◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL196
江田島孔明
今回は、日銀総裁人事を巡る迷走振りの意味を検討したい。
△ 日銀総裁人事をめぐる国会攻防の裏側
日本銀行の総裁人事をめぐる攻防は結局、19日の任期切れまでには決着しなかった。問題をこじらせた背景には、なりふり構わず天下り先確保に走る財務省の存在もある。
3月18日夕方、日本銀行幹部の一人は白分に言い聞かせるようにつぶやいた。「とにかく、現場がしっかりしないといけない」。気持ちは痛いほどわかる。経済危機がグローバル規模で加速度的に進行する局面にあって、総裁が空席という異常事態が避けられなくなったのだ。
日銀の正副総裁は国会の同意を得て政府が任命する。ところが、それまで提示を出し渋っていた政府が3月初旬に明らかにした侯補者に、民主党はじめ野党は一斉反発。総裁候補の武藤敏郎・日銀副総裁と、副総裁候補の一人、伊藤隆敏・東京大学教授については、12日の参議院で同意が得られず、元日銀理事の白川方明・京都大学教授の副総裁就任だけが事実上決定した。
民主党が武藤副総裁の総裁昇格に反対したのは「金融・財政の分離に反する」などの理由からだった。世界経済が動揺する中、「日銀上層部の継続性は重要」との認識を深めていた財界などは一斉に民主党の動きを批判した。が、同党は姿勢を崩さなかった。
△ 財務省が根回し
政府は次善の策に乗り出す。17日、民主党に対して、福井俊彦総裁、武藤副総裁両名の任期延長という案を非公式に打診。が、「福井総裁による村上ファンドへの出資問題は遺憾」と主張してきた民主党は任期延長を一蹴。人事は振り出しに戻っていた。
福井総裁らの任期切れは19日。後任が決まらなければ、日銀はトップ空席という前代未聞の事態に直面する。そこで、政府は三たび動いた。18日、「最適な人選」と町村信孝官房長官が事前宣伝した最後のカードは、総裁侯補に元大蔵事務次官の田波耕治・国際協力銀行総裁、副総裁侯補に西村清彦・日銀審議委員という顔ぶれだった。
「悟然とした」。ある民主党幹部はそのときの心境をそう表現する。実は人事問題がもつれていた間、財務省関係者が水面下で「出身者の総裁就任の妥当性」について各方面に根回ししていることを、民主党は察知していた。「結局、財務省が人事を決めているのではないか」との心証を強めでいた矢先、再び次官経験者の名前が出てきたのだ。
「田波氏は主計局長を経験していない」。白民党筋は、主計畑出身で「ミスター財務省」と民主党が指摘した武藤氏と、一度は内閣官房に出たこともある田波氏とは違うと語り、「財金分離」に合致するとの理屈を披露した。しかし、それはあまりに財務省的なレトリック。民主党の主張が妥当かどうかという問題よりも、相当程度レベルが低い論法と言わざるをえない。
政府が総裁候補を模索する中、国際金融に精通する財務省財務官経験者の名前も一時は浮上した。が、最終的に出てきたのは事務次官経験者ばかり。「日銀総裁は事務次官経験者の天下りポスト」といわんばかりの展開だった。
結局、19日、参議院は田波氏の日銀総裁就任に同意せず、西村氏の副総裁就任だけが決まった。総裁空席が決定。白川副総裁が総裁を代行するという異例の展開となった。
トップ不在の中央銀行という事態がわが国の国際的信用を失墜しかねない、とメディアは一斉に報じ立てている。日銀の政策運営の行方も心配され始めた。ただ、白川氏が総裁を代行することで急場をしのぐことは可能だろう。
むしろ懸念すべきは、現下の経済危機に対処するため主要国中央銀行によるトップ外交などで国際協調政策が今後固められていくとき、指導力に欠ける政府や対立だけに終始する立法府が効果的にサボートできるのかという問題だ。変則体制の下、「現場が頑張るしかない」という中央銀行の足を引っ張るようなことだけは、少なくとも慎むべきだ。そうしたときこそ、わが国の信用は地に落ちる。(浪川攻 撮影:尾形文繁 =週刊東洋経済)
日本銀行の根本使命は「通貨の番人」ということにつきる。ここで、日銀とはどんな存在か見てみたい。日銀は株式会社ではないので、株式は公開されていても、議決権は存在しない。不動産投信やETFの類と同列だ。
以下日銀HPよりの抜粋。
日本銀行は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではない。
日本銀行の資本金は1億円と日本銀行法により定められています。そのうち55,045千円(平成17年3月末現在)は政府出資であり、残りは民間等の出資となっています。なお、日本銀行法では、「日本銀行の資本金のうち政府からの出資の額は、55百万円を下回ってはならない。」と定められている。
日本銀行の出資者に対しては、経営参加権が認められていないほか、残余財産の分配請求権も払込資本金額等の範囲内に限定されています。また、剰余金の出資者への配当は払込出資金額に対して年5%以内に制限されています。
そもそも、日本銀行は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではない。それゆえ、株式には議決権が存在しない。
企業を支配するとは、所有権を持つこと。所有権を持つとは、株券を持つということだ。一般的に株券を5%保有すると大口株主として、その企業の経営に大きな影響力を持つと言われている。
ここで問題は、国際金融資本ロスチャイルドが持っている日銀の株は20%とも40%とも言われていて、公には定かではない。いずれにしても大口株主であることは間違いない。
ただ、私は株の保有量よりも、その運営方法をロスチャイルドの銀行家たちに教わってきたことの方が、日銀に影響を与えていると思う。いわゆる日露戦争以来の弟子と師匠の関係だ。
日銀総裁は代々「忠誠心」によって選ばれ、門外不出の「虎の巻」を託されてきたのが真相だ。
【参考】
『日銀はロスチャイルドがつくった』
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20070320
『福井総裁と日銀について』
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060702
それと、明治維新後も、大戦後も、日本は外資からの融資なくして発展できなかった。
「借りる者は貸す人の奴隷となる」(旧約聖書)
さらに、大戦以降はGHQがスパイ網を日本中に配置して、日本の支配者層のスキャンダルを握り、容易にコントロールできる体制をつくりあげてきた。また、岸信介や児玉誉士夫など戦後の日本をつくってきた実力者たちは、CIAに雇われていた工作員であったことも明らかになっています。
つまり、裏と表の両方からコントロールしてきたわけだ。
あと、南米だけでなく途上国はほぼ全部IMFと世銀の管理下にあると言ってよいだろう。
このような実態を考慮すると、日銀総裁が不在という自体は、国際金融資本の頸木から日本が脱却するための一里塚とさえ思えてくる。
河尻 秀隆(かわじり ひでたか)は、<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3_%28%E6%97%A5%E6%9C%AC%29> 戦国時代の<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%B0%86> 武将。<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E6%B0%8F> 織田氏の家臣。黒母衣衆筆頭で、のちに <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E6%BF%83%E5%9B%BD> 美濃岩村城主や<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E6%96%90%E5%9B%BD> 甲斐府中城主も務めた。
天正10年(1582年)2月からの<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E6%B0%8F> 武田氏攻め(<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E5%BE%81%E4%BC%90> 天目山の戦い)においても大いに活躍し、その功績により3月に信長から<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E6%96%90%E5%9B%BD> 甲斐22万石を与えられた。しかしその3ヶ月後の6月2日、信長が <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%99%BA%E5%85%89%E7%A7%80> 明智光秀に襲撃されて自害する<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E8%83%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A4%89>本能寺の変が起こると、その際に領国・甲斐で武田氏の旧臣による<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E4%B8%80%E6%8F%86> 国人一揆が起こり、その混乱の中で岩窪において6月18日に殺害された。享年56。<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E7%9C%8C> 山梨県<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E5%BA%9C%E5%B8%82> 甲府市には首塚、あるいは屋敷跡が伝えられている。
以上
(江田島孔明、Vol.196)
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