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新規で「ご予約をされた」みなさまと、 これまでに、 新規の「ご予約をキャンセルされた」みなさまへ ぜひ読んでいただきたいこと。 正神の神事を行う、中村建日の、神事に取り組む姿勢です。 |
正神之会で、各種の神事をお受けになるみなさまには、
ご予約の日が、一ヶ月先、二か月先のご予約となったり、
みなさまのご都合の良い日時に、ご予約が取りにくい状況が続いておりまして、
まことに申し訳なく、心から、お詫び申し上げます。
現在のご予約は、基本的に、
10時から2時間、13時から2時間、16時から2時間、19時から2時間(不定期)で、運営させていただいております。
本当は、一日の内に、もっと数多くの方のご予約をお受付できれば良いのですが
一日の内に、小刻みに予約を入れてしまいますと、私の行う神事の趣旨から、外れてしまうことになります。
私が行う神事には、大枠で以下の二つがあります。
「浄霊神事(あるいは除霊・祓い)」みなさまに憑依している、諸々の霊を、清めて離脱させる神事
「祈願祈祷神事」各ご担当の神様に、お悩みを改善していただくようにお願いをする神事
他にも諸々の神事を、必要に応じて、執り行っております。
いずれの神事も、ご相談者が抱えておられるお悩みはどんなものなのかを、知ることから始めます。
ご相談者が、現在置かれている状態や状況を把握し、
そこに、どのような悪しき「因縁」が、どんな形で影響を及ぼしているかを
霊的な観点から探り、感知、把握したうえで、改善の為の、それに適切なお役目を持った神様にお願いをして
祈祷や、清めや祓いの神事を行います。
以上の内容の神事を、しっかり行うためには、ご相談者のお話しに、じっくりと耳を傾けて、
ご相談者のお気持ちを、しっかりと理解できるように努めないと、正しい御神事ができません。
かつて、こんな質問がありました。
「当たりますか?」
予期せぬご質問に戸惑いながらも、私は、こう、答えました。
「黙って座ればぴたりと当たる・・・風なことを期待されているのでしたら、残念ながらそれは期待外れです。
あなたのお話しをしっかり聞いたうえで、抱えておられる悪い「因縁」をじっくり探り出してから、
神事を行いますので、当たるから良いんだ…なんて、そんな簡単なものではありませんよ。」
私は、素直に、そう申し上げました。
当たる、当たらない・・・という基準は、大事な要素だと私も理解しております。
しかし、私はいわゆる”占い師”ではありませんし、占って物事を当てたところで、
霊的な解決につながらなければ、何にもなりませんから。
失せ物(うせもの)探しなら、街角に、その手を専門にした易者さんが立ってるでしょう。
そちらに、伺ってください。
みなさまの「不幸」と思われる現象には、悪い因縁が、必ず絡んでいます。
その因縁は大枠、「先祖因縁」「前世因縁」「今世因縁」の三つです。
これらが、複数にわたり、複雑に絡み合って、不幸な出来事を起こさせているのです。
それらの悪い因縁を、霊的に調べて、神事という「手当」を施すのです。
ただ単純に、物事を当てるだけでは、不幸な出来事は、一切解決しません。
どうしようもないのです。
それを、当たるか当たらないか、という安直な判断基準では、決して、ご自身の悩みは改善しません。
悩み・不幸は、自他の悪い行いがあって、できるものです。
その悪い行いを改善しなければ、悩みは解決しません。
不幸が解消しません。
その改善策を見出すために、悪い方向へ導いていく「悪い因縁」を調べるために、霊感を駆使するのです。
物事を当てて、ドヤ顔するためだけに、霊感を駆使するものではありません。
因縁を清めよう・・・お悩みを解決させていただこう・・・という基本的な思いで、取り組むことが大事です。
真摯な姿勢が必要です。
私は、一生懸命やります。
ご相談者の悩み事を、我が身のように考え捉えて、必死で、取り組みます。
ご予約をとっていただいた初めての方は、面談の時間が約一時間、
祈願祈祷、浄霊などの神事に、およそ一時間かけます。
わずか2時間ほどの時間ではありますが、じっくりやります。
面談の1時間で、しっかりとお話をお聞きして、把握する内容は、
●この人が、どんな考えで日々生きておられるのか(思考が偏っていないか、こだわりが強くないか)。
●この人を取り巻く環境(家族や他人、ペット)の中で、この人が、どなたかの思考に、
左右されていないか(生霊の憑依の有無)。
●夫婦・親子円満か、嫁姑にトラブルはないか(生霊の有無)
●幼いころ、どんな家庭環境にあったか(父母、祖父祖母、兄弟との間柄)。
●学生(児童)のころ、友人との間柄は円滑だったか(心の傷、生霊の有無)。
●職場での人間関係は円滑か(人間関係のストレス、生霊の有無)。
●未浄化の先祖霊の人数は?、他、動物霊や死霊の憑依の有無(先祖因縁)
●前世の悪しき因縁が、今世に影響を及ぼしていないか(前世因縁)
おおよそ、以上の内容を、対話を進めながら、調べていきます。
もちろん、霊的な背景では、ご本人が知らない(把握していない)物事もあるわけです。
特に、前世因縁や先祖因縁など、知る術がありませんし、
先祖因縁などは、
母方の父母、そのまた父母・・・などという、いわゆる「血筋」から流れ来る、悪しき因縁も
あるわけですから、当然、ご本人が知り得ることもない事柄まで、出てくることがあるのです。
神事において、一番大事な事は、ご本人に憑依している、先祖霊・生霊・死霊・神霊・精霊もみな
やはり、悩み苦しみを得ている…と、いうことを、念頭におくことです。
悩み苦しみながら、生きている人に憑依しているのは、切実な理由があるからです。
理由なしで、憑依する霊魂など、一つもありません。
憑依霊の悩み苦しみを理解して、その苦しみを取り除いてあげることが、
まことの「浄霊」であり、「救霊」であるのです。
「人間に悪さをする悪いやつめ!出ていけ!反省しろ!」
などと言って、力づくで強制的に追い出してしまうようなやり方では、
それを追い出した霊能者と、憑依されていたご相談者本人に、重大な「悪い因縁」ができます。
それは「今世因縁」となって、各々の人生に、大きな影を落とすことになりかません。
「霊障」とは、憑依霊が抱える悩み苦しみ、恨みなどの「悪想念」が、生きている人に影響を及ぼして
何らかの災いをもたらすことを言います。
先祖霊などが、子孫に憑依した場合、現在
自分が置かれている環境や状況の中で、もろもろの悩み事が多くなり、尽きることがなくなるのです。
憑依霊の中には、「こいつに悪さをして悩み多き人生にさせよう…」などと、悪想念を持って憑依している
場合もありますが、
先祖霊などの憑依は、「子孫の人生をめちゃくちゃにさせよう…」などとは考えていません。
先祖霊の憑依の原因は、
身体や心の痛みに負えて、つらくて、苦しくて仕方ないが故に、
成仏が果たせず、さまよい、そのあげくに、子孫に憑依するのです。
そして、それらの未浄化の先祖霊は、結果的に、「血筋」という「霊線」をたどって、
生きている子孫のだれかに、憑依するのです。
ですから、自分の先祖が、未成仏のまま迷っていて、浮かばれない先祖が多ければ多いほど、
生きている私たちに、浮かばれぬ先祖の大きな「迷いの念」が、「霊線」をたどって、憑依してくるのです。
そうなりますと、生きている子孫はみな、生きながらにして、人生に迷うのです。
それは、さながら、生きたまま「八大地獄(はちだいじごく)」に落ちているかの如くです。
浮かばれぬ先祖霊は、そのほとんどが「地獄界」をさまよいます。
「地獄界」とは、亡者の「心の状態」を示すのです。
地獄界をさまよう先祖の憑依があると、生きている子孫も、
生きながらにして「地獄」をさまようことになるのです。
よく、自分の悩みや苦しみの度合いを例える表現で「生き地獄」と、いう言葉があります。
実は、「先祖」と、「子孫」は、常に、「一蓮托生」だということを、忘れてはなりません。
本当の「浄霊」「救霊」とは、これらの先祖霊などの憑依霊を、清めて救ってあげることです。
先祖霊をお救いして、お導きする為には、憑依霊の置かれている状況と、悩み苦しむ心情を
理解してあげないといけません。
なぜならば、憑依している霊魂は、「心の世界」の住人だからです。
肉体を持っている私たちは、物質の世界に在ります。
人間同士でしたら、口から発する「言葉」でもって、コミュニケーションが、容易にできます。
身振り手振りでも、相手が何を言っているのか、理解できるでしょう。
しかし、肉体を持たない霊魂は、生きている人の言葉を、聞くことができません。
身振り手振りも、相手の気持ちを「知ろう」「読み取ろう」という意欲がありませんと、
理解できないものです。
長期にわたって、悩み苦しんでいますと、なかなか前向きな気持ちになれないのは、
先祖霊でも私たちでも同じです。
この仕組みが理解できませんと、正しい、「浄霊の神事」ができません。
私はそれらの神事を、ただ漠然とした思いでやるわけにはいきません。
肉体を持たない霊魂と触れ合えるのは、「心」です。迷える霊魂の「心」に、訴えねばなりません。
ですから、ご相談者とじっくりお話をしたうえで、お話しをしながら、霊視・霊感を駆使して
様々な因縁の中で苦しむ、悩める憑依霊の気持ちを理解するように、努力をするのです。
そういった努力の果てに、気持ちが通い合って、悩める霊魂は心慰められて、穢れが祓われるのです。
悩みがなくなるのです。
痛みが消えるのです。(霊魂の身体の痛みは心の迷いから発生するものです)
私たちだって、今の自分の気持ちを理解してくれる人がいたら、それだけで、心安らぐことがあるでしょう。
長い間、苦しんでいる憑依霊にあたっては、それはなおさらのことです。
「長く、大変なご苦労をなさいましたね。辛かったことでしょう。」
と、声をかけてあげるだけでも、
憑依霊のだいたいが、涙を流して、喜ぶものです。
そうして、各種の霊魂を清めて導いてくださる、ご神仏に最終的にお願いをして、至るべきところへ
導いて差し上げるのです。
御祈願御祈祷の方法は、祝詞を奏上したり、お経を唱えたり、身体をさすって清めたり、
人型に災厄を振り替えて清めたり、必要であれば因縁が関わっている場所に行ったりします。
それらは「言霊」が、重要なカギになります。
言霊とは、言葉に心を籠める事です。
言葉に心を込めることができなければ、言霊にはなりません。
「言霊」とは、言葉でもって、道理を動かすことのできるものです。
霊魂に向かって「動くな」といえば、動けなくなります。
「動け」といえば、動けるようになります。
意味のある言葉に、心(魂)をこめれば、その言葉が、現実になるのです。
神事がうまくいくためには、以上のような「心」が重要なカギをにぎります。
ただ、祝詞の文中に、ちゃっちゃつと、住所と名前と生年月日だけ入れて読み上げれば
それで良い、ということにはなりません。
言葉に思いを込めるには、それ相応の準備と、心構えが必要、と、いうことです。
まったく時間のかかるもので、まどろっこしい事をやっているようですが、
人様の因縁を清めるためには、こういった努力が必要なのです。
ですから、簡単にはいきません。
この度、正神之会のご予約をいただいた方も、ぜひ、以上をご理解いただいたうえで
神妙なお気持ちで、神事に臨んでほしいと思うのです。
また、残念ながら、予約をしておられて、ご事情でキャンセルなさった方や、
ご予約当日、ご連絡もなしで、祈祷所へお見えにならなかった方にも、
ぜひ、ご理解いただきたいのです。
かつて、正神之会にご予約をなさった方で、祈祷所の玄関の前まで来て、
何もしないで、お帰りになった方が、複数人おられました。
いずれのケースも、そのご紹介者から、後日連絡があって、
「祈祷所の玄関前で怖くなって帰った」と、おっしゃるのです。
また、同居の家族の反対にあったとか、仕事などのいろんな問題が持ち上がって、
来れなくなったり、
また、急に行く気が失せて行けなかったり、
気分が悪くなったりして、行けなかった…、
また、長期で悩んでいた体調が、予約の日前に、良くなった…というケースもありました。
実はそれらは、ご相談者の抱える「悪しき因縁」が、清められたり祓われたりすることを望まないので
日頃より憑依を受けて、意のままに操れるご相談者の身の上に、様々な問題を引き起こさせて、
行く手を阻んでいるのです。
急に仕事を入れたり、一時的に体調を良くさせたり、気を迷わせたりするのです。
もし、このような状況に陥ったなら、ぜひとも、お電話をいただきたいのです。
お電話口で、簡単ではありますが、清めと祓いの神事をさせていただきます。
正神の神様にいただいたご縁を、自身の抱える悪しき因縁の霊障で、絶ってほしくないのです。
どうぞ、万障繰り合わせて、正神の神様の、御神事をお受けください。
心を正しくするために、正神の御神事をお受けください。
中村建日が、心より、願っております。
合掌