限界領域弐式

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■ what's new

・07.12.08.sat --- 久しぶりに更新。なんとか生きてます。

■ diary

・07.12.08.sat ---「麗しのドットの姫君」


 ドラゴンクエスト4がニンテンドーDSでリメイクされる――そんな情報を知ったのは、深夜のコンビニでファミ通を立ち読みしていたときのことだった。
 走馬燈のように脳裏を駆け抜けるファミコン版をプレイした小学生時代の思い出。
 最初はライアン編だったので、おっさんが主人公の話からスタートとかなんだかやる気なくしてたなぁとか、トルネコ編で延々と店番してると破邪の剣を買えるんだっけかなどと過去の記憶に浸るも、やはりアリーナ姫のことが一番印象に残っている。
 自分はドラゴンボール直撃世代であり、世間のお子様方と同じく大ハマリをしていたわけだけれど、鳥山明の描くブルマやランチさんには、子供のころから今に至るまで一切合切エロさを感じたことはない。

 嗚呼しかし、だがしかし、そんな自分にとっても例外が存在する。
 あるときジャンプ巻頭のゲーム情報コーナーにカラーで掲載されていたアリーナ姫には、凄まじい衝撃を受けた。
 健康的なお色気とでもいうか、タイツに包み込まれたしなやかな脚線美の素晴らしさとでもいうか、とにかく小学校低学年だった自分はそれにすっかりやられてしまったのだ。同時に、マーニャのほとんど下着姿みたいなデザインにも完全にやられた。確かその号のドラゴンボールは、地球での悟空VSベジータ戦が最高の盛り上がりを見せていた時期だったと思うけれど、その号ばかりはいつも真っ先に見るドラゴンボールになかなか辿り着けなかった。
 結局、そのページだけ切り取って学習ノートに挟んで後生大事に保存してしまったぐらいだった。

 時は流れて数年後、小学生の小遣いでもなんとか購入出来るくらい中古市場でのドラクエ4の相場が崩れた時期、自分はようやくプレイを始めた。
 おっさんがスライムもどきを連れて近場までちょこっと冒険などという、勇者が格好良く世界を魔王の脅威から救うというそれまでのドラクエのイメージを根底から覆す何かの罰ゲームのような(注:中学生になる頃には、ホイミンの話で感動出来るぐらいの人並みの情緒は身につけられるようになった)第一章を首を捻りながらもなんとかクリアし、ようやく始まった第二章。
 憧れ続けたアリーナ姫にようやく会える。しかしそんな自分を襲ったのは強烈な絶望感だった。
 ドット絵で表現されたアリーナ姫の姿は簡略化が激しいことこの上なく、どう頑張っても鳥山明のあの絵の姿と重ね合わせることは出来なかった。
 ドラクエ8ぐらい鳥山キャラを実際のゲーム画面にも反映するクオリティでないと、当時の自分としては納得できなかったのだろう。
 その後はなんとかショックから立ち直りプレイを続け、親の厳しいゲーム時間制限の中で一年ぐらいをかけてエンディングまで到達し、友達の誰かに貸し出した後、借りパクされ今でもなおカセットは行方不明のままである。
 
 あれから十数年の年月が流れた今、ゲーム量販店のデモ用テレビの中に、新生アリーナ姫の姿が映っている。
 いつの間にかアリーナ姫の年齢を大幅に追い越してしまった自分が、昔のような純粋な気持ちでドラクエ4をプレイすることが出来るのだろうか?
 自問自答の果て、マーニャはパーティ内で風俗嬢的な役割になっているのか?という雑念がわき上がるのを打ち消しながら、何も買わずに帰宅した。


・07.06.10.sun ---「イマイチまとまらない声優話」


 加速期から安定期に入った声優ブーム。「モー娘。」のファンがコンサートで飛び跳ねているのと同じように、声優のライブでは最前列の親衛隊がサイリウムを阿修羅の如く振り回し、女神のように崇める女性声優が歌い踊る姿に熱狂する。声優ファンはアイドルファンとは異なる領土を獲得することに成功し、もはや声優ブームは一過性のものではなくなった。
 今の第一線で活躍している声優の名前はそこそこに知っているが、10代のときのようにCDを買いそろえたりイベントに足繁く通ったりすることもしなくなった。
 平野綾のエロアイコラが欲しいとも思わないし、気に入っている声優が枕営業しているらしいなんていう怪情報にも動揺したりもしない(若干の涙目で)。
 そんな今に改めて思い出すのは、90年代における林原めぐみの圧倒的な一人勝ちの時代のことだ。 一週間のアニメやラジオで彼女が出演する番組は両手の指でも数えきれなくて、どうにかしてその全てをチェックしようと悪戦苦闘したのがたまらなく懐かしい。声優の出したCDでオリコン上位に食い込み出したのは彼女が最初であり、エヴァの綾波役と言えば一般人にも通じる知名度を今となっても維持している。
 彼女が結婚したあたりから急速にファン熱が冷めてしまったという、圧倒的な幻想に彩られた処女性を信仰する自分の無意識の構造に軽い目眩を覚えつつも、今彼女の歌を聴き直しても色褪せない魅力があるのは事実だ。

 つまり何がいいたいのかというと、今現在、平野綾や堀江由衣とかに小遣いを全力でつぎ込んじまっている中高生諸君は、必ずその散財を後悔する日が来るぞと。でも、それからさらに後になると、やっぱりそんなに悪い金の使い道でもなかったのかもなんて懐かしく思える日が来るのかもしれないよと、90年代に10代の大半を過ごした人間からの戯言を伝えたい。

 久しぶりの更新がこのようなまとまらない文章になってしまったのには釈然としないものがありますが、たまには更新していきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします。


・06.09.14.thu ---「エヴァンゲリオンのパチスロをやるような、薄汚れた大人にだけは決してなりたくないんだ。たとえ、ミサトさんのエロ同人誌を脇目もふらずにコレクションしたという許されぬ過去があろうとも」


 教え子の女子高生に手を出して「妻と別れる」と言い交際を続けていたが、結局は離婚しなかったのでその女子高生が被害届を出し教師が逮捕されるという、何とも言えない気分になるニュースを見た。
 女子高生のあまりに強烈な逆襲方法に「互いに欺き合う打算に満ちた駆け引きの果てに、運命の螺旋は教師に断罪を下す」みたいな言葉が脳裏に浮かび、ちょっとかっこいいかもと思った今日このごろ。

<web拍手でもらったメッセージへのレスコーナー>
>こんな世の中はポイズヌ
格差社会とか露骨に煽るマスコミのせいで、世の中ますますポイズヌ。
・06.09.03.mon ---「中川翔子に本格的にのめり込みそうになる自分へ『しょこたんは消費者金融のCMに手を出しちまったんだ。もう純粋なしょこたんはどこにも居ないんだ』と幾度も呪文のように繰り返すこんな世の中じゃポイズン(反町の歌にリスペクト)」


 時東ぁみの、オタク狙いなのか一般層狙いなのかイマイチ中途半端さが否めない売り出し方には以前から並々ならぬ学術的興味(主につんくの芸能界でのしたたかな生き残り方に)を抱いていましたが、昨年の暮れに秋葉原の路上イベントで彼女本人を見かけた時、思わず写メを撮り帰宅してから公式サイトをチェックするぐらい好奇心を駆り立てる出会いでありました。
 ZAKZAKの時東ぁみの記事 の一節にあった熱狂的ファンのサラリーマン(35歳)のコメントの「中学時代のクラスに1人はいた優等生タイプの美人が、メガネのまま歌って踊る。それがたまらないんですよ」に対し不覚にも「ちょっと分かるなぁ」と思ってしまう自分の未熟さがたまらなく憎い。
教室の後ろでニュータイプを読み「やばいよ、エヴァの劇場版は一体どんな話になるんだよ」とオタク仲間と大騒ぎしていたのを委員長タイプの女子から「学校に変なモノを持ってこないでよ」と注意されたのも、良い思い出です。

 アイドルマニアのボクは、土日はアイドルのイベントに足繁く通うのが最高の楽しみだった。
 そんなある日曜日、ある新人アイドルのサイン会で遭遇したのは、いつも大人しい自分のクラスの委員長が、別人かと思えるような格好で笑顔を振りまきながらサインをする姿だった。
サインの順番が遂にボクの番に来たとき、委員長は大きく見開いた瞳でまるで責めるようにこっちを見やった。
 その場で言葉を交わすことはなく、翌日の放課後に委員長に呼び出された図書室の古びた本棚の陰。
「親にも友達にも内緒なの……。お願いだから言わないでよ、何でも……何でもするから」
――そう懇願する委員長とボクの不思議な関係は、平凡という言葉があまりにも似合っていたそれまでの中学生活を一変させるにはあまりにも十分だった。委員長とボクの、忘れられないあの夏休みが始まる。

 というシチュエーションで中学生活をやり直したいので、次の輪廻転生の時には神様どうぞひとつよろしく(真顔で土下座)。
・06.08.28.mon ---「『ぅん、それでいじょうぶだょー。ぁりがとぅ☆』などに見られる、大文字を無理矢理小文字にし恐らくは文体に可愛らしさを演出しようとする現代女性の日本語へのアプローチの仕方に興味津々(電車の中でニンテンドーDSをやりつつ、隣のギャル風の女性が親の仇のように力を込めた親指で携帯のボタンを激しく押しているのをウォッチングしながら)」


 鬱蒼と茂った森林のように無数に立ち並ぶビデオラック。VHSはいつの間にか姿を消しDVDに占拠されたその光景は、10年前のレンタルビデオ屋のものとはやはり確実に違う。

 店内の一角。他のコーナーから隔絶されたように設けられた成人向けコーナーには、飢えた獣が荒野に転がる死肉を貪るが如く男たちが集う。
 決して馴れ合わず、互いの存在を無視するかのようにただひたすらに己の借りたいDVDを探し続けるその姿は、現代の自分探しと言えるのかもしれない。
 棚ひとつ隔てた向こう側ではカップルが「今日はどの映画を見ようか」と楽しげに談笑をしているが、そんな世迷いごとめいた声は男たちの耳には決して届かない。
 それにしても……と。改めて考えてみればこれは一体全体どういうことになっているのだろうか。
 目まぐるしく入れ替わる人気新人女優ランキングは、つまりはそれだけの数の新人が日々現れては消えているということになる。
 昔友人が「オレは遂に公式を発見した」と言っていたのを思い出す。
 彼はどうやってか、「世の女性が成人向けビデオに出演しているパーセンテージを導き出す公式」を発見したようなのだ。
 それによると、10%を下回ることはないようなのだ。その数値の信憑性はともかく、想像以上の人数がエロメディアに参入していることは疑いようがない。
 大学の巨大な階段教室の後部座席から、すり鉢状に下へと流れていく座席を埋め尽くす人々を見やり、「まさかこの中にも」という淫獄の虜めいた思考が走るのを押さえるのに多大な心労を費やしたときもあった。
 もはやどこまでも出鱈目な世の中の仕組みを考察するのを辞め、「遂に平成生まれが参戦する時期なのか。嗚呼、昭和は遠くになりにけり」と、寄る年波を淡く感じる、そんなレンタル代半額の日のビデオ屋の片隅。

除夜のテキスト祭