓮こそ法華経に予言された本仏であり、日月のごとく衆生の闇を照らし、濁悪の世にあって |
常に蓮華のごとく清らかに法を説くのであると御教示です。 |
このように、「日蓮」の名とはすなわち御本仏の名称なのです。 |
さらに、日蓮正宗では「日蓮大聖人」と尊称いたしますが、大聖人は、『開目抄』に、 |
| だいにん げてん 「仏世尊は実語の人なり、故に聖人・大人と号す。 外典・外道の中の賢人・聖人・天仙なんど申すは |
実語につけたる名なるべし。 此等の人々に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは申すぞかし」 |
(同 529ページ) |
と仰せられています。すなわち「大聖人」という呼称には、過去から未来にいたる三世の生命を |
正しく見極める「聖人」と、一切衆生を成仏へと導く偉大な仏様という「大人」の意義が込められて |
いるのです。他の日蓮宗等では「聖人」や「大菩薩」という呼称を用いますが、日蓮大聖人が一切に |
勝れた仏であるという意義を顕すことができません。つまり「聖人」という呼称では過去に聖人と |
| くだ 言われた人と同列になり、混同する嫌いがあり、また「大菩薩」では、仏様を「菩薩」と下す謗法と |
なるのです。 |
私たちは、末法の御本仏は「日蓮」の御名前をもって御出現された大聖人以外にはおられない |
という大確信をもって信心に励むことが肝要です。 |