「トーテムポールが転校してきて」
story:青砥 十(sleepdog)
illustration:清田 羊さん
|
トーテムポールが転校してきて、教室のドアの上に思い切りぶつかった。そのまま卒倒し、廊下の窓ガラスを突き破って転落、真下の花壇に突き刺さった。うちの小学校の花壇にトーテムポールが逆さまに立っているのは、そういう理由みたい。さすがに違和感はあるけれど、地中に深く埋まっていてなかなか掘り出せない。
確かによく見ると、細かいガラスの破片が無数に残っている。夜中、学校に来てライトで照らすと、嘘みたいに奇麗な輝きを放つんだって。
|

|
ギプスをはめて沈んだ僕に、一緒の包帯で結ばれた隣りのベッドの女の子が不思議な話を聞かせてくれた。目はピカピカときらめき、まつ毛はしっとり濡れている。名前は何て言うの。万梨子。わたし雨が好きなの、雨が飲みたい、雨を飲む時間になったら教えてね――と、土砂降りの外の景色を見ずに言う。もしかしたら音を聞いていないのかもしれない。
僕は自分のギプスの余白に、蝶ネクタイを締めたカエルの絵を描いた。ほんのお返しのつもりで、こんな話を教えてあげた。
|

|
僕の飼ってるカエルが手話を勉強し始めた。最初は軽く笑っていたが、思いのほか熱心で何気にまぶしくもあった。さすがに水槽の中で本は広げられないので、ビデオの教材を使って一日中練習をしている。
ただ、僕じゃなく、僕の家に遊びに来る美由紀とおしゃべりがしたいのだ。美由紀が手話を習っているのを横で聞いていたのだろう。そこがちょっと気に食わなかったが、小さな恋を応援しようと思った。
二週間が過ぎ、銀河が驚くほど僕らに近づいた夜に、水槽を窓辺に置いてやった。
「そろそろどうだ?」
するとカエルはさっと姿勢を正し、拳を結んで鼻に当て、前に開いて頭を下げた。僕は手話が分からない。けれども、何となくそれが『よろしくお願いします』という意味だと分かった。
次の日、僕は美由紀を家に呼んだ。カエルは朝から水槽を自分で掃除し、身なりをきちんと整えた。そして、僕は美由紀を水槽の前に座わらせて、上にかぶせた黒い布を取ってあげた。
カエルはカエルであることを忘れ、練習の成果を思う存分披露した。思いがけず本番に強いやつだった。美由紀は水槽を揺らすほど感激し、カエルはそんなにも喜ばれてちょっと面映い様子だった。
それから、美由紀は僕の家に来るなり真っ先に水槽を覗き、カエルと手話で会話をしている。ピチッパチッと手や体を叩く手話の音がテンポよく雑じり合う。でも、二人でどんな話をしているのか、僕にはちっとも教えてくれないのだ。
|

|
やがて、セミたちが寝静まると、病室は蛍光灯の音だけになった。
隣りから万梨子の寝息はまだ聞こえない――ふと背中に視線を感じると、くいっ、くいっと包帯を引っ張られ、僕は彼女のほうに寝返りを打った。熱っぽい眼差しが薄闇の中に浮かんでいる。
昼間、僕は検査に入った時間があった。万梨子の話だと、その時間に、小学校で掘り出されたトーテムポールが入院してきて、病室のドアの上に思い切りぶつかった。そのまま卒倒し、廊下の窓ガラスを突き破って転落、真下の花壇に突き刺さった。ここは十階だから、学校の時よりさらに深く地中に埋まって、もう誰も掘り出せない。
じっと目を凝らせば、細かいガラスの破片が無数に残っている。夜中、花壇に行ってライトで照らすと、嘘みたいに奇麗な輝きを放つんだって。
一緒に観に行かない?
こくん、と僕はうなずき、枕元の松葉杖を手に取った。万梨子の手を引き廊下に出ると、トーテムポールが突き破った窓ガラスに大きな穴が開いていた。
二つの体をつなぐ包帯を少しほどいて松葉杖に巻く。すると、窓の穴から香りのいい風が舞い込み、徐々にやわらかい翼に変えていった。僕たちはそれを使って花壇に降りた。
月も羨む長い夜。正装したカエルが跳んで現れ、丁寧な挨拶をした。カエルが何やら手振りをすると、万梨子は手のひらに包んだ丸いグラスに蝋燭を入れ、寝息のように優しい口づけで青い火を灯した。
ガラスの破片が騒ぎ出す。
地面に黒くそびえ立つトーテムポールが青白い銀河の輝きに彩られていく。ダイヤモンドダストみたいな満面の燈火に照らし出された一本の道は、深い夜空の奥底まで続いていた。
|

|
| (おわり)
|

お読みくださいまして、誠にありがとうございました。
よろしければ作品の感想をお寄せください。お好みのほうからぜひ。
掲示板にコメント
|