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「おっとこまえ!!」
「おっとこまえ!!」
第9回
「ちょっと待てよおいっ!!」
反射的に立ち上がって叫んでいた。
しまったと悔やんでも後の祭りだ。
今やクラス中の視線が哲平に集中している。
「どうしたの、テッペイ?」
実咲人がさも不思議そうに首を傾げた。
どうしたのじゃねえ。
怒鳴り返したいのを必死でこらえる。相手はどう見ても可憐な美少女だ。罵声など浴びせたらクラスの男どもの反感を買う。その挙句クラス委員という面倒事を押し付けられてはたまらない。
哲平は一呼吸置いてから慎重に口を開いた。
「すいません、俺はそういう柄じゃないんで。辞退させてもらいます」
後は自然に腰を下ろせばいい。きっと圏外に逃れられるはず。
「そんなことないって。テッペイならやれるよ」
だが実咲人が食い下がってきた。
「だからどうしてだよ。お前俺のことなんかろくに知らねえだろうが」
会って間もないわりにはずいぶん濃ゆい時間を過ごした気もするが、哲平をクラス委員に推薦するような要素はなかったはずだ。
案の定実咲人は考え込んだ。
「なんでって。えーと」
これでクラスの連中にも分ったはずだ。実咲人と哲平の間には深い繋がりなどない。「美少女」と仲がいいなどと事実無根の誤解が元で反感を買った挙句以下略。
実咲人ははたと手を打った。
「可愛いから?」
もう帰ってもいいだろうか。哲平は真剣にその案を検討した。
教室の中は静まり返っている。「おいおい、あれのどこが可愛いってんだよ」みたいな突っ込みの声でも上がっていればむしろ精神的には楽だったろうに。
凍った空気を動かしたのは意外にも担任だった。
「はい、推薦ですね、ありがとうございます、えー」
哲平はひとまず着席した。何事もなかったように流すのはさすがにもう難しいだろう。となれば別の候補を立てるしかない。
やはり直巳か。中学の時の模試では常に全県で一位だったし、名前を知っている奴も多いはずだ。能力的にも問題ない。若干怖い気もするが、たかがクラス委員である。強権を振るわれたとしても影響範囲は知れている。
「では委員長の入日君、後はよろしくお願いします」
無投票で決まっていた。
「わー、テッペイ、おめでとう」
パチパチパチ、と実咲人。それがやがてパラパラとなり、全く盛大でない拍手が広がった。
前に自ら宣言した通り、教師は速やかに退室。
H.R.終了まではまだあと三十分はある。いっそもうずっとこのまま黙って座っているかと思っていると。
「何をしているの、哲」
直巳が振り返った。
「早く前に出て議事を進行なさい。実咲人の推薦なのだから堂々と胸を張ってやればいいわ」
「実咲人の推薦」とやらに応えなかった場合はどうなるのか。あえて考えたくはなかった。
哲平は大きく息を吐くと、席を立ち、教壇に登った。
「入日です。とりあえず暫定ってことで、委員長やらせてもらいます。よろしく」
独断で暫定ということにして挨拶。好きではないだけで、人前に出るのが苦手というわけではない。
「最初に副委員長を決めたいと思います」
教室の中を見渡す。真面目そうでかつ気の弱そうな奴がいい。丸投げ、もとい協力してやっていくのに良さそうな。
「はい、ぼくがやりますっ!!」
実咲人が元気いっぱい手を挙げた。
反射的に視線を逸らす。窓の外はいい天気だ。教室の中にいるのがもったいない気がしてくる。
せっかく委員長になったことだし、クラスの親睦を深めるために屋外でのレクリエーションでも提案してみるか。
「はい、ってば。テッペイ、ぼくが副委員長に立候補するよっ」
実咲人が立ち上がっていた。教卓のすぐ前の席だ。嫌でも目に入らざるを得ない。
「……分ったんでとりあえず座ってください。他に誰かいませんか。立候補がなければ推薦でも」
期待薄だとは思ったが一応尋ねてみる。
全く無反応というわけではないものの、積極的に何かを主張しようという動きは見られない。
「まさか実咲人の申し出を拒んだりはしないわよね?」という直巳のプレッシャーが強烈なぐらいだ。あとは困惑やら好奇心といったものが大半だろう。
是非もない。
「それではいないようなので、花之舞さん、お願いします」
「はい」
実咲人は跳ねるようにして席を立つ。
「一緒にがんばろうね、テッペイ」
哲平の隣に寄り添い、拳を前に突き出した。
「おー」
哲平は低くて平たい声で応じると実咲人とちょこんと拳を合わせた。また「ノリが悪い」とかなんとか切れられるよりは適当に相手をした方がましだ。その程度のつもりだったのだが。
「うんっ」
駄目だ。やばい。
芯から嬉しそうな実咲人に、哲平はほとんど本能的な危険を感じて顔を逸らした。なぜそう思ったのかは分らない、というか分りたくない。「男」に心を惹かれかけたなんて事実は断じてない。
「すいません、ちょっといいですか」
「はい、えーと」
別のことに意識を向けようとしたところで、タイミングよく挙手した男子生徒がいた(男子なのは本当は当り前なのだが)。渡りに船とばかりに哲平は発言を促す。
「儀武といいます」
そいつは爽やかに微笑んだ。最近人気の何とかいう若手俳優に少し似ている。こっちの方がもっと骨太な感じか。儀武は先を続けた。
「武成の学級委員は四名で構成されるのが決まりです。委員長と副委員長、それに書記が二人」
「そうなんだ。ってことは」
そちらも決める必要があるということだ。雑務を押し付け、もとい分担できそうな人間が増えると考えれば悪くない。それに実咲人と二人だけになる機会も減るだろう。
「きみがやってくれるの?」
などと哲平が考えているうちに。実咲人が期待に弾んだ声で尋ねていた。
「僕で良ければ喜んで。君達と一緒に仕事をするのも面白そうだし」
君達と言いながら、儀武が見ているのは実咲人だけだ。
「よし、決まりっ。よろしくね、儀武くん。早くこっち」
実咲人は独り勝手に決めると儀武を教壇に招き、両手を取って握り締めた。大歓迎という感じだ。
馬鹿馬鹿しい。
そんなにそいつがいいなら、初めから委員長に推薦してれば良かっただろうが。舌打ちしたい気分で、哲平は正面に向き直った。
「じゃあ、あと書記もう一人は」
「私がやるわ」
直巳が間を置かず立ち上がった。
2012/ 7/15
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