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"ハーレムエンドシャッフル#2"
Act 3
「あの野郎、そんなふざけた真似を」
「してるわけないじゃん」
「ですね」
倉川は眉をひそめた。だがわけを尋ねようとするよりも先に。
「──っと、ぎりぎり間に合ったか」
蛭田の茶髪が扉口から覗いた。操は携帯で時刻を確認する。一時を四分半程過ぎたところ。セーフだ。残念ながら。
柱谷が白い目を向けた。
「ずいぶん遅かったですね。迷子にでもなってたんですか?」
「んなわけねえだろ。クソしてたらなかなか出てくるもんが切れなくてよ……ってそんなこたどうでもいいんだ。悪いな、操、身の程知らずの間抜けのせいで手間取らせて。すぐ終わらせて後で麻衣子と二人で礼に来るから。今日このあと空いてるか?」
「一応ね。でも忙しくなるでしょ、きっと」
勝負の結果、もし救急車やパトカーを呼ぶような破目にでもなればのんびり女子とデートなどしていられるわけもない。けれども幾ら馬鹿とはいえこの二人だってその程度のことぐらい。
「考えて、ないんだろうなあ」
操はひとりごちた。
「あ?なんだよ」
蛭田が訊き返したが答える気にはならない。
隣で柱谷が深いため息をつく。操は思わずその手を握った。柱谷も握り返す。
「なんだよ。お前らもしかしてつき合ってんのか?」
蛭田が目聡く突っ込んできたが操は無視。蛭田は面白くなさげだ。
「順、どうなんだよ」
「るさい。くだんないこと気にしてないであんたはとっとと決闘でも何でも始めたらいいでしょ。大事な麻衣子の身を賭けてさ」
操は切れ気味に言った。蛭田は思い出したように背後を振り返る。倉川は既に臨戦態勢、長身を利しプレッシャーをかけるように蛭田を見下ろしていた。
「最後の機会をやろう、蛭田」
しかし蛭田はもちろん恐れ入ったりはせず、逆に刺し貫かんばかりの眼光で睨み返す。
「お前に麻衣子はふさわしくない。大人しく己の分を認めてこの場から立ち去れ。そうすればもうお前のことは放っておいてやる。今までのふざけたことも全部水に流してお前の存在自体をなかったことにしてやろう。だから」
それは完全なる最終通告。
「消えろ。今すぐに。俺の前から。そして二度と姿を現すな」
「ぷっ」
空気が抜けたみたいな間の抜けた音が洩れて。
「くっ、くく、はははっ」
やがて弾けて広がっていく。
「はっ、はっ、はっ、はぁはぁ、ひっひっひっ……何だその寝言、俺を笑い死にさせようってのか?まあ確かに?俺とまともにやって勝つよりはまだ可能性高いかもしんねえけど?ゼロよりはな?けどそれにしたってだ、あんまりひど過ぎる冗談だぜ、あっはっはっは」
しつこく笑いこける蛭田を尻目に、倉川は歩き出した。痛いほどの日差しが照りつける下、屋上のコンクリートを踏みしめ一直線に壁際まで至る。
「始めるぞ。谷口、柱谷、立ち会いを。蛭田、勝負するつもりがあるなら来い。いつまでもぐずぐず抜かしてるようなら放棄と見なす」
「はっはっ……上等だぜ」
蛭田も壁際に向かった。もはや完全やる気モードらしい。
「馬鹿野郎どもがっ」
操は吐き捨てると肩をそびやかせて後に続いた。柱谷は握っていた操の手を放し、しかしぴたりと彼女の隣に並んだまま、共に立ち会いの位置に付いた。
その血の気の引いた表情には何の動きもない。まるで精巧なデスマスクを付けているみたいだった。操はちらりと柱谷を顧みて、ついに決闘の開始を宣告する。
「それでは、ここに蛭田敦也と倉川直史の決闘を執り行います。勝った方が中村麻衣子をものにする、っていうかその権利を得る。麻衣子がどうするかについては何の保証もありません。ぶっちゃけ、へたれどうしのただの自己満足の逃避でしかない、これはそういう勝負です」
「谷口、余計なことを言うな」
「俺はへたれじゃねえ。この薄馬鹿と一緒にすんな」
「それはこっちの台詞だ」
「何だこらやるか」
「やかましい!!」
操は一喝した。
「喧嘩で済ますんなら最初っからそうしとけってのこのぼけなすどもがっ!!…………で、どうすんの。アホくさいことは止めにして、清く正しく美しく殴り合いでケリつける?私はそれで全然構わないよ、っつかそっちにしとけ。順くんもそっちのがいいと思うよね?」
「──僕は、先輩の意思に従います。後悔はしてほしくないですから」
「あ、そう。さすがキチガイの舎弟はやっぱりキチガイなんだ。見下げ果てたわ。まあいいやもう、じゃあ改めて問います。あなた達は、定められたルールに則り、正々堂々と決闘を行うことを誓いますか」
「誓う」「誓うぜ」
「はい。では位置に付いて」
倉川と蛭田は背中合わせに立つと、屋上の両端へ向かって歩いた。倉川の方が歩幅が大きく、蛭田の方がピッチが速い。結果として、二人がたどり着いたのはほとんど同時だった。
「上がって」
倉川は屋上の縁に手をかけ身体を引き上げた。
蛭田は軽く跳躍して腰を乗せると足を縁にひっかけた。
「立って」
縁の幅は二十センチに満たないだろう。片側は一メートルばかり下に屋上のコンクリート、もう片側は二十メートルばかり下に地上のアスファルト、そういう場所に、彼らは向かい合った。
「ルールの確認。お互いに真っ直ぐ歩く。先に落ちた方の負け。残った方が勝ち。では始め」
傍らで固唾を飲む音がした。柱谷だ。操は横を向きそうになるのを堪える。自分は立ち会い人だ。万一にも勝敗の決する瞬間を見逃すわけにはいかない。
二人は束の間睨み合っていたが、共に自分で勝手にバランスを崩す可能性は低いと判断したらしく、細い足場の上を進み始めた。急いだり走ったりこそしないものの、中途で止まることもまたなく、確実に間の距離を詰めていく。ただ相手が落ちるのを待つのではないく、文字通り自らの手を使って相手を落とす。屋上の方なら大したことはない。最悪でも骨折止まりだ。だがもしも反対側になったなら──。
「本当に愚かな人達だ。つくづく、心からそう思います。今さらですけど」
「そうだね。でも私らじゃ止められないし」
「谷口先輩、僕、決めました」
互いに腕を伸ばせば届く間合い、そこまで来て二人は止まった。ここから先に踏み込めばもうただでは済まなくなる。勝っても負けても。もしかすると、今頃になってやっとそのことに気付いたのかもしれなかった。
自分が死ぬか相手を死なせるか。あるいは共倒れになることも十分有り得るデッドエンドを、もし本人達以外に打開することができるとしたら、それは世界に一人だけ。
「この勝負の結果がどうなろうと、僕はもう先輩と縁を切ります。これで最後にします。先輩の傍にいるのは」
「賛成。せっかく順くんかっこいいんだから、あたら無駄な時間を過ごすべきじゃないよ」
本心からの言葉だった。そして自分も。
睨み合いの時間が過ぎて、やがてどちらからともなく両手を前にして構えを取った。いよいよだ。互いの身命を賭けた、直接の潰し合いが始まる。操は自分でも内容のよく分らない祈りを、信じてもいないなにものかへと捧げて。
「待って、お願い!!」
思わず、口に手をやっていた。だけど違う。今の声はやはり操のものではなく。
「二人とも止めて!わたしのために喧嘩なんてしないでっ!!」
「ま、麻衣子!?」
「なぜお前が!?」
蛭田と倉川は相手に攻撃をかけようというまさにその寸前で動きを止めていた。ジャストなタイミングでの不意の叫びは、この状況ではかなり危険なものだったろうが、どちらも運動神経だけは無駄に良い。体の平衡は見事に保たれていた。
「操ちゃんが教えてくれたんだよ。あなた達がわたしのために決闘するって。ねえお願い、わたしのことが好きなら、二人とも仲良くして?あなた達の気持はわたし本当に嬉しい。でもだからって、だからってこんなのは辛すぎるよ。勝った方とつき合うだなんて……大切な友達を蹴落としてまで想いを遂げようなんて、そんな自分勝手な人とのおつき合いなんか、わたし絶対にできない!!」
倉川と蛭田はひどく苦い視線を操に投げた。余計なことしやがって。声には出さなくとも、明らかにそう言っていた。
だが操はそんな程度のことで怯みはしない。今こそとばかりに場の収拾に乗り出していく。
「麻衣子もこう言ってることだしさ、とりあえず二人ともここはいったん引くとこじゃん?それで後でまた改めてどうするか考えたらいいっしょ。どうせ勝ったって麻衣子とはつき合えないんだからさ。ね?」
そうだよ、と麻衣子も頷いた。
「わたしは蛭田君のことも倉川君のこともどっちも好き。どっらかを選ぶことなんてできないし、まして勝った方を取るなんて、そんな両天秤にかけるようなことできるわけない。だから、だからわたし、負けた方とおつき合いするっ」
麻衣子は頬を染めて花も恥じらうような笑みを浮かべた。
「ええっと、地面に落た方が負けなんだよね?ここから下までって結構あるけど、でも落ちるのはあっという間だよね。うん、とっても楽しみ!早く見たいな!地面にぶつかった音、ここまで聞こえるかなあ。ぐしゃっ、とかぼきっとか。きっと迫力満点だよね。ね、どっちでもいいから早く負けてみせて?おねがい」
懇願するように両手を合わせ、麻衣子は二人へと歩み寄った。
倉川は逃げるように縁の上を後ろへ退り、蛭田はひきつった顔で地面までの距離を測る。
身を捨ててこそ浮ぶ瀬もあれ。死して屍拾う者無し。
別に地面でなくても屋上の方へ落ちても負けなのだが、それで麻衣子が納得する可能性は限りなく低かった。純粋さとは時に残酷なものである。
「あーっと悪い、俺ちょっと腹痛い」
「済まん、急用を思い出した」
屋上へ飛び下りたのは二人とも同時、蛭田と倉川は競うように出口へ向かって走り出す。
「え?え?どうしたの二人とも?勝負はまだ着いてないよ?だってまだどっちも落っこちてないんだから。ねえ?」
「ううん、ねえって言われても……ねえ?」
「両者試合放棄ですね。勝ち負け無しで終了です。ということでお疲れ様でした」
「お疲れー」
困惑する麻衣子をよそに、柱谷が決闘の終了を告げて、操もそれに倣った。
「どうするんでしょうね、これからあの人達」
「さあ?多分また喧嘩するんじゃないかな。なんか適当な理由見っけてさ」
「ですね。まあ僕には関係ないからどうでもいいですけど」
「順くん、ほんとにヒルダーと縁切るつもりなんだ?」
「はい。谷口先輩はどうするんです。倉川先輩とのつき合いは続けるんですか?」
「ええっ、倉川君と操ちゃんってつき合ってたの!?」
倉川と蛭田が逃げ出した扉をしょんぼりと見送っていた麻衣子だったが、いきなり目を丸く見開くと二人の会話に加わってきた。
「いつから?何がきっかけ?全然知らなかった。うーん、でもそっかあ、言われてみれば二人、仲良いもんね。いいな、羨ましい」
無邪気に口にする様は当てこすりや冗談とかではなく、純粋に羨んでいるかのようだった。多分実際にそうなのだろう。操は訊いてみる。
「麻衣子さ、倉川君のこと好きなんだよね?」
「うん、好きだよ」
「ヒルダーのことは?」
「蛭川君?うん、好き」
「順くんは?」
操は柱谷を捕まえて麻衣子の前に突き出した。柱谷は微妙に迷惑そうだったが抵抗はしない。
「えーっとね、好き、だよ、うん。順くんのことすごく好き」
恐らくこの二人はこれまでほとんど会話を交わしたことはない。あるいは面と向かったのはきっと今日が初めてだろう。
「麻衣子ってさ、順くんのこと前から知ってた?」
「え?初対面だったと思うけど。会ったことあったっけ?」
麻衣子は柱谷を注視した。柱谷はずれてもいない眼鏡の位置を直した。
「僕は以前から知ってましたけど。中村さんは有名ですから」
「あはっ、そうなんだ。なんか嬉しいな、順くんにそんなふうに言ってもらえると」
「いえ別に褒めてないです」
柱谷が冷たく応じると、麻衣子は意味が分らないというように首を傾げた。パンッと小気味良い音を立て、操が両手を打ち合わせた。
「んじゃ、引き上げようか」
「そうですね」
「あ、待ってよ二人とも、わたしも一緒に行く!」
麻衣子は歩き出した操と柱谷の手を取った。
操は好きにさせ、柱谷は一度は払い除けたものの、再び麻衣子が掴み直すとあきらめたように力を抜いた。麻衣子は幸福そうな笑みを浮かべて、つないだ両手を大きく振り回した。
(了)
2009/ 3/29
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