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"ハーレムエンドシャッフル#2"
Act 1
「勝った方が麻衣子とつき合う。それで文句はないな」
「ああ。恨みっこなしだぜ……って言っても」
蛭田はにやりと笑った。
「勝つのは俺だから恨む必要はねえし、負けたてめえは死ぬんだから恨みようもないだろうがな」
「ほざいていろ」
倉川は切って捨てる。
「死ぬのはお前の方だ。もしも悔しくて死に切れなかったら後で恨んで出ればいい。すぐに地獄に送り返してやる」
「ははは……てめえ、今ここで死ぬかこら」
「やるのか。いいだろう」
不穏な気配を放つ蛭田に、倉川も真っ向から応じる。
「だが言っておくが、お前はひとたび受けた勝負を投げた。なら麻衣子はもう俺のものだ。文句は言わせん」
「なん……」
蛭田は拳を繰り出しかけたが、怯む気配もない倉川を前に、息を吐き出し身体を引いた。倉川は追い討ちをかける。
「認めるんだな」
蛭田は崩れない。
「勝負することをな。ここでてめえをぶちのめすのなんざ簡単だが、俺は優しいからな。望み通りにしてやるよ。せいぜい負け犬としての短い余生を味わいな。それがてめえには似合いだぜ」
「決闘の刻限は今日の昼一時だ。立ち会い二人、俺とお前が一人ずつ連れてくる。五分過ぎても来なかったらその時点で負けだ」
「ああ、つまりてめえは遅刻してくるっこったな?不戦敗なら死ぬことはないってか。まったく、弱虫らしい知恵の回し方じゃねえか。感心するぜ」
「よくそんな下らないことを思い付くものだ。卑劣なお前にはふさわしいが」
「頑張って遅刻の口実でも考えとけ。大爆笑できるようなやつをよ。もし出来が良かったら褒美にてめえをパシリで使ってやる」
歩き去る倉川の背中に嘲弄を放り投げると、蛭田もまた踵を返した。
ふうん。
やっぱねと操は言った。その台詞の通りに、少しも驚いた様子は見せなかった。
「あんた達ならそのうちそうなるだろうって思った。なんてったって」
犬猿の仲だから、それとも水と油だから。倉川はそんな言葉を予期した。
とにかく倉川と蛭田は反りが合わない。もちろんその原因の大半は奴が犬の糞にも劣る下種野郎だからだが、しかしあの男とつるんでいる人間が相当数いるのも事実だ。内心では嫌い抜いているのか、奴と同類のくず野郎なのか、何も考ていない鈍感者なのか、そのへんのどれかなのだろうが、だがそうした連中とは違って倉川が表面ですら蛭田への敵意を抑えられないのは、やはり徹底的に相性が悪いからなのだろう。
「似た者同士だから」
「そうだな」
相槌を打ってから、少し遅れて意味が届く。
──ニタモノドウシダカラ
ニタモノ?煮た物。俺と奴が?料理と何の関係が?
「野良猫どうしがふーふー威嚇し合いながらじゃれてるみたいな感じ?ある意味微笑ましいわね。不細工な男が二人だから美しくはないけど」
「ちょっと待て!」
倉川は両の手で机をぶったたいた。休み時間中のざわめきが爆風にあおられたみたいに一瞬にして掻き消える。
だが傍迷惑な騒音元が倉川であると知れると、途端に誰もが関心を失って、またすぐに元の会話に戻っていった。
「うっさいなあ、何よ突然」
操は顔をしかめた。
「そんな大声出さなくったって聞こえてるわよ。大体あんたが追っかけてんのは麻衣子なんだから、私が待つ必要なんかないっしょ。それとも鞍替えするつもり?だったら二秒ぐらいは考えてやってもいいけど」
「俺と蛭野郎のどこが似てるっていうんだ。今すぐに取り消せ。いくらお前だって許さんぞ」
「うっわ、こいつ全然聞いてねえし」
制服のシャツの襟元を掴まれ操は呻く。素肌に布地が食い込んで喉が搾り上げられる。このままでは後であざが残るのは必至、というかもはやこれは生命の危機である。
なにやってんだいい加減にしろあほ離せ、などとクラスの男子連が助けに入ってくれたがバスケ部の加賀(193センチ89キロ)が組んだ両手を倉川の背中に叩き落とすに及んで、操はやっと窒息の軛から解放された。
「がはっ、げへっ、あ、あー。ああ、だいじょぶそう。加賀ちん、サンクス」
加賀は軽く片手を上げて自分の席へ戻っていった。ハンマーを振り落としたような不意打ちを喰らい床に這いつくばった倉川だったが、椅子で身を支えながらも、ぎくしゃくと身を起こした。ダメージは残っているにしろひとまず背骨は無事らしい。見た目通りの頑丈さだ。
「くそっ、痛え。加賀め、本気で殴りやがっで」
「そじゃなきゃ私が死んでたっつの」
操は倉川を殴りつけた。フルスイングしなかったのは、自分の拳を痛めないためである。どうせ本気で殴ったところでこの馬鹿には通じないだろうし。
「ああ、悪かった。だがお前にも非はあるぞ。よりによって蛭野郎なんかと俺を」
「はいはいはい分った分ったあんたらは猿とオランウータンほどにも似てないよただ一つの共通点は麻衣子を好きなことだけ、ってことで文句無いでしょ。立ち会いも引き受けたよ。ジュース一週間奢りね。代金前払いで今寄越しな」
「何だか釈然としないが。とりあえず金は無い。だが明日には必ず」
「明日ぁ?でもあんた死んでるかもしんないじゃん。お葬式行って家族の人にすいません倉川君にお金貸してたんですけどとか言うのやだぜ私」
「それは俺が負けるという意味か?」
「だーかーらっ、可能性の話だって。もしかしたら今日の帰りにだって事故に遭って死ぬかもしんないじゃん」
「あり得んな」
倉川は断言した。
「俺は今日蛭野郎を奈落の底に突き落として麻衣子を自分のものにする。生涯で最良の日だ。そんなつまらない死に方をするわけがない」
「へえそうそりゃ良かったね。なら私も安心だわ」
操は抑揚を抑えて言った。
「じゃあ麻衣子にも当然話は通ってるわけね。あんた達の勝った方とつき合うって。ちょっと意外だわ。よく承知させたもんね」
「そ、それはお前、あれだ。麻衣子が俺のものになるのは決まりきったことだからだな」
倉川の視線があらぬ方へ泳ぐ。言葉よりもはるかに雄弁に、現在の状況を説明していた。
つまり麻衣子は知らないわけね。
操は呆れたが、改めて突っ込もうという気にもなれず、他人事だというのになぜか自己嫌悪にも似た痛みを覚えた。
#
「なるほど。決闘で勝負を付けると。いいんじゃないでしょうか。あなた方らしくて」
柱谷が同意すると、蛭田はかえって嫌そうな顔をした。
「俺らしい?馬鹿言うなよ。倉馬鹿はともかく、俺はそんな面倒なこたしたくないって。けどそうでもしないと馬鹿がつきまとってうざいから仕方なくやるだけだ。大体だな」
柱谷のかけた眼鏡のブリッジを蛭田は指で弾いた。柱谷は特に避けるでもなく、しかしずれた眼鏡はすぐに元の位置へと戻した。レンズ越しだと黒いつぶらな瞳がさらに大きく映って迫り、実は蛭田は密かに苦手だったりする。
「あー、つまり、麻衣子は俺のものに決まってるわけだから、改めて勝負して決めるってのが既に間違ってんだよ。順だってそう思うだろ?」
「そうですね」
これは同意ではなくただの相槌だ。柱谷は暫しの間黙考した。
「中村さんの知らないところで勝敗を決するというのは確かに間違っていると僕も思います。実質的な意味がないですから」
「だろ?順もそう思うよな?」
「はい。そんな迂遠なことをしている間に、さっさと告白するなりなんなりすればいいんです。要するに二人とも度胸がないんですね。そのくせどちらも普段は強面を気取っているものだから、弱虫じゃない振りをしようとしてこんな愚にもつかないことを始めてしまう。いってみれば狼の皮を被った羊ですね。全くお笑いです」
「ああ、まさにその通りだぜ……って待ていっ」
「何ですか、先輩?」
蛭田は血相を変えたが、柱谷は涼しい顔で紙パックの苺ミルクを啜る。
「飲みますか?まだ三分の一ぐらい残ってますけど」
「いらねえよっ」
「そうですか。美味しいのに」
ちゅるるる、と柱谷は残った苺ミルクを飲み干した。
2009/ 3/15
(続く)
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