尿路結石症

あれは2003年3月の事でした。桜前線も日増しに北上していた気もする3月上旬。何日だったかなぁ。憶えて無いけどまぁいいや。薄ら寒い夜10時か11時頃に初めて苦しみ(せん痛)を経験しました。

腰の左側にズキュゥゥゥム!と激痛が走ったんですよ。その時点じゃ只の腰痛としか思ってませんでしたから、横になって快復を待ったんです。ほっときゃ治まるだろうと。

しかしその気配は一切無く、それ処か益々酷くなる一方。試しに風呂に入っても治まらず、しまいには横になっているのも辛くて家の中で右往左往する始末。一ヶ所に留まっていられない程の激痛と圧迫感。これはただ事では無い、と夜中に大嫌いな病院へ向かう事を決意。3時近くか、3時過ぎていたかな。

この時点ではヘルニアか何かと思っていたんすよ。寄生虫が内臓に穴を開けてんのかな、とか。結石なんて全く頭には無かったですよ。

で、病院に到着して、受け付けで問診表らしき用紙に住所、氏名、年齢、電話番号、アレルギーの有無、現在服用中の薬の有無、3サイズ、好きな男性のタイプ、キーワードクイズの答を書く欄があったのでプルプルと震える手でサラサラと書き込んで渡しましたよ。受け付けの体が弱そうな兄ちゃんに。

それからが長ぇ事30分。思いきり待たされましたよ。何やってたんだか。

やる気の無さそうな、ていうか絶対無い、看護婦がダラダラと歩いてきましてねぇ。やる気無く症状を聞いてきたんすよ。掠れた声で懸命に説明していたら、突然腰をバンバン叩かれてビックリさせられましたよ。一声掛けてからやれっての。

叩きながら響く?響く?なんて聞いてるんすけど、痛いだけで解らないんすよ。響くという感覚が。痛いとだけ答えましたよ。だって他に答え様が無かったし。

それで何を感じたのか知りませんけど、またダラダラ歩いて奥へと消えていってさらに待たされること数分。体温計と検尿のコップを持って再登場。何でそんなに時間かかんの?

体温計とコップを持って近付いてきた看護婦が放った一言に一瞬考える。

看護婦「じゃあ血圧計って」

ん?計っている間に取り行けば時間短縮出来たんじゃないのか?滅茶苦茶苦しんでいるのが伝わってないのか?

痛む脇腹を抱えてヨロヨロと立ち上がり、血圧を計り、検温と検尿を済ませて更に十数分待たされる。ウワゴトの様に早くしろ早くしろと呟いて待ってましたよ。

ああもうどうなっても良いや、なんて思い始めた頃になって漸く小汚い面構えした医者が出てきました。髪の毛ボサボサで不精髭生やしっ放し。病院なんだからもうちょっと清潔感が欲しいわな。

診察室に呼ばれて椅子に座る。開口一番、「どうされました?」

いや、だからさぁ。受け付けにも看護婦にも言ってあんのよ。物凄く腰痛いって。お前ら会話しないの?

やや呆れつつも3度同じ事を話すと「じゃ、横になって」との事。粗末な回転椅子から腰を上げ、ベッドに横になった途端バンバン!いたあああい!また叩いたあああ!うえええええん!

もうグロッキーですよ。ボクシングの採点で言えばこのラウンドは7点ですよ。もう無理っすよ会長!タオル投げた方がいいっすよ!そんな具合ですよ。

その後レントゲン室で撮影会をして再び診療室へ。ピークを過ぎたのか痛みは小康状態に。医者の椅子より患者の椅子の方が粗末なのはなんでだろ〜?等と考えながら腰を掛ける。先ほどレントゲン室で撮影した記念写真を見ながら医者が言う。

医者「わかんないんだよね〜」

ここまで来て不安にさせるか?判らないは無いじゃないか。治療はどうすんの?

医者「症状としては尿管結石」

え?マジスカ?石?この小生が?

医者「じゃあ今日は痛み止め出しておきますので、また明日来て下さい」

え?マジスカ?治療せずに家に帰らせるの?

仕方無いから痛み止めの座薬(ボルタレンサポ)を貰って帰りましたよ。家に着いた頃にゃすっかり痛みは治まってましたけど念の為に入れておきました。ツプツプっとね。

それから数時間後。診察の為に再び病院へ。静かだった待合室は元気に病気自慢をしている老人達で溢れていた。おかしな空間である。

受け付けの姉ちゃんに診察券を渡してから逆高級ソファーに座って待つ。4、50分くらい経ってから診察室へ呼ばれる。医者が言う。

医者「どうですか?」

チョビ「昨日ほどの痛みは今の所無いです」

医者「じゃあもう一度レントゲン撮りましょう」

看護婦「レントゲン室は左に曲がって突き当たりです」

わざわざ呼ぶまでも無いぞ。

レントゲン室。思いきりスマイルで望んでやろうかと思ったが顔を撮影するつもりは無いらしい。ていうかあんまパシャパシャ撮るな。体に悪い。

また待合室で待たされる。暇だし微妙に痛ぇし。不満でイライラしてくる。

診察室に呼ばれた。医者が言った。

医者「わかんないんだよね〜」

またかよこのヤブ医者がぁ!幼児まで戻ってお医者さんごっこからやり直せ!

ヤブ医者「エコーも撮ってみようか。あ、その前に尿検査も」

看護婦「検査室は右に曲がって白線に沿って歩いて行って下さい。終わったら横の小窓に置いて、待合室で待っていて下さい」

はぁ。。。ふぅ。。。歩くの面倒くせえ。。。

コップに黄金水を注いで小窓から提出。待合室に戻って座って落ち着こうと思った矢先に看護婦が「エコー撮りますのでこちらへどうぞお!」落ち着かねえなぁもう。

エコー室は狭く、薄暗い部屋だった。その一角に置いてある机で技師が何か書いている。こういう処が見えて来ないから不安なんだよなぁ。

言われるままにうつぶせになった。腰にローションが塗られる。ああん。。。

黙々とエコーを撮られる。腰にあてられた機械が妙に気持ちが良かった。何枚か撮ってプレイはフィニッシュ。暖かいお絞りで拭いてくれるサービスもあって、小生の愚息もマンゾク。(風俗記事みたいだな)

んで、エコー室を出た真横にある自動販売機にお金を入れて紙パック入りのコーヒーをチョイス。ストローを差してチューチュー吸い始めた処で思い出した。ああいかん、マッタリしてる場合じゃない。待合室に戻らないと。。。

急いで飲み干し、待合室に座って待つ。。。急ぐ事も無かったか、ゆっくり飲んでも十分間に合うくらい待たせられてから3度目のお呼びがかかった。

そして奴は期待通りこう答えた。「わかんないんだよね〜」

エコーにもレントゲンにも写らない石なんだろ。判った判った。お前の経験で治療法を決めろ。

ヤブ医者「どうします?結石として治療進めます?」

患者に聞く様な事じゃないぞ。どうすんだ?返答に困っていると、ヤブ医者「じゃあ2週間分出しておきますので」

結石の治療やる気満々じゃないすか。だったら聞くなって。

そんなこんなの吸った揉んだがありまして、取り敢えずこの日の診察は終了。受け付けで支払いを済ませ、処方せんを受け取り、家路についたのであります。(1行目からここまでは10時間程度の出来事ね)

帰宅して間もなく、また激痛が腰を掛け巡り苦しみました。処方せんはあっても痛み止めが無いという状況。これをなんとか打破すべく家人に薬屋へ行ってもらう事に。早く貰って来てね〜。

。。。遅い。痛い。遅い。痛い。まだか。痛い。早く!痛い!痛い!痛〜い!死ぬ〜!殺せ〜!

結局薬が手元に届いたのは使いに行ってもらってから1時間半後。痛みが大分落ち着いてからでありました。念の為に痛み止めを使っておきましたが、薬の効果では無く自然に痛みが退いていった感じでやんす。

これを最後に多少の疼痛はあったものの、のたうち回る程のせん痛は無くなったんですよ。病院でもはっきりと尿路結石と言われたわけでもないし、アレは一体は何だったのかしらと月日は流れて行きました。

あれから9ヶ月。再び悪夢が蘇った。それも唐突に。

暮れも押し迫った2003年12月31日。大晦日の午前2時過ぎ。熟睡の時間帯なのに目が覚めた。トイレに行きたいわけでも無い。寒くて手足が冷えてしまったわけでも無い。コーヒーを飲みすぎたわけでも、昼寝をしたわけでも無い。全く心当たりが無い。だが現に目は冴えわたっていた。仕方無いので深夜ラジオを聞きつつ予想(競艇)に勤しむ事にした。

あーでもないこーでもないと展開を予想していた時だ。ズギュゥゥゥゥム!!「!?」

絶句ですよ、もう。何が何だか判らなくて。暫く堪能してからやっと、ああ、また来たんだなと理解するに到りましてね。何分くらい我慢したか忘れましたが、治まる気配が無い事を前回の経験から学んでますから、早々に見切りを付けて病院へ。

問診表らしき用紙に記入、血圧の測定などの一連の作業をこなしてから診察。おお、今回はスムウズだ!

しかし、医者は今回も外れだった。違う人物ではあるものの、やる気の無さは輪をかけて酷かった。気だるそうに話をする様は不審感を抱かせるには十分過ぎる。結石ぐらいでこんな時間に駆け込んで来やがって、そう言いたげなオーラを感じた 。。。というのは大袈裟だろうか。だがマジであの態度は酷いぞ。

女医「どうしました?」

チョビ「急に(略)」

女医「ふぅ〜ん。。。じゃあ後ろ向いて」背中を数回叩く。女医「響く?」

チョビ「少し。。。」

女医「尿管結石だと思うよ。じゃあ痛み止め出しますんで」

こんだけ。診察というか確認ですな。カルテも一瞥しただけっすよ。これからどうすりゃ良いのか、何しちゃいけないのか、全く無いのれす。

んで、待合室で痛み止めを貰う際、そこで看護婦から詳細を聞かされましたよ。レントゲンやエコーに写らない石がある事、それらで確認出来なくても尿検査で判る事など。診察時に医者が言うべきだと思うんだがなぁ。

ボルタレンを貰って家に帰って早速挿入。医者の質がどうであれ、これさえあれば一安心。30分もすりゃ痛みも治まって楽になれる。時刻は午前4時を少し回った処。外はまだ暗かった。

5時。まだ痛い。

6時。まだ痛い。

7時。凄く痛い。再び駆け込む事に。

「ゴラァ!痛み止め効かないんで助けてくらさい」苦痛にイケメンを歪めながら受け付けになだれ込む。

ベッドに寝かされて看護婦と2、3話す。ボルタレンが効かない、尿が出なくなった、気持ち悪くて嘔吐した等。それらを電話で聴いた先ほどの女医がやってきた。

女医「座薬は何時ごろ入れた?」

チョビ「あ〜。。。帰ってすぐだから。。。4時くらい」

時計を見ながら看護婦に「座薬。後ポタコール」と指示をする。医者ってホント楽な商売だな。

座薬をアヌスに入れられ、点滴(商品名 ポタコールR)を打たれた。病人丸出しの己の姿に少々気落ちした。

それを見兼ねたのか、女医が励ます様に言った「尿が出ないという事だから、点滴が終わっても出なかったらカテーテルで出すから」

ウホッ、カテーテル。。。尿道にカテーテル。チンコつまむんだろ?よーしパパオシッコ我慢しちゃうぞー。

なんて思うわけがない。焦ったよ。相当痛いらしいじゃないの。願わくば痛みが治まって尿が出ますように。。。

しかし、その願いは叶わなかった。500mlを2時間掛けて入れたのだが、全く尿意は訪れる事が無く体内に駐留してしまった。カテーテルのピンチ!と思いきや、引き継ぎの時間帯だったらしく先ほどの女医はどこかへ行ってしまい、担当する医師が若い男に変わっていた。またもや初顔である。

この初顔の若い兄ちゃん、物凄く元気が無い。覇気が無い。声が酷く小さいのであります。ヘロヘロになっている小生の方が余程声に張りがあるくらい。ちゃんとご飯食べてる?

結石は水をたくさん飲んで出すしかない、と毎回お馴染みの療法を聞かされ、ボルタレンを貰って帰宅。家に着いたのは11時近くだった。

家ではひたすら仰向けで横になっていた。それ以外の姿勢が取れないのでただジッとするのみ。しかしジワジワと痛みが退く様子が殆ど無い。水も飲めない程の吐き気と尿が出ない所為での浮腫み。動けば痛い。しかしジッとしているのも辛い。八方塞がりの進退窮まる四面楚歌。とにかく時間が経てばどれかが落ち着いて楽になるだろう。。。そんなささやかな望みをいとも簡単で打ち砕くかの様にズギュゥゥゥム!!

3度目キタアアア!まだ11時半。ボルタレンを使うには間隔が短い。ボルタレンサポは痛み止めと解熱剤を兼ねている。5〜6時間開けないと体温が下がり過ぎたりしてヤヴァイ。さてどうするか、と言っても答は一つ。我慢しかない。

つうことで30分だけ耐えた。死ぬなら死んでもいいや。楽になれるなら。。。と挿入。頼むぞ〜。

暫くして、痛みがウソの様に消えていった。10時間近く格闘していた痛みからやっと解放されたのである。

こうなると途端に余裕が出来る。そして色々思い出し始める。そうだ、看護婦から次は入院の支度してから来なさいって言われてたんだ。。。うう、入院やだよ〜、痛くなっても駆け込めないよ〜。

こうしてブルーになりながら、2003年を締めくくるのでありました。年越しそば?食べられる様な状態ではありませんでしたが何か問題でも?

明けて2004年1月1日。世間はお正月ムードで浮かれまくり。毎年元旦に西川きよしがTVに出るのなんでだろ〜♪

朝刊で昨日のK−1、猪木ブンマイエ、PRIDEの結果に目を通す。読み終えてすぐに横になる。食欲も動く気力も無かった。8時と12時に再びせん痛が起きる。文字通り寝正月を送る羽目に。トホホ〜

2日も朝にせん痛があった。これで手持ちのボルタレンが無くなったので処方してもらう為に病院へ。

チョビ「ちょいと兄さん、痛み止めを処方しておくれでないかい?」

受付「まず診察して頂かないと出来ないんですよ」

あ、そうなの。メンドくさいね。

見慣れた診察室で見慣れない医者が座っていた。これまた小汚いヒゲ面の男だな。毎回違う子が出てくるのはフリーで入るからか?指名すりゃいいのか。指名料っていくら?

カルテを読みながら言った。ヒゲ「どうされました?」

チョビ「カクカクシカジカシコシコパコパコ」

ヒゲ「ふ〜ん。。。痛み止めは座薬だけ?ん〜。。。点滴やってるんですね。。。ん〜。。。じゃあ多めに出しておきましょうね」

1回くらいこっち向いたらどうすか?

待合室で薬を待っていたらヒゲが現れた。ヒゲ「チョビさん、どうします?ブスコバン出しておきましょうか?」

なんすかそれ?取り敢えず貰っておきますけど。(後日調べたら、副交感神経に働きかけて、内臓の緊張を緩める痛み止めだということが判った)

チョビはブスコパン3日分とボルタレンサポ9錠を手に入れた!レベルが上がった!体力が2下がった!素早さが1下がった!力が5下がった!運の良さが54下がった!

3日。夕方に疼痛が一回。ブスコパンのお蔭なのだろうか、せん痛が無く比較的穏やかに一日を終えた。

4日。11時過ぎにせん痛。テレ東で放映されていた『アメリ』を痛みで悶絶しながら見た。内容が思い出せない。その後、19時にもせん痛。ブスコパンは糞の役にも立たない様だ。この時をピークに少しずつ痛みは落ち着いてきた。

5日。9時近くになって疼痛。日に日にボルタレンが無くなっていく事に不安を募らせる。

6日。明け方尿意で目が覚める。トイレに行って用を足す。しかし極端に尿が少なく出が悪い。しかも色が濃い。結局違和感はこの1回だけだったので気にせずに放っておいた。31日以来、初めて痛むことが無く一日が終わった。

7日。また明け方に目が覚め、尿が出にくかった。水を多めに飲んで無理槍出すことに。数分後、膀胱の辺りから痛みとも痒みとも取れる不快な症状と尿意と便意が一遍にやってきた。とにかく尿を出せば落ち着くだろうと思いトイレに行く。そしてとうとう血尿が出てしまった。3時間程で500cc近くの血尿を出した。それからは出てないものの、排尿時に尿道が痛む様になった。

今までは見た目では判らない『顕微鏡的血尿』だったが、突然はっきりとした鮮血混じりの『肉眼的血尿』に変わった。きっと結石が膀胱に降りてくる際、どこかを傷付けたのだろう。

12日。血尿が出てから5日が経過した。相変わらず膀胱がチクチク痛むのだが結石が出てくる気配が全く無い。埒が開かないので闘病記は一旦ここで区切る事にして、ネットで得た知識を使って間の繋ぐ事に。このコンテンツが完成するのは石が出るまでお預けであります。

13日午後10時。トイレで尿を垂れ流していた時、何か勢い良く出ていった感触があった。まさかと思い便器に顔を近付けてみると小さな塊が落ちていた。拾い上げてじっくり観察してみるとトゲトゲがいっぱい付いていた。これはwebで見た結石じゃないすか!産まれたよ!結石が産まれた!

という事で舌の根も乾かない内に完結であります。

それではちと味気ないので補足。大きさを計ってみると1mmしかない。え〜?こんな小さいのに七転八倒させられたわけ? もしかしたら後何個か、体内に残ってるのかも知れないなぁ。

尿路結石の痛みの原因。結石によって尿路が塞がれてしまい、尿が腎臓に逆流したり、尿路を無理に押し広げたりするから痛むんだそうだ。こんな1mm程度の結石で塞がってしまうのだろうか?ちなみに尿路は筒状ではなく、星の形をしている。マヨネーズの容器の口の形に近い。

他には結石が転げ回るから痛む説等がある。実際の処、まだ良く判っていない様である。

結石を7つ集めると神様が現れて願いを叶えてくれるとかくれないとか。これもまだハッキリしていない。

尿管の太さを調べてみたら5mmから6mmはあるらしい。星型だから詰まったか、尿管が人より細いのかも知れない。それとも痛みの原因は他にあるのだろうか。小さい結石の方が痛むとの情報も。

18日夜。腎臓の辺りが痛くて寝付けない。なんだろう。。。負担掛けすぎたのが今になって響いているのかも。31日に発症して以来、毎日4リットルもの水を2週間も飲み続けていたからなぁ。結石が出てからは2リットルに抑えてはいるけど。それがいけないのだろうか。

5日程続いた痛みも治まり、安息の日々を取り戻したのも束の間。今度は胃の調子が悪くなってしまった。ここ一月ばかり何かとストレスが溜まっていたからなぁ。気に病むと書いて病気。病は気から。判っちゃいるけど治らない〜♪

3月31日。時々痛むものの、床でダダをこねるほどでも無く、比較的平穏に過ごしている。いつまでも続けるものでも無いのでここらで一旦終了。つぎの更新は三度災禍に見舞われた時であります。
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