日本語を織りつむぐ幻燈の祠
こころ和むひと時を……



「☆」

(作) sleepdog

 中身泥棒が現われた。
 知らない君のために、それがどんなやつか教えよう。やつはとにかく中身を盗み取っていく。ただそれだけだ。その正体は誰も知らない。姿も目的も居場所も、まったく何も。神出鬼没で、いざ盗まれたことが発覚するまで、その忍び寄る足跡でさえ誰も気づかない。
 毎日のようにそこらじゅうの中身を盗まれたら大変な事態だが、しかし、それほど頻繁に現われるものでもないのだ。彗星か流星群などのように数年に一度現われて、少し世間をにぎわす程度だ。
 今回、中身を盗まれる被害に遭ったのは、いわゆる星型の記号。この文章のタイトルが犠牲者の顔そのものだ。君にわかるだろうか。
 なぜこれが今回のターゲットになったかは不明である。しかし、動かざる事実として世の中にゴマンとあふれる星型の記号の中身はすべて盗まれてしまった。何か手元にあるものを見てみるといい。中身がこのように空白になっているのが見てとれると思う。
 犠牲者はわかった。しかし、実害などあるのだろうか。君はそう問うかもしれない。

 ある中学校では早速ロングホームルームのひとコマを使って、ディベートが行われた。
 中身泥棒についてだ。
 ただ、中身泥棒の正体は不明なので、そこを議論するのではなく、社会的に中身泥棒のもたらす損害があるかないかについて考えよう、というテーマが設定された。つまり、方や「実害はある。何としても中身泥棒の責任を追求し、元に戻させるべきだ」という派。方や「実害はない。中身泥棒を追跡するのは無駄である」という派。先週の時間に先生が、論戦に強い子がどちらか一方に偏らないようにバランスを考えながらチーム分けをしていた。さて、君ならばどちら寄りの席に座り、この論戦の行方を見守るだろうか。
 まず、実害あり派の一人目が、二枚の模造紙を黒板に貼った。「◆」と「◇」とが書かれている。本来ならば星型の図を使いたいところだが、すでに中身がなくなっているので、代替として近い記号を選んだのだ。見れば確かに別物である。外観は区別する基準になります、本来別々のものが一緒になってしまうと、存在価値がまぜこぜになってしまいます、と明瞭な口調で話す。トップバッターは明瞭なほど印象がよい。
 一方、実害なし派の一人目は、やや鈍い動作ながらも、模造紙と短い言葉で核心に近い主張をする。星型が単一になったなら別の記号を使えばいい、例えば「☆」と「※」のように、という具合だ(※の部分には星型記号に横線二本を入れた記号が手書きで入る)。
 すると、実害あり派の二人目が、いったい中学生がどうやって調べてきたのだろう、現在中身のない星型記号によって、マークが他社製品と類似してしまった商品を持つ企業を具体的に説明した。発表者は感情の乗らない淡々とした説明だが、なるほど、実害ありとして説得力はある。おや、君もその点を予見して、あり派寄りに座っているんだね、なるほど。
 さて、実害なし派の二人目がどんな論述をするのだろうか、否応なしに注目が集まった。緊張ぎみの二人目は、町に出てインタビューしてきた結果をまとめたグラフを黒板に貼った。実際、星型の記号の中身がなくなって、非常に困った、やや困った、と答えた人数は全体の一割にも満たなかった。どうだい、実感としては君もそんなものだろう。つまり、実害をどのレベルでとらえるか、という論点へ持っていったのだ。一部企業の商品マークの損害は、社会レベルで見れば大きな問題ではない、と結んだ。
 ところが、これを予想していたのか、実害あり派は星型の記号が入った国旗をいくつも持ち出してきた。なるほど国旗のデザインが変われば、その国にとっては国家レベルの無駄な損害が出ると言える。地図帳でよく調べたのだろう、東西のかの大国から、アフリカやオセアニアの小国にいたるまで数もきちんと揃えてきた。
 それでも、実害なし派は劣勢を感じさせなかったのは素晴らしい。君も驚いただろう、ある意味で切り札とも言うべき、星型の中身の消失が表わすひとつの重要なメッセージを説いたのだ。
 発表者の人選にも工夫があった。それは無能で、脆弱で、無気力で、とクラスでいじめられていた子である。本人は初め非常に嫌がったが、メンバーの根気強い説得で、気をふりしぼり論壇に立った。決して熱弁でなく、いつものようにたどたどしい話し方ながら、震える手で紙を握りしめ、何とか最後まで言い切った。優劣を逆転するほどの論破力はなかったが、実害あり派の気勢を殺ぐには十分な効果があった。誰もがそのときの教室の静まりを肌で感じただろう。

 結局、このディベートは決着がつかず、勝敗なしの引き分けになった。
 それはつまり、いわゆる『黒星』がこの世から失われたからである。

(おわり)


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