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"ロールプレイ"

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 「可哀そうに」
 成田隆平はひとりごちた。言葉の内容ほどに同情的な響きはなかったが、さりとて全く表面だけのものでもなさそうだった。ドライフラワーみたいな、枯れた憂愁が漂っていた。
 「はい?何か仰いましたか」
 「いえ、別に大したことじゃないんですが」
 成田は黒眼鏡をかけ直し、濁った青い目を隠すと、読んでいた文庫本をカウンターの上に置いた。表紙には、年配者には余りそぐわないカラフルなイラストが描かれている。タイトルには『グレイシャス・モーメント ‐2‐ 無限への疾走』とあった。
 「新巻の序章、出て来て三行でやられてるの、こないだ美奈子さんが連れて来た小僧でしょう」
 「良くお分りですね。本文には名前も書いていないのに」
 「魂の色を見分ける力ぐらい、まだ私にも有りますよ。ほとんど力を失ってしまった身であってもね」
 成田は自嘲するように言った。三輪が振り返る。成田は首を竦めかけたが、三輪の関心は成田の感慨にはないようだ。
 「それで、眼鏡の方は」
 「ああ、はい。できてます。どうぞ」
 ケースに納まった眼鏡を差し出す。三輪は蓋を開け中身を一瞥すると、それまで掛けていたものと取り替えた。店の中をあちこちと見回し、具合いを確かめる。
 「いいようですね。さすがマイスターの名は伊達ではありませんね。感心しました」
 「そりゃどうも光栄です」
 成田は一揖した。
 「ですが美奈子さんには及びもつきませんよ。わざわざ捕獲した魂を、あんなふうに簡単に使い捨てるなんて。他の連中が聞いたら呆れるか怒り出すでしょうな。いや、それとも信じませんかな」
 「心外ですわ。私は使い捨てにしたことなんて一度もありません。全部最後まで大切にしています」
 「いや、でも現に」
 成田は本に視線を落とした。新巻の冒頭部で、リディアと竜平の二人は追手をかわすために商業ビルの裏口から抜け出ようとしたところを銃撃に遭う。竜平が即座に反撃して狙撃手を倒すのだが(ちなみに使った武器は厨房を通り抜ける途中でくすねてきたコショウの瓶だ)、リディア視点で書き進められていることにより、襲った相手のことは名前はおろか直接的な外見の描写すらされていない。まさしく端役以前の扱いだった。
 しかし三輪は誇るように言った。
 「だって、幸太さんの役目はこれで終わりではありませんもの」
 「ああ、すると」
 成田ははたと手を打った。
 つまり、この後でもっと重要な役を割り振られているということか。それなら確かに理に適っている。顔すら出していないのだから、別のキャラクターとして登場しても、普通の読者には分るまい。
 心得た様子の成田に、三輪が続けて説明を加える。
 「通行人に店員、竜平さんが倒す追手の一人、戦闘に巻き込まれて不幸にも亡くなる一般市民、出番は幾らでもありますわ。別にこの作品に限らなくてもね」
 「……成程」
 成田は長く間を置いた。
 「で、そのうち名前が出てくる役はどのくらいあるんですかな」
 「はあ?」
 心底意外なことを聞いた、というふうに三輪が目を丸くした。長い付き合いだが、ここまであからさまに驚いた様子というのも珍しい。もしかすると初めてのことではないかと、成田は思った。
 「そんなの、あるわけないじゃないですか。幸太さんには似合いません。折角捧げてもらった魂です、最大級の敬意を持って、最もふさわしい使い方をするのが、当然の礼儀というものですわ。ですから成田さんだって」
 「私のことはどうでもよろしい」
 成田がすかさず遮ると、三輪はわずかに不快そうな様子を見せたが、それ以上の言及はしなかった。一応は情けというものがあるらしい。
 「あの人間のことにしても、美奈子さんに考えがあってのことなら私がとやかく言う筋ではありませんので。もちろん彼個人の運命にも興味はない。ただ一つだけ。器、体の方はどうなさいました。適切に処置なさいましたか」
 表向き、三輪と成田の間に客と店主として以上の関係はない。もし三輪が後始末をなおざりにして、そのせいで何らかの社会的トラブルを招いたとしても、火の粉が降りかかってくる可能性は極めて低い。だがゼロではない。余計な面倒事の芽は出来る限り摘んでおくべきだった。
 今の境遇は成田にとってかなり不本意なものだが、ひとまず安定してはいる。三輪のためにさらなる憂き目を見たくはない。
 「どうって。別に何もしてませんけど」
 「何も!?まさか魂の抜けた体をそのまま放置してあるんですか?」
 「何か問題がありまして?」
 「あ、当り前でしょう。そんな脱け殻、それは日常生活ぐらいはこなせるかもしれませんけどね。体が覚えていますから。しかし自分の意志ってものがないんだから、どうしたって周りの人間に気付かれずには済まないですよ。私ごときがこんなことをあなたに言うのは、釈迦に説法というものかもしれないが」
 「大丈夫みたいですよ?」
 三輪は恬淡として言った。
 「お釈迦様がどれほどの人だったかは存じませんけど、成田さんの仰る通り、人と魂との理については、私はそれなりに習熟しているつもりです。それを踏まえて言わせてもらえれば」
 「何です?」
 「成田さん、あなたは幸太さんの魂の在り様を見誤っています」
 「私が?あの弱々しい人間のことを、ですか?」
 余りに存外な三輪の言い様だった。確かに成田があの男に現世で接したのはごく短い間のことだったが、それで十分底まで見通せるぐらい、薄っぺらい魂の持ち主に思えたのに。
 実はまだ奥があったというのか?三輪に奪われてもなお生を持続できる程の魂が、秘められていたのだと?
 「まさか、人の身で。この私ですら」
 「違いますよ、成田さん。逆です」
 三輪は楽しげに成田の間違いを正した。
 「幸太さんの魂はね、無意味なんです、初めから。あってもなくても変わらない。彼はそういう生き方をしてきました。だから周りの人は誰も気付きません。彼から魂が失われてしまっているということに。どうです、素敵でしょう?だから彼には永遠に役を演じ続けさせることができるんですよ。心に響くことのない、話の都合だけで現れては消える役柄を、ずうっとね。けれどねぇ、成田さん、彼のことを可哀そうだと思う必要はないし、蔑む理由もありません。だって、私たちだって同じなんですから。中身の無い、空っぽの存在」
 そして三輪は真っ直ぐにこちらを見つめた。

 “あなたもね。同じだよ?”
               (了)
2010/ 1/30

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