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"Flower"
7
早かった。HRが終わって、鞄に手を掛けた時にはもう彼は麻巳子の隣に立っていた。
「来宮、一緒に帰ろう」
「花島君……どうしたの急に。何か用事?」
麻巳子は首を傾げた。そういえばおとといも話があるとか言っていたが、心当たりがなかった。二学期になって席が近くなってから、少しは親しくなったとはいえ、逆に言えば麻巳子と花島との接点はそれだけだ。
だが花島はさらに麻巳子の意表を突いた。
「用事は別にない。ただ一緒に帰りたいだけだ。駄目か?」
「だ、駄目じゃないよ。でもどうしてあたしと?」
あっ、と思った。いくらなんでもまさかそんな、でも貴世ならばもしかして。クラスメートをお客さんにしたりだなんて。
にこにこしている貴世と目が合った。こちらに小さく手を振ってみせ、その後で「頑張れ!」のガッツポーズ。――本気で?
「んっと、とにかく出ようか」
教室でそんな話はできない。
「おう」
花島は不器用に頷いた。
会話は弾まなかった。というか、なかった。
花島は幾度か口を開きかけたが言葉になるまでにはいたらず、麻巳子はどう対応すべきか考えるのでいっぱいいっぱいだった。
けれど何事もなく「じゃあまた明日」というわけにはいかない。
その思いは二人とも等しく、申し合わせでもしたみたいに、彼らは小さな児童公園へと行き着いた。ブランコとジャングルジムと滑り台と砂場。それに子供が三人ばかり。
「貴世ちゃんから、聞いたんだよね」
麻巳子はジャングルジムに背中をもたせかけ、言った。半歩距離を置いて、花島の大きな身体が小さく身じろぎする。
「まあ、な」
決まり悪げな答え。
どういう気分なんだろう。クラスメートにお金を払ってそんなことをするなんて。しかも、花島君が。あたしに。
あたしと。
日焼けした、自分よりずっと高い位置にある顔。その引き結ばれた口元が開く前に。麻巳子は大きく息を吸い込んだ。
「ごめんね、あたしもう決めたの。そういうことはしないって」
「え」
「やっぱり悪いことなんだよね。法律でも禁止されてるんだから。でも、そういうのとは関係なくね、思ったの。もっと素直になろうって。好きなもののことや嫌いなもののことを、もっとちゃんと考えようって。すぐには分らないかもしれない。だけど、自分の気持ちを真っ直ぐに見つめて、一つ一つ答えを探していきたいの。ゆっくりと、時間をかけて。だから」
麻巳子は頭を下げた。
「――ごめんなさい」
麻巳子の靴がすっぽりと収まりそうなサイズのスポーツシューズ。小石を踏んで。
「あー、つまり、俺はフラれたってことか」
麻巳子は顔を上げた。確かにそう表現できないこともないが、微妙に違っている気がする。
「いや、さすがに法律で禁止はないだろ。そんなに俺が嫌ってことか?」
「え、だって、ニュースとかでもたまにやってるし。児童買春がどうとかって」
「…………。何言ってんだおまえ」
花島の声が硬くなる。
「どういう意味だよ、それ」
「だって……。貴世ちゃんから聞いたって」
「西桜に聞いたのは、来宮につき合ってる奴がいるのかどうかってことだ。……売春?おまえが?マジで?」
「――うん」
麻巳子は困ったように頷いた。今さら隠しても遅い。
思わず身を竦ませる。ジャングルジムを、花島のでかい足が力まかせに蹴りつけていた。公園で遊んでいた子供達がびっくりして動きを止めるほど大きな音がした。
「何で、そんなことすんだよっ!」
「その、自分でも良く分んないの、だけどもうしないよ」
「じゃあ、何でやめる気になった」
「お花がきれいだったから、かな」
「…………」
花島は黙り込んだ。怒っただろうか。麻巳子にとっては、心の底からの本当の正直な答えなのだが、はたからすればふざけてると取られてもしかたない。あの死にたがりのお隣さんなら、分ってくれるだろうけど。
「来宮」
「はい」
「俺には、おまえの言ってることが全然分んねぇ」
「ん、そうだよね。ごめん」
「だから、俺とつき合え」
「うん……え?」
麻巳子は後退りしそうになったが、背中のジャングルジムが邪魔をした。
「今、頭ん中がめちゃくちゃに混乱してる。おまえの言ったことが本当なのかとか、もし本当だとしてどうすればいいのかとか、昨日学校休んだのと何か関係あんのかとか、色んなことが全部、ぐっちゃぐちゃで、俺が考えてることも、おまえが考えてることも分らないから、とにかく、今一番言いたいことを言う。――おまえが好きだ。つき合ってくれ」
いつかきっと、花は咲く。
(了)
2005/11/20
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