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"コトダマノコト"(第2回)

 某書店、芸能関係の雑誌が陳列されている一角。
 眺めているだけでお腹一杯になりそうな、切り詰めたスカート丈の女子高生達が、鈴を振っているように賑やかだ。
 近付くだけで、えも言われぬ良い匂いというかここまでくると逆に辟易させられるというか、とにかく二十年間清い身体を保ってきたマコトには、その一団は少々手強い障壁である。
 だが超えてゆかねばならない。
 マコトの目指す先に行き着くためにはここを通る他ないのだ。
 覚悟を決めて(なんて大袈裟なものではないが)、ビニールハウス栽培の花畑みたいな狭い隙間へと踏み入っていく。えーやだーうそーかわいくなーい?などと声が上がるたびにドキリとしつつ、体を小さくして前へ前へ。
 「あ」
 あと一歩で抜けられる、という所で気が緩んだか、肩から下げたバッグが女子高生のスポーツバッグ(学校指定、楯に十字架をあしらった校章のマーク入り)に引っ掛かった。
 「あ、す、すいません」
 マコトは思わず狼狽えた声を上げる。振り向いたのは、肩の上で切り揃えたさらさらの黒髪に、ガシャポンのカプセルみたいなくりりとした瞳。
 目が合った。
 一秒、二秒、三秒目でマコトはおずおずと愛想笑う(ただし本人の意識内ではハミガキのCMみたいに爽やかな笑顔)。
 女子高生は目をパチクリ。珍しい動物でも発見したみたいに。
 マコトは耳まで真っ赤にして俯いた。
 下を向いたまま、バッグを身体に引き寄せて、一番奥の壁に面した棚の前に。
 カラフルな色彩の大判な雑誌が並ぶ。表紙にプリントされているのは、セーラー服やら巫女さんやらメイドさんやら猫耳さんやら、いずれも目が顔の三分の一ぐらいに大きい女の子達。いわゆるひとつの萌えな感じで。
 背後を気にしつつ、マコトは平台に積まれている比較的厚めの雑誌に手を伸ばした。
 "クラブ ゼロ"
 ライトノベル系文芸誌だ。
 パンツが見えそうな(だが絶対に見えない)ミニスカートの女の子と、刺さりそうな尖った髪をした男の子とがバチバチと睨み合っている。
 「ヒカリ×バイブレーション」からのイラストで、栗柳桃という、その筋では知られた人の手になるものだが、とりあえず今はどうでも良い。マコトの目当ては別にあった。
 表紙の左下隅に、わりと太いゴシック体で記されている。

 "第七回ゼロノベル大賞 一次選考通過作品発表!!"

 そうなのである。
 何を隠そう、マコトはこれに応募しているのである。
 初めてだった。半年かけて書き上げましたとも、四百字詰換算で二百と八十五枚。
 どうだろう、と思う。〈ウェレダン〉に匹敵する、などとはいくらなんでもおこがましい。あり得ない。だが自分は藤丸直樹と競うわけではない。相手はみんなマコトと同じアマチュアだ(応募規定にはプロアマ不問となってはいるが)。
 確かに完全には書き切れなかった部分もある。完成度では今一歩かもしれない。
 しかしこの手の審査員コメントとかを見ると、たいてい、粗削りでもいいから何か一つ突き抜けたものが欲しい!みたいなことが書いてある。少なくともマコトは想いを目一杯に詰め込んだつもりだ。それが評価されれば。審査員の目に留まれば。大賞、とまではいかずとも、もしかして奨励賞とかなら……。
 逸る気持ちを抑えつつ、マコトはページをめくった。

    #

 黒の世界。
 闇に塗り潰され、わずかの光すらもなく。
 そこに、ひらりと。
 舞い落ちる。
 一片の桜花。
 ひらりひらり。
 一片はやがて二片となり、さらに時を置いて三片が四片となり、ついには濃淡様々の花片が一面を覆い尽くしていく。

 おーい、こら、なにしてんだ

 こくり、と直樹の頭が垂れる。
 居眠りしてる場合じゃないだろーが。今にもマナがやられちまいそうなんだぞ?
 直樹の身体がびくりと痙攣し、その拍子に右手がマウスにぶつかった。途端、花の嵐は消え去り、無機質な文字の群れへと変わる。
 書きかけの原稿は、五月十五日発売予定の「ハイヌウェレ・ダンシング」の第4巻。その中盤のクライマックスとなる場面だ。
 終盤の、ではない。一通り最後まで書き終えて、推敲に入っているわけでもない。正真正銘、中盤のヤマ場を執筆中だった。ここから先は一行だって出来てはいない。
 担当編集の木村女史がこの事実を知れば、脳の血管の二、三本も切れるだろう。いや直樹の方が。木村女史の制裁によって。
 起きろぉぉぉーーー!!
 今度こそ。直樹は本当に目を覚ました。比喩でなく椅子から転げ落ちそうになったが、生来反射神経には恵まれているおかげをもってして、倒れたのは椅子だけで済んだ。さすが俺、と思わず自賛したが、誰もギャラリーがいないのですぐに虚しくなる。
 「うるせえな、まったく。何だってんだよ」
 直樹は不機嫌に言った。気持ち良く居眠りこいてるところを、耳元で叫ばれれば誰だってそうなるだろう。
 なんだってんだじゃねえだろっ!さっさと続き書かねーか、このグズ
 「分ってんよ……てか、ちょっと疲れた。休憩ぐらいさせろって」
 もしもこの部屋に盗聴器でも仕掛けてあって。一部始終を聞いている者がいたとしたら。
 確実に、直樹の精神状態を疑う筈だ。締め切りに追われるあまり、現実にはいもしない誰か――それとも何か――と会話をしているのだと。百歩譲って正常だとしても、ストレスを発散するためか、自分自身に言い訳をするためか、理由は何であるにしろ、架空の存在を相手に独り言を言っているのだとしか思うまい。この部屋にいるのは彼だけだ。
 ――さんざん休んだじゃねえか。この二十四時間でおまえどれだけ仕事したと思ってる。二時間だぞ、二時間。本にしてやっと三ページ分書いただけって、どういうことだよ?
 「馬鹿、そういうのを浅はかっていうんだ。いいか、この仕事はな、傍からはぼーっとしてるように見える時こそ一番働いてんだよ。イメージを膨らませたりとかの作業が大事なの。実際に書くのは本当に最後の最後」
 たいていの相手は、こういえば納得してくれるのだが(木村女史は除く)。
 へぇ
 おまえが俺にそれを言うかよ
 繰り返すが、この部屋には直樹の他に誰もいない。
 適当に散らかってはいるが、資料本が塔のように高く積み上げられているわけでもなく、仕事部屋であるのでクローゼットの類も存在しない。従って、猫の子一匹ぐらいならともかく、人間一人が隠れるようなスペースなどどこにもないのだ。大昔の探偵小説のネタみたく、壁の中に人間が埋め込まれている、なんてのも無しだ。築三年、鉄筋コンクリート造の中級マンションの壁はそんなに厚くない。
 藤丸直樹、おまえが俺にそれを言うか
 だがその声は、直樹にははっきりと聞こえている。そして他の誰にも聞こえない。
 おまえが俺にそれを言うかい
 おまえが書く小説の源たる、このコトダマに向かって、よ?

 それは。
 コトダマの声。
2005/04/04
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