上高地リベンジ
  −安曇野へ−

 昨晩、あれほど苦しんでいたのに、夜が明けると、今度は朝食が恋しくなる。

 朝食前に、もう一度一風呂浴びる。
 お風呂は気持ちいいが、温泉宿に泊まると、
◎下着や洗面用具を持って部屋から出て、
◎ほかの人にスリッパを間違えられないように配慮し、
◎体を洗って、
◎髪を乾かして、
◎ノーメイクでも恥ずかしくないように適当に顔を整えて(いるつもり)、
◎また部屋に戻る
のが自分にはちょっと面倒だ。

 そう思いながらお風呂から出て、のそのそと浴衣を着直していると、自分より先に風呂に入り、自分より後に出てきた女性が、ささっと体をぬぐって、さくっと作務衣のような服を着て、軽く会釈をして颯爽と出て行った。

 あれくらい軽やかだと、温泉も楽しいだろうね。

 部屋に戻ると、お連れ様は昨日、サンダルで数時間歩いてこしらえた擦り傷を調べている。

 「温泉の威力やなあ。なんだか、もう、治りかけてきたみたい。」
 
 うっそぉん、と見てみれば、あらほんと。擦り傷は既に瘡蓋になっている。

 そういえば、お風呂に貼ってあった白骨温泉の資料によれば、効用は「擦り傷、切り傷・・」とだった。

 
 さて、いつ夕食を食べたのかも既に遠い記憶の彼方。
 朝食を取りに、ダイニングのお座敷へ。夕食のときと同じ席に着けばいいそうなので、仲居さんも自分たちも分かりやすくて良い。

 朝食は鮭の焼いたのや、海苔に温泉卵など、オーソドックスなメニューのほか、白骨のお湯で炊いたお粥、しいたけの煮しめのわさび和えのような、土地独特の味も楽しめる。

 朝は食べ過ぎないように、、と思ったのに、やっぱり食べ過ぎてしまう。

 このホテルのお陰で、疲れも癒されたし、空腹も、美味しいものを食べたいという欲求も、すべて満たされた。
 もう、
「上高地リベンジ」終了にしてもいいくらいだ。 

 チェックアウトして、車を走らせると、道沿いの、水が湧き出ているところで、バイクを止めて写真を撮っている人たちがいる。
 格好は若いが、年齢は60くらいの男性の二人組みだった。
 いいカメラを持っていたし、道楽旅行者なんだろうなあ、と思いながら、自分も傍らで写真を撮る。

 細かな水しぶきが顔に当たる。
 9月初旬の信州の朝は、長袖でないと寒いくらいだ。
 そういえば、昨晩、ホテルの仲居さんに「窓を開けて寝たら涼しいかな?」と聞いたら、
 「だめだめ、今朝はわたし、暖房を入れたくらいだから。」といわれたのを思い出した。
 
 久々にクーラーの要らない爽やかな道中。
 今度はひたすら安曇野へ向かう。

 「安曇野って一体、どの辺なんだろうなあ???」
 お連れ様はナビを見ながら首をひねる。
 
 穂高の山登りは10回以上こなしているお連れ様も、昨日、上高地のタクシーの運転手に

「安曇野、安曇野、ってみんないうけれど、一体安曇野って何があるんですか??」

 と聞いてしまうくらい、安曇野には馴染みがなかったようだ。

 普段は険しい山登りしか眼中にないので、のどかな安曇野はただ、通過してしまうのだという。

「ああ、この辺りかな。」

お連れ様はナビの画面に「安曇野」という地名を発見する。

 自分も、安曇野にはかつて自分の姉が住んでいたことがあり、1度訪れた記憶があるものの、安曇野の思い出、というよりは、訪れたという記憶しかない。

 母親が安曇野をとても気に入っていて、よく旅していた気持ちが理解できなかった。

 けれど、改めて訪れてみると、そのほんわりした雰囲気に心が和む。

 田んぼはちょうど、稲が黄色く実る頃。

 合間合間に、蕎麦の小さな白い花が現れる。

 田畑の傍らに白塗りの壁の蔵がいくつも並んでいるのが見える。
 こういう光景を素朴素朴というけれど、素朴な中に都会と異なる根を張った強い生活があるのだろうなあ、と眺めやる。
 自分の棲家は都会でもなく、片田舎なのに素朴でもない、宙に浮いた田舎だ。
 

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