そもそも、太陽の紋章に意思というものがあるのならば、いったい何を成そうとしているのか。
 自分に話しかけてきていたのは、何か目的あってのことか。
 それともそういう『システム』にすぎないことなのか。
 今の自分では分からない。だからこそ調べなければいけない。
 ツヴァイクがいろいろと調べているところから分かることも出てくるかもしれない。
 ただ、それよりも手っ取り早く、知っていそうな人から聞く方が早いか。










幻想水滸伝V





『It requires more courage to suffer than to die』










 ビーバーを仲間にしたラグは、ビーバーロッジに集まったフェイタス軍の陣営を確認した。
 その軍隊の大半はレルカー・ロードレイクを中心としたメンバーで、特にカイルのような指揮官や、リヒャルトのような最強クラスの剣士も来ていなかった。
(さすが、ルクレティアだな)
 その構成が自分の悪い予感の裏づけとなった。ドルフとの会話でいくつか気付いたことがあったが、おそらくこの疑念は間違っていない。だからこそルクレティアも『全軍出動はさせなかった』のだろう。
 ラグはビーバーたちを連れて、すぐに城へ戻ることにした。ほとんどの家が焼け落ちてしまったために、持ち出す荷物がほとんどない、身一つで動かなければならないために迅速に動けたというのは皮肉なものだった。
 セラス湖の城に戻る。いつも通りの状況だ。誰にも分からないように小さく息をつく。
「……どうかしたの、王子」
 サギリが近づいてきて尋ねる。
「どうかって?」
「何か、緊張していたのが解けたみたいだったから」
「ああ、よく見てくれてるね、サギリは」
「王子の役に立つことが私の使命だから」
「ありがとう。ちょっと不安だったんだ」
「不安?」
「うん。この城が、攻め込まれていないか、って」
 ナクラとベルクートがその言葉に動揺する。少ししてローレライが「なるほど」と頷いた。
「王子は、ビーバーロッジ急襲が陽動だと思ったのだな」
「うん。本当に陽動だとしたら幽世の門を簡単に引かせなかったと思う。だから可能性はそんなに高くなかったけど、万が一はいつだってあることだから」
 ビーバーたちのことをゲッシュに一任し、六人はペースを変えないまま軍儀の間へと急ぐ。
「王子。戻られましたか」
 軍儀の間にはルクレティアの他、タルゲイユにボズ、ラージャ、そしてロイにルセリナ、カイルもいる。サイアリーズがいないのは、もう夜遅いので起きられないのだろう。
「こんな時間にこれだけのメンバーが揃っているっていうことは、やっぱり何かあったんだね」
「王子には隠し事はできませんね」
 ルクレティアが困った表情で言った。
「レインウォールが陥落しました」
 レインウォール陥落。
「なるほど。ゴドウィンは、僕らをビーバーロッジに張り付かせておいて、一気にライバル貴族の追い落としに入っていたということか」
「そのようです。陸のディルバ、河のバフラム、ゴドウィン家が誇る二大将軍を惜しげもなく投入してきました。戦力の低下したレインウォールではどうにもならなかったのでしょう」
 ドルフがすぐに引き上げたのは、既にレインウォールが陥落したとわかっていたからか。それでいて幽世の門を可能な限り減らさないように考えてもいる。なかなかの策士だ。
「それで、王子にすぐにでも決めていただかなければいけないことがあります」
 ルクレティアが真剣な表情で尋ねる。
「レインウォールを、どうなさいますか」
「それは、救出に行くかどうか、ということ?」
「はい」
「それなら考えるまでもない」
 ラグはルセリナを見つめて毅然とした態度で言う。
「ルセリナ、ごめん」
「はい」
「僕はレインウォールを助けることはしない。たとえそこに君の父と兄がいると分かっていてもだ」
「いいえ、王子。はっきりとおっしゃってくださって、ありがとうございます」
 ルセリナは一度頭を下げた。
「あの者たちと一緒では、王子のお志までが汚されてしまうと言ったのは私です。たとえ血のつながった相手でも、認められることとそうでないことがあります。もし王子がレインウォールを救出に行くと言っていたら、私が止めるつもりでした」
 ルセリナはそう言い切った。
 だが、その目はやがて、熱く濡れ出し、頬を伝う。
「すみません、王子」
「いや。本当にごめん、ルセリナ」
 ラグは近づくと、ルセリナを抱きしめる。
 彼女はラグのために、自分の故郷と、家族を捨てた。
 そして今、家族の命が失われるかもしれないという状況でもなお、自分を優先しようとしてくれている。
「あの者たちは、自分が犯した罪にふさわしい罰を受けたのです。だから、私が、こんな風に泣く必要など……!」
「たとえ、どんな家族だったとしても、その家族のために涙を流すルセリナだから、僕は好きになった」
「王子……」
「ルセリナ。約束はできない。でも、誓う。いつか、レインウォールは必ず奪還する。ゴドウィンを倒す道のどこかで、いつか必ずレインウォールを取り戻さなければいけない日が来る。それまで、ごめん」
「はい、王子。ありがとうございます。ルセリナは、それだけで……」
 そこからは、もう嗚咽しか出てこなかった。
 たとえ、国を売ろうとした大逆人であろうとも、彼らはルセリナにとって、よき父、よき兄であった。
 ルセリナが決して彼らを許せなかったとしても、その情愛まで失くすことは決してできない。
 だが、レインウォールだけは、現状で絶対に手出しすることはできない。
「王子が賢明な判断をしてくださって、ルクレティアは感服に耐えません」
「当然のことだ。僕らは民衆を旗印にした。民衆をないがしろにするバロウズ家を助けることは、僕らの考えと反する。もっと言えば、ゴドウィンよりも先にレインウォールを落としたってよかった。ゴドウィンは当然だけど、バロウズとも手を組むことはできない」
 レインウォールをどう扱うか、ということはラグにしてみると棚上げにしておかざるをえない項目だった。
 袂を別ったとはいえ、もとは自分たちを助け、協力してくれた人物。
 そして何より、ルセリナの父、兄だ。
 民衆を旗印にする以上、レインウォールを放置したままこの国を統治することはできない。いつかは雌雄を決しなければいけなかった。
(この件だけは)
 とても、納得がいかないことだ。だが、
(ゴドウィンに感謝しなければいけない。僕が直接、ルセリナの家族を奪うことにならずに済んだことだけは)
 だからといってゴドウィンに何を遠慮するわけでもない。ゴドウィンは自分たちの考えで行動しているのだ。たまたま自分の利益につながっただけのこと。
「で、ビーバーは仲間になったみたいだけど、これからどうするつもりなんだ?」
 口調は悪いが、動作はラグそっくりにロイが言う。
「勢力でいえば我々はまだファレナの三分の一も勢力下においているわけではありません。広大なレインウォール領をゴドウィンが抑えた以上、圧倒的な勢力でこちらに攻め込んでくるものと考えられます」
「じゃあ、味方を増やすのが先だね」
「はい。そこで、こちらをご覧ください」
 ルクレティアが準備したのはこのファレナの地図だった。
 北西のストームフィストを中心とするゴドウィン領、北東のレインウォールを中心とするバロウズ領。この二つの地域を合わせるだけで実に国土の半分を治めることになる。
 南東部が自分たちのいる本拠地セラス湖の城を中心とし、ロードレイク、レルカー、セーヴル、エストライズといった街が存在する。
「最終的に私達がソルファレナを目指すには、レインウォールからか、ストームフィストからか、どちらかから移動するほかありません。さて、もしも兵力がこちらの方が優勢になったとして、皆さんはどちらから攻め込むのが一番だと思いますか」
「レインウォールの方が近いだろ」
「いや、ソルファレナを奪還してもストームフィストが残っていると、逆に女王を連れて逃げられる可能性がある」
「でも、あのストームフィストを落とすのは簡単ではありません」
 早速ロイにラージャ、タルゲイユらが自分の意見を言い始める。
「王子はどうお考えですか?」
「ルクレティアは意地が悪いな。僕らの方が兵力的に優勢なら、ゴドウィンが今回やったことをそのままやればいいんだ」
「あらあら。本当に、王子には私はもう必要ないのかもしれませんね」
 まだよく分かっていないメンバーが首をかしげる。
「つまり、どういうことなんだ?」
 ローレライが代表して尋ねた。
「要するに、同時攻撃。もっと言うと、挟撃」
「なっ」
 ローレライのみならず、全員が言葉を失う。
「……おい、そんな大事な話、俺なんかがいるところでしてもいいのか?」
 唯一冷静だったナクラがぼそりと言った。ルクレティアは笑顔で「ええ」と答える。
「王子が見込んだ方ですから、問題などありません。私は今この場にいる人は誰も裏切ることはないと判断しています」
「そりゃありがたいことだ」
 ナクラが肩をすくめた。
「ありがたいついでに意見を一つ。俺たちアーメスが簡単にファレナ侵攻ができなかった理由に、竜馬騎士団の存在がある。王子さんはまずそいつらと手を組むべきなんじゃねえのか」
「あら、この先の展開を先に教えてくださってありがとうございます。王子、今の話を踏まえて提案です。我々はこの国の南西部を治める竜馬騎士団と手を組むべきです」
「それは僕も考えていた。ファレナ北部が全てゴドウィンが治めている以上、僕は南部全域で立ち向かわないと勝ち目がない」
「そういうことです。国力というのは土地の面積と人口に比例するもの。ましてや竜馬騎士団は、国内の紛争に参加すれば騎士団が味方した方が必ず勝利する、と言われるほどの実力です。ゴドウィンの手が伸びないうちに協力を築くべきです」
「だが、そうなると──」
 そう。再び一同は地図に目を落とす。
 陸路、河路ともに自分たちの本拠地から竜馬騎士団へ移動しようとするならば。
 その間にそびえる『ドラート要塞』。これが必ず障害となってくる。
 ここを制圧しない限り、自分たちが竜馬騎士団と手を組むのは不可能といえる。
「実は、もう既に手は打ってあります」
「さすがとしか言いようがないな」
「新聞記者のテイラーという男がいます。情報を扱う人物ですが、ペンで剣を倒すということをモットーとした気骨ある人物です。この人物と先日じっくり話をして、仲間になってもらうことを承諾いただけました。彼にドラート攻略の種を蒔いてもらいます。これはシグレさんとサギリさんにも協力していただきますね」
「承知」
 サギリが小さく頷く。
「レインウォールの方も今は混乱が続いているでしょうけれど、少ししたら手を入れるつもりです。殿下がとても頼りになる人物を引き抜いてくれたおかげで、目算を立てることができました」
 ここ最近は一気に仲間が増えたが、果たして誰のことやら。
「ですが、二正面作戦を今後行うということは、一軍を指揮することができる人が必要だということになります。海はラージャ様がいらっしゃいますが、もう一隊を指揮する人物がいません。それに……」
 陸も人手不足になる。一軍を率いることができるのはおそらく、カイル、ボズ、ダインのみ。局地戦が増えるほど、人の配置がどんどん手薄になっていく。
「人手がいるね」
「まあ、王子のことですから、すぐにどなたか引き抜いて来てくれると信じています」
 臨機応変にその場の状況に合わせて、しかも全軍の意図を理解した上で自軍を動かすことができる人物。
 これはそうそう簡単に解決できるような問題ではない。
「いずれにしてもドラート攻略に向けて動くよ。それでいいだろう?」
「はい。よろしくお願いいたします」

 と、王子たちの方針が決まったところで、それを根底からひっくり返す事件が発生した。

「戻った」
 軍議の間に入ってきたのは隻眼のゲオルグ・プライムだった。
「ゲオルグ」
 レルカー戦以来、セーヴルにビーバーロッジと、休む間もなく動き続けてきたので、実に十日以上ぶりに会うことになる。
「セーヴルの話は聞いたぞ。また一つ大きくなったようだな」
 ゲオルグに褒められるのは嬉しい。今となっては父もいなくなってしまった。ゲオルグは父というか兄というか、本当に信頼できる存在だ。
「どうでしたか、ゲオルグ殿」
 ルクレティアが話を促す。
「ああ、言われた通りだった。そんなに日は遠くない」
「そうですか。予想はしていましたが、早かったですね」
 ルクレティアが顔を曇らせた。
「ああ。リムスレーアが、近いうちに戴冠する。それにあわせて近隣諸国から使節が送られてくることになる」
「──そうか」
 ラグはその報告を聞いて長く息を吐いた。
「冷静なのだな、王子」
 ローレライが声をかける。意外に感じたのもあるだろうが、声をかけることで多少ラグの気が紛れると思ったのか。
「いや、近いうちにそうなるような気はしていた。リムのことだから、断れるはずがないからね」
「そ、それはいったいどういう……」
 ボズが戸惑った声を出し、ラージャも怪訝そうにする。
「あの子の性格からして、とても納得しているとは思えないけどね」
「納得なんかできない。でも、人質を取られている以上、リムは逆らえない」
「人質?」
「リムを慕っている、ソルファレナに残っているリムの部下たちだ。筆頭はミアキスだろうね」
「敵がいかに強いとはいえ、女王騎士ほどの人間が、一人逃げることすらできないのか?」
 ローレライが不思議がって尋ねる。
「できると思う。でも、ミアキスは自分の命よりリムを大切にしている。だから自分が危険だとしてもリムから離れられない。ミアキスが離れたらリムは本当に一人になってしまうから」
「卑怯な連中だな。まだアーメスの方が人道的な気がしてくるぜ」
 ナクラが心底憎らしげに言う。
「ゲオルグ、戴冠式の概要は?」
「式典は形式通り、国を挙げて行われることになっているが、今はこういう状況だからな。まあ、南部諸侯の参加はないだろう。ただ、問題は周りの国から使節を招いていることだ」
「周り?」
「ああ。北の群島諸国、ガイエン公国、南のナガール教主国、そしてアーメス」
「アーメス!?」
 リオンが素っ頓狂な声を上げた。
「とすると、ゴドウィン家が実質このファレナを支配しているということを内外に見せびらかすということですね。我々を倒すための同盟や援助の申し出もあるかもしれません」
 ルクレティアが困っていないくせに困った顔で言う。
「一番厳しいのはどこだい?」
「群島諸国ですね。王子のお父上、フェリド様の出身地ですから」
「なるほど。じゃあ、ドラート要塞より先に動かないとまずいね」
「ですね。こちらの味方になってくださるのが一番ですが、せめてゴドウィンと手を組まない約束をしておくだけでも十分です」
「僕自身が行かないといけないね。ロイ、悪いけど留守番よろしく」
「はいはい、こきつかわれますよっと」
 ロイが肩をすくめる。このあたりは全然自分らしくないが、いざというときは瓜二つの動作ができる。頼もしい限りだ。
「群島諸国連合の使節代表は、スカルド・イーガン提督だ。腹を割って話せば首を傾けてくれるだろうが……そうだな、ここは俺も一緒に行くことにしよう。かつて群島諸国をうろついていたこともあるから、多少は勝手がわかる」
「ありがとう。頼りにするよ」
「ゲオルグ殿、スカルド提督によろしくお伝えください」
 ルクレティアが微笑をたたえて言う。
「俺ではなく、ラグに言うことだろう。なぜ俺に言う?」
「いえ、何となく」
「では……ラグ、誰を連れていくか決めておけ。あまり大人数では動けんぞ」
「そうだね。まずはルセリナと、今回はベルクート、いいかな」
「もちろんです、殿下」
 ベルクートは嬉しそうに頷く。
「もちろん、私は王子のもとを離れません」
 そしてリオンも当然のように言う。
「当然だね。あとは──
「王子。ちょうどいいですので、推薦したい人物が二人ほどいるのですが」
 ルクレティアがいつもの笑みでこちらを見る。
「優秀な人物です。王子のここ最近の働きを知って、仲間になりたがっているとのことですが、お会いいただけますか?」






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