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"始まりの始まり"

 ついに、見付けた。

 俺は感動で身を震わせていた。だが破目を外して騒ぐようなことはしない。ここは海の底、呼吸は背中のボンベが頼りだ。余分な酸素の消費は少しでも避けなければならない。ただでさえ――腕の時計に目をやる――予定の時間を既に過ぎている。
 だがその甲斐は十分にあった。
 目の前にあるのは巨大な石の構造物。柱を二本立て、その上に更に横に石柱を載せ、ちょうど日本の鳥居のような形をしている。明らかに人の手になるものだ。
 しかし頭の固い学会のお歴々にとっては、これでも不十分かもしれない。こんな場所に遺跡が存在する筈がないと、頭から決めつけているのだ。与那国の海底遺跡のように、妙な理屈を考え付いて、「自然に」このような構造物が出来る過程を、やっきになって説明しようとするだろう。
 では訊こう。この石に刻まれている線はどうだ?これも自然に出来たものか?それが偶然、"オアネス"と読めるシュメール文字の形になったのだと?

 "オアネス"というのは、世界最古の都市を築いたシュメール人に、文字その他の文化を伝えたとされる神の名だ。それは魚の頭を持つ半漁人であり、海から来たのだという。
 そこで俺はある仮説を立てた。
 つまり"オアネス"というのは海洋を舞台として活動した先行民族の名であり、そして彼らは、海底に神殿を建立するほどの高度な技術文明を有していたのではないか?それは当時の人々からすればとてつもない驚異であり、それが半魚形の神として伝えられるにいたった理由ではないか。
 そしてついに、俺はその仮説を裏付ける証拠を手に入れた。シュリーマンのトロイの遺跡の発見を上回る快挙。考古学の世界において、俺は誰もが一番に名前を思い浮かべるような存在となる。

 酸素の残量は少ない。俺はともかく写真を撮ることにした。これを見せれば、学部会も本格的な調査のための予算を認めてくれる。
 カメラを構え、シャッターを押す。水中に時ならぬフラッシュの光が閃き……あれは?
 遺跡は、これは自然のものらしい洞穴へと続いていたが、その奥で何かが光った。フラッシュを反射したのだ。
 遺物かもしれない。
 腕時計を見る。残り時間はギリギリだ。だが光ったのは洞穴の入口に近い所。ちょっと行って確認してくるぐらいなら大丈夫だろう。
 俺は遺跡を潜り抜け、洞穴の中へと進入した。その時。
 「ぐわぁっ!」
 突如として恐ろしい力に掴まれた。身体がねじれ、揺さぶられる。まるで渦巻きに引き込まれてしまったかのようだ。全身がめちゃめちゃに引っ張られ、猛烈な速度でどこかに運ばれて行く。くそっ、俺の人生はこんな所で最後の時を迎えるのか?栄光を目前にして?
 だが成す術とてもなく。俺は意識を失った。

 ……ここは?
 目を開けた時、俺は陸の上にいた。遠く、波の音が聞こえる。
 一体どの辺りだろう。とにかくも立ち上がり、海とは反対の方向に歩き出す。
 「│┌┐┘└├┬┤」
 人がいた。俺の方を指差して何かを叫んでいる。何語だろう?俺は首を捻った。聞いたことのない韻律、なのにどこか馴染みがあるような気もする。身に付けているのはひどく原始的な、服というより布を体に巻き付けただけのようなもの。遊牧民だろうか?
 彼の案内に従って、俺は集落へと案内された。
 なんだ、ここは。ものすごく文化レベルの低い所だ。およそ現代文明と関わりのあるようなものは何一つない。熱帯の密林ならば、原始そのままの生活を営んでいる部族もあるらしいが、しかしこの辺りでそんな話は聞いたことがない。
 俺はやがて長老と思われる人物の前に連れて行かれた。
 「╂┝━└┨┠┠╋」
 分らない。俺は首を振ろうとして、ふとあることに気付いた。まさか?
 俺は自分の正気をほとんど疑いながら、ある言語で話し掛ける。
 「┿┿┿┬└┘┃━」
 「├┬┓┓・┿┯┻」
 通じた。……シュメール語が。

 タイムトンネル。信じようと信じまいと。
 こうして俺は六千年の時を超え、人類に一番最初に文字を伝える者となった。
 海から来た者。オアネス。
2005/ 6/ 4
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