日本語を織りつむぐ幻燈の祠
知らぬ間に押し寄せる異界の鼓動……



「さよなら、2番ボール」


 時には神様だって、思わぬ失敗をすることもありますよ。

 太陽系には、太っちょの神様と痩せっぽちの神様がいました。痩せっぽちの神様のほうがほんの少しだけ先輩です。二人の神様はどちらが何をするという分担もなく、ただ毎日、毎月、毎年ずっと同じ動きを続ける惑星たちをぼんやり眺めておりました。
「何かしようよ」
 太っちょの神様が、アステロイド(小惑星)のクッキーを齧りながら呟きました。
「何かって――何を」
 痩せっぽちの神様が雑誌から顔をのぞかせ尋ねます。もう何度同じページを読んだか分かりません。
「ボクは『何かしよう』って言ったんだから、キミが『何するか』を考えてよ」
「……そうだな、オレのほうが一歩余分にヒマなのか」

 しかし、太っちょの神様がさらに3個もアステロイド・クッキーを食べ終わっても、痩せっぽちの神様は一向に黙ったままでした。
「なあ、……考えてるの?」
 痺れを切らして尋ねると、痩せっぽちの神様は火花のような声を上げました。
「やや、こんなところに綴じ込みが!」
 さっきまで読んでいた雑誌です。
「なあ、『何するか』考えてよ」
 太っちょの神様は口のまわりに付いたアステロイドの粉を舐めました。それで食べ終わりかと思うと、さっさと4個目のクッキーを手に取ります。一方、痩せっぽちの神様はどうやら熱心に雑誌を読み始めたようです。太っちょの神様は半分あきらめてしまい、大きなあくびを漏らしました。

 しばらくして、むう、と痩せっぽちの神様はうなりました。よほど気に入ったのか、同じページを繰り返し読んでいます。『the Solar System Board』――太陽系に一番広く流布している娯楽雑誌です。出版部は木星に置かれていました。
「おい、綴じ込みの特集、地球で流行った遊びだよ。さすがオレたちの最高傑作だ。どれも面白そうだぞ。見ろ、この6色のモザイク箱とか、一体どう使うのか見当もつかない」
 太っちょの神様は昔から細かい文字が苦手なので、あまり構う気になりません。
「……それで?」
「よし、これをやろうじゃないか、ビリヤード。どうも『ハスラー』という生物がやるらしい」
「『ハスラー』なんて創った覚えはないぞ。キミか……?」 
「オレじゃない。まあ、いいじゃないか。この長い棒の代わりに、ああ、オレの持ってるロンギヌスの槍を使おう」
 痩せっぽちの神様は意気揚々と立ち上がり、自分のタンスを開けました。七色の美しい刺繍に彩られた神聖なる槍。
「なに、槍が必要なのか? ボクはどうするんだ、持ってないよ」
「心配ない。使うのは一人ずつのようだ。変わりばんこにやればいい」
「そんなことまで書いてるのか。なんとも気の利く雑誌だな」
「ふん、さすがは最高傑作の連中だ。創ったオレたちも偉大だが――」

 とにかく白い玉を撞けば良いらしい。
 本当のハスラーは、ブレイクショットという技から始めるようですが、玉を収めるラックがないので、二人はそれを省略してしまいました。ラックなんて簡単に創れますが、それよりもだだっ広い太陽系に散らばる惑星を一箇所に集める手間を思うと、気が遠くなりそうだったのです。
 痩せっぽちの神様は綴じ込みのページを破って、太っちょの神様に渡しました。読み飽きた残りの部分は隅のほうに投げました。それからご自慢のロンギヌスの槍をゆっくりと撫でて、写真の通りにポーズを取ります。しばらくそのままの姿勢で止まっていました。
「なあ、オレはどこへ打てばいいんだ? ちょっと読んでくれ」
 呼ばれた太っちょの神様は、粉まみれの指で細かい文字を追っていきます。
「ああ、……黄色い玉みたいだ。1番ボール」
「おお、あれか――、なんだ簡単そうだぞ」
 視線の先には、太陽に照らされて黄色に輝く金星がありました。
「油断するなよ。なあ、『カーブ』という技の写真もあるよ」
 外野の余計な口出しより一歩早かったでしょうか。痩せっぽちの神様は、力の加減も考えず、ロンギヌスの槍で白い水星を思い切り撞きました。水星は、黄色い玉どころか何にも当たらずおかしな軌道を描いて、太陽系の外へ飛び出しそうな勢いで転がって行きます。
「あ! 待て待て、白い玉がなくなったらゲームは終わっちまう!」
「なに、ボクの番は来ないのか? それはマズイ!」
 二人の神様は大慌てで手を伸ばし、暴走する水星を何とか取り抑えました。
 一息ついて、二人は交替をしました。太っちょの神様が半日かけて慎重に1番ボールを狙う間、痩せっぽちの神様はどこかに書き写せるほど熱心に、端から端までルールを読みました。しかし一人がどれだけ集中して狙っても、もう一人がどれだけ熟読して狙っても、なかなか1番ボールに当たりません。公転をしている惑星に命中させるのは、たとえ名ハスラーでも戸惑うほど高度なテクニックが必要でした。
 でも、本来止まった玉でやるものだと二人の神様に教えてあげられる人はどこにもいません。不運にも雑誌には、玉が止まっているか動いているかまでは書かれていなかったのです。

 しかし、21日と8時間と33分が過ぎた時、ついに白い手玉は1番ボールに当たりました。二つの玉が衝突した激しい轟音に、太っちょの神様は眠気と空腹感をぱっと掻き消されました。
「やった! おい、見ただろ!」
 ロンギヌスの槍の持ち主は飛び上がり、愛する名器に嫌と言うほど頬ずりしました。最初の手応えがよほど嬉しいのでしょう、痩せっぽちの神様は撞いた瞬間の動作を何度も繰り返し自分で再現しています。
 さて、黄色い1番ボールは流れのままに転がり、やがて新しい公転の軌道に乗っかりました。もちろん太陽系にポケットなどありません。それは二人とも19日前の時点で分かっていました。だから、当たったらその番号はクリアというルールに決めて、根気強く続けていました。二人の神様はにやにやと笑みを浮かべて、1番ボールの行方をじっくり眺めています。そりゃ、そうですよね。初めて当たった記念すべき瞬間ですから。
 問題は白い手玉です。1番ボールに弾かれて、近くにあった青い玉にも当たり、しばらくそのまま勢い良く転がり続けました。そして……コツンと止まった場所に、赤い玉がありました。偶然とは言え、痩せっぽちの神様の腕前は素晴らしいものです。連続して3個もの玉に当たったのですから。でも、後の2個は気付くのが遅くて、せっかくの珍しい瞬間を二人揃って見逃してしまいました。
 痩せっぽちの神様は、ロンギヌスの槍を再び得意げに構えて言います。
「おい、次は――? 当たったら連続でやれるんだろ」
「2番ボールは……ええと、青色だな」
 ところが、どこを探しても青色のボールが見当たりません。さっきまであったかどうか、黄色い1番ボールに集中していた二人は自信がありませんでした。そして律儀な神様たちは、ルール通りに続けられないならと、結局ビリヤードを止めてしまいました。
 眠かったのか、腹が減ったのか、あるいは念願のヒットが一度出たので、もう満足だったもかもしれません。何しろ腰も腕もすっかり疲れ果てていましたので。……

 ゲームの真ん中に鎮座する太陽。まばゆく燃え盛るすぐそばに、焦茶色のボールがありました。元々はキレイな青の2番ボール。
 手玉に弾かれて、こんな場所に転がったのが運の尽き。ゲームの考案者たちが暮らす青く美しい星は焼かれて見る影もなく変色しておりました。
「やっぱりないと落ち着かないな。青い玉は明日粘土で創ろうか……」
 と、どっちかの神様が言ったとか、言わなかったとか――。

(おわり)




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