読売新聞「家庭とくらし」より
70代と60代 不倫の恋                 
 六十代の女性です。三年前。七十代の男性と出会いました。おとなしい性格の彼と、気の強い私の相性がよかったのか、すぐに意気投合しました。そして、お互いに家庭があるとわかっていながら付き合うようになったのです。
 今は毎週のように、ドライブや食事にでかけ、時々男女の関係もあります。
 会っている間だけでは自分の思いを手紙につづって渡しています。まるで青春時代に戻ってラブレターを書いているような気がして、とても楽しいのです。
 家族のことを考えると心が痛み、一日も早く別れた方がいいとは恩います。でも、その一方で彼への思いが募ります。別れる決心がなかなかつかず、思い悩む毎日を過ごしています。どうすればいいのでしょうか。
                                                                                                                                                               (S子)

        
 別れねばならないと思っていても別れられない。それが「恋愛」と言うものなのですから、別れるための妙案など誰にあるはずもありません。
 恋が冷めて自然消滅するか、二人の関係が家族に知れて破たんするか。
 また年齢からいってどちらかが病に倒れたりすれば、必然的に会うこともかなわなくなるでしょう。
 七十代と六十代。たぶん、人生いろいろあった末の「今」です。その「今」もどう展開するか分からないのです。私としては、もう、家庭とか世間とかを気にせず、奔放に悔いなく、楽しくおやりになれればいいのになあ、と恩います。
 でも、お二人の背後にどんな夫婦の関係があり、ことがあからさまになったら相手の妻や夫がどんな傷つき方をするのかしないのか、それがみえない以上、なんとも言えません。別れられないのならあきらめて、ここはもう何がおきてもしかたがないと覚悟して、不倫の恋の切なさ、うしろめたさに悩み続けて下さい



中学のクラス会に出るべきか
  恋の人にふられ、顔合わせるのが怖い
 
  五十代の主婦。先日、中学時代の友人から、同窓会が開かれるという連絡がありました。出席していいものか、悩んでいます。
 十一年前、同窓会で初恋の男性を見かけ、昔の思いがよみがえりました。一度は話してみたいと、後日、男性の実家で電話番号を聞き出しました。ただ、自分で電話をかける勇気がなく、便利屋に何度か電話をかけてもらい、やっと相手から電話をもらいました。会ってもらえませんかと思わず告白しました。でも、相手からは「会うことはできない」と冷たい答えが返ってきただけ。すべてが終わりました。
 クラス会に出席すればまた顔を合わせる可能性があり、こわくてなりません。出席しないほうがいいかとも思ってしまいます。どうすればいいのでしょうか。
                                                                                                                                                        (S子)
 
                           
 あなたと同じような体験をし、同じような思いをした人は、けっこう多いはずです。私の周囲にも、何人かおります。私の友人は、これを「クラス会の魔法」と称しております。クラス会というのは、一種独特の雰囲気で、これにのみ込まれた出席者は、当時の年齢に若返ってしまうのだそうです。分別も、然り。あなたも、すっかり昔の中学生になる「魔法」をかけられてしまったわけです。魔法がとけたあと、ふり返ると、恥ずかしくなるのは当然ですが、くよくよ考えることもないのではありませんか。「中学生」のあなたが、しやべったのですから。それに、好きだ、と告白して悪いことはないでしょう。きらいだ、といったわけではないし。相手も、その時はまごついたでしょうが、おそらく「魔法」に気がついたことでしょう。言いふらすような人では、なさそうです。
 要するに、これがクラス会というもので、魅力に感じるかどうかはあなた次第、出欠の判断も同様です。


(読売新聞投書欄より)



   定年後の夫にがっかり
         酒浸りで、外出は病院だけ

 五十代の主婦。夫が定年で毎日自宅におり、顔を合わせるのが苦痛です。毎日好きな料理をし、お酒ばかり飲んでいます。長年酒を飲み続けているせいで、病気をいくつも抱えています。昼間は寝てばかりで、出かけるのは病院だけです。
定年常には、二人で旅行や温泉に行こうとか、好きなことをたくさんしようとよく話していました。それなのに、まさかこんな状況になるとは思ってもおらず、とても残念です。そのうえ、私が何か一言云うとすぐに怒り出すのでつらい気持ちが募るばかりです。
私自尊だんだん精神的に参ってきて、こんな生活が続くならと、「死」の文字まで頭に浮かぶようになりました。この先、夫とどのように暮らしていけばいいのでしょうか。
                                                     
                                                     (C子)

  
                         
  楽しみにしていた夫の定年後の生活が、期待はずれで残念ですね。だからといって、死を考えるというのも極端です。
 まずは、子どもや親類縁者で信頼できる人から、あなたが深刻な状態にあることを告げてもらい、夫が危機感を持つきっかけを作りましょう。
 医者にも事情を話して、「治療のためには禁酒が必要」と、夫に忠告してもらい、その時にあなたの憂うつな精神状態も相談し、場合によっては薬を処方してもらうといいでしょう。
 幸い夫は料理好きですから、あなたが外出しても夫の食事の心配をしなくてもよいのです。その利点を生かして、趣味のサークルに出かけたり、時には友人と温泉や観光地を訪れて、珍しい食事や風物を楽しんだりしましょう。新しい出会いが、あなたの気分を変えてくれるはずです。
 そうしていれば、夫もうらやましくなって、あなたと一緒に出かけたいと思うようになるかもしれませ
ん。
 そのころには、夫は一緒でないほうが気楽になっ
ているかもしれませんが・・・・・・





   
家族に合わせぬ60代の彼
   
  二男の結婚式にも呼ばれない50代  五十代の女性。

三年前から六十代の男性と暮らしています。彼は十年前に妻と死別、今は家も長男に譲りました。年に一、二回は二人で旅行し、クリスマスと誕生日には贈り物もしてくれます。とても優しい人で、日常生活に不満はなく、彼も私を愛してくれていると感じます。でも、納得がいかないのは、パーティーや結婚式など彼の家族の行事からすべて外されることです。  先日も彼の二男の結婚式に呼ばれませんでした。彼は、私は関係のない他人だから自分の家族には近づかない方がいいと言います。彼が死んでも、きっと家族に「あなたは関係ない」と言われ、葬儀にも出られないだろうと思います。私は彼との結婚を望んでいますが、彼には彼の考えがあるようで、無理だと思います。今後、彼との生活をどう考えて続ければいいのでしょうか。       
              (H子)      



                          
 
儀礼やしがらみ、家からも解き放たれ、純粋に個として生きたい。向かい合うパートナーにもそれを求める……。そんな「人生の午後」を望んでいる、同世代も少なからずいます。  彼と共にあること。それ以上に大事なことがあるのでしょうか。それとも彼の愛情に懐疑的になっておられるのでしょうか。彼の二男の結婚式に出ることが、ふたりの愛情にとって、それほど大事でしょうか。あなたが愛しているのは彼個人であり、パートナーとして周囲に認知されることではないはずです。  彼が時に「義理の世界」に戻るのを認めることも、あなたの愛だ、と。それでも我慢を強いられていると感じるなら、率直に彼に伝えましょう。それでこそ対等なパートナーシップです。  彼の葬儀について悩むより、彼との「今」を充実させてください。目覚めたとき、傍らに愛するひとがいる喜びをとりこぼすことのなく。



 姉・妹の両方から悪口
         何かとねたまれるのが悔しい。


 八十代の女性。九十代の姉とも七十代の妹とも折り合いが悪く、悩んでいます。
私は長年教師を務め、同業の夫と共働きを続けてきました。その夫も十年前に亡くなりました。
高齢者施設にいる姉は離婚を経験し、経済的に苦労しました。そのためか、私をねたみ続け、何かにつけ「いい暮らしができていいねえ」と嫌みを言います。 妹は、かつて師範学校の受験に失敗したことが悔しいらしく、私に対抗意識を持っています。
 私は夫の死後、短歌の勉強を始め、数年前に歌集を出しました。その時も 二人はそのことをねたみ、口を聞いてくれせんでした。私もつらいことはいろいろありましたが、自分なりに努力してきました。それなのに、姉や妹に悪口を言われると、悔しいやら寂し
いやら。人生の最後を気持ちよく過ごしたいのです。どうすればよいか教えて下さい。
                     (F子)



 お手紙を拝読しながら、私はふと、ルイーザ・メイ・オルコットの名作「若草物語」を思い出しました。映画にも何度かなっていますね。あの物語は、あなたと異なり、仲のよい四人姉妹ですけれど、何番目でしたか、小説を書く子がおります。私が思い出したのは、実はそのことです。あなたは短歌をお作りになられる。ご存じのように、歌は何でも詠むことができます。歌集を出版されたあなたのこと、ご白分の思いを三十一文字にまとめられるのは、お手のものと存じ
ます。あなたの思い、特にお姉さん妹さんに対する感情を、歌にしてみませんか。あなたが伝えたいことを、また、どうしても正しく理解してもらいたい思いを、文字で表現してみましょう。姉妹に読んでもらう必要は、ありません。本にしなくても構いません。なまの感情を、作品に仕立てる。これが日ごろのあなたのもやもやを、晴らすことのできる最良の道かと存じます。歌を有効に使いましょう。


(読売新聞・家庭とくらし)




    娘の元夫の仮出所に困惑


 五十台の主婦。二年前に三十代の娘が息子を連れて戻ってきました。娘の夫が服役し、離婚したのです。
つい最近、その夫が仮出所するという連絡が入り、私は困惑しています。
 媚は大変な不幸を背負ったのに、気丈に頑張ってきました。最近、職場で知り合った男性と交際を始め、私も安心していたところでした。しかし、娘の元
夫は一日も早く子供に会いたいと言ってきたのです。「パパは遠くに仕事にでかけている」と言い聞かせてある小学生の孫も、普段から「早くパパに会いたい」と言います。もし親子が再会することになれば、これまでの生活が壊れ、娘の幸せも遠のいてしまうような気がします。娘と孫の幸せを願っている私はどうしたらいいか、分かりません。どうかよいアドバイス
をお願いいたします。
                    (S子)


 
夫が罪を犯して、不幸を背負った妻が気丈に生き、ようやく幸せをつかもうというその時に夫が戻ってくる。 映画のようなフィクションでも胸騒ぎを覚えるのですから、現実で、しかも当人が自分の娘であれば、親として不安になる気持ちは十分に想像できます。一方で、娘の元夫の気持ちはどうでしょう。犯した
罪がどの程度のものか、悔恨の念で刑務所生活を送ったのかどうかもわかりません。しかし仮出所というチャンスを与えられ、一刻も早く子供に会いたいというのですから、少なからず希望をもっているのかもしれません。
 何も娘の元夫の気持ちも察してあげて、というのではありません。映画ではなのですから、私などがと
やかく言うべきことではないでしょう。それは、母親であっても同じではありませんか。
 これは、子供も含めて二人が結論を出す問題であ
り、見守ってあげることがあなたにできることだと思います。一番苦労されてきたのは娘さんです。その結論にまちがいはないと信じます。



  22歳の娘に性体験
 処女守り結婚してほしかった



 五十代の主婦。今春、社会人になった二十二歳の娘に性体験があったことを知って衝撃を受けています。優しい性格の娘には、処女を守り、結婚相手と幸せになってほしいと、娘が小さいころから願ってきました。
 娘は大学入学後、県外で一人暮らしを始めました。大学は無事卒業し、就職もできましたが、その間に恋愛をして、経験したようです。つい最近になって、ふとしたきっかけからそのことがわかりました。交際していた相手とはその後、別れたということです。

 今時、これくらいのことでと思われるかもしれませんが、悩みは深くなる一方です。夫にも話せず、一人でいると、涙があふれ、娘とどう接したらいいかわかりません。どうかよいアドバイスをお願いします。
                (U子)


 
どのように娘に接したら良いのか……。今まで通りでいいではないですか。セックスを体験したからといって、娘さんのすべてが変わってしまったわけではありません。
 思い出してください。あなたご自身のことを。結婚してからだったかもしれませんが、セックスを体験したからといって、お母様への愛や感謝が消えてしまいましたか? そんなことはないはずです。だから今まで通り接してください。
 子どものセックス体験を知ることは親としてやはり衝撃でしょう。それはわかります。が大事なのは「これから」。優しさを持続し、仕事上のキャリアも積み、いい恋愛をし、何よりも人間として成長していくことを傍らで見守ってあげてください。二人で恋愛映画を見に行きましょうか。そして、あなたの恋愛観やセックス観を話してみては? 避妊のこと、性感染症に注意すること等も。もちろん娘さんをどんなに愛しているか、信頼しているかも伝えてあげてください。




隣人のおせっかいに閉口
普通のお付き合いしたいが−−−−−−



 七十代の女性。会社員の息子と二人暮らしです。身体に軽い障害があり、日中は一人で家で過ごしていますが、昨年隣に引っ越してきた中年の主婦が、時折食品を持って訪ねてくるのに迷惑しています。
 昨秋、クリを持ってきた時には閉口しました。「うちでは食べないので」とお断りしましたが、置いていきました。開けたら虫食いだらけ。「お気通いなく」その後も出来合いのお総菜やトマト一個を持っ てきます。中には賞味 期限切れもあり、私を ばかにしているのでは、とまで考えてしまいます。ただ彼女のそぶりにはそんな様子はありません。
愛想がよく、いつも先方からあいさつされる丁寧な方なので、私としても普通におつき 合いしたいのです。ど うすればいいのでしょうか。

                                 (T子)


 
隣同士だから仲良しと一般的には思われがちです。しかし、隣同士は仲が仲がが悪くて当たり前、仲の良い方がまれというのは、世界中の隣国同士の歴史を見ればわかります。それでも仲良くした方が互いの利益になるから、いつの時代でも隣国、隣人との関係は、重要で難しいものだと思います。
 私をばかにしていると思うと言われますが、隣人があなたをばかにして何の益があるのかよくわかりません。それよりは、そんなそぶりはない、愛想よくあいさっも丁寧な人という印象通り受けとめられてはどうでしょうか。
 会社員の息子さんと二人暮らしで身体に障害を持つ高齢者のあなたが、息子さんの勤務中一人でどうしているか心配して、時折見に来ているということもあるでしょう。その際、手ぶらでともいかず、家の手近にあるものを持ってきて、それが逆にあなたを不快にさせているのかもしれません。
 そんなふうに考えて、気遣いなく声をかけて下さいと伝えれば、あなたも高価なお返しをする必要もなくなるはずです。




半世紀ぶりに恋人と再会
次回を約束 許される?


善寿を迎えた男性。終戦直後に交際していた女性と五十年余りたって再会し、心が揺れています。
 老妻と静かな生活を送っておりますが、つい先日、彼女はどこで私の消息を知ったのか、電話をかけてきました。「会いたい」と言われ、懐かしさのあまり、会いに行きました。 彼女とは二年ほどの付き合いで、プラトニックな関係でした。若い日の面影を残す彼女とはいくら思い出を語っても語り尽くせず、私は思いあまって「来年のこの日もまたお会いしましょう」と約束しま した。
 ただ、自分から彼女に約束してしまったのの、こうした再会が許されるのだろうかと自問しています。今の若い人からみれば、一体何を悩んでいるのだろう、と思われるかもしれません。しかし、私は「昔人間」です。
どうかアドバイスをお願いします。
                                (K男)
        


 
確かに、若い人には、何を悩む必要があろう、とけげんに思われるでしょうね。男女交際の形も、驚くほど変わりました。現代が良い悪い、という問題では
ありませんが、私もあなた同様「昔人間」ですから、このようなご相談をいただくと、なつかしいものに出会ったような気がして、わかる、わかる、と一人うなずいてしまうのであります。
 私があなたの立場であったなら、やはり、悩んだろうと思うからです。悩む必要もない悩み。これは若い人には理解されないでしょうね。悪いことをするわけでないのにどうして? と反間されるのがオチでしょうか。
 それはともかく、さて、私だったらどうするか? はっきりしています。後ろめたい気がするようだっ
たら、やめる。人に隠すことでないなら、自分の思う通り進めます。別に男女関係と限りません。あなたが節度ある態度でのぞめば、相手もそうするでしょう。今の甘美な悩みのままにとどめておくのも、あなたの性に合うかもしれません。




身より少なく、先行き不安
還暦迎えた一人暮らしの女性


 先月六十歳の誕生日を迎えた一人暮らしの女性。これから先の生き方に不安を感じています。
 調理補助のパートで働いていますが、収入は少なく、アパートの家賃を払うのも苦しい状態です。
このため、貯金を崩し、毎月の赤字を埋めています。 幼いころ父が亡くなり、母が一人で私と兄を育ててくれました。十七歳で上京し、喫茶店で働き始め、その後水商売の世界に入りました。自分のマンションが競売にかけられるなど、経済的にも精神的にも苦労してきました。
 母は五年前に亡くなり、故郷には独身の兄がいるだけです。私には子どももおらず、近くに頼れる人もいません。そんな状況で、周りの人に迷惑をかけないで生きていくにはどうすればいいのでしょうか。
  
                             (K子)


 
誕生日を迎えられたのですね。若いときから働き続けてきたご自分に、まずは「おめでとう」と言ってあげてください。上京されてからたぶん、ご実家を経済面でも支えてこられたのではないでしょうか。
 子どもがいても、没交渉の家庭もあります。むしろ最初から「頼るものなし」という覚悟ができている分だけ、失望も少なくてすむとも言えます。
 さて、今後のことですが、もう少し収入が増える仕事へと、働きながら探していくことはできませんか?あるいは調理補助という現在の仕事を、今より家賃をカットできるようなところで探すこともできるかもしれません。
 また、帰郷して仕事は続けながら、独身のお兄様と一緒に暮らすという選択肢もあると思います。「周りに迷惑はかけられない」という思いは理解できます
し、それがあなたの自負でもあるのでしょうが、まだまだ六十歳。「悲嘆」はひと休みして、「わたしの生活改善」をテーマに生き方を研究してみましょう。
お体だけはご自愛をして。





  「世話は当然」身勝手な父
   私を認知してくれなかったのに


 
四十代の主婦。同居している七十代の実父のことで悩んでいます。 父には本妻と三人の子供がおり、私の母との間を行き来する生活を続けてきました。しかし十年ほど前、父の長男が死亡したのを機に、父は本妻の所に戻ろうとしましたが断られ、私たちと暮らすようになりました。
 父は「親の面倒は子供がみるのが当たり前」という考えで、お金は一切出しません。何をするにも私たちに相談せず、身勝手です。
 長年母のことを苦しめてきたのに、最近は、五年前に亡くなった母と一緒の墓に入りたいと言い出しました。普通の親子だったら許せるわがままも、認知されていない私には許せない部分が心にあるのです。
 私が同居を断れば父は行き場がなく、私が世話するしかないと思います。でもどこまで面倒をみればいいのでしょうか。
                                               (A子)



 親の面倒をみるのは子として当然のことで、法律も、夫婦・親子は互いに扶養する義務があると定めています。でも、あなたと父との関係は、いくら長い間一緒に生活していたとしても、認知されていない以上、法的には親子ではなく、赤の他人です。従って、あなたには父の面倒をみる法的な責任はなく、本妻と子供たちが父の扶養義務を負っているのです。
 とは言うものの、あなたは、事実上父として同居してきた人を、母が亡くなったからといって追い出すことはできないという気持ちで、最後まで面倒をみるつもりなのでしょう。それなら、父に認知してもらって、もやもやした気持ちを吹っ切って世話をしたらいかがですか。ただ、成人した子は、その承諾がないと認知できないので、あなたの同意が必要です。
 また、親の扶養義務は、子供全員が応分に負担すべきものとされているので、本妻の子供たちに協力を求めることもできます。いずれにせよ、あなたの生活を犠牲にせず、できる範囲で面倒をみれば十分です。





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