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"SKIP!!"
(第5回)
駅前のロータリーをぐるりと回って市営バスが行き過ぎる。冬枯れた街路樹には弱々しい陽射しが当り、瓦を模した歩道に落ちる影も頼りなさげだ。
図抜けたとまではいかないが大抵の人を上回る長身を黒いロングコートに包み、相良は適当に相槌を打つ。端整さよりは冷たさを感じさせる顔立ちは人によってはかなりの魅力と映るらしく、頼みもしないのに付いて回ってくれる輩もちらほらといる。
「ねえ、聞いてる?」
西崎はオレンジに染めた唇の右端を斜めに吊上げた。一見笑っているみたいだが実はこれは不機嫌な時の癖である。相良は最近それを学習したが、だからといって機嫌を取ろうとするわけでもないので、同じことだ。
「いや、あんまり」
「ぶー。何よそれ」
西崎は眉間に深い皺を寄せた。さすがにこれなら明らかに不機嫌だと分る。
相良は足を速めた。西崎は機能性の著しく低そうなブーツを履いている。加えて相良はただでさえ歩幅が広い。並んで歩くのはいささか困難な仕事だろう。だが西崎はあきらめ悪く、重い靴底が意地になったように忙しく路面を打つ。転びそうな勢いだ、そう思えば案の定。
「っとと、ありがと」
「…………」
女性とはいえ一六九センチある西崎を片腕で支えて小揺ぎもしていない。その気さえあれば明日の朝までだってそうしていられるだろう。
もちろん相良にそんな気はさらさらなかった。
早々と手を離し、先に立つ。西崎のオレンジ色の唇がすぼめられ、あきらめ色の息が吐かれた。
「さてここで相良っちに質問です」
相良は足を止めた。駅へと渡る横断歩道、信号は"止まれ"。
「わたしは今何の話をしていたでせう?1番、美貴ちゃん家の柴犬が産んだ仔犬がめっさ可愛かった。2番、死からの逆照射による生の輝耀というアレッサンドロの命題には、根本的な論理上の欠陥がある」
「…………」
ピザ・デリバリーのスクーターがぎりぎり信号無視で前を横切っていった。相良は不快そうに顔を顰める。排気煙が苦い。
「いいけどさ。いつものことだし。それに白昼堂々抱いてもらえたし」
「見ず知らずの相手だって転んでれば助ける」
「そうね。相良っち本当は優しい人だもんね。見た目は殺し屋みたいだけど」
横断歩道を渡り切った所で相良は唐突に足を止めた。
西崎は高い位置にある相良の顔を見上げ、ついで彼の視線の行く先をトレースする。
どこかのテーマパークにでも建っていそうな、赤い三角屋根の木造の駅舎。それと向かい合う形で広場にベンチが並べられており、そのうちの一番遠い側だ。すぐ脇にあるゴミ箱には中身がソフトクリームのように堆く積まれ、今にも溢れ出そう。較べて、座っている人影は控え目に小さい。
帽子の陰に隠れて顔立ちははっきりしない。カットオフジーンズから伸びる足がひどく寒々しげだ。上着のフライトジャンパーはそれなりにあったかそうだが、袖を肘まで捲り上げ前腕がむき出しになっている。西崎は思わずコートの前をかき合わせた。
なに?我慢大会?
こちらの視線に気付いたらしく、顔を上げた。
あれ、女の子だ。
服装も身体つきもそれから生意気そうな顔立ちも、全て男の子で通るだろう。だが西崎にはすぐにその子の性が判別できた。なんとなく。
突っ立ったままの相良の肘に何気に腕を絡める。黒いコートは滑るような手触りで、古臭いデザインのわりにかなりの高級品っぽかった。
少女はベンチから立ち上がった。外見に似ずお茶か何か習っているのかもしれない。しとやかというのとは違うが、挙措動作に筋目が通っていた。相良の目の前まで来て、止まった。といっても目線の高さはまるで合っていないが。
「遅刻しなかったか」
およそ子供に対するものではない素気ない口調で、相良が言った。
少女もぶっきらぼうに答えを返す。
「した。邪魔?」
「気にするな。たまたま帰りが一緒になっただけだ。トラブルか?」
「ううん、ヒマならちょっと付き合ってもらおうかなって。借りてもいいかな?」
少女が西崎に尋ねる。
西崎はまじまじと少女を見返す。
相良を相手に対等な口をきき、それが変に背伸びをしているふうでもなく、しっくりと噛み合っている。この女の子は誰だろう?
「なぜこいつに断る」
相良は渋い表情だ。西崎の腕を邪険に振り払おうとしたが、西崎は離さない。逆に抱え込むようにして擦り寄った。
「ごめんね、これからデートなんだ。また今度にしてくれる?」
「たわけ」
「うわ、ひどっ。仮にも一夜を供にした相手にその態度はないでしょ。カッコ悪いわよ?」
「…………へえ」
少女はじろりと相良を睨め上げた。微妙に赤くなっているのは、キワどい台詞に恥じらっているわけではないだろう。
相良は否定も肯定もしない。クールというより、いっそ小面憎い。
「じゃあ、そういうことだから」
西崎は相良の腕を抱えたまま歩き出そうとした。
その機先を制するように。
少女が相良のもう一方の手を握った。
着飾った女子大生と、少女らしからぬ格好をした女子小学生。
男を挟んで向かい合う。
ひどくシュールなアンバランス。
「響」
咎めるような声ではなかった。ガラス板みたいに平たくて冷たいが、それは相良のデフォルトだ。だが少女には通じるところがあったらしく、むぅっと口を尖らせ、しぶしぶといった様子で手を離した。西崎は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。やった。
「さって、どこ行こうか。わたしのウチ来る?ごはん作るよ。相良っち、何が好き?」
ウキウキの西崎だが、しかし相良はわずかに身を揺するような動きをしたかと思うと、あっという間に西崎の抱擁から自分の腕を引き抜いた。そしてとても大切な物を扱うように、少女の手を取った。
少女は目をしばたたかせ、へへっ、と笑う。
――か、可愛いかも。
「……くっ、分ったわよ。一人で帰るわ。じゃね、相良っち、また明日ね」
少しして振り向くと、手をつないで歩く大小二つの後ろ姿がまるで映画の中のワンシーンのようで、家に帰ったら買い置きのハーゲンダッツを大量消費してしまいそうな気分になる西崎であった。ガッツデム。
(続く)
2005/03/06
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