Back to Main  /  Novels
Go to "コトダマノコト" top

"コトダマノコト"(第3回)

 言霊。
 古来、言葉に宿ると信じられてきた不思議な力。

 ……おまえがそうして作家を名乗っていられるのは誰のおかげだ
 藤丸にだけ聞くことのできる声で、コトダマは言った。
 藤丸は半眼でパソコンのディスプレイに視線を据えている。そこにコトダマの姿が映っている、わけではない。コトダマに目に見えるような形は無い。
 イメージを膨らませるのが大切だって?ふん、確かにその通りだな。じゃあ、言ってみろよ。どんなイメージをおまえは作った?どんな世界を創造した?おまえ自身の力で?答えは、ゼロだ。全て俺が与えたものだ。思い出したか?

 プロであろうとアマチュアであろうと、楽しみのためであろうと生活のためであろうと、思想あるいは芸術のためであろうと、およそ小説を志す者であれば、須く創作衝動というものを持っている。心の中に湧き上がる思いを、外に表したいという気持ちのことだ。
 ただ漠然と「小説を書きたいなー」と思ったところで、小説を書き出すことはできない。書かれるべきものが自らの中にあって、初めて前へと進むことができる。自動車を走らせるのにガソリンが必要であるようなものだ。
 だがそれだけでも駄目なのだ。小説を書くという行為はきわめて個人的なものだが、結果としての作品は個人を超えた所で成立する。書き手は、思いを乗せるための「場」を作り上げなければならない。
 あたかも電磁場が光によって振動することで目に見える世界が現出するように、書き手が言葉によって作り上げた「場」が、思いによって震えることで、新たなる世界が生まれる。
 思いを源として世界を創造する――小説を書くというのは、つまりはそういう作業だ。

 だが、もしも。

 世界を織り上げる言葉に、それ自身の思いがあったとしたら?
 その思いを感じ取ることのできる人間が、いたとしたら?
 「――ああ、そうだったな。忘れてたつもりはなかったけど」
 夢の残滓を追い払おうとするように、直樹は首を振った。苦笑する。
 「いや、やっぱり忘れてたのかな。あんたの言う通りだよ。俺が書いてるのは全部、あんたが寄越したもんだったんだよな。危うく勘違いするところだった。助かったぜ、サンキュ」
 世界である言葉が、初めからそこにある。
 それは作家としての、絶対的なアドバンテージ。
 分ったか?どう表現するかはおまえの領分だ。好きにしていい。だが怠けることは許さん。分ったな?では書け。マナの危機にあってカケルが迷いを断ち切るところだ。見せ場だぞ、心して書きな
 「やなこった」
 即答。間、髪を容れず。
 「誰のおかげだ?ふざけんな、誰が頼んだよ、作家にしてくれなんてよ?てめえが勝手に押し掛けたんだろうが。なんだって俺がこんな地味で暗い商売やんなきゃいけねーんだ。小説なんて糞の役にも立たないもんのために部屋に閉じこもって徹夜してよ。ぜんっぶ、てめえのせいじゃねえか。あー、ったく、馬鹿馬鹿しいぜ。やってられるか、ボケ」
 がんっ、と机を拳で殴りつける。見えない相手にまじギレしている様は、ほとんど単なる危ない人だ。
 コトダマの声を聞く、稀有なる作家、藤丸直樹。
 彼は小説を書きたいなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。

      #

 無かった。上から見ても下から読んでも、右から眺めても左から調べても、海川真言の名前は一次選考通過者リストには存在しなかった。
 まさか、と思い、やっぱりな、と思う。何かの手違いかも、と考え、当然の結果だ、と納得する。
 ただ一つ確かなことは。
 今日一日、マコトはナチュラル・ローな気分で過ごすだろうということだ。
 「はー……」
 消え入りそうなため息をつき、雑誌を閉じて、だが棚に戻すことはせずレジのある方へと足を向ける。
 女子高生達は相変わらずかしましかったが、それすら気にならない。しょせんは違う世界の住人だ。
 「…コトー、何見てんのー?」
 ――えっ?
 女子高生に知り合いはいない、よな。
 だがやはりお呼びではなかったらしい。茶色の髪をアップにまとめた女の子が話し掛けた相手は、マコトとさっき目の合ったあの娘だ。萌え系雑誌の並ぶ奥の棚の前に立って、何やら眺めている。あれ、ひょっとして、"クラブ ゼロ"か?いやいや、別に不思議はないよな。ライトノベルを読む女の子は多いらしいしさ。作家は誰が好き、なんて話題で盛り上がったりして。あたしは藤丸直樹かな、あ、俺も好き、本当に?いいよねー、なんて意気投合したりなんかしちゃったり。
 「んー、なんか分んないけど。なんなの、これ?」
 「おたく雑誌っしょ。地味で眼鏡かけた変態とかが読むの。キショイよねー、こんなの見てコーフンしてんだから。ってか、ある意味カワイソーな人達?」
 キャハハハハ。
 割れたガラスのような笑い声に背中をぐさぐさと抉られながら、マコトはよたよたとその場を離れた。ふん、お前らに何が分る、どうせ本一冊まともに読んだこともないんだろうが、などと心の中で吐き捨てて、でも手にした"クラブ ゼロ"の表紙を隠してしまう哀しさよ。
 早く買って帰ろ。
 だが財布を取り出している途中でマコトはふと動きを止めた。首筋がちくちくする。
 衝動のままに視線を転じればあの娘がくりりとした瞳でマコトのことをまっすぐに見つめていた、というようなことはまるでなかった。
 「あっ」
 新刊ノベルズのコーナーにディスプレイされている一冊の本。
 "Fragile"、聞いたことのないタイトル、だがその下にある著者名は――藤丸直樹。
 磁力に引かれるようにしてマコトはその本を手に取った。折り返しの略歴を確認する。

 藤丸直樹(ふじまる なおき)
 「ハイヌウェレ・ダンシング」で若い世代を中心に圧倒的な支持を受ける、現代最強の作家。
 ノベルズ初登場となる本作品で、史上最強作家への道を踏み出す!!

 同名の別人などではない。あの藤丸の新刊である。
 なんとも大袈裟な著者紹介だが、〈ウェレダン〉の読者にとってみれば、きわめて真っ当で、そしてハートに訴える文面だった。
 最強の作家。
 まさにその通り。
 例えばもっとプロットに長けた作家なら他にもいるだろう。もっと文章の上手い作家なら他にもいるだろう。もっと構成力のある作家なら他にもいるだろう。もっとキャラの造形が巧みな作家なら他にもいるだろう。もっと緻密な設定の作れる作家なら他にもいるだろう。百人の作家がいればその全員が、どこかしら彼を上回る部分を持っているかもしれない。

 だが、言葉の持つ力強さと、描き出される世界の輝きとにおいて。
 藤丸直樹の右に出る者はない。

 なぜ、それほどに特別なのだろう?
 なぜ、それほどに読む者の心を打つのだろう?
 いったいどれだけのものを犠牲にし、心血を注ぎ、捧げれば、あんな小説が書けるのだろう。
 マコトは思う。
 きっとこの人は、小説が好きで好きで好きで書きたくて書いて書きまっくて、その挙句の果てに、小説の神様(それとも悪魔か)に魂を明け渡してしまったに違いない。
 そう。行ってしまったのだ。
 決して引き返せない所まで。
2005/ 4/15
Back to Main  /  Novels