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"また逢おうね"

 「暗くなってきたね」
 「ん、ああ、もうこんな時間か」
 ずっとディスプレイを覗き込んでいたので気付かなかったが、光は忍びやかに、窓の彼方へ去って行こうとしていた。現と幻とが混じり合う、僕達の一番好きな時間。いつも一緒に過ごしてきた。
 「こっちは大体終わったわ。問題無し」
 季里子はやれやれと肩を揉む。
 「そっちは?」
 「大丈夫。いつでも引き継げるよ。これで僕らはお役御免。やっと解放される」
 「お疲れ様でした」
 「ご苦労様でした」
 ぺこりと頭を下げ合い、そしてどちらからともなく笑い出す。
 「ちょっとだけ残念な気もするけど。でも、相棒があなたで良かった。ありがとね、敬一くん。おかげで楽しく過ごせたわ」
 「まあ、退屈はしなかったかな」
 「むう、どういう意味よ、それ?」
 季里子は唇を尖らせた。昔から変わらない、気に入らないことがあった時の癖。僕は答える。
 「なんてったって、生まれて初めて出会って聞いた言葉が、『あたしの家来になるのと、パシリになるの、どっちがいい?』だったし。運命を呪いたくなったよ」
 「それはこっちの台詞よ。敬一くんたら、なんにも喋んないで、ずーっと黙ってて、ひょっとしたら言葉がまだあんまり良く分んないのかなって心配になった頃に、たった一言、『君、馬鹿?』って。後にも先にもあたしを馬鹿呼ばわりしたのは敬一くんだけよ」
 「それは」
 当り前だ、とは僕は言わなかった。
 「親愛の情の婉曲表現ってやつさ。日が暮れるよ。準備しよう」
 僕らの仕事は、基本的に日の出から日暮れまで。夜間は自動運転だから、モードを手動から自動に切り替えておく必要がある。通常は五分ぐらいの簡単な作業なのだが、最終日の今日は、幾つか特別の手順があった。
 「ネクスト設定。発現は十日後、でいいのかな?」
 「うん、多分。あたし達もそうだったみたいだし。次はどんな子達だろうね。会ってみたいな」
 「そうだね」
 だけどそれは不可能だ。この閉じられた世界の循環系で、生きられるのは一度に二人。凍結保存されたDNAアーカイブの中から、どんな一組が次の生体オペレーターに選ばれるのかは、神様(システム)の振るサイコロしだい。そうして僕らは生まれ出る。カプセルの中で成長する間に、必要な知識を身に付けて。
 果てしない空間を、ちっぽけな船は行く。あるかどうかも分らない次の星を探して。移民達の種を載せて。
 僕と季里子がその場所に行き着くことはない。
 一度発現してしまった生命は、二度とは甦らない。
 どっちが幸福なんだろうね?いつ覚めるとも知れない眠りを続ける彼らと、限られた生を生きた僕らと?
 窓の外がまた少し暗くなった。
 「ねえ」
 「ん?」
 「本物の夕日もさ、あんなふうに赤くて綺麗なのかな」
 季里子は言った。故郷の星を模して映る、擬似スクリーンの光に照らされて。
 手を繋ぐ。
 生まれてからずっと傍にいてくれた、たった一人だけの、大切な僕の友達。
2004/12/24
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