◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL192
江田島孔明
予想通り、米国大統領選では、ヒラリーが敗退しそうだ。
これは、イラク戦争以来、米国民が国際金融資本に操作される事に拒絶反応を示したためだ。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2008022150408
オバマ10連勝、ヒラリーに差をつける
<http://mplay.donga.com/foreign/200802/20080221/2008022150408j.asf>
記事を聞く FEBRUARY 21, 2008 03:02
<http://japan.donga.com/srv/k2srv.php3?bicode=060000&biid=2008022150408>
米国のバラック・オバマ上院議員が、2月16日に開かれたウィスコンシン州での民主党予備選挙とハワイでの党員集会で、ヒラリー・クリントン上院議員を大差で抑えて勝利した。
これでオバマ候補は、5日の「スーパー・チューズデー」予備選挙以降、10の州で行われた選挙をすべて勝ち取り、ヒラリー候補との確保代議員数に格差を広げた。
ウィスコンシン州の予備選挙でオバマ候補は58%の支持を得て、41%を得たヒラリー候補を17%差で抑えて勝利した。オバマ候補は、本人の故郷であるハワイ党員集会でも77%の支持率を記録し、23%にとどまったヒラリー候補を圧倒した。
CNNの集計によれば、オバマ候補は誓約代議員とスーパー代議員を含めて1301人、ヒラリー候補は1239人の代議員を確保した。
一方、共和党候補に事実上確定されたジョン・マケイン上院議員は、ウィスコンシン州とワシントン州でマイク・ハッカビー前アーカンソー州知事に大差で勝利して、連勝行進を続けた。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0207&f=politics_0207_001.shtml
カリフォルニア州:中国系73%がヒラリー氏に投票か
2008/02/07(木) 10:29:06更新
<http://news.searchina.ne.jp/disp_day.cgi?yyyy=2008&mmdd=0207&cag=politics>
<http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0207&f=politics_0207_001.shtml&pt=large>
<http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0207&f=politics_0207_001.shtml&pt=large> / <http://photo.searchina.ne.jp/special/view.cgi>
カリフォルニア州で行われた米大統領選の民主党予備選挙で、ヒラリー・クリントン氏が勝利したと伝えられていることに絡み、同氏支持のカリフォルニア州税務委員会の趙美心(Judy Chu)氏は、選挙に出かけた中国系有権者のうち73%が同氏に投票したとの見方を示した。
中国系住民が多いロサンゼルス近郊のモントレーパークの投票所では早朝から行列ができたという。2月6日付でボイス・オブ・アメリカ(VOA)が伝えた。(編集担当:菅原大輔)
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/353184/
<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカ大統領選挙戦で<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25B0%2591%25E4%25B8%25BB%25E5%2585%259A/> 民主党側のフロント・ランナー(先頭走者)となったヒラリー・<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25AA%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2588%25E3%2583%25B3/> クリントン上院議員が、大統領になったら、こういう外交政策を推進しますという意味の論文を外交雑誌に発表しました。
「21世紀の安全保障と機会」というタイトルの論文です。大統領への展望を踏まえての外交政策発表ですから、当然、グローバルな視点からアメリカの対外政策のあり方を広範に論じています。この種の包括的な論文を「では日本に対してはどうなのか」という角度だけからみることの偏りの危険は当然、あるでしょう。だが、それでもなお日本側としては、ヒラリー女史の対日政策がどうなのかをみることは怠れません。
<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカにとって日本は超重要な同盟国のはずです。他の大統領候補も外交政策を語るなかでは、必ず日本との関係、日本との同盟を一つの主要案件として位置づけ、正面から論じています。
しかしこのヒラリー論文を読んで、びっくりしました。日本への正面からの言及がないのです。日米関係や日米同盟について、なにもないのです。日米関係はこの論文では無視されているのです。
他の問題が多々あるから、とか、日本が重要なことは言を待たないから、とか、あれこれ、口実はあるでしょう。
しかし私もアメリカの大統領選キャンペーンは何度もみて、多数の候補の政見も聞き、その外交政策にも耳を傾けてきましたが、日本をこれほどみごとに無視した政見発表はまずみた記憶がありません。
そもそもこの論文では「Japan」はただの二度しか出てきません。その二度とも、日米関係とか日米同盟という文脈ではなく、他の諸国、他の問題といっしょになった記述のなかに、ほんのつけたしとして、出てくるだけなのです。さてその「日本」についてみましょう。
ヒラリー論文はほぼ終わりの部分で「同盟を強化する」という項を設け、まず<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%25A8%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25AD%25E3%2583%2583%25E3%2583%2591/> ヨーロッパとの関係の重要性を説きます。<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%2595%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25B9/> フランス、<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%2589%25E3%2582%25A4%25E3%2583%2584/> ドイツ、イギリスの新世代のリーダーたちに手を差し伸べ、米欧の関係を強化しよう、と述べています。
その次にアジアについて以下のように述べます。
「アジアでは、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インドが発展するパワーとしても、また世界で最も人口の多い民主主義国家としても、特別な重要性を有する。私は上院の <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インド議員連盟の委員長として、インドの台頭によって供されるすばらしい機会と、地域的機関や<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%259B%25BD%25E9%2580%25A3/> 国連のような国際的機関で<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インドに拡大された発言を促す必要性とを認識してきた。われわれは、<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25AA%25E3%2583%25BC%25E3%2582%
25B9%25E3%2583%2588%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25A2/> オーストラリア、<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インド、日本、そして<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカが対テロ闘争、グローバルな気候管理、グローバルなエネルギー供給の保護、グローバルは経済開発の深化などを含む相互に懸念を抱く諸問題に関して、協力をするための、さらなる方法を見出さねばならない」
日本は上記のように出てくるだけなのです。そもそもヒラリー女史が、アジアの部分で真っ先に名をあげる<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インドは、アメリカの同盟国ではありません。それでも彼女がインドの重要性を力説するのは、上院議員としての地元のニューヨーク州には合計30万ともいわれる<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589/> インド系米人が住んでいることが最大の理由だといえましょう。
ヒラリー女史はそのほかにもう一度だけ「日本」の名を出します。<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国と<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカとのきずなの意義を説く際に、これまたほんのつけたしとして出てくるだけなのです。
その部分につながる「対中関係の最重視」の部分を紹介しましょう。
「われわれと<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国との関係は今世紀の世界において、最も重要な二国間関係である。<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカと<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国は非常に異なる価値観と政治システムを有しており、貿易から人権、宗教の自由、労働慣行、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%2581%25E3%2583%2599%25E3%2583%2583%25E3%2583%2588/> チベットまで、意見が根本から異なることは多いのだが、なお米中両国が歩調を合わせて達成できること、達成せねばならないことは多々ある。中国の支援は北朝鮮の核関連施設を無能力化する合意の成立に重要だった。われわれはこの枠組みを北東アジア安全保障の組織体の確立への構築していくべきだ」
<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国との関係が<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカにとっては、21世紀の全世界で最重要だと明言するのです。そして「日本」がその中国のつけたしとして登場します。
「しかし中国の台頭は新たな挑戦をも生んでいる。中国人たちは自国の経済急成長がものすごい環境破壊の代償を払って、達成されていることをやっと悟るようになった。 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカは<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国と日本とともに、新しいクリーンなエネルギー資源を開発し、より大きいエネルギー効率化を促進し、気候変化と戦うための共同プログラムを請け負うべきだ」
ここでも「日本」は明らかな「つけたり」です。
日本が <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/>中国や<http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25A2%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25AA%25E3%2582%25AB/> アメリカと共同のエネルギー開発のような作業を地元の東アジアで始めれば、いかにも日本こそが金銭的な貢献をとくにしたい、ということになるでしょう。
要するに「日本」はここでも末端での役割しか演じていません。
以上がヒラリー論文の日本やアジアに冠する最大量の紹介です。日本は無視、といっても、そう外れてはいないのです。
中国系米国人の支持を見れば分かるが、「ヒラリーの勝利」は北京政府のシナリオだ。北京政府としては、ヒラリー政権下で「日米安保の発展的解消」を狙うだろう。これは、戦前の日英同盟が発展的に解消し、4カ国同盟となった歴史を再演するものだ。
東アジアでは、1920年代にワシントン体制というものが出来た。4カ国条約、5カ国条約(海軍軍備制限条約)、9カ国条約がその内容であった。マルチの取り決めで、そのなかで日英同盟の廃棄が行われた。
日本は日英同盟という錨、外交の機軸を失い、漂流し始めた。日米戦争の遠因もここにある。欧州におけるロカルノ体制同様、これは平和の維持に失敗した。こういう歴史を踏まえる必要がある。
<参考>
http://www.jacar.go.jp/nichibei/negotiation/index2.html
アメリカの提唱によって、日本・イギリス・アメリカ・イタリア・フランスが出席し開催されたワシントン会議(大正10(1921)年11月から翌年2月)は、海軍軍備制限、極東・太平洋問題に関する国際会議であり、第一次世界大戦後の国際秩序を樹立するものでした。
この会議では、海軍軍縮案としてアメリカ側から10年間の建艦禁止と米英日の主力艦保有量の比率を5:5:3とすることが提案され、日本の加藤友三郎全権は、日本の財政負担と対米協調の観点から原則的に受諾しました。
そして、その代わりに太平洋の島々における海軍基地増強禁止を提案し承認されました。また、日英同盟が解消され、代わりに太平洋の現状維持を約した4カ国条約(日・英・米・仏が条約国)が定められました。
中国に関しては、特に主権尊重、領土的・行政的・保全、独占権の禁止など門戸開放政策を条文化した9カ国条約(米・英・仏・日・伊・ベルギー・オランダ・ポルトガル・中国が条約国)が成立しました。この会議で締結された広範な諸条約・規定からなる国際秩序体制を「ワシントン体制」と呼びます。
ワシントン会議後、昭和初期にいたるまで、歴代の内閣は、山東に出兵を行なった田中義一内閣を例外として、ワシントン体制を遵守した対米協調政策を打ち出していました。
ワシントン会議に日本代表として出席した幣原喜重郎は、大正13(1924)年6月に加藤高明内閣の外務大臣に就任してから、昭和6(1931)年12月の第二次若槻礼次郎内閣総辞職によってその職を去るまで、田中内閣を除いて、前後5年3ヶ月にわたって日本の外交を担当しました。
幣原の外交方針は、第一次世界大戦の講和条約であるベルサイユ条約とワシントン会議の各条約の遵守を両輪とした対中親善・対英米協調路線を基調としたものでした。
しかし、日本は、昭和6(1931)年9月の柳条湖事件をきっかけとして、<http://www.jacar.go.jp/nichibei/word/index6.html#6_08> 関東軍の作戦範囲を満鉄沿線地帯から南満州全域に拡大します(満州事変)。それはワシントン体制に対する公然たる挑戦でした。
これに対して、フーヴァー米大統領は、対日経済制裁を戦争への道を開くものとして選択せず、道義的非難をもって応じました。スティムソン米国務長官は、当初幣原外務大臣を信頼して不介入・静観策を採っていましたが、同年10月の関東軍による錦州爆撃を受けて対日態度を硬化させ、不承認政策を打ち出しました。昭和7(1932)年1月に、スティムソンは武力行使による9カ国条約・パリ不戦条約への挑戦は一切承認しないと宣言し、満州事変によって生じた東アジアの政治的変化を否認する通告を発しています(スティムソン・ドクトリン)。
さらに、スティムソンは米上院外交委員長ボラー宛の公開書簡の形式で、ワシントン体制の意義を再確認するとともに、日本の9カ国条約違反によってアメリカは5カ国条約第19条(フィリピン・グアムの防備制限)の拘束から解放されることになると警告を発しました。
しかし、日本は同年9月に満州国を承認し、翌昭和8(1933)年3月には <http://www.jacar.go.jp/nichibei/word/index7.html#7_05> 国際連盟からの脱退を通告し、ここに東アジアにおけるワシントン体制の国際協調体制は崩壊しました。
日本の外交的孤立と日米関係の悪化は、昭和12(1937)年7月の日中戦争全面化によって一段と深刻化し、同年11月にブリュッセルで開催された9カ国条約国会議においても日本は参加を拒絶するにいたりました。ここにおいて、ワシントン体制は完全な崩壊を見ることになります。
歴史上、現実になった国際平和には、3つの類型しかない。覇権による平和(Pax Romana、Pax Britanicaなど)、勢力均衡による平和(ナポレオン戦争後の欧州協調体制)、核の破壊力に対する恐怖による平和(米ソ冷戦は軍事衝突がないと言う意味で平和だった)である。
『マルチの安保体制』は機能したことがない。
中国との関係も、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)を考えていくしかなく、ヴィジョンなどと言って、よく考えられていないことをやるのはよくない。
パワーバランスの変動期において、最も危険なのは、安易な理想論や他者依存により、「地政学上の真理」を忘却する事だ。
<参考>
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/washinton1.html#田久保忠衛
田久保忠衛 杏林大学客員教授 諸君6月号 平成17(2005)年度
<http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/washinton1.html #田久保忠衛#田久保忠衛>
1922年にワシントン会議が開かれます。ここで日英同盟が廃棄されて、中国の主権・独立の尊重、領土保全、門戸開放の原則を約した九カ国条約に切り替わってしまった。そこで中国は、イギリスというしっかりした後ろ盾をなくした日本をなめて、軍事力を増強し、日貨排斥運動などを起こさせる。
一方、ワシントン会議に参加していないソ連が、中国共産党にどんどん援助を行なって、抗日運動、侮日運動が激化してくる。錦州爆撃の背景には、この抗日運動という名の「テロ活動」をおさえておかなければ大変なことになるという認識があったことは事実だと思います。単純な侵略ではないのです。(諸君8月号、平成17年度)
1935年、当時、中国のアメリカ大使館で公使を務めていたジョン・A・マクマリーが「マクマリー・メモランダム」という報告書を本国に上げています。 これは戦後日本でも翻訳・出版され、『平和はいかに失われたか』(原書房)という名著として知られています。当時の東アジアの国際情勢は、1922年のワシントン会議で確立されたワシントン体制下にあり、徐々に日本を封じ込める過程にありました。
しかしながら、中国にいたマクマリーは日中両国の指導者、国民性向などを徹底的に分析したうえで「日本は侵略主義国家であるとは考え難い。アジア全体で永続的に信頼できる国家は日本である。
そんな優れた日本をなぜアメリカは中国と組んで圧してゆくのだ。アメリカは日本とくむべきである」と主張したのです。このマクマリーの主張を評価したのは、戦前の親日派だったグルー駐日大使、それにアメリカ外交の奉斗であり先日亡くなったジョージ・ケナンでした。それほど立派なメモだったわけです。
ところが当時の国務省極東部長のホーンベックがマクマリーとライバル関係にあり、結果として「マクマリー・メモランダム」は握り潰されてしまった。そもそもルーズベルト大統領は親中・反日的考えの持ち主だった。(諸君6月号、平成17年度)
「平和はいかに失われたか」ジョン・アントワープ・マクナリー原著 アーサー・ウオルドロン編著 北岡伸一監訳 衣川宏訳 原書房
<http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/washinton1.html #マクマリー#マクマリー>
《コミュンテルンの暗躍》
・コミュンテルン政策とは、中国や半植民地諸国を目覚めさせて世界革命を拡大し、資本主義ならびに帝国主義の列強に対抗させようとするものであった。
・日本軍と国民党軍を戦わせることで国民党軍の弱体化を画策した。(以夷制夷)
・世界革命のため、日本と米・英とを闘わせることで列強の弱体化を画策した。(遠交近攻)
《日清条約の廃止》
「これらの状況を・・・・・全く無視し、かつ条約の明確な規定に反し、先般国民政府は、突然に本条約廃棄の通告を日本政府に送ってきた。そして、新条約の締結までに、中国における日本国民ならびに通商に関する事項は、中国が一方的に決める暫定措置によって規制される旨がこの通告に述べられていた。
条約の尊厳性の問題を抜きにしても、この種の処置が認められるならば、条約や協定で合法的に日本に認められている権利や権益を、一切壊滅させてしまう結果となることを日本は深く憂慮するものである」
覚書はさらに、日本政府が、「国民党政府が条約改定を可能にする政策措置をとれば、直ちに」条約改定交渉を続ける用意がある旨を宣言し、さらに中国の要求が公正で妥当なものであるならば、「北京関税会議および治外法権委員会の時点で始まった業務の達成に、関係他国政府と協力する」用意があるとの意向を表明し、最後に結論として次のように述べている。
「前述のように、中国に対する日本政府の態度は、米国政府が現在中国で進めている政策と相反するものでないと信じている。中国の現状は期待できるものではあるが、依然として様々な性格の困難な問題をかかえており、列強諸国にとってこのような状態を処理する最善の方策は、協調の精神で行動することである。この確信にたって、最も真剣に望まれることは、中国に深い利益を有する諸国、特に1922年のワシントン条約署名各国が、常にこの精神に準拠し、共通の利害に影響を与える問題に関しては、折にふれて率直にお互いの意見を交換し、中国における政治状態の安定
と、永久平和の確立に各自が貢献するとの考えにたって、可能な限り連携して行動す
ることである」
・1922年9月、ワシントン体制を傷つける最も決定的な契機は、中国による1896年及び1903年の日清条約(通商・航海条約)の廃棄であった。
「国民政府は、国際的な最高基準にしたがって行動しょうとしているものと米国政府は信じている。また国民政府の行動が、そのような意図をはっきり示してくれるものと我々は期待している」
このように米国政府から「肘鉄砲」の扱いを受け、また1928年7月米国が、日本との事前協議なしに中国国民政府との間に新条約(米中関税協定)を締結してしまったことが、日本の姿勢を変えることになる。・・・すなわち、日本を知らず知らずのうちに、いまや米中両国に脅威を与えている攻撃的な国につくり変えていったのは、中国とアメリカなのだ。
《日本の主張》
・日本は地理的な必然性により、他の列強諸国にくらべると経済的に、それ故にまた政治的にも中国へ大きく依存している。
・日本は過去において、あらゆる障害を粉砕して、日本の意思を中国に押し付けたい誘惑にかられてきた。
・ワシントン会議は、日本自身の最高利益がアメリカ政府の主張する共存・共栄の政策と一致することを、日本が納得する根拠と機会を与えた。
・その基礎の上に国際協調政策に全幅の信頼を抱き、日本はさまざまな主張を放棄したばかりか、東洋社会で重きをなす多くの威信もしくは面子もすてた。
・このような国際協力は、ワシントン諸条約に対する全面的な支持を包含するものであるとするアメリカの考え方に、日本は、忠実にかつ良心的に従って行動してきた。
・それにもかかわらず中国は約束した国際協力を忌避して、条約署名国、そのなかでも特に日本に対し敵意と無責任の政策をとり続けてきた。
・もし中国が、自分の利益のために約束された国際協力を拒否したり不快視するなら、また協力しようとする諸国との良好な関係の樹立を排斥したり否認するなら、各国は少なくとも各国同士で団結し、もっと冷静な時代に中国が喜んで承認した諸目的を達成するようにしなければならない。
・日本政府は、アメリカ政府が中国問題に関する国際協力理念の保証人であると認識している。我々が、中国をこの国際協力の枠組みに引き戻すよう決定的な影響力を、アメリカが放棄するのかどうかを日本は知りたいと願っている。(168頁)
《日本の懸念》
「アメリカの対中国政策は、非現実的な愛他主義に陥る可能性がある。アメリカは中国で本質的な関わり合いを持っていないから、そういうこともできる。しかしそれは日本にとっては耐え難い状況を作り出す。中国は日本にとって経済的政治的に絶対に必要な存在なのだから」(幣原外相の腹心、佐分利貞男氏)
・「ある箇所でその骨組みを侵害すれば全体が阻害されることになる」(ホーンベック)正式に成立した条約はすべて等しく有効である。一つを否認すればすべてを危険にさらすことになる。
・協調政策とは、全関係国の協調を不可能にしているような中国の条約違反をやめさせ、規則に従って行動するよう各国が一致して中国にあたることを想定しているのかどうか?
「中国がなした外国政府への約束と、外国の諸国民に対する義務の履行について、中国の国民政府が認める処理の仕方に関しては、米国政府は、国民政府が国際慣行の最高基準に従って行動しょうとしているものと確信し、国民政府がその意図を行動で示すだろうと期待している」
日本政府の照会に対するこの国務省回答は、中国国民政府の側で、もっと国際的に行儀よくふるまってほしいという一般的な希望の表明だとも受け取れるが、それ以外に、国民政府の対日条約の破棄が「国際的慣行の最高水準」に合致していないという日本の主張を、否定したということを意味していた。
《マクマリーの見解》
・条約の遵守という基本問題で、中国が横車を押したのに対し、アメリカ政府は日本にきびしく、中国に好意的な立場を取ったのが、日本にとっては重大だった。
米国側のこういう態度は、少なくともアメリカの道義的な支援を期待していた日本人を失望させてしまっただけではない。アメリカのこうした姿勢は、中国の条約改正要求を満足させようと交渉を推進させている我々の熱心な努力とあいまって、中国の高飛車な行動を許容し、またそれが更に一層反抗的な行動を中国にとらせることになるであろうことを、日本人は理解したのである。(169頁)
・マクマリーは中国以外の国で不平等条約が平和理に、かつ秩序正しく廃止された手順を十分知っており、中国もそれと同じ経過をたどるよう願っていた。
・マクマリーが反対したのは、中国人の要求とか条約改正ではなくて、むしろ各国がライバル意識をもって、一方的な単独行動で中国政府に取り組む姿勢をとることにあった。
・1925年以降の一時期、ワシントンばかりでなくロンドンやブリュッセルにおいても、単独主義的な政策が現れることになった。ところが日本だけはその例外であったように思われる。この国だけは相変わらず、国際協調主義の枠内で行動しようと努めていた。他の列強諸国よりもずっと長い間、幣原の外交政策は、日本の当面する権益が危険にさらされそうになった時でさえ、「国際協調を旨とするワシントン体制の維持を強調してきた」といえる。
・もし列強諸国がワシントン条約の遵守にもっと厳格であれば、日本の国際協調派の立場はもっと強化され、1912年から1926年に萌芽のあらわれた外交政策が維持され、そうなればおそらく1930年代の戦争は避けられただろう。
・特定の国のご機嫌とりに汲々とするのではなく、法的な秩序を維持するための国際協力を第一義とすることである。
・米国人の心情には、中国を扱うときには例外的な基準や異例の予測を適用する傾向があるので、中国以外の場合には容易に理解できるはずの外交へのアプローチが、奇妙なもののように見えてしまうということなのである。
・布教活動の指導者は中国に甘かった。
・北京関税会議が開かれ、形式的にまだ継続しているときに、一方的に新税を実施するこのような広東政府の動きは、関税条約の目的を実質上無価値とするものであり、またワシントン会議できまった国際協力政策を、明らかに公然と無視するものであった。
・迎合的な表現が逆に中国人の権利の主張を誘い出すことになった。
・自分の国が他の国よりずっと良い友達であるように中国に見られたい願望があった。
・特に米国と英国は、嵐に屈しようとしたばかりでなく、自国の方が、他の国より従順なことを中国に示そうと躍起になっていたように思われる。
・論点は、列強諸国と中国との関係の基礎となる典型的な条約の一つ(ベルギー条約)についての、その法的拘束力である。したがってこの問題は、ワシントン会議において国際協調に必要不可欠なものとされた権利と義務を、一体として考えなければならないことは明白である。ところが我が国政府はこれまでのところ、この事件に関心をもとうとしなかった。
ワシントン駐在のベルギー大使はアメリカの友人への私信で、アメリカ政府がいかなる国際協調的行動の提案も歓迎しないので、諦めるほかはないと述べていた。それは、共通の利益にかかわるいかなる問題についても、中国に好きなようにさせるということだった。
・アメリカ人は中国国民党を、自分の理想を具現する闘士のように、肩入れしていたのである。
《中国人が屈従を強いられてきたわずらわしい拘束とは何か》
・中国が二、三世代前に、国際関係における平等と責任という道理に適った規範に従うことを尊大な態度で拒否したがために、屈従を余儀なくされてきたものであった。彼らの祖父たちが犯したと同じ間違いを、しかもその誤りを正す絶好の機会があったのに、再びこれをくりかえすことのないよう、我々外交官は中国の友人に助言したものであった。
そして中国に好意をもつ外交官たちは、中国が、外国に対する敵対と裏切りを続けるならば、遅かれ早かれ一、二の国が我慢し切れなくなって手痛いしっぺ返しをしてくるだろうと説き聞かせていた。中国に忠告する人は、確かに日本を名指ししたわけではない。しかしそうはいってもみな内心では思っていた。中国のそうした振る舞いによって、少なくとも相対的に最も被害と脅威をうけるのは、日本の利益であり、最も爆発しやすいのが日本人の気性であった。(181頁)
《ワシントン体制の留意点》
・協調的行動もしくは共同行動が同意を得られていない場合、あるいはそうしようとして失敗した場合には、各国は既に明言した誓約の精神や文言には拘束されるが、独自に行動する権利を有するものである。
《マクマリーの結論》
・ワシントン会議がつくりあげた期待を裏切ったのは、中国と英国及び米国である。
・列強諸国の文字通り真摯で誠実な努力ー各国が中国と協力して「不平等条約」の状態を解消させ、ワシントン会議の精神に具体的な精神を与えようとする努力ーを挫折させてしまったのは、ほかならぬ中国側であったといえる。その責任は、列強諸国が事実上承認していた北京政府のどれかの党派にあったのではなく、いってみれば国内におけるすべての党派、全部の政治的意見にあった。
・我々は、日本が満州で実行し、そして中国のその他の地域において継続しょうとしているような不快な侵略路線を支持したり、許容するものではない。しかし、日本をそのような行動に駆り立てた動機をよく理解するならば、その大部分は、中国国民党政府が仕掛けた結果であり、事実上中国が「自ら求めた」災いだと、我々は解釈しなければならない。(180頁)
・人権意識がよみがえった中国人は、故意に自国の法的義務を軽蔑し、目的実現のためには向こう見ずに暴力に訴え、挑発的なやり方をした。そして力に訴えようとして、力で反撃されそうな見込みがあるとおどおどするが、敵対者が、何か弱みのきざしを見せるとたちまち威張り散らす。そして自分の要求に相手が譲歩すると、それは弱みがあるせいだと冷笑的に解釈する。中国人を公正に処遇しょうとしていた人たちですら、中国人から自分の要求をこれ以上かなえてくれない「けち野朗」と罵倒され、彼らの期待に今まで以上に従わざるを得ないという難しい事態になってしまう。
だから米国政府がとってきたような、ヒステリックなまでに高揚した中国人の民族的自尊心を和らげようとした融和と和解の政策は、ただ幻滅をもたらしただけだった。(180頁)
・マクナリーは、ワシントン会議における諸条約を無視した中国の政策と、それに迎合したアメリカの政策が1920年代後半にワシントン体制の精神を掘り崩してしまいそれが日本の武力行使を招いたとしている。
《マクマリーの予言》
・日本の徹底的敗北は、極東にも世界にも何の恩恵にはならないだろう。それは単に、一連の新しい緊張を生むだけであり、ロシア帝国の後継者たるソ連が、日本に代わって極東支配のための敵対者として現れることを促すことにすぎないだろう。ソ連はすくなくとも日本とおなじように破廉恥で、無節操で危険な相手である。こんな戦争でアメリカが勝ったとしても、その成果は恐らくソ連が独占してしまうことになる。(189頁)
(「平和はいかに失われたか」J・A・マクナリー原著 A・ウオルドロン編著 北岡伸一監訳 衣川宏訳 原書房)より
(江田島孔明、Vol.192完)
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