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"ロールプレイ"

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 生命の危機に瀕した時、人はそれまでの人生において経験してきた全てを一望のもとに見るという。
 けどそんなのは大嘘だ。
 竜平は強く思った。なぜならこの絶体絶命の窮地で心に掛かるのは、たった一つのもの、否、たった一人のことだけで。
 「これまでですね」
 リディア・ミラノエヴァはむしろ清々とした様子を作って言った。
 「リューヘイ殿、ご苦労でした。後は自分で為すべきことを致します。あなたは、そう、ここで控えていてください。彼らの目当てはわたくしだけ、あなたのことは初めから眼中にありません。場が納まるまで少しの間大人しくしていれば、誰もあなたに興味など示さないでしょう。短い間でしたがお世話になりました。これを──」
 リディアは身に付けていた首飾りを外した。およそ派手やかさからは遠く、一国の王女が持つ品としては質素に過ぎる。だが銀鎖の先端に繋がれた、雫の形をした青い石は、リディアの透き通った青い瞳の色に何よりも良く映えた。
 「今のわたくしが持つ唯一の貴重な品です。どうぞお受け取りください。約束の後金には足りないかもしれませんが、せめてものお礼にと」
 「ふざけんな」
 差し出されたリディアの手を、竜平は荒々しく振り払った。リディアが目を見開く。
 無理もない。これまでの竜平の態度も決して恭しいとは言えないものだったが、最低限度の礼節はどうにか保っていた。形式的な敬語すら使わなかったのはこれが初めてだ。
 リディアにすれば、こんな無礼な仕打ちを受けたのは間違いなく生涯初だろう。
 「わたくしは真面目に話しているつもりです」
 しかしリディアはあくまで冷静さを保とうとする。竜平は苛立たしげに息を吐きだした。
 「そいつは俺があんたにやったもんだろうが。今さら返されたって嬉しくもなんともねえよ」
 「それは」
 リディアがわずかに言葉を詰まらせる。
 「それは、重々承知しています。申し訳なくも思います。ですがあなたも知っての通り、今のわたくしには他に何もないのです」
 「あるだろ」
 「え?」
 「そこにあるだろう。俺の目の前に。あんたがさ。あんたの身が。何より大切なものだ」
 「……ありがとう。そう言ってもらえて光栄です。本当に。ですが結局、わたくしはただ古い血を引いているというだけ。たとえわたくしがいなくなっても、ユーリのように才能も国への愛もある若者達が、きっと後はやり遂げてくれるでしょう。わたくしはそう信じています」
 リディアは祈るように面を伏せた。だが竜平は同意できない。
 「そんなこと知るかよ。カルデアの権力争いなんざどうだっていい。ラモス大臣もユーリ少佐も、俺からすれば大して違わない。あんたを自分の都合のいいように利用しようとしてるだけだ。本当はあんたの身なんかかけらだって気にしちゃいない。それが分らないのか?」
 「リューヘイ殿」
 リディアは屹と竜平を見据えた。血の気の引いていた頬には朱が差している。
 「ラモス大臣はともかく、ユーリは立派な若者です。部外者のあなたに侮辱されるいわれはありません」
 「部外者?部外者だって!?ただの日常の護衛の筈が、何遍も襲撃を喰らって、挙句は軍隊並の武装した奴らに囲まれて今にも殺されそうな俺が部外者だってのかよ。驚いたな!」
 「それについては幾重にもお詫びします。完全にこちらの落ち度でした。まさか異国の地で彼らがこれほどの暴挙に出ようとは、全く予想していなかったのです」
 「だから水に流して忘れてくださいってのか?ずいぶんと馬鹿にされたもんだな」
 「わたくしは、そんなつもりは……。ならば逆にお尋ねします。リューヘイ殿は、わたくしにどうせよと仰るのです?」
 「あんたはどうするべきだと思ってるんだ」
 「ですから、それは」
 「何だ。言ってみろよ」
 「ですからっ!」
 リディアは挑むように竜平に声をぶつけた。
 「あなたは、ここに残りなさいと言っているのです。わたくし一人が出て行けばそれで済むから、だからっ」
 「駄目だな。通らない」
2009/12/24
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