MY BABY 出産編

予定日を6日超過してやっと出産
待ちに待ったお腹の赤ちゃんと対面する瞬間の感動
出産から退院までは記憶を手繰り寄せてなので
時間など曖昧なところもあります
陣痛の最中夫と娘が書きとめてくれていたメモをたよりに
出産記録をまとめてみました

2003/7/13 予定日超過4日  予定日が過ぎて4日目…日曜日。
予定日あたりから、10分〜15分間隔でお腹の張りがあったりしたが、数時間すると張りもなくなってしまうという症状があった。しかし身体をよく動かさなくてはと、重くだるい身体を自ら無理やり散歩に連れ出し、張って痛むお腹を「いい兆候」と受け止めながらもへとへとの連日だった。動かなければ、と思うもののちょっと動くと疲れて疲れて(-_-;)。おまけに、前駆陣痛で夜は殆ど眠れないので朝方はくたくたになっていて寝床から起きられない。
 この日も朝は起きられず、午前中布団の中でうとうとしていた。昼過ぎにお腹の痛みで目が覚めた。あれ?張りだけでなく痛みがある…!ん?10分後にまた同じ痛みがある。痛みの長さは30秒ぐらい。それが2時間くらい続いた。この痛みは多分陣痛…って思える痛みだったので明日の入院予定日を待たず今夜入院になるかもしれないと思い入院のために用意していたバックの中身を確認し、当日でなくちゃ入れられないと思っていた化粧水や目覚まし時計もバックに入れた。
 夫に、「ついに来たっぽいよ、今までと違う、パンチを感じる痛みになったから」と話した。ただ、ここ数日入院かも?!と言う雰囲気になり、やっぱりまだだ…ってフライング状態が何度か続いたので「またおさまっちゃうかも知れないよ」とは言っておいた。
 けれど私は、今夜ではなくても明日朝は入院って決まってるし、この痛みは時期が来たって実感できる痛みだからよかったと思っていた。なぜなら、「誘発」って言葉が何だかまだ準備の出来てない子宮を締め上げて準備の出来てない赤ちゃんを無理やり押し出す…ってイメージがあったからだ。
 結局、10分間隔は縮まらず、15分になったり10分になったり、痛みも30秒程度のまま痛みの強さも変わらずその晩はうとうとと眠った。
2003/7/14 入院










点滴開始














陣痛微弱に…
 午前9時前に病院に到着。予定日(9日)の健診の際、13日までに自然な陣痛が来なかったら14日に入院準備をして9時に来てくださいと言われていた。昨日からの遅滞状態の陣痛で自然なお産を待つとしたら、もう数日かかるのかも知れないので、結局、残念ながら誘発、促進分娩となってしまった。
 入院手続きを済ませると早速陣痛室へ案内された。「もう、こちらで点滴で促進剤を入れていきますね。これに着替えてください。」病院衣とお産セット(お産前後に使用する産褥ショーツやナプキンや清浄綿など適当量がセットされたもの)の中から不織布で出来た前開き産褥ショーツに紙おむつMサイズ並みのナプキンを渡され、早速着替える。このショーツ、紙でできたようなものなのでナプキンを挟むとまるで昔の提灯ブルマのピンク版みたいでかなり笑える姿だった。ま、でもそんなこと気にしてる場合でもないし、いつもなら絶対つっこんでくるはずの夫も特にその姿を笑いネタにはしなかった。まさに「いざ出陣」の空気だったわけだ。

 10:00浣腸(-"-)これが…お腹が痛い痛い。痛いついでに出血あり。多分これが「おしるし」なんだろう。ベッドにもどり点滴開始。促進剤を投与される。促進剤の量を10ml/n⇒20ml/n⇒30ml/n⇒……と20分毎に上げていく。11時頃から効果が現れ始める。昼食時には6、7分間隔で痛みが来ていたが、食欲はまあまああって、この後食べられなくなるだろうなぁとも思い殆ど食べた。13時過ぎには80ml/nの設定になっていて急激に陣痛の間隔が縮まってきた。3分〜5分。14時から痛みも強く陣痛が来ると「ふぅ〜、ふぅ〜」と息を吐いて逃す感じになってきた。と、同時にまた何か出たような気がしたので看護婦さんに告げるとリトマス紙のようなもので調べてくれた。「高位破水ですね」とのこと。14時半120ml/n。3分間隔で来る痛みは30秒〜40秒続きその間はかなり強い痛みでトイレに行くのが怖くなる。歩いている間に陣痛がきたらどうしようと思うからだ。15:00〜15:40に感染防止のため抗生剤も同時に点滴する。促進剤はこの日これ以上あげないそうだ。体内に残った促進剤の力で自分の陣痛に勢いをつける、というのが目的で、さて、この後どうなるか。自力でいい陣痛がついてきて一気にお産までこぎつけるか、あるいは痛みが遠のいてしまうか、どっちもあり得るとのこと。それから18:00までは3分間隔がずっと続き痛む時間は40秒〜50秒で痛い!痛みを逃すのに必死になってきた!痛みがくると尾てい骨を夫に圧迫してもらうと楽だったので彼は3分おきに私のお尻を押すハメになった。夫がトイレに行ったときなどは、時計を見て時間を計ってくれていた娘がかわりに押してくれた。

 ところが、18時を過ぎたあたりから、痛みが弱くなってきたのだ。え?このまま陣痛が遠のいてしまうの?不安にかられる。ここまで耐えた気力体力は無駄になる?とかなり焦る。夫と娘がいるうちに少し無理をしてみようと院内を散歩してみることにした。点滴スタンドをがらがらひきながら病室廊下を歩く。途中痛みがくるとうずくまって耐える。3分間隔で陣痛がくるのでこのままいけるかと思い陣痛室へもどるも……痛みは弱くなっていき時間も23時を迎えるころには10分間隔くらいになってしまった。「今夜は無理だと思う、明日があるから家でゆっくり寝てきて」と夫と娘に言う。本当は一人でこんな夜イヤだったけどあきらめてこの夜は体力温存にあて、明日に再挑戦。
2003/7/15 いつ生まれる?











陣痛促進再挑戦












促進剤の威力



























誕生





















初対面
 暗いひとりの陣痛室…ナースステーションの方から私のお腹の赤ちゃんの心音のドップラー音がパカパカと鳴り響く。陣痛はまったくなくなったわけではなく10分間隔で痛みはくる。しかし生理痛の強めくらいのモノになってしまった。そんな夜をうとうとと過ごし明け方5:30内診してもらったが、ナント!「う〜ん、赤ちゃんがまだおりてこないねぇ〜子宮口も一指ちょっとだ。破水してるから陣痛はついてくるはずなんだけどねぇ〜」どっと疲労感。なんで?あそこまで痛い思いをしたのに一指ってなんだ??泣きたくなってきた(>_<)。6:00に抗生剤点滴開始。また浣腸をする。便を出すというよりも、陣痛がつきやすいように浣腸をするらしい…。トイレでまた冷や汗を流しながら浣腸の「効果」と戦い抜き、ベッドへヨタヨタともどる。もうこの時点でくたくただった…今日また一からスタートするなんて…早く赤ちゃんに会いたいけれど気力がなかった……だからと言って「どうしてほしい」と何か希望があるわけでもなく、もうなるようになれ…という感じだった。「今日こそ生まれるだろう」と思う夫や家族の思いさえも私の「苦しみ」より誕生の「喜び」しか待ち望んでない気がしてうんざりしてた。ゴールが見えなくなっていて心の中はささくれていたと思う。

 担当医のK先生が8:00に回診。
「どうですか〜?」
「やっぱり昨夜は陣痛が遠のいてしまいました」
「そう…やっぱりね。でも破水して24時間たってしまうのでもう産まないとね、今日はまた誘発促進剤を入れてどんどん陣痛つけていきますよぉ〜!!頑張ってください〜!(ニコニコ)」
「は、はい…(ひきつりニコニコ)」
あ゛ぁぁぁ……やめたい……と思う気持ちをなんとか「よっしゃ!今日こそやったるで!」って気持ちにもっていくことができずにいた。
 その直後には娘と夫が到着。夫は昨日に続き仕事を休んで来てくれた。仕事先の人には申し訳ないけど来てくれて心強かった。娘も昨日と今日は球技大会とやらで夫の「体調が悪いので欠席します」で今日も来てくれた(^_^;)。ありがとう。
 家族の顔を見たら、ちょっとやる気になってきた。点滴も投与され始めた。前向きに臨むのが今はベスト。前向きだろうと逃げ腰だろうと点滴はどんどん投与されるわけだから。よし頑張るぞっ!!!


  昨日と同じ促進剤を点滴にて投与開始。やはり20分毎に10ml/nずつ上げていく。11時に5分間隔。12時に4分間隔。13時に3分間隔。今日の促進剤効果はテキメンだ!着々と進んで行く。痛みは60秒近く続く。14時頃には呼吸で逃がしてきた痛みに耐え切れず、身体をよじってしまう。痛みがくると夫か娘が腰や尾骨を圧迫してくれてこれが随分陣痛の痛みを和らげてはくれるがもうこの段階ではそれでも痛みがピークの時は息も絶え絶えになってしまう。14:30内診をしてもらう。「う〜んまだだね、でもだいぶ赤ちゃんは降りてきてますよ。でもまだ2指分くらいだからね…もっと陣痛がついてくると一気にいくと思いますけどね。」娘も心配になったらしく、看護婦さんに「それじゃあいったいいつ産まれるんですか?」「こんなに苦しんでいるのにどうにもならないんですか?」などと語気荒く質問攻めにしていた。

 え?????うそ???2指?この痛みで?有り得ない!!過去の記憶が蘇る。お産の痛みはこのくらいパニックになるところでまもなく誕生になるはずなのに。二人目のお産の時なんて予定日の1週間前に2指開いてますって言われたのに。何かオカシイのでは?誘発剤だか促進剤だか知らないけど私の身体に異常に作用してないか?無知な私は朦朧とする意識の中、痛みへの恐怖でそんなことを思い始めた。赤ちゃんは大丈夫なのか?今この痛みで、この先全開大まで陣痛はいったいどんな進行するのか?後から考えれば、赤ちゃんの状態も子宮の状態もきっちりモニターされ監視下で薬の投与が行われ何も怖がる必要などない状況であるのに。そんな不安を夫に言うと「大丈夫だから」と答えてくれる。それを信じて2分後に訪れる身体が破裂しそうな痛みと戦う。もうこの段階では2分間隔で痛みは1分以上続く。つまり痛みが去ったなぁと思うとまだその余韻で痛いまま次の陣痛がくるといった感じ。出産直前の陣痛ではないのか?私には痛みの連続に感じていた。痛みがくると夫の肩につかまり、娘は尾骨を圧迫してくれてる状態で大きく「ふぅぅぅ〜っふぅぅぅぅ〜っ」と息を吐き、吐く息を数えて15回くらいすると痛みが引くので必死に15回を数える。しかし、15時を回る頃呼吸法で逃すこともできなくなり、ついに身体に力が入ってしまい「痛〜いぃぃぃっ。うぅぅぅ〜。もう無理ぃぃ〜」と声に出して身体は突っ張ってしまっていた。限界を感じナースコール。K先生が来る。「どう?痛いですか?」当たり前だぁ〜!!「もう、痛くてだめです…まだまだなんですよね……(息も絶え絶え…)何とかしてください」叱咤されると思いきや、「では、麻酔を少しして無痛というわけではないけど、誘導していくって方法にしましょうか。」と言ってくれた!おぉぉぉぉ!そんな方法があるなら早く言ってくれぇ〜!「お願いします。ごめんなさい」と言いながら、また次の陣痛にのたうちまわっていた。分娩室に行く。お産でなく麻酔のために。分娩室に行くまでに一回、分娩台にあがるまでに数回、分娩台にあがってから数回、指示に従って動きながら陣痛に耐えるのは地獄だった!


 地獄であろうと指示がくる。横向きで背中をまるめろと。やるしかない。まるくなり次の陣痛がくる。「動いちゃだめ!」うそだぁ〜!でも針が別のところに刺さるのはコワイのでまるまったまま、陣痛に耐える。こりゃ、死ぬより痛いかも、と思う。たぶんこのとき素っ裸だったと思う。でも次に仰向けになったときは何か着ていた。もう自分が何をされているかわからない状態(苦笑)。内診すると「お?だいぶ進んでるよ。針からこれから麻酔を少しずつ入れていくからねぇ〜」とのこと。まだ入れてないの?早く麻酔して〜と思っていると続いて二回ほど陣痛が来たがもうイキミがきてしまって逃しきれない!看護婦さんたちの「いきんじゃだめ!ふぅ〜ふぅ〜言って言って!」の声にあわせて逃そうとするが身体が勝手にいきんでしまうのだ。助産婦さんらしき人がまた内診してくれた。「あら…先生」と先生を呼ぶ。先生が見ると「あれ!なんだ!もうお産だ。あ゛〜せっかく針入れたのになぁ〜!お産になるからね。頑張ってね」と言われる。先生は「オレ着替えてくるわ。ちょっと〜お産になるから手伝って〜!準備してぇ〜!」と大きな声を出し、そして私の足元にいた助産婦さんに「手で押さえてて」と言い残しその場を離れた。押さえててって…あのぉ〜^_^;。すぐに先生は戻ってきてくれた。かなり慌しい雰囲気。周りの看護婦さんたちがバタバタしている。普通脚に袋みたいのかぶせたり、剃毛したりするはずだけどしてる暇もなかった。ただ「導尿!導尿は?早く早く」と聞こえた。「はい!次の陣痛でいきんでいいからね。」と先生。あぁ〜なんだかよく解らないが、産んでいいんだ。産めるんだ。とホッとした。産む体勢でいきみのGOサインが出たらゴール間近だっ!陣痛とともに「はい!いきんで」ぐーっと渾身の力を込める。息継ぎして更にいきむ「もう一回いけるかな」の声にもう一回いきむ。ここで陣痛が遠のく。「もう一回いきめる?あ、いいよ次の陣痛でね」先生のリードで次の陣痛とともにいきむ。もう息継ぎをしないと…ってところまで長く長くいきむ。そこで「もういきまないで!!」と先生と周りの看護婦さんの声!ハッハッハッと呼吸する。つるん…と出たのがわかる。一秒後「オギャアオギャア」と元気な産声が聞こえた。「ほら、生まれた〜おめでとうございます。女の子ですよ。よく頑張ったね」と先生。足元をみると血に染まって手足を縮めて大声で泣いている我が子が見えた。2指で麻酔のために分娩室に入ったのが3:25。誕生は4:01。

 赤ちゃんの処置をしてる間、胎盤が出て、私の方も先生が処置をしてくれている。私は安堵感の中分娩室での36分間の出来事を振り返ってみた。分娩室に入ったときは2指って言われたよなぁ……20分で全開になったってこと?……ただ、陣痛の痛みだけは数時間ちゃんと味わったわけだ……。なんだかキツネにつままれたようなお産だった。あとから看護婦さんに「勢いついたら本当に早かったわねぇ〜。流石にこれは経産婦さんだからよ」と言われた。何はともあれ、無事に赤ちゃんが産まれたからよかったんだ。
 看護婦さんが、産着をきて白いバスタオルにくるまれた我が子を連れてきてくれた。私の左脇に寝かせてくれた。顔を見る。この子がこのお腹にいて動いていた子。かわいい愛しい…目頭が熱くなった。「ご家族にご対面してきますね〜」と看護婦さん。「はい、心配して待ってると思いますのでお願いします」と私。
 その頃直前に息子二人も病院に到着していた。生まれたからって連絡で来たのではなく学校が終わったら来ることになっていたのだ。分娩室の扉の向こうで我が家のメンバー勢ぞろいで赤ちゃんと初対面となった。

以上が出産の記録です。最後まで目を通していただいてありがとうございました。
高校1年の娘が、「感動をありがとう」と言ってくれました。赤ちゃんに対面したとき、涙がボロボロ出たと。
そして、夫の目にも光るものがあったとこっそり報告してくれました。
高齢での出産は今やそれほど珍しいことではなくなってきたようですが、
若い頃の出産も経験ある自分は今回の妊娠・出産はやはり違いを感じます。
体力的に衰えているという点よりも精神的に大人になっているという点が「吉」と出たり「凶」と出たりするのです。
知識と経験を得ていることは、慎重で臆病になることでもあります。
無知は時に無謀のできる、パワーでもあります。
若い頃は妊娠・出産に対して「リスク」を感じることが殆どありませんでした。
当然、出産には「普通に産まれる」が大前提の考え方をしていたように思います。
今回の出産を通して、考えさせられることはたくさんありました。
そして、誕生したこの子を無事巣立たせるまで、大きな責任を背負いました。
この子が20歳になったとき自分は60歳になる計算です。
自分の成長も健康管理もこの子のために疎かにはできなくなりました。

色々と励ましてくださった皆様、どうもありがとうございました。
心配かけたり家事を手伝ってくれた子供たち、ありがとう。かわいい妹が生まれたよ。
それから、一番苦しい時にそばにいてくれて、
私の身体も心もお腹の子も支え抜いてくれた夫に
感謝します。

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