Back to Main

"相棒"

Act 10

 勢いに乗った俺達は一気呵成に相手を攻め立てて見事逆転勝利を収めた。
 ……という結果には終わらなかった。後で知った所によると、実は俺がカウンターを決めた時点で既に試合終了時刻は過ぎていたらしい。というのは、主審とは別に時計係をやっていた白山中の一年生が俺のスーパープレイに目を奪われ、というのは嘘で、かの子の出した逆撃の合図の声に驚いてストップウォッチを取り落とし、あせって拾おうとしては手を滑らせ、なんてやっているうちに時間が過ぎて、その間に俺がゴールを決めたというのが真相だった。
 だが白山中の監督は「うちの人間のミスですし、無効にするには惜しいですからね」と爽やかな笑顔を浮かべ、蓑輪もそれにあえて異を唱えず、結局スコアは二対一で桜樹学院中の敗戦と決まった。
 「でもいいシュートだったよ。鹿島君らしくて」
 試合後。完敗にもかかわらず俺達は整理体操と軽めのランニングだけであっさりと解放された。白山中サッカー部は我が校から引き上げて、そしてなぜか蓑輪もそれにくっ付いていった。名目は良く分らない。ちなみに、珍しいことに向こうの監督は大学出たてぐらいのきりりとした女の人だ。俺達の平安のためにも蓑輪の健闘を祈るとしよう。
 「まあ結果オーライだよな。外してたら切腹もんだけどな。……で、えっと、み、水郡さんだっけ?」
 後片付けに残っていた一年達も撤収し、祭りの後みたいに閑まったグラウンドの一隅で、俺達は試合の熱を冷まそうとするみたいに感想を口にしたり選手の品定めなんかをしていた。
 真面目な反省会というよりは単なる雑談に近く、サッカー部以外の人間が二人ほど混じっているのがその証拠だ。
 そのうちの片方に、全然さりげなさを装えていないで呂見は言った。
 「水郡さんは、今日はその、琴悟の応援に来たとかそういうことなのかな。あ、いや特別な意味じゃなくて、同じクラスだから義理としてっていうか、話の種にっていうか、ただの気まぐれっていうか」
 呂見が何を言いたいのかは分った。むしろ分り易過ぎだ。だがその向けられている対象が誰かを考えると。正直、微妙だ。
 だけど琴、水郡はこういうことには慣れているのかまるで普通の調子で受ける。
 「私、もともとサッカー好きだからね。関谷君、今日は誘ってくれてありがとう。面白かったよ」
 「いや、こっちこそ。来てくれて助かった。本当に」
 ありがとう、と関谷は頭を下げた。どういたしまして、と水郡は感じ良く笑った。呂見は関谷を睨みつけた。
 「それで、良かったらでいいんだけど、この後も水郡さんと色々話したい。どうだろう」
 「いいよ」
 至極簡単に水郡は答え、関谷も当然のように頷く。
 「じゃ、帰りにどっか寄ろうか……っても場所がな。うち来る?チャリで後ろ立ち乗りでよければ五分で着く」
 「待て待て待て待て」
 強引に割り込んだ呂見のこめかみには、太く青筋が一本浮き出ている。
 「関、お前大概にしとけよ。水郡さんの人が好いのにつけこんで、迷惑も顧みず自分ちまで引っ張り込もうなんて、サッカー部副将として部員の不埒な行動は俺が許さん。水郡さんだって困ってる」
 サッカー部主将の関谷は首をひねった。
 「困ってる?なぜ」
 あったりまえだろうと呂見はいきり立ったが水郡は「別に」と否定した。
 「迷惑じゃないよ。でも家に行くならお願いしてもいいかな、関谷君」
 「うん。何」
 「ヒニンはしてね。あとケータイでエッチ写真撮ったりとかも無し」
 視界がぶれた。遅れて、紙風船が割れたような破裂音が脳を痺れさせ、右の頬には灼熱感。
 「……痛ぇ?」
 呆然と隣を見下ろすと、かの子が上せたような風情で下を向いていた。
 「ごめん。その、反射で。変なこと言うから」
 「いや俺は何も」
 「分ってるっ!」
 かの子は怒ったように遮ると、また下を向いて俺の手というかほんの第一関節ぐらいまでの指先を握ってきた。
 「すいません」
 小さな声だったが、気持ちは伝わった。いまいち意味は分らなかったけれど。
 元々の原因を俺は斜めに見やる。
 「水郡、おまえが変なこと言うから……ってか何だよ、その下品なネタは。それでも女か?」
 水郡は片頬だけで笑った。周りの反応を楽しんでいるような、それとも自分でくすぐったがっているような、愛敬はあっても美少女には似つかわしくない表情だった。むしろ悪戯っ気のある少年が浮かべるような。
 「もちろん女さ。それより鹿島君、まさかとは思うけど」
 水郡は俺の正面に立つと、俺の顔を両手で挟み込んだ。引き寄せ、自分の顔を近付ける。

 「おまえさ、ずっとボクのこと男だと勘違いしてたの?」

 「────!」

 一瞬というには少しばかり長い時間が過ぎて、俺から身を引いた琴は、多分俺以上に思考を飛ばしているかの子の方に向き直った。
 「ごめんね、かの子ちゃん。でもこれで最初で最後だから。さっきのカウンター、凄かった。私が指示出してもあんなには上手くいかなかったと思う。実際、私の計ったタイミングとはずれてたし」
 少しだけどね、と付け加えたのは譲ったのか負け惜しみか。
 「琴、おまえ……」
 言いたいことは山ほどあった。訊きたいことも。
 「何、鹿島君?」
 だが真顔で問い返されると何だか別にどうでも良くなってしまった。かの子に握り締められた指先が痛かったというのもある。
 「や、その、なんつーか、久し振り」
 これ以上はないというぐらい間抜けな台詞だった。琴は頷いた。
 「うん、久し振り。やっと逢えたね。ひょっとして忘れられてるのかと思ったけど」
 「そんなわけねぇだろ。ただ、あんまり変わってたからさ。いきなり女子になってるし」
 「そこが変なんだよ。自分でも男の子っぽかったとは思うけど、でも私は男の子の振りしたことなんて一度もない。だいたいさ、関谷君だって一発で分ったのに、どうして琴悟が間違うかな」
 「え、お前ら知り合いなの?」
 「ってわけでもない。俺はお前らのこと知ってたけどな」
 関谷が言った。
 「三年前、決勝で俺のいたチームはグラン・ブルーに負けたんだよ。次の年は勝ったけど、お前ら二人ともいなくなってたし、全然勝った気しなかった。琴悟はともかく、あの頃の水郡さんは本当に凄かったから。プレイメイカーとして尊敬してるし、アドバイスしてほしいと思ってる」
 「サッカーならね。それ以外は……」
 琴が意味ありげな視線をこっちに寄越す。
 どうしてか、その時俺ははっきりと悟った。こいつは確かに琴だ。でもやっぱり、“あいつ”とは違うんだって。あいつはもういない。あの頃の俺がもういないのと同じに。
 俺はかの子に握られていた手を強引に振りほどくと、反対にかの子を自分の方に抱き寄せた。後で思い出すと猛烈に恥ずかしくなるのだが、その時は自然に体が動いた。
 かの子はむっと俺のことを睨みつけ、だけど俺は離さなかったし、かの子も離れなかった。
 「悪いな、琴。俺は先約有りだ。でも関ならフリーだから持ってっていい」
 「いや俺は」
 関谷は首を振った。
 「ああ、川瀬さんとつき合ってるんだっけ。いい人だよね。でも私もいるしね。ちょっと年上だし今あんまり会えないんだけど」
 琴はさらりと俺の知らないことを言ったが、俺は気にしなかった。呂見が絶句していたようだがこれはどうでもいい。
 たぶん、前とは違った形にはなっても、琴とはまた良い友達になれるだろう。
 もっと練習を積めば、関谷や九條と今以上に息の合ったプレイを作れるようになると思う。
 そして、かの子とは。
 帰り道、家に送っていく間、かの子は俺に口をきかなかった。
 昔の武家屋敷みたいなごつい古い門の前、俺はつないでいた手を放した。かの子は門に手を掛けて、開ける途中で振り向くと、何か言いたそうに俺を見上げて、だけどやっぱり何も言わなかった。
 「じゃな、また学校で」
 「……うん。また、明日」
 やっとそれだけをかの子は返す。
 だけど明日は日曜だ。学校も部活もない。
 だから俺は言った。
 「そしたら明日な」
 「うん」
 かの子は大きく頷くと、古いごつい門の中へ駆け込んでいった。
(了)
2006/ 2/ 3
Back to Main