はじめに

 世界第2位の経済大国である日本、経済成長著しい中国を筆頭に北東アジア(日本・韓国・
北朝鮮・中国・モンゴル・ロシア極東)では、目覚しい経済発展が予想される。

北東アジア地図

<出所>(財)環日本海経済研究所

 地理的区分ではアジアのなかに東アジア、南アジア、中央アジア及び西アジアがあり、東アジ
アには北東アジアと東南アジアがある。さらにアジアの一部に重複しつつアジア太平洋があり、
アジアと欧州を合わせてユーラシアと考えられる。

 北東アジアは一般的に日本、韓国、北朝鮮、ロシア極東、中国東北地区(黒龍江省・吉林
省・遼寧省)、内蒙古自治区及びモンゴルであるがその範囲に定説はなく、必要に応じ地図を
拡大解釈し、総称して北東アジアと呼ぶ。

 しかし一方で、それに起因して急激なエネルギー消費の増大、特に化石燃料で最も環境負
荷の大きい石炭使用の増加による大気汚染や酸性雨越境汚染、温室効果ガス排出による
地球温暖化等の環境悪化が懸念される。

 また、モータリゼーション(車社会化)の進展等によって石油の需要が拡大し中東原油依存
度が高まり、中東原油を輸送する船舶が航行するマラッカ海峡の交通逼迫と海賊被害等の
シーレーン(海路)防衛をはじめとするエネルギー安全保障上の問題が顕在化している。


<出所>(財)日本エネルギー経済研究所

 永久凍土が大部分を占めるロシア極東は、豊富な資源を有しながら未開発エリアであり、
冷戦終結以降、軍民転換政策による軍需産業の低迷や貧困、極寒の厳しさによる人口流出
が社会問題となり、北朝鮮と同様、発電所の老朽化等に伴うエネルギー不足による停電が
深刻である。

 さらに、核開発や弾道ミサイル「テポドン」発射等で揺れる北朝鮮問題を解決するため、軍事
的なミサイル防衛構想で対峙するのみでなく、有事を回避すべく協調的安全保障体制の構築
に資する平和的な外交政策が焦眉の急となっており、北東アジアを取り巻く周辺では喫緊に
解決すべき課題が山積している。

 天然ガスは主成分が無色透明・無味・無臭・無毒のメタン(CH4)であることから、石炭や石
油をはじめとする化石燃料のなかで最も高カロリーでクリーンな特性を持つ持続可能な発展に
適した21世紀のエネルギー源と言える。

天然ガスの組成

<出所>関東天然瓦斯開発

化石燃料の分子構造イメージ

<出所>(社)日本エネルギー学会

 燃料資源別に発熱カロリー量を比較すると、木材が1500〜2000kcal/kg、石炭が5000
〜8000kcal/kg、石油が8000〜1万1000kcal/kg、天然ガスが1万3000kcal/kgの順に
増大しており、人類が求めたエネルギー資源はより高い発熱量であったことが分かる。発熱量
はおおよそ成分元素の発熱量の和となり、主要元素の発熱量は水素分子が3万4000kcal/
kg、炭素分子は7800kcal/kgであるから、水素含有量が多いほど発熱量も高くなる。

 燃料資源の主要成分は全て炭化水素であり、水素対炭素元素比は、木材の1:10から、石
炭1:1、石油2:1そして天然ガスが4:1へと高水素化の歴史を歩んでおり、自然界には天然ガ
スの主成分であるメタン(CH4)以上に化学構造において水素比率の高い物質は存在せず、
その意味で天然ガスは究極の高カロリー資源と言える。



 天然ガスの主成分はメタン(CH4)であるから、炭素対水素比は石炭1:1、石油1:2そして天
然ガスが1:4となり、メタンより炭素比率が少ない炭化水素資源は存在しない。国際エネルギ
ー機関(IEA)の『Natural Gas Prospects to 2010(1986)』によると、単位発熱量あたりの排出量
を石炭100とした場合、SOxは石油68で天然ガス0、NOxは石油71で天然ガス20〜37、
CO2は石油80で天然ガス57となり、天然ガスはカロリー面のみでなく環境面からも究極の
クリーンエネルギー資源と言える。

世界の一次エネルギーシェアの超長期予測

<出所>第22回世界ガス会議東京大会
国際ガス連盟(IGU)「グローバルエネルギーシナリオ」特別プロジェクト
山地憲治東京大学大学院工学系研究科教授作成

 原子力及び再生可能エネルギー(バイオマス、水力・地熱、太陽光や風力)は一定の役割を
果たすものの、資源的かつ経済的な競争力を考えると化石燃料が大宗を占め、特に天然ガス
が主流となる見方である。豊富な資源量と優れた環境特性から石炭を抜きつつある天然ガス
であるが、2050年頃には石油も抜いて第1位となる。さらに2100年には天然ガスのシェア
が最低でも30%、最高で60%にのぼり、全エネルギーに占める天然ガスシェアは拡大基調
で推移する。

 海底等にシャーベット状で存在しているメタンハイドレートをはじめとする非在来型天然ガス
は考慮しておらず、資源掘削技術の進歩によって非在来型資源の一部でも利用可能になれ
ば、さらに天然ガスのシェアは顕著なものとなるだろう。

 地球環境時代において世界が天然ガスを選択することは持続可能なエネルギー政策に適う
マイルストーン(画期的な出来事)であり、未来に後悔が最も少ない“Fuel of No Regrets”として
天然ガスが果たす役割の重要性を示唆している。

 天然ガスは埋蔵分布が石油のように政情不安定な中東に偏在せず、旧ソ連と二極化して
いる。供給地の多元化やリスク分散を図ることが容易であり、特に近年、北東アジアにおいて
大規模な天然ガス田が中国内陸部(新疆ウイグル自治区タリム盆地・陝西省、甘粛省及び寧
夏回族自治区に跨るオルドス盆地)、サハリン大陸棚及び東シベリア(イルクーツク州コビクタ
天然ガス田・サハ共和国チャヤンダ天然ガス田及びヴィリュイ盆地)等で発見されている。

地域別天然ガス確認埋蔵量の推移

<出所>フランス国際天然ガス情報センター(CEDIGAZ)

 1985年以降、天然ガスの確認埋蔵量は世界的に増加傾向にあり、その7割を中東・旧ソ連
が占めている。2003年初頭における各地域の比率は、中東39.6%、旧ソ連31.2%、アフリ
カ7.6%、中南米4.2%、欧州4.1%、北米3.9%、他のアジア・オセアニア7.9%で、日本・中
国・台湾は世界の1.5%を占めるに過ぎない。また統計上、韓国の天然ガス埋蔵量はゼロに
等しい。

天然ガス田(生産井)

<出所>(財)日本科学技術振興財団

 天然ガスと石油は成因的にほぼ同じであり(大別して油田随伴ガス及び非随伴ガス田ガス=
構造性ガス)、まさに“兄弟の資源”であるものの、天然ガスの大半は石油よりさらに深い地層
に存在しており、油田より天然ガス田発見のテンポが遅かったことから、既に生産した天然ガ
スの量はまだ非常にわずかである。

 そこで、四方を海で囲まれた日本でよく見られる天然ガスを液化しLNGとして船舶で輸送す
る方法は長距離に適するが、需要地近隣に位置する天然ガス田から輸送する場合には中短
距離であり、気体のままパイプラインで輸送したほうが経済的である。また内陸奥深くの僻地
に位置する天然ガス田から輸送する際は長距離であっても輸送手段はパイプラインしかない。

LNG輸送のスキーム

<出所>且O菱総合研究所

パイプライン輸送のスキーム

<出所>且O菱総合研究所

 パイプラインの安全性について、天然ガスはLPG(プロパンガス)等とは異なり比重が空気
よりはるかに軽く0.6〜0.7(空気=1.0)であるため漏洩しても上空に拡散する“自然の安全装
置”が働く。阪神・淡路大震災の際は、自動的にパイプ内部の天然ガスの流れが自己遮断さ
れるように制御されていたほか、パイプライン網の被害は中・低圧の配給ラインに集中してお
り、原因別の被害状況を見ても、パイプの接合部が圧倒的で(全体被害の99.8%で、主に低
圧管におけるねじ接合部分)、パイプ自体の被害は僅少であった。管種別の被害状況を見る
と、大阪ガス滑ヌ内の高圧パイプラインは湾岸エリアにおいて液状化による噴砂・地割・沈下
があったにも係わらず、被害は皆無であった。

 高度な耐震設計技術によって大地震時の断層地帯や液状化地層でも安全性が十分確保で
きており、日本以上に激しい火山・地震大国であるイタリアや日本と同様に環太平洋の地震地
帯である米国カリフォルニア州においては縦横無尽にパイプライン網が張り巡らされている。

 パイプラインはいったん敷設して電気防蝕さえきちんと施せば半永久的(耐用年数50年程
度)に使用できる一方、LNGに係る一連の施設は30年程度が限界である。さらに、LNG輸送
が経済的に成り立つためには、LNG基地をはじめとする液化プラントの建設上、一般的に年
間200〜300万トン以上の纏まった生産を誇る巨大な天然ガス田が前提条件となる。近年
LNG輸送に適した天然ガス田は東南アジアにおいて減少基調にあり、条件に合う天然ガス田
を豊富に有する中東に依存することとなれば石油の場合と状況は全く変わらずエネルギー安
定供給面で問題がある。

 一方、パイプライン輸送なら、敷設されればパイプライン周辺で新規に天然ガス田が発見さ
れても既設パイプラインを延伸して接続し、増産されればブースターステーションの圧力を増強
してやれば極めて容易に対応できるため、天然ガス田の生産規模による制約をほとんど受け
ない(設計輸送能力の2倍程度まで対応可能)。それ故に、パイプライン沿線での探鉱・開発
が活発化し、投資意欲が助長されることで拡大再生産の循環が生まれ、未発見の天然ガス田
を開拓できる可能性もある。

 また、パイプラインは輸送経路での需要波及効果も期待できる。つまり、十分に供給可能な
量の天然ガスが周辺にあれば、まず需要に見合うパイプラインが敷設され、そのパイプライン
沿線において新たな需要が創出され、その需要に対応するためパイプラインが分岐し延伸さ
れると言う形で相乗効果が起こる。このことは、既設のパイプラインが徐々にその範囲を拡大
して行く過程において、現在はLNG輸送によって地域限定の局所的な“点”である分断された
状態から、パイプラインによって各需給地で繋がれ“線”となり、さらに需給が喚起されてパイプ
ラインがネットワークとなって広域的な“面”となる可能性を有する。そして、国境を越えループ
化されることによってエネルギー安全保障面で相互に信頼醸成が芽生え、需給調整の柔軟性
が格段に増すことで、よりパイプライン網が発達すると言う“network of networks”が欧米で起
こった現象である。

欧州の天然ガスパイプライン網

<出所>欧州天然ガス産業連盟(EUROGAS)

 欧州では総延長が20万km以上と言われる世界的な天然ガスパイプライン網が形成されて
いる。多くは1970年代以降に敷設されたものであり、こうした目覚しいパイプライン網整備の
背景には“Dash for Gas!”を目指した欧州各国のエネルギー政策とともに、欧州全体が地域
統合へと向かう大きな政治的原動力があった。

 第二次世界大戦後、交戦関係にあったドイツとフランスの両国が深く反省し、石炭と鉄鉱石
資源が豊富な国境地帯のアルザス・ロレーヌの共同利用を推進した結果、1952年のパリ条
約締結で創設された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)以来、欧州経済共同体(EEC)、EEC及
び欧州原子力共同体(EURATOM)が統合し欧州共同体(EC)、そして現在の欧州連合(E
U)へと変遷した過程において、西欧の工業化を支えたものの、大気汚染や酸性雨被害をもた
らした環境負荷の大きい石炭政策を見直し、1973年の石油危機以降は中東石油依存度を
下げ、エネルギー供給源の多様化を図るうえでも石油代替エネルギーとしての天然ガス利用
拡大が大きな促進要因となった。

 欧州主要国が世界初の国際パイプラインとして旧ソ連から天然ガスの輸入を開始したのは1
972年である。1969年に登場した旧西ドイツのブラント首相が、冷戦を続けていた旧ソ連と
の間に緊張緩和をもたらすため、「オスト・ポリティーク(東方外交)」戦略の一環として、あえて
旧ソ連産天然ガスをパイプラインで輸入することを英断したことがきっかけで、これが最終的に
冷戦終結の大きな一助にもなったと見られている。旧ソ連崩壊が決定的となった1990年、
オランダのルベルス首相が天然ガスの汎欧州ネットワーク構想を念頭に提唱した「欧州エネル
ギー憲章(European Energy Charter)」が1991年に政治宣言によって策定され、近隣諸国か
らのエネルギー安定供給の確保を目指すと同時に、パイプライン通過国間での利害調停や紛
争解決手続き等を規定した「エネルギー憲章条約(Energy Charter Treaty:同憲章の内容を
実施するための法的枠組みであり、エネルギー資源の投資保護と促進及び自由な国境通過
を保証した国際ルール)」が1994年に採択され1998年には発効し、政治的な安定性を維持
する最大限の努力を払い、多国間同士で相互融通し合うことが主眼となっている。

 そして現在、EU委員会は「欧州横断ネットワーク構想(Trans European Networks 略称:TE
Ns)」を掲げ、統一的対応と連帯を確保する共同体メカニズム及び世界最大規模の単一エネ
ルギー市場の構築を目指し、欧州諸国共通の持続可能な発展に資する天然ガスパイプライン
網のより一層の整備を支援しており、2004年に新たにEU加盟となった中・東欧諸国及び
域外供給国とのリンク増強等、経済的・社会的結束の強化によって欧州のパイプライン網は
さらなる拡張と発展を遂げようとしている。

EUのエネルギー政策


<出所>外務省

米国の天然ガスパイプライン網

<出所>米国州際パイプライン協会(INGAA)

 2001年における米国の州際(州を跨ぐ)パイプライン(interstate pipeline)網は総延長45万
km以上に達している。1950〜1970年代までに豊富な天然ガス生産量とパイプライン敷設
技術の進歩もあって南部の産地から東部を中心とする全米の消費地に向けパイプライン網が
整備され、特に1960年代初頭にかけて天然ガス価格は競合燃料と比べ低く設定されていた
ことから、天然ガス需要及びパイプライン網の整備を喚起し、1970年頃には既に現在見られ
るような全米を縦横無尽に走るパイプライン網が形成されていた。

 供給については生産量の約80%は国産天然ガスによって賄われており、残りの大宗はカナ
ダからの国際パイプライン(米国〜カナダ・米国〜メキシコ間の国際パイプラインが38本敷設
されている。大半はカナダから米国への輸出ラインであるが、米国からカナダやメキシコへの
輸出ライン及びメキシコから米国への輸出ラインも若干存在する)及び若干のLNG輸入でカバ
ーしている。さらに、大消費地に近い東海岸でパイプライン容量の逼迫が顕在化していること
から深刻な輸送能力不足に陥ることを防ぎ、供給地が米国南西部からメキシコ湾岸、カナダ
西部及び大西洋沿岸のスコシア大陸棚に移行する一方、需要地は従来の産業地帯の中西部
から人口集中の著しい西部そして南部へと移っている。

 将来の需給バランスのギャップや供給地から需要地までの距離がより遠くなっていること等
を背景に、2001年に発表されたブッシュ政権の『国家エネルギー政策(National Energy
Policy)』においては、エネルギー戦略の柱として天然ガス生産の増大及び長距離輸送インフラ
となる基幹パイプラインの充実が謳われている。そこで、アラスカ州北極海大陸棚のノースロ
ープ天然ガス田やメキシコ湾深海等の天然ガスを米国に輸送するパイプラインの新設・能力
増強が計画されている。

 さらに、現在急速に技術開発が進んでいるマイクロガスタービンや定置型燃料電池を利用し
たコージェネレーション(熱電併給)等の分散型電源、従来からの原子力や火力(石炭・石油・
LNG)等による大規模集中型発電、そして風力や太陽光、ごみ発電等の再生可能エネルギー
が相互に補完し合うベストミックス(電源多様化)に向け、分散型電源の主たる燃料となる天然
ガスを輸送するパイプライン網は、将来的に水素エネルギー社会を実現するために必要不可
欠な基盤インフラと言える。

天然ガスパイプライン網を活用した水素エネルギー社会

<出所>浅野浩志東京大学大学院工学系研究科教授作成
天然ガス導管ネットワーク=天然ガスパイプライン網

 環境面でもLNG輸送は−162℃まで冷却液化し、受入基地でLNGを海水等で暖め再気化
するまでに天然ガスを無駄に自家消費するが、パイプラインは直接気体のまま輸送するため
ライフサイクル(生産井から需要家まで)において炭素排出量の低減に資することから、日本
に輸送するための国際高圧パイプライン整備に向けた最適なルート選定について研究した。

 なお本研究で取り上げるパイプラインとは、小口需要家向けの配給パイプラインではなく、鋼
鉄製パイプの口径が1m程度(鋼板厚15〜25mm)、数十m毎にパイプ間の接合部に溶接を
施し、パイプの内部を流れる天然ガスの圧力は70〜100気圧と著しく高い基幹パイプライン
である。また、距離が長くなる場合のパイプライン輸送では、パイプと天然ガスの摩擦によって
輸送先端で圧力が低下して輸送効率が落ちるため、天然ガスを輸送するための圧力を維持
する目的で100〜300km毎にブースターステーション(稼働するために必要なエネルギーは
通常パイプ内を流れている天然ガスを利用した加圧ポンプ電力タービン駆動のコンプレッサ)
を設けるのが一般的な形態となっている。

 以上のとおり、巨大市場として、また持続可能な開発のモデルとして北東アジアが“21世紀
のニューフロンティア”となり得る可能性について見極め、ウェブ上でコラボレーションすること
を目的として当ホームページを開設した。

 本研究活動にあたり、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の独立大学院である政策・
メディア研究科修士課程に2001(平成13)年より導入されたプログラム制度を大いに活用し
ながら、飽くなき探究心によって結実された成果を今後の社会貢献に繋げたいと考えている。


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