翌日のことだった。
いつものようにシランド城へやってきたフェイトを待ち構えていたのは、ネルの部屋に集合していたクレアとファリンとタイネーブだった。
「どうしたんだい? 今日はみんなそろって」
「ど〜したもこ〜したもないですう〜!」
ぷんすか、とファリンが怒った様子で両手を上げてフェイトに怒り出す。
「どうしたんですか、ファリンさん」
「フェイト様。どうか、率直におっしゃってください」
タイネーブが真剣な表情で尋ねてくる。
「アイーダと付き合っているっていうのは、本当なんですか?」
組曲『Ghost』
allemande
「──は?」
何その急展開。というかいったいどこからそんなデマが飛び交うようになったというのか。いや、それを希望していないといったら嘘になるが、だからといってまだ正式におつきあいとかは何も。
「ふぇーいーとーさーんー」
ファリンの目が据わっている。
「フェイトさんを殺して、私も死んでやるぅ〜!」
「ちょっ、何考えてるのさファリン! やめなさい!」
暴れようとするファリンをタイネーブがおさえつける。というか、仮に自分がアイーダと付き合ったとして、どうしてファリンが怒るのかが分からない。
「いや、暴れなくても別にアイーダとは何でもないですから」
フェイトが頭をおさえてこたえる。ぴた、とファリンの動きが止まる。
「本当ですかあ?」
「ええ」
「そうですか〜」
すっかりおとなしくなり、笑顔満面になって続ける。
「やっぱり、フェイトさんは私のことを〜」
「いやいやいやいや、それもないですから」
「フェイトさんのいけず〜」
ぷぅ、と今度はかわいらしく頬を膨らませる。ファリンさんってこんなキャラクターだったっけ、とフェイトは思い悩む。
「では、単なる噂にすぎないということですね」
黙って場を見守っていたクレアが確認してくる。
「ええ。ネルには話してあったんですけど……ネルはどうしたんですか?」
「噂の出所をおさえにいきました」
タイネーブがかしこまって答える。
「ああ、そう。せめてファリンさんに事情を説明してから行ってほしかったよ」
はあ、とため息をつく。
「ただ、火のないところに煙は立たないといいます。アイーダとは何があったのですか?」
クレアが尋ねてくる。
「まあ、だいたい予想はつきますけど」
昨日、いやもう一昨日になるのか。公園の散策コースで現れたゴーストを皮切りに、城下で二件、さらにはこのシランド城で光王シーハート二十四世のゴーストと戦った。おそらくは一昨日の夜、一晩中シランドを連れまわされたことが原因だろう。
何しろ【土】の事務室で自分もアイーダも誤解を招くような発言をした。訂正してもいなかったから、噂に尾鰭がついて今頃どうなっているのやら。
「……ちなみに、クレアさんのところにはどのような噂が届いたんですか?」
「聞きたいですか?」
にっこり、と笑うクレア。いけない。これは怒っている。
「いえ、けっこうです」
「いいですか、フェイトさん。ネルを泣かせたら承知しませんからね」
「そこでネルが出てくる理由もないんですが」
「フェイトさんはネルを袖にするつもりですか!?」
今度はクレアが怒り出す。勘弁してください本当に。
「なんだい、随分騒がしいね。ああ、フェイト。もう来てたのか」
と、そこへ当のネル本人が戻ってきた。助かった。救いの女神だ。
「フェイト。あまり、噂になるようなことは慎みな。あんたたちが【土】の事務室で話していたことを確認してきた。誤解とはいえ、あんたたちに非がある。分かっているかい?」
「ああ。ごめん、ネル」
「私は別にかまわないんだけどね。こうしてあんたの噂で右往左往しているのがこれだけいるんだ。あんたはこの国にとって重要人物であるということを、もう少し自覚しなければいけないよ」
「ああ」
「で、話は変わるけど」
ネルはマフラーに顔を埋めて。
「実際のところはどうなんだい? あんただってアイーダのことは気にかけていただろう? 脈はありそうなのかい?」
「ネル、お前もか」
フェイトは頭を抱えた。
「僕がそういったことに頭が回ると思うのかい?」
「普通ならね。ただ、あんたがアイーダのことを随分と気に入っているのは事実だろう? もちろん、惚れたのなんだのっていう以前のことだよ」
「まあね。確かにあの子は気に入っているけど、だからって付き合っているなんていうことはないよ」
「そうかい。ま、あんまり長いこと待たせるんじゃないよ。あんたがどうかは知らないけど、アイーダは本気かもしれないからね」
「そういう怖いことを言うのは本当に勘弁してほしいんだけど」
ため息をつく。
「少なくとも、あのアイーダが他人と一緒にいるのを嫌がらないっていうのは初めてのことだろうね」
「それは見ていたら分かるよ。あんな様子だもの」
「だったらアイーダにとってあんたの存在は非常に大きいってことだ。恋愛かどうかは分からないにせよ、アイーダがあんたを頼りにしているのは間違いないだろう。だったらきちんとした態度を取るべきじゃないのかい? ま、好きか嫌いかは別にしてもだ」
「ああ」
もちろん自分だってアイーダのことを嫌っているわけではない。向こうがどう思っているのかはつかみかねるところだが。
「じゃ、がんばりな。ほら、あんたたちもさっさと仕事に戻りな!」
そうしてファリンとタイネーブもたたき出される。クレアはそのままネルのもとに留まった。
さて、そうしたら噂の渦中の人物に会うとするか。
「む、フェイトさん、もしかして〜アイーダに会いにいくんですかぁ?」
「そのつもりだけど」
「だ〜め〜で〜す〜!」
いや、ファリンさんに止められる理由とかないから。それに、
(ゴーストハンターの仕事はこれからどうなるんだろうな)
詳しいことは全く聞かされていない。いずれにしてもアイーダに聞かされてからということになるだろう。
ただ、ファリンにとって幸運だったのかはともかく、その日アイーダはいなかった。師団の仕事なのか、それともゴーストハンターとして動いているのか。聞くこともできない以上、確かめようがなかった。
目を覚ますと、そこは戦場だった。
(は!?)
彼の目の前で飛び交う弓矢、施術、そして血しぶき。
いったい何が起こっているのか、まったく分からない。
「うおおおおおおおおお!」
何やら見慣れた装束の相手が剣で自分に斬りかかってくる。
「ちょっ!?」
何故か自分は剣を手にしていたので、その剣で相手の剣を受け流す。
(ま、待て待て待て待て待てっ!)
一気に心拍数が上がる。まずは自分の状況を冷静に分析しなければ何が何やらさっぱりだ。
(クールになれフェイト・ラインゴッド。落ち着いて素数を数えるんだ。1、4、9、16、25)
「それは素数じゃなくて二乗数!」
自分で考えたことにセルフ突っ込みを入れる。こんな戦場で随分余裕があるものだ。
それはさておき、この状況はあまりにおかしい。自分は昨夜、自分の部屋できちんと寝たはずだ。それが起きてみたらどうだろう。空に雲、大地に兵士。ここは──まさに、戦場。
というか見慣れた敵だと思ったら、相手はアーリグリフ軍だ。ちらほらと漆黒の姿も見える。空を飛んでいるのは疾風か。ということは何か、あれか。
(アーリグリフがまた攻め込んできたのか!?)
アーリグリフ王やアルベルと話した感じではそのようなことにはならなさそうだったのに、どうして突然こんなことになってしまったのか。
(くそっ! 状況がまったく飲み込めない!)
あれこれと考えている間にも彼のところまでアーリグリフ兵が戦いに来る。
「リフレクトストライフ!」
とりあえず殺傷能力の低い技で攻撃する。なんとか倒したはいいものの、どうやらシーハーツ軍の方が圧倒的に不利のようだ。
(それにしても、どこなんだ、ここは)
アーリグリフとシーハーツの間で戦場になるとすれば、アイレの丘・グラナ丘陵といったところか。戦場をあまり景色で覚えていたわけではないが、なだらかな山の稜線を見ると、おそらくはアイレの丘ではないかと思われる。
(味方はほとんど抗魔師団【炎】か。でも【炎】だけで漆黒と疾風をおさえられるほど、甘くはないな)
だとしたら敵将を倒してしまうのがいいか。その方が戦争をすぐに終わらせられる。
敵将を探すのはヴォックスと戦ったときに経験済みだ。敵兵の集まっているところをめがけて動く。そうすれば無駄に一番豪華な鎧を着ていたり、明らかに奉られている人間がいる。それが敵将。
(見つけた!)
漆黒の将軍。これを倒せばおそらくこの場はもちこたえることができるだろう。
「何者だ!」
「僕の名前を知らないのか、アーリグリフ軍なのに!」
彼は言い返して攻撃を開始した。
「ショットガン・ボルト!」
無数の光弾を敵将に叩きつける。それで敵戦闘能力のほとんどは奪い取ったが、さらにダメ押しだ。
「リフレクトストライフ!」
完全に吹き飛ばされた敵将は、大地の上で痙攣を起こした。
「た、隊長!」
何人かの兵士がその倒された人物のところに駆け寄る。
「ひ、引けっ、引けーっ!」
副官らしき人物が退却を命じ、ラッパが鳴らされる。そうして戦場に出てきていたアーリグリフ兵は引き上げていった。
「やれやれ。いったい、何だっていうんだよ」
彼はとにかくいったん自軍に戻ることにした。状況の説明を聞かなければまったく意味が分からない。
戻る途中で、少し怪我をして歩きにくそうにしている同僚に出会った。
「ちょっといいかい──怪我をしているのか」
彼はヒーリングを唱えて、相手の怪我を治す。【炎】の兵士は「ありがとう」と答えた。
「いったい何が起こったんだ? アーリグリフと戦争が起こったのか?」
尋ねると、相手の兵士は顔をしかめた。
「お前、何を言っているんだ?」
「え?」
「戦争なんか、ずっと続いてきたことだろう。昨日、今日始まったわけでもない」
えーと。
何か、話がかみ合っていないような気がするが。
「ええと、とりあえず──」
と、さらに話を聞こうとした。その瞬間、彼の意識が靄に包まれるように、白く染まっていく。
(え?)
何が起こったのか分からない。ただ、
(意識、が……)
消える。消えていく。
いったい、何が起こったのか。
彼には、まったく分からなかった。
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