◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL200
江田島孔明
秀才不出門、能知天下事
(その意味)
秀才は門を出でずして、ことごとく天下の事を知る。
今回は、最近の北京とモスクワの動きから、ランドパワーというのもの本質を検討したい。
私の分析の手法は、各国の一次情報に頼るのではなく、歴史を鳥瞰し、そこから、普遍的法則を導き、現実に起きている事象の背景に迫るというものだ。
これは、各国の一次情報に頼った分析が、結局は「ミイラ取りがミイラになる」事を生み、国家を誤らせたかっての歴史の反省にたったもので、「独立と客観」こそが、私の分析の生命線だと自負する。
この観点から、私が最近考えている事は、「ランドパワーとシーパワーにとって、最大の危機とは何か?」ということだ。
結論は、「ランドパワーにとっての最大の問題は後継問題であり、シーパワーにとっての最大の問題は財政破綻だ」ということだ。
http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/display/5686/
ロシア大統領と首相
国家元首である大統領は外交を統括、軍最高司令官として国防を指揮する。下院の承認を得て首相を任命し、首相以下全閣僚を解任できるほか、非常事態導入などの強大な権限を持つ。一方、首相はナンバー2として政府を統括。大統領が辞任、死亡したり職務遂行不能となった場合は大統領代行を務める。プーチン首相は下院の3分の2以上を占める与党「統一ロシア」党首にも就任、メドベージェフ大統領に並ぶ強い権限を握るとみられている。(共同)
プーチン氏、首相就任 ロシア下院承認 双頭体制がスタート
(2008年5月9日掲載)
【モスクワ5月8日共同】 ロシア下院は5月8日、メドベージェフ新大統領が指名したウラジーミル・プーチン前大統領(55)の首相就任を、共産党を除く賛成多数で承認、新旧大統領が政権運営に当たる異例の「双頭体制」がスタートした。
プーチン氏は、下院の7割を占める与党「統一ロシア」の党首にも就任し、同党を通じて議会や地方をまとめ、国民の高い支持を背景に当面、強い実権を維持するとみられる。同氏の首相就任は、大統領就任前の1999年8月に続き二度目。
下院でプーチン氏は、ロシアは購買力平価で換算した国内総生産(GDP)で今年中に英国を抜き世界6位になれると演説。10-15年で国民生活を世界最高水準に引き上げるとの目標を掲げ、長期にわたって政権にかかわる意欲をにじませた。高いインフレ率については数年以内に1けた台に抑えるとした。
メドベージェフ大統領は、承認に先立ち「プーチン氏は首相としてロシアの発展に重要な役割を担う」と説明。「疑いなく、われわれの二人三脚の協力関係は強固になっていく」と強調した。
5月7日の就任演説で自由と法治主義を強調しリベラル色をにじませたメドベージェフ氏は、プーチン氏と協議してきた新内閣の顔触れを近く発表する見通しで、政権人事で影響力を発揮できるかどうかが注目される。
憲法上、大統領は首相解任権を握っており、メドベージェフ氏が力を付けた場合、プーチン氏との権力の均衡が崩れ、政治的混乱に陥る恐れもあると指摘されている。
7日の大統領交代に伴い、ズプコフ内閣は同日総辞職した。前閣僚は新内閣発足まで閣僚代行を務める。
まず、前号で述べた様に、ランドパワー崩壊とは、日本の戦国時代の武田家が典型だが、指導者のカリスマが強烈なときには起きにくいが、一旦後継問題が紛糾すると、容易に起きてしてしまうという法則をもつ。
そして、中国もロシアも、それぞれ、毛沢東、スターリンという戦国大名が「戦争に勝って」建国したという歴史を見れば、日本の戦国時代と大差無い事が理解される。
重要な点は、それぞれ、毛沢東、スターリンという戦国大名を失い、深刻な後継問題に悩まされている点は全く同じだが、ロシアはKGBという諜報機関に権力を集中し、プーチンをスターリンの後継者として、育成しようとしている。
しかし、中国共産党は、そのような、「毛沢東の後継者」を、結局は、育成できなかった。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/21013
<http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/21013> 日中戦略的互恵を推進 首脳会談・共同声明 「ガス田問題進展」
2008年5月8日 00:51 カテゴリー: <http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/> 政治
福田康夫首相は5月7日、中国の胡錦濤国家主席と官邸で会談した。両首脳は1972年の日中共同声明から4番目の共同文書「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」に署名し、地球温暖化対策の協力に向けた共同声明などを発表。中国は共同文書で初めて戦後日本の歩みを積極評価した。
胡主席は、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに肯定的姿勢を表明。声明は2050年までに世界全体で温室効果ガス排出量を半減させる長期目標に、中国が「留意し措置を検討する」と明記した。
胡主席は5月6日に来日。中国国家元首の来日は1998年の江沢民主席以来10年ぶり。同日の非公式夕食会で雌雄のパンダ2頭貸与を首相に伝えた。
両首脳は声明で未来志向の日中関係を確認。中国は「日本が戦後60年あまり、平和国家としての歩みを堅持し、世界の平和と安定に貢献していることを積極的に評価する」と言明。会談では、関係強化のため首脳同士が定期的に相互訪問することで一致した。
東シナ海のガス田開発問題に関しては「大きな進展があり、解決のめどが立った」との認識を共有したが、合意には至らなかった。ただ日本外務省によると、共同開発する海域の一部では双方の立場が一致した。
中国製ギョーザ中毒事件では、首相が「断じてうやむやにできない」と真相究明の意思を強調、重ねて捜査協力を求めた。
首相が日本の常任理事国入りに支持を求めたのに対し、胡主席は「日本の国連における地位と役割を重視し、さらに大きな建設的な役割を果たすことを望む。今述べたことからこの問題での中国の積極的な態度を感じてほしい」と応じた。
チベット問題で胡主席は4日のダライ・ラマ14世側との接触を説明し「今後も話し合いを続けていく」と明言。首相は会談後の共同記者会見で、北京五輪開会式への出席を「前向きに検討する」と述べた。
両首脳は、北朝鮮核問題について「完全かつ正確な核計画申告」履行に向けた連携で一致。首相は拉致問題を解決し、日朝国交正常化を目指す決意を示した。
胡主席は、都内で民主党の小沢一郎代表ら各党幹部とも会談した。
=2008/05/08付 西日本新聞朝刊=
胡錦濤の来日の真の意味は、「いかに、彼が国内で基盤が無く、脆い存在か」表しており、端的に言って、「日本に助けを求めに来た」といってもいい。
このような行動をとると、ランドパワーの世界では、「舐められる」し、致命的な失点にもなるというのが、世界史の真理だ。
私が「ランドパワーの敵はランドパワー」と見なす理由はそこにある。
日中戦争は、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2592%258B%25E4%25BB%258B%25E7%259F%25B3/> 蒋介石率いる <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD%25E5%259B%25BD%25E6%25B0%2591%25E5%2585%259A/> 中国国民党政権下ではじまった。終戦に際して蒋介石が、「以徳報怨(怨みに報いるに徳を以ってする)」政策をとって、日本に賠償を求めなかったのは周知のとおりである。
さらに興味深いのは、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2592%258B%25E4%25BB%258B%25E7%259F%25B3/> 蒋介石を追い落として政権をとった中国共産党のドン、毛沢東の日中戦争観である。かれは、堂々と、日本侵略に感謝しているのだ。
もし <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2583%25A1%25E9%258C%25A6%25E6%25BF%25A4/> 胡錦濤主席が、それに類したことをひとことでも漏らしたら、たちまち政敵の餌食になって、失脚する可能性すらある。
毛沢東の感謝のことばは、昔、社会党の佐々木更三委員長の訪中の際に伝えられた。そして、日中国交回復に際して訪中した田中角栄首相に対しても、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25AF%259B%25E6%25B2%25A2%25E6%259D%25B1/> 毛沢東は述べた。後者に関しては、毛沢東の元主治医、李志綏の著書、邦訳の場合は、新庄哲夫訳『毛沢東の私生活(下)』(文藝春秋)(352頁〜353頁)に出てくるので、参考までに引用しておきたい。
「 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25AF%259B%25E6%25B2%25A2%25E6%259D%25B1/> 毛沢東は、ニクソンよりも田中との会談のほうがずっと心強く、親しみ深かったと思った。田中が、日本の中国侵略を謝罪しようとしたとき、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25AF%259B%25E6%25B2%25A2%25E6%259D%25B1/> 毛沢東は、日本侵略の『助け』があったからこそ共産党の勝利を可能ならしめ、共産 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国と日本の両首脳が、あいまみえるようになったのだと請けあった」
敵の敵は味方、という論法からいけば、八路軍( <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E4%25B8%25AD%25E5%259B%25BD/> 中国共産党軍)にとって、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2592%258B%25E4%25BB%258B%25E7%259F%25B3/> 蒋介石軍と対決する日本軍は、好ましい存在であったのはたしかだ。
現在、中国共産党政権が、 <http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25AF%259B%25E6%25B2%25A2%25E6%259D%25B1/> 毛沢東語録など、そ知らぬ顔で、旧日本軍のあれこれを徹底的にたたいているのだから、歴史というのは皮肉である。
昭和39年に社会党の佐々木更三委員長の謝罪に対した、毛沢東初代国家主席・中国共産党主席の言葉。「何も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は、中国に大きな利益をもたらしました。中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか。皆さん、皇軍の力なしには、我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう。」(「毛沢東思想万歳」(下))
[書評]田中角栄と毛沢東(青木直人)
「田中角栄と毛沢東―日中外交暗闘の30年(青木直人)」( <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062113716/fareasetblog-22/ref=nosim> 参照)という本が、まさに題名の問題にとってどれほど重要な情報を提供しているのかよくわからないが、この問題について近年扱った書籍としては類書がないようだ。小学館あたりから出版されているならSAPIOみたいなものかと思うが、ちょっと左がかった講談社から出ている。が、それほどイデオロギー臭がするわけでもない。読書人なり歴史に関心を持つ人に特にお勧めというほどの本ではないものの、今朝の朝日新聞社説”歴史認識 政治家が語れぬとは ”( <http://www.asahi.com/paper/editorial20060914.html#syasetu1> 参照)を読みながらこの本のことを思い出した。話のきっかけは日中国交正常化について触れた朝日新聞社説のこのくだりである。
外交とは、水面には見えない交渉が下支えしている。国交正常化の際、中国側はこの理屈で、まだ反日感情の強く残る国民を納得させ、賠償を放棄した。日本はそれに乗って国交回復を実現させた。
朝日新聞は、さも日本人だれもが共通理解を持っているかのように、日中国交正常化を下支えした交渉の存在を語っているのだが、それはそれほど自明なことだろうか。中国共産党政府による対日賠償放棄についても同じだ。なにより、「日本はそれに乗って国交回復」という背景についてどのように考えるべきなのだろうか。朝日新聞社説執筆子には、ある強固な歴史解釈があり、それは明言しなくても日本国民はわかれ、というような印象だけを、ここから受ける。
「田中角栄と毛沢東」を読まなくても、まず対日賠償放棄の歴史的な背景は、台湾問題とのバーターであったことは理解できるだろう。その一点だけでも、朝日新聞社説執筆子の史観には整合していないのではないか。
すでに蒋介石は対日賠償を米国側の要請により放棄していた。あの時中共が対日賠償を蒸し返せば、そうでなくても危ない橋を渡っていた田中角栄はどうなっていただろうか。いや、後の田中角栄の末路が早まっただけとも言えるかもしれないが。また、後の対中援助は、実質的には賠償金の意味合いを持っていた。
この背景について同書はこう触れている。
周は首脳会議で、国交正常化の見返りに日本側の懸案だった賠償金請求権を放棄すると示唆した。中国が最大のカードを切った目的は、日本と台湾の間に楔を打ち込むことだった。
周は「内部講話」で、対日賠償請求権を放棄して日本に恩を売り、台湾との関係を切らせるのだ、と演説している。賠償は「友好」の美名のために放棄されたのではなかった。それは日本が台湾を見捨てることを引き換えにした取引だったのである。
対日賠償放棄の問題は、当初の日本側の最大懸念であったとはいえるかもしれないし、中国側の応答には水面下の交渉でも見えない部分はあったのかもしれない。だが、それは単純に友好を目指した水面下の交渉でなかった。
中国の意図はどこにあったのだろうか。将来の中国の経済的な発展だっだだろうか。もちろん、それはある。だが、おそらく大枠は冷戦構造にあり、さらに中国とソ連の緊張関係にあっただろう。同書では毛沢東が田中角栄に次のように語っていたと伝える。
「あなた方がこうして北京にやってきたので、どうなるかと、世界中が戦々恐々として見ています。なかでも、ソ連とアメリカは気にしているでしょう。彼らはけっして安心はしていません。あなた方がここで何をもくろんでいるかがわかっているからです。」
「ニクソンはこの2月、中国に来ましたが、国交の樹立まではできませんでした。田中先生は国交を正常化したいと言いました。
つまりアメリカは、後からきた日本に追い抜かれてしまったというわけです。ニクソンやキッシンジャーの胸には、どのみち気分の良くないものがあるのです。」
本当にそんなことを毛沢東は告げていたのだろうか。仮にそうであれば、毛沢東の意図は、対ソ・対米に日本を大きく使うということだった。そして、同書では、毛沢東は中国の敵は中国の中にあるとまで言っているが、内政的な権力問題も関連した。
田中角栄は、中国のある勢力にとってその表向きの失脚後も重要な意味を持ちづけた。中国の要人たちは目白詣を繰り返した。中国的な義の倫理行動でもあっただろうが、単純にそう見るだけで済むわけもない。そしてその交流を小沢一郎がじっと継いできた。
田中の失脚にまつわる歴史には、オモテの歴史からは見えない部分が多い。だが、単純に考えれば胡耀邦の路線は、日本の田中角栄から小沢に流れている。今朝の朝日新聞社説は、ちょっと読むと中国様が後ろでぷうぷうしているようにも見えるが、たぶん、胡耀邦を継いだ胡錦濤中国の思惑はそんなところにはないだろうし、むしろあの時の毛沢東の戦略に近いもののように思える。
思うに、毛沢東は、無学ではあったが、冒頭で紹介した「秀才不出門、能知天下事」を地で行く人材だ。中国の不幸は、そのような、地政学的判断のできる逸材を定期的に輩出できないことだ。
むしろ、武田が織田に敗れ、崩壊した後に、家臣団を家康が吸収し、江戸幕府の基礎を築いたように、毛沢東の戦略は、日本人が継承することができるかもしれない。
中国では当の昔に廃れた、漢代の仏教や道教の遺産を、日本で見ることができる。「龍(漢)は東方の水流(日本)に潜み、やがて龍神と化す」。これこそが、私が達した結論だ。
この考えは、柳田国男の提唱した「蝸牛現象」とも一致する。彼は、カタツムリの方言(デデムシ、マイマイ、カタツムリ、ツブリ、ナメクジ)の分布の考察を通して、『蝸牛考』において、方言というものは、時代に応じて京都で使われていた語形が地方に向かって同心円状に伝播していった結果として形成されたものなのではないかとする「方言周圏論」を展開した。
法隆寺や唐招提寺で、胡主席がそのことに気づけば、たいしたものなのだが。
以上
(江田島孔明、Vol.200完)
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