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"月の光"
――君がそう望むのなら
たった一言だけを残して。
Nは僕の前から消えた。
「別に珍しくもないだろ。弱い奴は死ぬ。強い奴も死ぬけど、敵の弾に当らない限りは生き延びる。それだけの違いだ」
そう、珍しくもない話だ。昨日まで街で平和に過ごしていた子供が(俺はガキじゃねえ、なんてイキがってる奴に限ってここでは真っ先に小便を漏らす)、生きるか死ぬか、いや殺すか殺されるかの極限状況に放り込まれて、平然としていられる方がおかしい。
「大将はずいぶんそういうのを見てきたんだろうな?」
"大将"といっても、実際の階級は準士官である僕の方が上だ。だけど閲兵式だのパレードだののお遊びならばともかく、本物の戦場で物を言うのは、一にも二にも経験である。
「心配しなくてもお前さんは大丈夫だよ。部隊全員が発狂するような破目になったって、眉一つ動かさずにいられる奴だ。だけどNはなあ……。幸せな家庭で愛情一杯に受けて育ったってタイプだ。あんな作戦の後で、神経がイカれちまうのも当然だろうさ」
いつもふてぶてしいまでに陽気に瞬いている瞳がふっと曇った。
「善人は若死にするってのは本当だな……」
圧倒的な勝利に終わる筈だった隣国との戦争は誰の予想にも反して泥沼化の一途をたどっていた。初めは"大将"のような下層階級出身の給金目当ての志願兵が大半だったのだが、最近は市民の子弟、それも王立学院の現役の学生までもが戦場へと駆り出されるようになっていた。僕達のように最前線まで送られるのは、さすがに珍しかったが。
僕とNは学院の同級で、互いに一番の親友である。いや、だった、と言うべきなのだろう。
およそ人道に外れた任務をとにかくも成功させて、自陣へと帰還した昨夜、Nはその手に握った拳銃で自らの頭を撃ち抜いた。
僕の目の前で。
「まあ、あんまり気を落とすなや。お前のせいじゃないんだから、なんて、ありきたりの慰めは必要ないか。お前さんにはな」
"大将"は軽く笑って離れていった。本気で僕のことを冷血人間だと見なしているのではなく、彼なりに気を遣っているのだ。
Nが善人だったというのは本当だ。愛されて育った、というのも間違いではない。だが家族に、ではなかった。彼は実の親の元から離されて育った。どういう事情があったのか……しかし、より決定的な点は、彼の父親が他ならぬこの国の王であったということだ。
Nはそのことを隠していたが、僕は知っていた。そして僕が知っていることを、Nが知ったのは、昨夜。
「大丈夫か?」
僕は言った。Nは放心したように立っていた。作戦の精神的ショックが残っているのだろう、僕はそう思ったが、彼の手にしている紙片に眉をひそめた。とても、嫌な予感がした。
Nは紙片を机の上に置いた。ああ、やはりそうか。それは、この場にある筈のない、隣国からの命令書。内容は……王子の暗殺。
「N、それは」
Nは拳銃を抜いた。僕は動くことができない。
「僕は君のことが好きだった。本当の友達だと思っていたよ、だから」
人が来る前に、僕は命令書を焼き捨てた。皮肉なものだ。とっくに放棄して、ほとんど存在すら忘れていた頃になって、突然、目的を果たせたのだから。それも少しも自分の手を煩わせることなしに。
可笑しくて、涙が止まらないや。
2005/ 4/24
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