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"ハーレムエンドシャッフル#2"
Act 2
「順よ、俺はこれから何をするのかてめえに話したよな?」
「はい、聞きました。僕に立ち会い人を務めてほしいんですよね?余り気は進まないですが、他ならぬ先輩の頼みだ、引き受けますよ」
「決闘のやり方も説明したよな?文字通り、命懸けだ。十中八九どっちかが、いや、倉馬鹿が死ぬことになる。ちょー危険な内容だ」
「ですね」
「俺は本気だ。野郎は逃げるつもりでいるかもしれねえが、もしも気が違って挑んでくるようなら、真っ向から叩き潰す。その俺が臆病者だと?冗談もたいがいにしとけよ?」
「んー。いっそのこと止めにしませんか。いいじゃないですか臆病者だって別に」
柱谷はじっと蛭田を見つめた。
「こんなつまらないことでもし先輩と二度と会えないようなことにでもなったら、僕悲しいです。泣いてしまうかもしれません」
「……じゅ、じゅん?てめ、何言って?」
「中村さんが可愛らしい容姿の持ち主なのは僕も認めます。性格もある意味、チャーミングだと思いますけど、僕にとっては先輩の方がはるかに大事だし、素敵です。たとえどんなに救い難いへたれのかっこつけでも、先輩のことが僕は大好きです。先輩が直接言う勇気がないなら、中村さんには僕が伝えてあげます。だからこんな馬鹿げた勝負は止めにしてください。お願いします」
柱谷は膝に付くほど深くに頭を下げた。それが伊達や冗談などでないことは、それまでの会話を全く聞いていなかった通行人Aさんですら分っただろう。まさに誠心誠意の気持ちに溢れていた。
「えーっと、順、とりあえず頭上げてくれ、頼む」
「はい」
一呼吸の間を置いてから、柱谷はおもむろに頭を上げた。眼鏡の奥の瞳が恥ずかしがる様子もなく素直に蛭田の視線を捉える。蛭田は今の告白?が空耳か思い違いであることを切に願った。
「はっきり言って俺にホモの気はない。男に告られても気色悪いだけで全然嬉しくない。ドゥユゥアンダスタン?」
「もちろん知ってます。もし先輩がそっち系の人だったら僕は即行逃げてます。だって危険ですから。でもそれはそれ、これはこれです。あーもういいです、分りました。一時に屋上ですね、行きますよ。先輩が倉川先輩とくんずほぐれつ二人仲良くあの世へ旅立つのを、特等席で見物させてもらいますから。きっと末代までの笑い草になるでしょうね。とっても楽しみです。それじゃ」
また後で、と柱谷は踵を返した。蛭田はほとんど呆然と見送った。
#
昼休みが終わるのは午後一時二十分、まだ二十分以上残っているから完全に無人ではなかったが、この糞暑い最中にあえて燦々の陽光を楽しもうという奇特な人種はそもそもが少なくて、柱谷が鉄扉を開けた時に視界の中に入ったのは、向こうの壁際にへばりつくようにして座っているカップルが一組だけだった。
この暑いのに大変だ。
別に皮肉でもなんでもなく、手を握り合い顔を寄せキスを交わしている彼らに柱谷は心の内で呟いた。一ミリも羨ましくは思えない。なにしろラブ一杯ハッピー満タンである筈の当人達からして、茹だった犬みたいに苦しそうなのだから。
もしもあれが暑さに参っているのではなく愛に切なくなっているのだとしたら、柱谷は躊躇なく彼と彼女にラブ・ゴッドの称号を奉る。
「やー、順くん。ご苦労様」
「……こんにちは、谷口先輩」
傍らから上がった声に一瞬返事が遅れたのは、何もそこに操がいたことが意外だったからではなく。むしろ逆だ。
「相変わらず物好きですね。何もこんなことにまでつき合わなくてもいいと思いますけど」
「そっちこそね。まあでも放っとくともっと厄介な破目になるかもだし。クラスメートのよしみってやつよ」
操は投げやりと自嘲が綯い交ぜになったふうに笑った。鉄扉のすぐ脇の壁によりかかり、床にぺたんと尻をつけ座っている。短いスカートが股の半ば過ぎまでめくれていた。
「ピンクですか」
柱谷は屋上へ足を踏み出し扉を閉めた。途端、天空から突き刺さってくるような日射に思わず顔をしかめる。
「なにそのツラ。私のパンツなんか汚くて見てられないってか?」
「眩しかっただけですよ」
「パンツが?」
「外が。それと下着も可愛いと思います」
「よろしい」
操は足を揃えてスカートの裾を整えた。柱谷は吐息する。
「そういう順くんはどんなの穿いてんの?黒のビキニとか?」
「黒のボクサーです。セクハラですね。見せろとか言わないでくださいよ」
「見せやがれ。先輩としての命令」
「いやです」
「私をヒルダーだと思って」
「谷口先輩は先輩じゃないですから」
「あっそ。じゃあヒルダーが見せろって言ったら見せるんだ」
「はい」
「パンツ脱げって言ったら」
「多分」
「しゃぶれ」
「喜んで」
「…………」
「冗談です」
柱谷は笑いもせずに言った。操は呆れたふうに首を振る。
「ぶっちゃけさあ、あんた、ヒルダーのこと好きなわけ?お姉さんに教えてみ。悪いようにはしないから」
「多分、谷口先輩の倉川先輩に対する気持ちと同じだと思います」
「そっか。じゃあ嫌いなんだ」
「はい」
「馬鹿だもんね」
「本当に」
「一緒にいるだけで疲れるし」
「ええ。でもそれも今日で終わりかもしれないと考えると」
「ほっとする」
「はい」
「嘘吐き」
「…………」
一時まではもう間もない。けれど未だ当事者達は現れない。どこかで居眠りでもしているのか。で、すっぽかして終了。なにせ馬鹿だから。操はそんな展開を予想してみる。しかしそれがただの夢想に過ぎないことは分っていた。そんな並の程度の馬鹿なら苦労はしない。
はぁー。これからはもっとちゃんと友達選ぼう。
顔に落ちかかる汗を拭い、操はしみじみとそう思った。
そして午後一時きっかり。突き破るような勢いでドアが開けられて、坊主頭のでかぶつが屋上に姿を現した。まずは仁王立ち、ぐるりと首を巡らせるその様は、さながら合戦に臨む武者の趣きだ。実際、多勢が取り囲み待ち伏せている可能性も考慮に入れていたのだろう、ひとまずの状況を確認すると、倉川は肩をほぐすように大きく両腕を回した。
これから臨む決闘では何より度胸と平常心が肝要だ。身体が固く強張っていては戦うまでもなく敗れてしまう。倉川は両眼を閉じた。気を落ち着かせ、同時に集中力を高めていく。
そして訪れる炸裂音と熱感と目眩。突然のことに倉川は瞬間全てを忘れ、四散してしまった意識をどうにかかき集めて回復した視界の先に、やたらと不機嫌そうな操がいた。
「谷口……何のつもりだ」
かなり本気で問い質す。扉わきの死角にいた操に、張り手を見舞われたのだと倉川はもう理解していた。女の細腕とて看過はできない。操の一発には、スピードといい切れといいスナップの効かしといい、冗談事では済まされない威力があった。仮に顎先にでもヒットしていたら不覚を取っていてもおかしくない。
「……別に。ただむかついただけ。文句ある?」
当然だ。あるに決まっている。だが倉川は開きかけた口を閉じた。大事な勝負の前である。余計な揉め事で気を散らすのは得策ではない。そんなふうに自分を納得させて、操の隣へ視線を移す。
「柱谷か。蛭野郎はどうした?逃げたのか?」
「さあ、多分もうすぐ来ると思いますけど。先輩は卑怯者ではあっても臆病者じゃない、こともないですけど、でも少なくとも倉川先輩を相手に逃げたりはしません。まして中村さんを目当てにしてのことなんですから。もし先輩が来ないとしたら、考えられるのは一つだけです」
「一つだと?それは」
「倉川先輩を待たせておいて」
「その間にさっさと麻衣子を自分のものにする」
「はい」
操が横から答え、柱谷は頷いた。見る間に倉川に険悪な気配が満ちる。
2009/ 3/23
(続く)
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