日本語を織りつむぐ幻燈の祠
知らぬ間に押し寄せる異界の鼓動……



「僕が芦屋に戸建てを買えない理由」


 おかあさん、長野県が日本の首都になってから、もう何年経ったでしょうか。お台場や豊洲の再開発は、あっという間に松本や諏訪の再開発に変わりましたが、得した人はあまり見あたりません。東京バナナに変わって信州ソババが新名物になったくらいです。それから、県内に浅草寺に匹敵する国際的名所をつくるために、善光寺が全工事になったくらいです。
 それよりおかあさん、最近の長野のコンビニは実にだらけきっていて、こうして僕が博士と二人座って将棋を囲んでいても、店員はまったく注意しに来ません。博士はさすが頭脳の回転が世界屈指の人だけあって、十戦やって、僕も三戦くらいは星を落としてしまいます。生活費がかかった勝負なので上も下もない、と言った博士の潔さに敬服し、少ない給料をこうして補っています。
 あ、すいません、おかあさん、博士のことを紹介するのを忘れていましたね。僕が助手をつとめている研究室の博士は、いま国家的機密プロジェクトから特命を受けて、とんでもない最終兵器の開発を行っています。僕はそれに関わっていると考えるだけでも胸が熱くなり、ついついこのコンビニにまったり涼みに来てしまいます。長野は盆地だから暑くて仕方ありません。誰がこんな場所に首都を移そうとしたのか、呆れてものも言えないよ。……と博士がぼやいています。はい、ぼやいているのは博士だけです。
 ところで、おかあさん、さっきちょっとだけ最終兵器の話が出ましたが、いまこの祖国日本にとって最大の脅威とは何かご存知でしょうか。それは、北朝鮮の核ミサイルが少子高齢化するニートを狙っていることです。いや、違いました。なんかいろいろ混ざってました。美しい国日本にとって最悪の脅威、それは国の象徴トキの絶滅問題です!!
 でも、おかあさん、博士は動物学者ではないので、トキの研究には一切タッチしていません。あっちはあっちでやきもきしておいてください。実は、博士の専門は声帯科学です。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、生体科学の領域をより深くえぐりこんだ分野です。要するに、声帯を科学的に分析し、良質な声を開発するのです。おかあさんの住んでるところの言葉でいえば、「ええ声」です。うん、岡け●太! そう、岡け●太です。最近テレビでめっきり見かけませんが、仕事してるんでしょうか。……と博士がぼやいてます。しかしそれよりも、僕の中飛車戦法に苦戦しているようです。
 おかあさん、僕はこの研究をしていて、もし「ええ声」に生まれてたら良かっただろうなぁ、とつくづく思います。おかあさんの声はわりとええ声のほうですが、おとうさんがだみ声だったので、それは望むべくもありませんでした。でも、それが負けん気となって、いま博士の研究助手に熱中できているのだから、僕は不幸中の幸せ者かもしれません。まあ、とにかく、それくらい声帯はとんでもない問題解決力を秘めているのです。
 例えばですよ、おかあさん、宇宙戦艦ヤマトが日本を代表するSFアニメとしてお茶の間に普及したのは何故でしょうか。それは、主題歌を担うささきい●おが「ええ声」だったからです。では、レ●ガン大統領が冷戦を終わらせられたのは何故でしょうか。それは、彼がかつて歌手であり、「ええ声」で演説をしたからです。松●聖子があれだけ大フィーバーしたのは何故でしょうか。それは、彼女が日本人の耳にもっともよく馴染む声の持ち主だったからです。近年では、ぶっちゃけアーモンドチョコみたいな頭をしている市川海●蔵がモテまくりなのは何故でしょうか。家柄がいいからだけではありません、やっぱり「ええ声」なのです。
 声の良し悪しなんて差がないんじゃないの、とお考えでしょう、おかあさん。でも、それが決定的に違うのです。実際、日本の女性の六割は「ええ声」で落ちるという驚異的な統計データが出ています。残りの二割は「メガネ」、一割は「手の甲に浮き出た血管」、などとなっていますが、これは疑うべくもありません。博士がこの研究の存在価値を賭けて徹底的に収集したデータなのです。ちなみに、男性も四割は「かわいい声」で落ちるというデータが出ています。男性が若干少なめなのはそれと互角の割合で「乳」があるからですが、学校でも職場でもコンパでも声がかわいくて乳の大きい女子が奪い合いになるのは避けられない事実なのです。
 そうです、おかあさん、声です。声! それによって女性人口の六割、男性人口の四割を確実に落とせるとすれば、あらゆる権力と富を得ることも不可能ではありません。ええ声でスピーチした男子が生徒会長の座を射止めた覚えがありませんか? かわいい声でおねだりする女性が社長秘書の座を射止めた覚えがありませんか? 博士はこれまで誰も本質的な議論に踏み込まなかった「ええ声」の圧倒的威力に対する、長年の経験から形成された仮説について、夜が明けるまで語ってくれたのです。
 おかあさん、僕はあまりに無知でした。僕はこの事実を博士に知らされたとき、どれほど愕然としたことでしょう。僕がいまだに研究助手としてうだつが上がらないのも、おかあさんに芦屋の一等地に家を買ってあげられないのも、すべては平凡な声の持ち主だからなのです。しかし、失意の底にあった僕を、博士は力強い言葉で激励し、奮い立たせてくれました。耳につく感じではジャムお●さんみたいな声ですが、だからこそ濡れた顔の僕をもう一度立ち直させるには、まさにうってつけの声でした。
 そして聞いてください、おかあさん! 僕が博士の助手第一号になったとき、博士はもうその最終兵器を独力で完成させる寸前だったのです。なので僕は実質的に何も開発に関わっておらず、設計図すら見たことがありませんが、それでも研究者の一員として国家機密プロジェクトから大々的に褒賞をいただくことができるのです。なんという幸運でしょう! 芦屋の戸建ても夢ではありません。あ、でも、まだ転居届けは待ってくださいね。
 で、さっきからちょこちょこ言っている最終兵器ですが、おかあさん、僕は生みの親であるアナタだけにこっそりお教えしようと思います。ただ、まだ実用段階に入っていないので、その点も含めてご近所の仲良しさんにはご理解いただきたいところなのです。さて、声帯科学の権威である博士が開発したのは、ずばり被験者を人工的に「ええ声」に変えられるシステムなのです。昨今レーザー手術によるプチ整形が流行っていますが、まさにこれを凌駕する革命的な声帯プチ整形です。当然、一般人でなく、大勢の人を動かす立場にある人や、極めて重要な交渉を行う人といった、ものすごいハイクラスからの需要が殺到することでしょう。首相をはじめとする政治家、大企業の経営者、外交官、大物歌手、各局の看板ジャーナリスト。さらには海外まで噂が及べば、大統領、国務長官、州知事、ハリウッド女優、各国諜報機関の最高責任者など、大金を積んでも「ええ声」を求める人は、数え上げたら切りがありません。
 それだけではありません、おかあさん。北朝鮮の核ミサイル問題も、六カ国協議の場で「ええ声」の威力を発揮すれば、とんとん拍子に核放棄へと向かうでしょう。少子化問題だって、「ええ声」が普及すれば、各家庭で夜の営みの回数が増えること間違いありません。ニートも職業訓練で「ええ声」を体得するプログラムを経れば、内定獲得も全然難しいことはありません。いまや日本の重要な世界戦略コンテンツとなったアニメも、「ええ声」によってさらなる需要拡大になるでしょう。国民年金の未納も、社会保険庁の窓口に「ええ声」に養成した職員を配置すれば、あっさり片がつくのです。まさにこれは日本のあらゆる将来不安を取り除く最終兵器。勤勉な経済大国ニッポンの復興の核となる兵器なのです。博士はそこまで緻密に計算しています。
 ただ、おかあさん、万能な人はこの世にいないと言いますか、盤上の計算は博士より僕のほうが上手のようで、コンビニでの第十一戦目もどうやら僕の勝利が色濃くなってきました。最終兵器の実験台となって、草刈●雄式にモデリングした博士と、福山●治式にモデリングした僕とで、八六銀だの角成りだの言い合っていると、店長をはじめギャラリーが集まってきて、自然とにぎやかになるものです。「ええ声」とはそれほど人を惹きつけ、気持ちを動かすものだな、と博士の力説を思い浮かべて大きく頷いています。よし。
 ああ、やっぱり僕が勝ちましたよ、おかあさん。まあ、博士も毎回すごく悔しそうな顔をしますが、僕だってまさか思いも寄らず声帯科学の道に踏み込んでしまったのだから、これくらいの寸志は頂戴しておきたいのです。それにしても、声帯科学。僕はもう少しこれを注意深く事前に確認すべきだったな、と思い返します。再就職口を探し、疲れ果てていたとき、ふとラジオから聞こえたキーワードに飛びついてしまったのがすべての始まりでした。電話番号をメモってすぐ電話し、助手を志願してしまったのですからね。ゼータガンダム。どうしてそう聞こえたのかわかりませんが、本音を言えば何でいまこんな研究に関わってんだろうなぁ。



(おわり)




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