
1993年12月18日〜1994年1月30日
中国チベット編
わりと居心地よくて長居したかったネパールだったが、今年最後のチャンスだし、ラサに辿り着いたらまた戻ってきてもいいかなと
思いツアーでチベットに向かう。途中、シガッェ、ギャンツェなどのチベットの主要な町を巡りラサまで4泊5日の旅だった。
5ヶ月前、インドのダラムサラで初めてチベット難民を知り、まさか本物のチベットにやってくるとは思わなかった。実際のチベット に来て思ったが、インドやネパールのチベット難民より生活がまずしく感じられた。区都ラサの人も難民に比べてよく言えば素朴、悪く言うと 田舎者という感じだった。特に若い女性は、難民の場合ジーンズにTシャツで日本人の若者とそう大差ない垢抜けた格好していたりする。 決してジーンズをはく方が豊かとは思わないが。ツアー中ガイドをしてくれたチベット人の青年も言ってたが、最初からチベットで育った 人と難民の子供として生まれたチベット人の間には育った環境による考え方や、価値観の違いあってもしチベットが独立したとしても すぐには喜べないだろうと言ってた。
街の雰囲気もチベットに入ってからガラリとかわった。インド、ネパールは町中なら 夜遅くまで店があいてたが、チベットでは夜もわりと早く閉まった。高地だし夜はかなり冷え込むのでみんな外にでないんだろうけど 賑やかだったカトマンドゥから来たので少し寂しく感じた。でも場所によっては観光客がまだまだ珍しいのか人はみな親切だった。
ラサの観光も一通り終わり、さてこれからどうしようかと考えてると、同じゲストハウスに北京に留学されてた日本人の学生がやってくる。 彼はこれからネパールに行くそうで、中国のガイドブックをプレゼントしてくれた。せっかく中国に来たんだし、じゃあ万里の長城でも 見に行ってみようか。という感じで北京に向けて旅を進めることにした。


















