私と神様     

〜 第一章 私の幼年期体験 お店のお客さん 〜

 

私の田舎は熊本県のはずれにあって、四方を小高い山に囲まれたのどかな農村部です。

私の実家は、そんな集落で唯一、お店を営んでおりました。

食料品、お酒、タバコ、塩、農作業用品、歯ブラシから洗剤まで、

集落の人に必要と思われるもの全てを取り扱っていて、ちょうど今のコンビニエンス

ストアーの原点とも思われるものでした。

 

夕刻になると、村中からご婦人が集まって来て井戸端会議なども始まり、

家が揺らぐような高らかな声でおお賑わいでした。

私といえば、両耳を手で押さえながら、「おばさんパワー」にたじろぎ、

あっけにとられていたことを思い出します。

 

夕食の買い物を済ませたご婦人の来店の後は、

山で仕事を終えたおじさんたちのご来店です。

当時は山林事業が最盛期の頃で、私の村の近隣の方達は、

農業か林業で生計を立てておられました。

 

朝早くから山中に入り、黙々と仕事をこなし、やっと長い一日が終わったところの

家路の途中でお店に立ち寄り、お互いをねぎらう事を日常としていました。

 

お店では、コップで焼酎のお湯割を出します。

おじさんたちはお店に並ぶ食品を手にとり、お酒のつまみにします。

そして、店中でいすに座り、ひざを突き合わせて論議に花を咲かせます。

 

話の内容は様々です。ほぼ毎日集まって話をするのに、よくもこれだけの

話題があるものだと、幼心に関心して聞いておりました。

 

そんな話題の中でも時には山の神様の祟りにまつわる話や、

山道の途中で、不思議な体験をしたことなどが話題になっていました。

最近はそのような非現実的な話は排他される傾向にありますが、

私の田舎のこの時代では、何も、誰もとがめることなく平然と、

集いの席で話題にあがっておりました。

 

こんな話があるときは、私も大人たちに交わって、聞き耳を立てていたことを

思い出します。

 

残念ながら、どんなお話だったかは覚えておりませんが、ただ、今でもしっかり

記憶にあることは、

山で仕事をするにあたって、おじさん達が一様に抱く心構えは

「山の神様」への「畏れ」の気持ちです。

 

自分達が山で仕事を安全に無事に行うためには、山の神様の領域を

荒らさないことが基本的なルールであって、そのルールを侵すと災いが

降りかかるということをわかっておられました。

 

そして、今日も一日無事に仕事ができたのは、山の神様のおかげであることを

言葉ではなく、心で理解しています。

自分なりの神様に対する「想い」をそれぞれでお持ちでした。

 

私が今、神様と向き合う気持ち、神仏をお奉りする心は、まちがいなく

このおじさん達にも大きな影響を受けて、できたものと考えます。