仕事
 4月から働いている。寝具をメインに扱っている問屋の事務員。妊娠前に働いていた別の会社では「社員」だったが今回は「パート」。時給である。社員の方が給料の面ではいいのだが、今はとても無理。mokoがいつ病気になるかわからないし、突然休むことも絶対にある。とても社員としての責任は負えない。まぁ、それ以前に当然雇用主も私のような赤ん坊を抱えた状態の女性を社員として望むはずもないのだが。
 仕事の内容は、オンラインの注文の伝票を発行したり、新商品のデジカメ画像や、スキャンした画像などを利用してJANコード入りのリーフレットを作ったりしてる。これを利用して営業担当が営業に回ったり、注文用の台帳になったりする。ほか、売上集計や在庫のデータ管理。倉庫出しの商品のPOPを作成したり、取引先のWeb発注を受信し完了フラグを立てるまでの管理など。朝から夕方までずっとパソコンの前。いい加減、パソコンに触るのもイヤになって、自宅ではほとんどパソコンをいじることもなかった。
 仕事は忙しいが、今回の職場は周りの人間に恵まれた。会社の社員は男性がほとんどなんだが、職種が違うのであまり接点がない。事務所内にいつもいるのは社長やその息子である部長、人事庶務全般を担う社長の義弟、経理担当の社長の奥様。その方々、皆いい人で、なんというか……パートと言う立場の私にはそれほど多くは望まないのだろう。時間給の間、損しないように暇を与えず働かせようっていう意地悪な人たちでもない。忙しい日はクラクラするくらい忙しいが、のんびりした日もある。自分のペースで事務仕事も出来るので、って言うか全部自分がしなくてはならない内容が多いので、やる気のある時にがーっとやって気乗りしない日は違うことして、と言うやり方が出来るのだ。恵まれた、と言うのはそんな自主性に任せてくれる社長陣営だからである。mokoの発熱で突発的に休んでも出社した日には「お子さん大丈夫〜?」と「嘘のない目」で(多分^_^;)言ってくれる社長である。人間、無理強いさせられなければ自主的に動こうとするもので、迷惑かけた分キッチリ働こうとマジで思うのである。

保育所
 4月から私が仕事に出るために、mokoを保育所に預けることにした。久し振りの出産、しかも高齢になっての出産、無事出産をして育児をはじめてみたらこれがかわいいのなんのって、もう、何しても全てがかわいくって、これって「おばあちゃん的」かも、って自分で認めてしまうくらいのかわいさだ。そんなかわいい我が子一瞬たりとも手放したくないって心境だった。「たまには一人の時間が欲しい」なんて思いは今回まったくなかったのだ!!上の子等だってかわいかったよ、もちろん!でもアノ頃は「たまには映画でもみておいでよ、子供の面倒みておくから」なんてこと旦那に言われたかった。今回はmokoと一緒に過ごすことが最良の時の過ごし方と感じてたもんだから、誰かに子供を預けて自分の時間が欲しいなんて思いもしない。そんな心理状態の私はmokoを預けるのは実はすごく辛かった。子供が寂しがるのでは?と言う心配をしている自分がいちばん寂しかったみたいだ^^;
 しかし、仕事しなくちゃ我が家はピンチ!それが現実。mokoは慣れるまで一週間泣いた。その後も度重なる発熱。集団生活に入ったときはたて続けに病気をもらうって話、そのとおり。しかし困惑しつつも時は勝手に流れ2ヶ月もすると、その後は担任の先生にもどんどん慣れて、同時に私も預けることにどんどん慣れてきた。今は保育所はなかなかいいところだって言えるようになった。まず、子供中心に生活が回ってる。当たり前のようだが、家庭保育では母親は家事をしながら育児だけれど保育所は先生は子供を見るのが仕事で他に仕事はないわけだし。外遊びや生活リズムなど子供のために良いことは生活に組み込まれれている。毎日定時にバランスのとれた食事、定時にお昼寝。健康的な生活させてくれる。我が家のように同じ世代の兄弟がいないmokoにとってはいいことがいっぱい、と感じられるようになった。母親と離れて寂しい想いもしているだろうけれど、何かイイモノも得ていると実感できるようになった。
 それと同時に仕事にも集中できるようになったし。仕事が終わって保育所へ向かう道は恋人に会うようにウキウキ。そして私を見つけると最初は泣きながらハイハイしてきたmoko、最近はパッと笑顔を見せダッシュで駆け寄ってきて抱きついてくる。疲れなんて吹っ飛ぶ!抱っこして自宅まで。mokoの感触と体温と重さ、笑顔となにやらカタコトの言葉に癒される帰り道。

誕生日

 我が家には7月生まれが4人いるのだ。今年の7月は15日がmoko1歳の誕生日なのでこの日に4人まとめて誕生会!4回もやってられないもんね。そんなんで当日はいつもよりデカイ、バースディケーキを注文した。当然主役はmoko、他の三人は【その他大勢】の扱いだったことは言うまでもない。その他大勢の中に夫も含まれていたことも一応記しておこうと思う(^^♪
 そしてワタクシも今月41歳になりました。パチパチ。
「おめでとう」って言われると「めでたくないけどね〜」なんて言ってしまう年ではあるが、いやいや実は誕生日は嬉しいもんで。でも「41歳」って字を見ると自分でビックリ。そんな年になってるなんて〜って言うより、全然そこまで成長できてないじゃないか〜私は。って感じ。知識も記憶も勇気も夢も体力も減ってるよぉ。。。増えたのは、経験の数とシワとシラガ。嗚呼……。
      

今年の我が家
 なんだか、今年はついてないことが多い。去年は阪神優勝やらmoko誕生やらハッピーな空気がいっぱいあったのに今年は1月から家族の病気が次々と襲い掛かってきた。インフルエンザや風邪や考えようによっては重病でないだけ幸いなのかも知れないが、それなりに毎回誰か苦しみ心配し空気は重いものだ。夫は歯医者が長引いたり、同時に息子が骨折したり、mokoが突発やら手足口病やら風邪やらと発熱続き。私自身も6月あたりは病気になってしんどかったりしてた。病気の前半が終わったと思ったらトラブルの後半が始まっている^^;上の子たちだ!ロケット花火事件。停学。警察。夜遊び。ベンツ傷つけ事件。受験生のやばい成績。学校の先生からの電話。こんなんで雰囲気わかるでしょ?もぉ…神妙な顔して「申し訳ありません…」と何度頭を下げたことか。。。トラブルの後半はまだ続行中!頑張れ我が家!
 年回りっていうのかなぁ…我が家の周りの人々、友人だったり親戚だったりするが、あまりいい話もなく何となく今年は沈み年の気がする。今年乗り切って来年に期待するぞぉ〜!

断乳
……最近は「卒乳」と言うらしいが。自分でわかっていたんだけど、mokoの断乳はやはり寂しかった!私の世代で一次出産時代は(1987年に長女出産、その頃のこと)、断乳は1歳誕生で、と言う風潮が今より強めだったような気がする。今は1歳過ぎで十分、目安は1歳3ヶ月くらいまでには……みたいに「ひよこクラブ」で読んだ。それ以上になると賢くなって執着心も増えてきて止めにくくなるから、とも書いてあった。うん、それには賛成。mokoも1歳誕生日から1歳3ヶ月までに断乳を決行しようと決めていた。内心、オッパイはやめたくなかったんだ……理由はただただ、かわいいから。母親の身勝手な理由(^^)…。ところが、その時は突然やってきた!8月27日。1歳1ヶ月のときだ。そろそろオッパイ卒業の空気をmokoに伝えていかなくちゃなぁ〜と何気なく思って、甘えてオッパイを欲しがったmokoが乳首に口をつけたとき「痛い」と言って見た。すごくびっくりしたmokoの表情を見て、ちょっと可哀想かと思い直し再び「いいよ〜大丈夫だよ〜」と言ってお乳を含ませようとしたが、口をつぐみ顔を背ける。あらら、ちょっと言ってみただけだから、ほらほら大丈夫よ〜と何度か優しくオッパイをあげようとしても拒絶。その日の前日までお乳を吸いながら眠りについていたmokoなので夜になれば、忘れているだろうと思ったが眠る前もお乳に口をつけられず、どうやって眠りについていいか分からず泣くばかり。抱いてなんとか眠りに就かせた。翌日もこちらがオッパイをあげようとしても吸うことなく過ぎた。mokoがその気になったのなら、と私もこれを機にやめてしまおう、と決意して昼間パンパンになって痛いオッパイを乳腺炎にならないよう仕事先のトイレで少しだけ絞りだし、痛みに耐えながら一週間。オッパイの張りはおさまってきて、mokoも落ち着いてきた。結局その日その時から一切オッパイは吸わずにmokoの断乳は完了した。切なかったけれど、mokoが一番いい時期に自ら卒業していったんだな〜と感じる断乳だった。現在は(11月3日)食事もモリモリ食べ、私のオッパイを見ると「っぱいっ」と言いニコッと笑い手で触ったりする。私のオッパイは……もののみごとにしぼみ、悲惨な貧乳にもどってしまった。「貧」具合ときたら、出産前よりひどいもんだ!しかし、このオッパイも立派に役目を果たした。仕事は終了したと思ってたのに、十数年してまた働かされてさぞビックリしたことだろうね。ご苦労さま、私の貧乳さん。