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”智代アフター” プレイ後記


 セーブポイントからのリプレイによる別ルートの攻略など、現実の生においてはあり得ない。
 坂の下に佇み、校門をくぐることを躊躇している少女(きっと彼女は「カツサンド」と呟いている)と共に歩むことを選んだ以上、別の誰かと同じ時を過ごすことはできない。
 ひとたび別れることを選択してしまった後では、もうやり直しはきかない。少なくとも、別の選択を行ったifの世界は、永遠に失われてしまう。
 だから、智代と共にある朋也は、初めから失われた存在だった。

 ゲームの中でなら、同じルートを無限に繰り返すことができる。
 だがリプレイでのキャラクターが、以前に進めたシナリオの記憶を持たず、あたかも初めて体験するかのように物語を反復していても、それを眺める人間の現実での時間は、確実に過ぎて行く。
 そして幾たび繰り返そうと、パッケージ化されたゲームは、新たなる物語を産み出しはしない。
 だがそれなら、ディスプレイ上に映し出される物語を追うことは、全く不毛なことなのだろうか?
 そう思う人もいるだろう。
 それでも、ゲームをした体験は幻ではない。無駄な時間かもしれないが、虚無の時間ではない。
 そしてもし、その物語から感動を与えられたのなら、それはきっと宝物になる。

 現実には多くの困難が待っている。変わらない今から抜け出ようとしたことが、新たな悲嘆をもたらす可能性だってある。
 それでも勇気を持って踏み出せば、今度は自身の宝物が見つかるかもしれない。
 そしてその時には、ディスプレイの中から語りかけられた言葉が、きっと道しるべになってくれるだろう。
  ”おまえの中にいる私は…
   おまえを強くしてくれるか…?”
2010/ 5/ 9

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