Lv.102

歪んだ国の、迷える王女








「すまない」
 西通りと白虎大路の交差点にあるというジュナの実家は確かに大きな屋敷だった。国で一番の武器屋だと言っていた。店の中はありとあらゆる武器・防具で埋め尽くされている。ダーマの武器屋が陳腐に見えてしまうほどに。
「こ、こ、これはリヴェイラ将軍!」
 中にいたのは一人の女性。
「お、お許しを。ここにいる者たちは国王陛下に対し、何も──」
「落ち着け。お前たちが怯えるのは分かるが、ここは白虎将軍の治める地。私が口を差し挟むことではない。私はただ、シルヴァ家のジュナに会いにきたという旅人を連れてきただけだ」
「旅人?」
 女性はほっと一安心したかのように顔をほころばせた。
「まあ、そうでございましたか。リヴェイラ将軍にご足労いただきまして、まことにありがとうございます」
「気にするな。旅人がただ歩いているというだけでこの町では目立つからな。余計なトラブルを回避しただけのことだよ」
「そこまでのお気遣いありがとうございます。あなた方は?」
「私は、ジュナさんにお世話になったものです。ルナといいます」
 す、と頭を下げる。
「このたびは、お悔やみを申し上げます。ジュナさんはいい人でした。私は何度もジュナさんに助けてもらいました」
「まあ、そうでしたか。母のエリスと申します。あの子は今ごろ、礼拝堂で最後のお別れをしているころかと思います。もしよければ行ってあげてください」
「お母様は出席されないのですか?」
「国王陛下を暗殺しようとしたあの子の葬儀に、母である私が出るわけには参りません。弟妹たちを代理に出席させてはおりますが」
「……つかぬことをお伺いしますが、お父様は」
「亡くなりました。先月のことです」
 ルナは顔をしかめた。
「重ねてお悔やみを申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます」
「どのような理由でしたか」
「主人は陛下に献上する武器を持って城へ伺ったのですが、城の中で剣を抜いたということで」
「剣を抜いた?」
「はい。刀身を陛下にご覧いただきたかっただけなのですが、城内、それも陛下の御前で剣を抜くことは禁じられておりました」
 たった、それだけのことで。
 四人の心には不満が爆発しそうだった。ただでさえジュナを殺され、なおかつこのような理不尽な処刑がはばかる社会。
 だが、ここには朱雀将軍リヴェイラがいる。下手なことを言えば自分たちが今度は同じ目にあう。もちろん自分たちが倒されるとは思っていないが、ジュナの実家に迷惑がかかるかもしれない。
「礼拝堂の場所を教えていただけますか」
「はい。少々お待ちくださいね」
 母のエリスは紙にさらさらと地図を書いて手渡してくれた。
「ありがとうございます。早速行ってみます」
「こちらこそありがとうございます」
 そうして四人は店を出る。やりきれない思いだった。
「リヴェイラ将軍におうかがいしたいのですが」
「ああ」
「この国では、日にどれだけの人間が処刑されたりしているのですか」
「私の知る限りでは、一日に五件は下るまいよ」
「五件!?」
「声が大きい。あまり目立たない方がいい」
 声を出したヴァイスに、リヴェイラが叱責する。
「他の国と比較して、ありえないほどの人数ですね」
「国王陛下はご病気でいらっしゃるのだ。常に自分が暗殺されると思い込んでいらっしゃる。疑心暗鬼が続いて、自分を殺そうとしていると思い込んだら、それだけで死刑だ」
「三年前」
 ルナはあえてリヴェイラに話を聞いた。
「確か、国王陛下のご長男が処刑されたと聞きました」
「ああ」
「それも、反逆罪ですか?」
「そうだ。処刑を続ける国王陛下を追い落とそうとされたがゆえ、捕らえられて、処刑された」
「実のお子様を」
「そういう方なのだ。国王陛下は」
「他のお子様はご無事ですか」
「今も無事でいるのは次女のマリア姫だけだ。長女イサベル様、次男ルイス様も既にこの世にはない」
 さすがにそこまでの話を聞いて、完全に黙っていられなくなった。
 ルナが意を決して話を切り出そうとしたとき、その肩に手が置かれた。
 ヴァイスであった。
「わり。ちょっと俺、限界だわ。なあ、リヴェイラさんよ」
「なんだろうか」
「あんた、それでも国を守る軍人かよ。国王の言いなりになって、この国が滅びるまでこのままにしておくつもりかよ」
「……危険なことは言わない方がいい。他に誰か聞いていたら、私はあなたを捕らえなければならなくなる」
「あんたの腕で俺が捕らえられるかよ。試してもいいぜ。どう考えたっておかしいだろ。いくら国王でもやっていいことと悪いことがあるんじゃねえのか」
「陛下は」
 リヴェイラが苦しそうに顔を背けた。
「昔は、本当にお優しい方だったのだ。私はよく覚えている。まだこの国が活気に満ち、人々の顔に笑みがあふれていたころを。あのころの国王陛下を覚えているがゆえに、私は国王陛下を裏切ることなどできぬ」
「でもな!」
「ヴァイスさん」
 ヴァイスが暴走してくれたおかげでルナの頭が冷えた。
「ここはよくありません。まず、礼拝堂へ行きましょう。リヴェイラ将軍とはその後で場所をみて話をすればいいことです」
 ヴァイスは納得がいかない様子だったが、大きく舌打ちして話を止めた。
「ありがとう。まずは礼拝堂を案内しよう。こちらだ」
 そしてリヴェイラが先に立って歩いていく。
「わり、ルナ。ついカッとなっちまった」
「いえ。私がいいかげん頭にきていましたから、ヴァイスさんのおかげで冷静になれました」
「正直に言うなら僕も怒っているけどね」
「……許せない」
 どうやら国王の件に関しては、パーティ四人が完全に意見の一致をみたらしい。
「どうする?」
「オーブの件がありますが、この状況は何とかしてさしあげたいですね」
「それはそうだが、だからといって何かいい方法があるか?」
「……直談判」
 フレイの発案をルナが検討する。だが、直談判など国王が応じてくれるだろうか。それこそダーマからの使者は三人とも処刑されたというのに。
「とにかく、まずはジュナさんの冥福を祈ろうか」
 アレスが言う。話している間にも一行は礼拝堂に到着していた。
 ちょうど神父が祈りの言葉を捧げているところだった。反逆の罪で処刑されたというのに、こうして葬式を挙げることができるというのも不思議な話だ。国王は死んだ相手のことまでどうこうしようというつもりはないようだ。
「り、リヴェイラ将軍!」
 彼女が礼拝堂に姿を見せると、礼拝堂の中が突然ざわつく。彼女は苦笑してルナを見た。
「私がいると困るらしい。私は朱雀塔に戻っている。私に話があるならいつでも来てくれ」
 そうしてリヴェイラが立ち去っていく。礼拝堂にいる人間たちに気を使ったようだ。
(悪い人ではないですね。昔の国王への忠誠と、現状との差に悩み苦しんでいる。国を思う騎士には違いないようですが)
 ルナは礼拝堂の後ろの方の席にかける。アレスたちも同じように腰かけた。
 神父の話が再開される。そして話が終わると、三々五々、人々が散会する。
 神父のところに残っていたのはルナよりも小さいと思われる少年と少女の二人だけ。おそらくはこの二人がジュナの弟妹なのだろう。
「本日はジュナ=シルヴァの御霊前にお越しくださいまして、ありがとうございます」
 神父が一礼する。
「はじめまして。私はルナ。ジュナさんにはダーマでお世話になりました」
「あんたたち、リヴェイラ将軍の仲間じゃないのか?」
 弟の方が挑戦的に睨みつけてくる。
「兄ちゃんは何も悪いことなんかしてない。ただ国王陛下と話がしたいって言っただけなんだ。それなのに」
「私はリヴェイラ将軍とは関係ないですよ。純粋にジュナさんに会いに来ただけなんです」
 そうして、祭壇の骨壺を見る。
「まさか、こんな形になるとは予想もしていませんでした。つい数日前にジュナさんに会ったばかりだというのに、全然実感がわきません」
「ダーマから来たって言ってたもんな」
「はい。いつもお世話になってました。マナウスに行くときがあったら、実家の方に顔を出してほしいっていつも言われていました」
「兄ちゃん、毎月ダーマで働いたお金を送ってきてくれてたんだ。うち、武器屋なんだけど国の政策であまり売り上げを出せなくなってたから、兄ちゃんがお金を送ってくれなかったらとっくに倒産してるって母ちゃんが言ってた」
「はい。ジュナさんはいつも弟妹たちのために一生懸命でした。そしていつもお二人のことを自慢されていました。可愛い弟妹がいる、と」
 すると、次第に妹が涙を流し始めた。胸の奥で、声を出さないようにしてしゃくりあげる。弟の方がその背中をさすって妹をあやす。
 そのときだった。
「失礼します」
 扉を開けて礼拝堂に入ってきたのは、綺麗なドレスを着た少女。
「お、お前っ!」
 弟が突然声をあらげる。
「ジュナ=シルヴァさんの葬儀はもう終わってしまいましたか」
「何しにきやがった、国王の手先っ!」
(手先?)
 今一つ事情がのみこめない。少女はその二人に向かって小さく頭を下げる。
「すみません。父の命令で、このようなことに」
「謝ったって、兄ちゃんは帰ってこないんだ。返せよ、兄ちゃんを返せよ!」
(父?)
 ルナは仲間たちを目を合わせる。つまり、この少女こそがペドロ六世の娘、王女マリア=レオポルドか。
「申し訳ありません」
「ふざけるな! この調子で国民全部殺すつもりかよ! 国王なんか──!」
「やめなさい!」
 神父が少年を止める。
「この方は王女。暴言はそれだけで死罪なのですよ」
「かまうもんか。何も言えないよりずっとマシだ。何も悪くない兄ちゃんがどうして殺されなきゃならないんだよ!」
「……すみません」
 マリアはそれでもなお頭を下げる。
 国民を殺す国王と、国民に謝る王女。
(これは、歪んでいますね)
 マリア王女はその端整な顔をくもらせたまま礼拝堂を出ていく。仲間たちは顔を見合わせるとその後を追いかけた。
「マリア殿下」
 呼び止めたのはアレスだった。なにか、と彼女は振り返る。
 人形のようにつくられた造形。イヨやヘレン、グレースにローザ王女なども非常に美しかったが、マリアもまた整った美しい顔立ちだった。
「僕たちはアリアハンから来たものです。この国について少しお話をうかがいたかったのですが」
「アリアハン」
 マリアがじっとアレスを見つめる。
「分かりました。ですが、ここは場所がよくありません。落ち着いて話ができる場所へ行きましょう」
 それはこちらとしても望むところだった。
「どちらへ」
「そうですね。私の理解者でもある、朱雀将軍リヴェイラのところへ」
 そういえば先ほど、リヴェイラ将軍も何かあれば朱雀塔へ来いと言っていた。
「分かりました。リヴェイラ将軍にもお話をうかがいたかったので、ちょうどいいです」
 マリアは共を連れていなかった。一人で王宮からここまで歩いてきたのだという。
「それは、あなたに対して暴言を吐くところを見られたら、その相手も捕らえなければいけなくなるからですか?」
「……はい」
 マリアはその端整な顔が曇りっぱなしであった。現状を憂い、かといって自分ひとりではどうすることもできない現状に、どうすればいいのか分からないでいるのだろう。
 マリアと一緒に歩いていると、今度は兵士たちがただちに敬礼をしてマリアが通り過ぎるのを待つようになる。上下の関係というものが厳しい。おそらく兵士が敬礼をしなければ罰があるのだろう。
 やがて朱雀塔へ到着する。マリアの顔を見ただけで門番はすぐに扉を開いた。そして中に入っていく。
「これは、マリア殿下」
 塔の一階は大きな広間になっていて、そこに多くの赤い鎧を着た騎士たちが集っていた。リヴェイラもそこにいた。
「お邪魔いたします」
「いえ、マリア殿下であれば何も問題はございません。それに」
 リヴェイラ将軍はアレスたちを見て言う。
「早速来てくれたのだな」
「ええ。いろいろと聞きたいことがありますので」
 ルナが前に出て答える。
「セシリア。どこか部屋を用意していただけますか。可能ならあなたも同席してくださるとありがたいのですが」
「無論です。ここは任せるぞ」
 副官らしき人物に言い残すと、リヴェイラは先頭に立って塔の階段を上がっていく。続いてマリアが、そしてルナたちが後に続く。
 一行は三階の応接室に招かれた。一応マリアを上座に、その後ろにセシリアが立ち、テーブルの左右にアレスとフレイ、ルナとヴァイスという形で座った。
「まず、改めて自己紹介をしておきます。私はマリア=レオポルド。サマンオサ王家のものです」
「僕はアレス。そしてこちらから順に、フレイ、ルナ、ヴァイスです」
「こちらはもうご存知ですね。国の四方を守る朱雀将軍セシリア=リヴェイラ。私の協力者です。何かあったら彼女に言えば、だいたいは通じるようになっています」
「よろしく頼む」
 こうしてまず、お互いの自己紹介は終わった。
 そして尋ねるのは当然、ルナの役割だ。
「では、教えていただけますか。このサマンオサという国は、いったいどういうことになっているのかということを」






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