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"SKIP!!"

(第6回)

 開いた缶詰の蓋みたいなぎざぎざのとさか。光っているのは熱線を吐く合図。エメラルドグリーンの鱗を持った大怪獣が、家を街を破壊する。
 迎え討つは我らがヒーロー、ゼットマン。度重なる戦闘で満身創痍(松葉杖をついている)、だが闘志は欠片たりとも衰えず、くの字に曲げた右腕は、必殺ライトニング・フラッシュを放つ構え。
 睨み合う一人と一匹との間には小さな赤いハートマークが。ぷかぷかと、浮かぶ。
 「ていっ!」
 ローカットのコンバースが、自分の頭より高い位置にあるハートマークを、見事に蹴り当てた。

 スプレーでペイントされた高架線の壁の落書きは、かつての色鮮やかさを失って、忘れかけの夢みたいにまだらに消え薄れている。今さら少しばかりの靴跡を付けられたとて、作者もまさか怒りもすまい。
 でも鉄道会社の人は怒るかも。
 大きく振れて離れそうになった手を、響はもう一度しっかりと握り直した。
 「なにガキみたいなことやってるんだ」
 声は上から降ってくる。
 「うるさいな。ちょっとした運動だよ」
 響は上に向かって言い返す。
 背の高い相良の手は大きくて、そして冷たい。握っていると、こちらの体温がどんどん奪われていくような気さえする。自分の熱が手を伝って相良の中を流れて行き、心臓で氷点下にまで冷やされてから、あっけなく捨てられる。だから相良の傍はいつも少しだけ気温が低い。
 「おまえって夏向きだよな」
 何の話だ、という顔を相良はしたが、響は説明せずに、全く別のことを尋ねた。
 「あの人と付き合ってるんだ」
 「まさか」
 「でも一夜をどうとか言ってたじゃん。本当なんだろ」
 「文字通りの意味ならイエス、SEXしたかって意味ならノーだ。どっちの意味で訊いてる」
 「デリカシーの無い男は嫌われるって、学校で習わなかった?」
 「膝で人を蹴り倒してはいけないって、幼稚園で教わらなかったか」
 響はぐっと言葉に詰まった。すっかり忘れていた。相良に犯行現場をすっかり目撃されていたのだ。
 「あれは、だって……」
 「言い逃れか。立派だな」
 「触ったんだもん、あの変態野郎が、あたしのこと」
 「触った?」
 帽子をかぶった頭がこくんと頷く。
 「それは、つまり」
 「うん。痴漢」
 相良はぽかんと口を開けた。
 「そりゃあ……成程、確かに変態だ。ショタってやつか」
 「だろう。……ショタって?」
 「ロリの男版だな。年端もいかない少年に欲情する」
 「喧嘩売ってんの?」
 響は握っていた相良の手を捻り上げた。プロレスラー並みの体躯の持ち主が相手でも、悲鳴を絞り出させる自信があった。だが相良はあっさりと受け流す。指の間から水が擦り抜けるのに似ていた。レベルが違う。響の知る限りにおいて、相良を上回る使い手といって思い当るのは父だけだ。あの日以来、杳として行方が知れない。人殺し?そんなの嘘に決まってる。
 「おまえなんか大嫌いだ」
 「知ってる」
 響が再び手を伸ばしても、相良は避けようともしない。つねってやった。爪で。
 「痛え」
 「なんだ、ちゃんと神経あるんじゃんか」
 「響」
 高架のガード下を潜る。弱い日射しが断ち切られ、相良の黒コートが陰に溶け込む。高架の上を轟音が走り抜けた。四方八方からの反響に打たれた五感が立ち竦む。世界が失われる。次元の狭間に放り出される。取り残される。溺れる者のように。響は手を伸ばし。
 掴んだ。
 絶対に確かなものを。
 「――どうした?」
 大きくて冷たい手。握り返してくる。俺はここにいる。そう言うように。
 声に出して言われることは、金輪際、期待できないけれど。だけど。それでも。
 「何でもない」
 響は答える。相良は肩を竦めた。
 「自分で抱え込むなら、せめて八つ当たりは止せよ。格好悪い」
 「うるせえよカッコつけ野郎」
 響は下段に回し蹴りを放った。相良は当り前のようにそれをかわした。
2005/03/13
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