◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL198
 江田島孔明


 今回は、最近顕著になった、日本を巡る、地政学的変動について、の最近の動きを検討したい。


 私の読みは、数年前から一貫しており、アメリカ幕府衰退後、世界規模での地政学的変動が置き、それは、19世紀からの世界史をやり直すことにつながるというものだ。つまり、世界は第一次大戦により、アメリカが登場してきた時点以前に戻る。このような地政学的変動期において、過去の失敗に学ぶことは非常に重要なので、この点の歴史を見てみたい。


http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080422AT3S2101F21042008.htm

 天皇陛下に訪韓を要請・韓国大統領

 天皇、皇后両陛下は2008年4月21日午後、皇居・宮殿で来日中の李明博韓国大統領夫妻と会見された。天皇陛下は李大統領から韓国訪問の招請を受け「自分の外国訪問は政府が検討し決定することになっている。招待には感謝します」と応じられた。天皇陛下の訪韓は盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領をはじめ歴代の韓国大統領が来日時に要請してきたが、実現していない。

 会見は午後2時半すぎから約20分間、宮殿「竹の間」で行われた。宮内庁の原口幸市・式部官長によると、陛下は「貴大統領の今回のご訪問によって、日韓関係がさらに増進することをうれしく思います」と発言。大統領は「福田康夫首相ともよい会談ができた」として日韓間の若者交流の強化を説明し、陛下は「それはよいことですね」と述べられたという。

 会見を前に、両陛下は玄関の「南車寄」で大統領夫妻を乗せた車を出迎え、2人が到着すると笑顔で握手を交わして宮殿へ。見送りの際も両陛下と夫妻は通訳を介して和やかに談笑し、大統領は別れ際に日本語で「ありがとうございました」と謝意を表した。(07:03)



http://mainichi.jp/select/world/news/20080427ddm002010105000c.html

 日露首脳会談:ロシア主導の経済優先 油田共同探鉱で合意−−福田・プーチン首脳会談

 【モスクワ白戸圭一】4月26日の日露首脳会談は、7月の北海道洞爺湖サミットを前に、福田康夫首相がプーチン大統領、メドベージェフ次期大統領と信頼関係を築くのが主目的で、北方領土問題の具体的な進展はあまり期待されていなかった。
 プーチン大統領の「対話を続け、進展への必要条件を作る」との発言は、政権最後のリップサービスともとれる。会談後、ロシアのグロモフ大統領報道官は「領土問題で詳細な議論や新たな展開はなかった」とコメントした。

 日本を出発した25日、首相は記者団に「両国首脳が忌憚(きたん)なく意見を言える関係をつくらないといけない」と訪露の狙いを語った。領土問題はロシアの政権交代後も交渉継続を確認するのが限度で、サミットの主要議題となる地球温暖化問題、動きが見える北朝鮮問題で協力を取り付けるのを目指す会談だった。

 「日露関係を高い次元に引き上げる」具体策と位置づける東シベリアの油田共同探鉱は「ロシアの目をアジアに向かせたい日本の狙いとロシアの思惑が一致した結果」(外務省幹部)だが、裏返せば、領土問題での突っ込んだ議論を避けながら経済分野で実利的な成果を得たいロシア側の狙いに乗ったという面も否定できない。

 ロシア側は、領土問題が経済協力など全般的な関係拡大の足かせになるのを避けたがっており、「高い次元」への引き上げを、領土に限定されない関係拡大へ日本が踏み出した兆候とみなしている。「高い次元」を領土問題打開に結びつけたい日本側の狙いは、ロシアのペースに引きずられる恐れもはらむ。
(毎日新聞 2008年4月27日 東京朝刊)



△ 日米中の東アジアの地政学と歴史の教訓 △

 ◆ 日露戦争に見る日米中三国の地政学関係

 カール・マルクスの言葉。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

 同じ間違いを繰り返さないために、歴史に学び、教訓を得ることは重要なのだ。

 日露戦争で日本は、海軍国英国の支援とアメリカの講和条約仲介とユダヤ金融資本による外債調達で勝利することが出来たのだ。

 アメリカにある投資商会クーン・ローブ社のヤコブ・H・シフは、ドイツのフランクフルト出身でユダヤ人であり、ロシアで迫害されるユダヤ人を救うため、ユダヤ人弾圧国家であった帝政ロシアと戦う日本に同調した。

更に、金融資本主導のイギリスが日英同盟締結によって、情報の面及び、軍艦等の兵器供与で全面的に日本を支援したことはいうまでもない。

 即ちシーパワー米英と国際金融資本との連合こそが、日本を国際社会で発展させるための「地政学的結論」であるということなのだ。


 逆に日露戦争後日本が破滅の道を歩んだのは、ハリマンとの「満州」権益の日米共同開発を拒絶し、中国大陸へ深入りし、アメリカや国際金融資本と対立したことに原因がある。



△ 日露戦争とその後の日米中関係に見る、20世紀の歴史の教訓 △

 日露戦争は、その後のアジア太平洋地域の国際関係に重大な影響を及ぼした。

 日露戦争とその後の日米中関係に学び、20世紀の歴史の教訓から言えることは以下の事実だ。

(1)英米は極東では、直接戦闘に参加せず、「日本を代理人」としてランドパワーに対抗すること。

 そのための海軍力(現代では空軍力やミサイル防衛も)の増強には協力する。余談だが、明治維新は、「日本を極東の代理人」とするために、英国国際金融資本によってなされた「政権交代劇」だ。

(2)その後の「満州」共同経営というハリマンの提案を、日本がけったことが、後の太平洋戦争に繋がった。

 日本がユーラシア大陸に単独で利権をもつことをアメリカは許さない。同様にランドパワー中国が、単独でアジアの支配権を確立しようとすることも許さない。
 従って、アメリカを排除し、中国単独のアジア覇権を目指す『東アジア共同体』をアメリカは絶対に容認しない。

(3)米中が接近すれば、日本の孤立化を生み極東を不安定化する。さらにはアジアでの戦争を生む。

(4)中国を同盟国としたアメリカ民主党の支援は全て裏切られた。

 その最たる例は、蒋介石政権への支援による日米戦争。その結果としての中国大陸を喪失。更には朝鮮戦争での軍事介入。クリントン時代に中国へ供与された核やミサイル技術の中東への流出。


要するに、「シーパワー日本は支持するが、ランドパワー日本は徹底的に潰す」という事が、アメリカの一貫した方針なのだ。

逆にランドパワー中国は容認するが、海洋覇権をめざし台湾侵攻やASEAN進出を狙うシーパワー中国を、アメリカ断固として潰すということだ。


 これは、リムランドの複数国が結びつくのを阻止するという「リムランド理論」にのっとった地政学戦略であり、ローマ帝国以来の分割支配(Divide and Rule)に基づいているともいえる。

この地政学戦略の理論を理解しなければ、アメリカのアジア政策の本質は決して読み取れない。



 さらに、日本の一部には「アジア事大主義」があり、「アジア人同志で戦争してはいけない。同じアジア人同士連携して欧米にあたるべき」だという意見がある。

 これは全くの”ナンセンス”だ。

 はっきりというが、国際戦略を考える場合に、地政学やパワーポリティクスを軽視した、こうした単なる「人種や文化」を基盤として論じることほど危険なことはない。

 そもそも日本と華北は人種や文化も違う。アジア事大主義者は、同文異種、一衣帯水などといったりいますが、全くの文明的理解が不足している。日本と文化的同質性があるのは、稲作の原産地揚子江以南の華南、華中なのだが。



 国家戦略は合理的な地政学を基盤に構築すべきなのだ。

 そうでなければ、何故、日露戦争で白人国家の英国が日本を支援し、白人国家ロシアを敵としたか、あるいは何故、同じゲルマン系の英独が、二度も死闘を演じた全く説明できない。

これは、全て地政学でしか説明できない。国際関係とは「人種や文化」は本質的に無関係なのだ。



極東の平和と安定の為に、日本アジアと友好関係を築けという論者は、20世紀の歴史と地政学が根本的に理解していない。

極東の平和と安定の為に、「日米は、覇権主義ランドパワーの北京政府を、軍事バランスの優勢を保つことにより封じ込めるしかない」というのが20世紀の教訓から言える結論なのだ。

 日本史を概観しても、隋の成立に対し、独立宣言した聖徳太子。蒙古からの国書受け入れを拒否した鎌倉幕府執権北条時宗。清の成立に対し、鎖国で応えた江戸幕府などなど....。

 歴代の日本国の華北政権との接し方は、非常に賢明であり地政学を本質的に理解していたと言えよう。

 これは、華北政権は「奪い殺す」ことを本質とする獰猛なランドパワーだからなのだ。チベットやモンゴルやウイグルの現状を見れば、彼らの支配の本質が分かると言うものだろう。



△ 世界は「自由貿易」から、パワーバランスの時代に突入した △

 極東における、戦前と戦後の最も大きなパワーバランスの変化は、アメリカが同盟相手を中国から日本に変えたこと。そして、日本、台湾、フィリピンの防衛に、アメリカがコミットすることで平和が維持されたのだ。

 逆に言えば、米国民主党のような中国を同盟国とする戦略は、アジアの戦争リスクを高め、結果としてアメリカも中共に裏切られるだけだということだ。

 それが20世紀の歴史からいえる最も重要な結論なのだ。米国民主党もいいかげん、歴史から学ぶべきだろう。

 今回の北京オリンピックの聖火を巡る騒動は、この点において、世界が中国をどのように見ているか、如実にあらわしている。
以上
(江田島孔明、Vol.198完)


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