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"Flower"
4
鞄にノートと教科書を放り込む。ジッパーを締める前に試しに持ち上げてみると、うわっ、重っ。
「まーみちゃん」
前から読みたかった本を借りられたのはいいのだが、分厚いハードカバーの二巻組で、多分、教科書全部を合わせたのよりも重い。
家で全教科の予習復習をするわけでもなし、適当に置いて帰ろうかとも思ったが、取捨選択をするのもめんどうだ。えいやっ、とそのまま肩に掛けた。
……やっぱり数学と英語だけにしようかな。
「麻巳ちゃんってば」
「わ」
乱暴に肩を引かれてバランスを崩し、転びそうになった麻巳子を誰かの手が支えてくれた。力強くて、温かい。誰かと思えば。
「ご、ごめん。ありがと」
礼を言うと花島はなぜか顔を赤くして、「おお」と「ああ」の中間ぐらいの奇妙な返事をした。
「ちょっとハナジー、なに麻巳ちゃん抱き締めちゃってんのよ。あたしに何の断りもなく」
「ばっ、違……」
珍しく動揺したような花島だったが、しかしすぐにいつもの落ち着きを取り戻すと、結果的には確かに胸の中に抱き止めた形になっている麻巳子をゆっくりと押し戻した。
ふわりと甘い匂いに鼻をくすぐられて、なんだろうと思った麻巳子だが、すぐに整髪料だと気付いた。珍しい。というか、初めて見たような気がする。もっとも部活を引退する前はずっと坊主だったわけだが。
「いつ付けたの、それ。プールの後?」
確か朝は普通だった筈だ。
「ああ、これか」
花島は頭に手をやった。短めの髪がツヤツヤと光沢を帯びて尖っている。
「変か?」
「ううん、似合ってると思う。カッコいいよ。ねえ、貴世ちゃん」
「えー、駄目だよ、坊主じゃないハナジーなんてハナジーじゃないもん。ハナブーだもん」
貴世はぶんぶんと首を横に振った。
「意味分んねぇし。それよりさ、来宮、ちょっと話があんだけど」
「あたし?」
「だ〜め。麻巳ちゃんはこれから大事な約束があるんだから。ハナブーなんかと遊んでる暇はないのです。残念でした」
麻巳子が返事をするよりも先に貴世が口を出した。麻巳子の腕を取って、花島に「んべっ」と舌を出す。
花島はあっさりと頷いた。
「そっか、じゃまた今度な」
「あ、うん、バイバイ」
さっさと踵を返し、大股に教室を出ていく花島に、麻巳子は小さく手を振った。何の話だったのか少しだけ気になった。
外靴に履き替えて、夏花の枯れた花壇を通り過ぎる。昨晩のドラマの感想を元気に語っていた貴世は、まるで同じ話題の続きみたいにして本題に入った。
「でね、韮崎さんがまた会いたいんだって、この後」
麻巳子は眉根を寄せた。
「韮崎さんって、この前の」
「うん、ちょっち渋めのおじさん。麻巳ちゃんのこと気に入ったみたい。なんかね、今度はお尻の方にしたいっていうの。最初断ったんだけどさ、五万出すっていうから、思わず引き受けちゃいました。えへへ」
「…………」
「ね、ダメ?」
貴世は繰り返した。
「ダメ、かな?」
「――いいよ」
「わーい、ありがとー。麻巳ちゃんならそう言ってくれると思ったんだよねー。あ、でもでも無理はしなくていいからね。途中で『やっぱやだ〜』ってなったら、遠慮なく断っちゃって。お金は返せば済む話だし。もしそれでさ、向こうが力ずくでこようとかしたらぶっとばしちゃえ」
バシッとね。貴世はそう言って笑った。
(続く)
2005/11/14
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