Linuxプラットフォーム 最終更新日:平成27年12月31日みんな Linuxer になろう!


お詫び

●もうずいぶん前から当館では迷惑メールに大変苦しめられておりましたため、これまで公開しておりましたメールアドレスは、現在、全く受信できないようにしております。 御了承ください。
なお、当館へ御連絡がある場合は、電話でお願い致します。
TEL:0855-93-0795

●昨今のインターネットを用いた検索技術の向上のために個人の情報を他人が容易に入手できるようになった現状を懸念して、当館のホームページではなるべく個人や団体組織の実名を掲載することは控えさせていただいております。 御了承ください。


★当館のコンセプト…「知識は結果ではなく過程」
分け隔てなく多くの人たちがつどい、地域の自然の情報や資料を持ち寄って自主的に調べ答えを出していく、こういった探求的で発見的な学習活動の場を醸成していきたいものです。





●(H27年12月31日記載)

 本HPをアップロードしている石見ケーブルのサーバー内の当館の割り当て区域が異常な状態になったので、一旦すべてのアップロードファイルを削除して白紙に戻して、最初からファイルをアップロードし直しています。 完全復旧するまで数日間かかると思います。 御了承ください。

 本HPの「展示の概要」のページに展示資料一覧の記載漏れがありましたので、ここに改めて掲載します。
 なお、この展示資料一覧は平成13年および15年時点での展示資料です。

★隕石展示資料一覧
★化石展示資料一覧
★岩石展示資料一覧
★鉱物展示資料一覧
★光る鉱物展示資料一覧
★郷土の自然史展示資料一覧

「石の学術標本でこれほどたくさんの標本を展示しているのは、県内ではここだけ!」
(元来待ストーン館長の永井氏のご感想です)


地質境界を観察して、自然史を発見的に学ぼう!

 我が郷土の中でも、海側の方は比較的露頭状況が良いのですが、これより少し山側に入ると、いたるところ植生や表土、崩積土が覆っていて広範囲に露頭を見渡せるところはほとんどありません。
 このようなフィールドで自然史を組み立てていくには、地質体の姿勢から大局的に解釈する方法だけではだめだと思います。 やはり、異なる岩種岩相の地質体同士が隣り合わせている境界を探し出し、その境界がどのような関係の境界か(整合〔漸移も含む〕境界・不整合境界、貫入境界、断層境界)を明かにすることで、どちらの地質体が先にできたのか後にできたのかがわかり、地質体の形成過程、つまり自然史を解明していけると思います。


不整合の境界?(産地:江津市桜江町谷住郷上谷〜沢ノ田)
 上の二つの写真は、江津市桜江町谷住郷上谷付近の山中に見られる露頭とサンプルの研磨標本です。 Aの地質体とBの地質体とが接する境界が見られます。 Aの地質体というのは、岩種は溶結凝灰岩、主に強溶結で安山岩やデイサイト、後述のBの岩片や岩塊を不均一に含んでいる岩相です。 Bの地質体というのは、緑~青~黒色を呈し、安山岩やヒン岩とほぼ同じ鉱物組成で斑状が顕著な岩相です。

 常識的に判断すれば、この境界は低角度~高角度の不整合境界だと思われます。 Aの中に含まれているBの岩片は、その輪郭から判断して、採屑物として含み込まれたものと判断できます。 つまり、境界付近のA側に不均一に含まれているBの岩片や岩塊は、かつて地表面に転がっていたもので、その後の火山活動で噴出した火砕流がそれらをのみ込んで堆積し、Bの地質体の上位にAの地質体が形成されたというわけです。

 当館の活動の軸であるフィールドでの発見的学習というのは、以上のようなやり方を主にして自然史を組み立てていくものです。 当然、間違いも多いです。 上述の筆者の解釈も間違いかもしれません。 しかし、当館では最初からちゃんとした知識は当てにしてません。 当館は、答えを導出していく過程で体験できる発見やひらめきの喜び、そして達成感や効力感を何より大事にしています。


研磨標本や薄片プレパラート作りは必須!
(左の研磨標本の産地:桜江町元折 右の薄片の産地:桜江町谷住郷上谷〜入野)
  
 冬は特別に積雪がなければ山が大変歩きやすいので、晩秋のころから再び我が郷土の地質体に残されているカルデラ陥没の痕跡を追って桜江の山中を踏査しています。

 しかし、野外の観察だけでは判断しがたい岩種や岩相が多くて容易ではないです。 上の左側の標本は、Aの地質体とBの地質体とが接している境界付近を大ハンマーで叩き出して館へ持ち帰り、グラインダーで研削研磨したものですが、はたしてこの境界はAに対してBが貫入してきた境界なのか、それともBの上位にAが堆積してできた境界なのか、今だに自分にはよくわかりません。

 右側の薄片は、Aの地質体とBの地質体との間に脈状に薄く挟在している岩石を採集してきて館で研磨しているところです。 これをプレパラートにして顕微鏡で観察したのですが、当館の安物の顕微鏡では写真撮影ができないので、この組織をお見せできないのが残念です。 顕微鏡で観察するとBの組織を縮小したような組織に見え、Bの地質体の周縁部の急冷相に相当するものだろうか思いましたが、含まれている斑晶状の鉱物が小さくて異常に多く、どことなく砕屑物で含まれているものではないかと思えるもので、これまた今だによくわかりません。

 まこと我が郷土には発見的に探究的に取り組める絶好の材料がたくさんあります。 

 ← 無名の滝(桜江町谷住郷上谷)

 地表踏査で歩くのは圧倒的に谷筋が多く、各所で滝や早瀬といった高低差のある景観に出くわすことが多いです。 このような上流側と下流側との間で高低差のあるところには、谷川を地質境界が横断しているところが多く見られます。

         

 上の写真は滝の頂上部付近ですが、手に持っている走向板の板面に沿う方向に地質境界が通っていて、向かって左側がBの地質体で、右側がこれに対して貫入してきた岩脈です。
 この岩脈は白っぽい無斑晶質の緻密な岩石で、岩種は流紋岩か珪長岩だと思うのですが、ここから少し離れた上谷〜沢ノ田付近の谷筋には、これに似たもので強溶結の凝灰岩があり、もしかしてこの岩脈は砕屑岩脈ではないかとも考えています。

 谷川づたいに踏査していて滝や早瀬、淵、甌穴などに出くわすと、思わず「ここには何かある!」と必ず思います。   


人は、常に大気に身をさらして生きている
大気現象の科学に興味を持とう!


     

 上段の写真は、ラジオの気象通報を聞きながら天気図を作図しているところです。 下段左の写真は、インターネットの気象サイトから気象情報を入手し、それをパソコンで加工しながら気象を学ぶための指導書「インターネット気象学」(坪田幸政・吉田 優 著 クライム社出版)です。 下段右の写真は、当館のパソコンの機能をパワーアップするためにCPUを交換しているところです。

 大気現象というものは実に面白い。 自分の予想が的中すると嬉しいし、逆に外れると何故外れたのかと考えさせられる。 最近はインターネットの普及で、一般の人達でも生の気象データを入手することができ、自然というものをある程度定量的に考察できるようになったと思う。 しかし、大気現象の科学、いわゆる気象学というものを正面きって学ぼうと思うと天文学同様、難しい微分方程式との格闘になってしまい、これが実に難儀である。 気象の数値予報が当たり前になっているので、簡単な方程式の近似解くらいは自分で出せなくては気象関係はとてもやっていけないという感じがしてくる。

 昔のパソコンにはROM-BASICとかN88-BASICというのがついていて、ユーザーで簡単なプログラムを作って楽しむことができた。 しかし、今はビジュアル何とかかんとかという高価なソフトを買ってこなければできない。 Windowsは実に金食い虫だと痛感する。 その点、Linuxは良いと思う。 自己の利益を度外視したオープンソースで、gccというC開発環境が標準でついている。 簡単な方程式の近似解くらいだったら素人の自分でもCプログラミングでできるのである。

 人は常に大気に身をさらして生きているから、大気現象には敏感であるはずだ。 このような自然現象を定量的に考察できたらどんなに素晴らしいことかと思う。 しかし、昨今のパソコンやインターネットの進歩のおかげで我々素人にも少しずつ可能になってきていると思う。 気象関係も地質関係同様、生のデータをもとに自然を発見的にかつ探求的に学べるようになりつつあるのではないかという気がする。 当館も本腰を入れて気象関係に着手していこうと思っている。

 パソコンは人の記憶力を補助し、思考力と創造力を増幅してくれるツールだと思う。 しかし、Windowsには個人的に違和感を抱く。 オープンソースであるLinuxやBTRONを応援したい。 最近では、学校でもWindowsのアプリの使い方をそのままズバリ教えたり、各県の教員採用試験でもそのオフィスソフトの使い方を試験するそうである。 Windowsができなければ良い成績が取れない、単位が取れない、卒業できない、教師になれない、、、ということであり、これではさっぱり世の中変わらない気がする。 思わず坂村節をうなりたくなる心境だ。 これからも当館のホームページはLinuxで作っていこうと思っています。


 当館のモットーは手作り足作りである。 世間の人はあまり当館のやり方を理解してくれないが、手作りこそ学芸の基本、学びの基本であり、人が知識を獲得していく過程を重視した活動こそ創造力豊かな人づくりにつながるものだと思う。 日本人は、完成された知識を理解修得することは大変得意だが、新たな知識を創造することは大変苦手だと思います。


雲海のかなたに三瓶山にかかる吊し雲(左)と笠雲(右)
(川本町三原の円山山頂から撮影)
雲海面と地表面とが接する付近
(大田市三瓶町志学)
 上の二枚の写真は先々月(10月初旬)の早朝に雲海の名所として知られている三原の丸山城跡から撮影したもので、ちょうどこの日には雲海の彼方にそびえている三瓶山山頂に最初に吊し雲が、しばらくして笠雲(レンズ雲)がかかっていました。
 三原の雲海と江ノ川の雲海とは、その間の谷筋を埋めている雲の海峡でつながっています。 この日の三原付近の雲海の雲海面高度(雲頂高度)は、円山付近の地形図から判断して約260m付近にあるので、おそらく桜江町〜川本町の江ノ川沿いの雲海もこれくらいの雲頂高度だと思います。

 上の二枚の写真をみると、雲海はずっと三瓶山の山麓付近まで続いているように見えます。 もしそうであれば三瓶山周辺の標高260m付近に、雲界面が地表面と接しているところがあるはずだと推定して、他日、江ノ川に雲海が出ている日の早朝にわざわざ三瓶まで出かけて撮影したのが右端の写真です。
 三瓶町志学から美郷町粕淵まで江ノ川の支流である早水川が流れていて、江ノ川流域に雲海ができているときには江ノ川から続いている雲海が早水川上流まで押し寄せています。
粕淵から志学までは最近できたばかりの道路がほぼ真っすぐについていて、雲界面と地表面とが接する付近まで容易にやって来れます。
 この付近の標高は約260mなので、この日(11月初旬)のこの付近の雲海の雲頂も約260mです。 左の二枚の写真を撮影した月日とは異なりますが、江ノ川流域に発生する雲海の雲頂高度に関する貴重なデータを得ることができたと思います。 

自作パソコンと寄せ集めのモニタを使った雲海関係の展示
(左は三瓶祭りのときの青少年交流の家での展示、右は水の国での水景のミニ展)
   
 雲海をはじめとした江ノ川流域に見られる局地気象をいかにして自然館の活動としてやっていくか、というのが現在の大きな課題といった感じです。 地質関係のように、雲の中を歩いてハンマーで雲を叩いてルーペで観察してデータを得ていく、というわけにがいきません。 天文関係同様にデータを得るためには、それなりの価格の機材が必要、という気がします。
 しかし、当館のモットーは「手づくり足づくり」です。 お金をあまりかけなくてもできるやり方を何とか模索してやっていくしかないです。

 当館は従来から定休日は毎週水曜日ということなんですが、現在はいろいろ事情があって日曜日ぐらいしかちゃんと開館できません。 現在の当館の展示活動は主に桜江町坂本にある水の国ミュージアムの一区画を使わせてもらってやっています。 今は、「水景のミニ展 江ノ川の局地気象『うん・かい?』」をやっています。
 自分はいつからこんなに「カンシャク持ち」になったんだろうかと思うほど、最近は特に短気になっていて、職員のHさんにはいつもご迷惑をおかけしている。 Hさんには本音が言いやすいということもあって、以前から苦情をズケズケ言わせてもらっており、先日も運営に関することで思わずカンシャクを出してしまいました。 この一区画を使った展示は、あくまでも当館(自然館)がかってにやっているものなので、あまり迷惑をかけないようにやっていきたいです。



●(H27年8月31日記載)

 今年の夏は特別に大変暑く、ウンウンうなりながら展示活動や観察会活動、フィールドワークなどに熱い汗をびっしょりかきました。 やっぱり、痛感したのは「地元が一番当てにならない」という法則だったです。(ここで、「地元」とは江津市全体のこと)
 やっぱり、相変わらず足関節やアゴ関節の調子が悪く、7月に市内(町内)であった市民マラソンで同町坂本の水の国から同町長谷の風の国まで地域おこし協力隊みたいなことをしたのですが、やっぱりよけいに足の調子が変になりますた。 また、アゴの方も口をパクパク動かし過ぎると関節が外れそうになったりで、まこと面白くない暑い夏でした。

 ← 「やればできる 効力感満点!
       郷土の自然を科学的に探求しよう」


 左の緑色のりんごの輪で囲って示しているのは、この夏の間、水の国に展示した「水景のミニ展『夏休み大作戦! 化石鉱物隕石大集合』」といっしょに展示したKさん(当時中学生、現在大学生 本HPの野外発見学習のページに関連記事があります)の中学生時代にやられた科学作品(自由研究)に関するパネルです。

 この夏、水の国へやって来た児童生徒達に、このパネルを見てもらって、「自分の郷土にもこんな素晴らしい自由研究をやった子供がいたのか。 よ〜し、自分もKさんの後に続くぞ〜!」といった気持ちになって、そして当館へ来て科学作品になるようなちゃんとした自由研究をやってほしいことを期待したのですが、どうもさっぱりだったです。
 この夏、当館へ採集した岩石標本をみてほしいといってやって来た小学生が一人ほどいましたが、科学作品になるようなちゃんとした自由研究をしたいといってやって来た子供はゼロでした。

 「今年の夏もKさんの後に続こうという子供はゼロか、まこと『永遠のゼロ』だのお〜」と落胆していたやさき、盆で東京から帰省したKさんが久しぶりに当館へやってきて、中学生時代にやった自由研究の苦労話に花が咲きました。
 「最近の郷土の子供らはつまらん! 親がつまらんからつまらんのだ! 学校の教師達も合わせて理科離れか!」などとさんざんKさんにボヤいて気持ちが少しすっきりしました。

 Kさんは大学でも運動部に所属して、学業と部活を両立させて頑張っている元気な女の子です。 Kさんなら教科指導も部活指導も生活指導もできる三拍子そろった教師になれると思います。 卒業したら県内へ戻って理科の教師になって、理科好きの子供達をたくさん育ててほしいものです。 このような子供達が我が郷土から少しでも多く出てきてくれることを切に願うものです。

 ← 「土星を観よう! 夏の星空観察会(惑星観察会)」


 風の国にある天体観測所での今年の観察会は、2月から8月までの毎週土曜日にしました。 この半年間で星を観に来られた人達の大部分は風の国の宿泊客の方達ばかりで、市内から来られた人達はわずか2家族でした。
 「やっぱり、この施設は風の国直轄の観光的な施設なんだのお〜」と痛感しました。 自分としては、この施設を市内の人達に広く開放し、社会教育的な施設として自由に活用してもらいたいです。

 もともとこの施設は、桜江町小田にあった青少年の家(現在は養護老人施設)から風の国へ移転したもので、合併前の町教育委員会が天文や科学の教育普及を目的に設立したものです。
 しかし、合併して新生江津市になってからは、自治体をはじめとした市民全体にあまり科学教育に対する関心がなく、「どうせ銭にならないことだから、自然館のバカがやることだから」といった感じで、左の写真に見られるように天体観測所よりも高い建物が隣立しているような辺ぴなところに移転させられたといった感じです。

 とにかく我が郷土では、何でもビジネスにならなければ意味がない、といった気風が増々強くなっていて、当館がやっているような郷土の自然を教材にした発見的学習など完全にアホ視されているといった感じです。 このような風当たりの強い我が郷土で、自然館の看板をいつまでも揚げていてもしようがないと痛感します。
 あらためて「出雲市はええのお〜」と感じます。 江津市に較べれば科学教育がものすごく盛んで、子供達の科学作品の量と質が全然違います。 今思えば5年前のKさんの科学作品は、科学教育の盛んな出雲に殴り込みをかけたようなものだったです。

 なぜ、我が郷土では科学が盛んでないのか、科学の教育普及に自治体も市民も熱心でないのか。 やっぱり、みんな子供の頃から科学的な体験がほとんど欠乏したまま育って大人になってしまったからだと思う。 江津の市民は、ほとんどみんな「科学欠乏症」であるです。 そしてもう一つの原因は、ハイテク産業がないことだと痛感します。 市内では自治体関係が中心になってビジネスを連発しながら地場産業や農業関係ばかりが流行し、ハイテク関係がさっぱりです。 科学技術関係のU・Iターンがさっぱりであるです。

 自分は、しかたなしに我が郷土へ戻ってきて、父親と自然館を手作りして、銭にならないこと、泥臭いことばかりをやってきているわけですが、まだパソコンなどなかった時代、カードリーダやラインプリンタなどが主な入出力装置だったころにFortranのプログラミングを学び、その後はBASICやPascal、Cのプログラミング言語もやりました。 ただし、そのような勉強はあくまでも自分の専門のための補助的なもので、決してSEなどの実務になるようなものではなかったです。
 「郷土の自然を探求しよう!」などと言っている今でも、このころの後遺症があるのだろうと思います。 LinuxなどのUNIX系OSに親しみ、Rubyのプログラミングの勉強を決して自分のようなものは実務にはなり得ないことを承知でコツコツやってます。
 「自分もKさんのいる東京へもう一度出たい。 もう一度勉強し直したい。」といった気持ちが情けないかな今もあります。

車で行けて、すごいラク〜
萩原山スーパー林道から江ノ川の雲海を観よう!
 夏が過ぎるころから、日の出後の気温上昇が鈍くなるので、夜間に発生した霧(放射霧)が日中長持ちしやすく、雲海を観察するには絶好の季節になっていきます。
 しかし、観察といっても、雲海の中を歩いて霧をハンマーで叩いてルーペで観察して、というわけにはいかんです。 天文宇宙の関係と同様に、観察(観測)するためにはそれなりの機材が必要という感じがします。
 こんど桜江町坂本にある水の国ミュージアム(「ふれあい公園」ではないです)で、「水景のミニ展『江津の局地気象 江ノ川の霧の科学』」をしたいのですが、自分自身まだまだ勉強不足なので、コツコツ勉強しながら少しづつ展示をしていこうと思っています。 まさに「成長する展示」です。 興味のある方だけ来てください。 

 今までは、そこに山があるから、そこに石があるからということで、地質関係を主にやってきたわけですが、 これからは地質関係とともに気象関係(局地気象)など物理や化学、数学といった基礎科学を中心とした方面もどんどんやっていきたいです。



 先日、飛騨山脈の近く奥飛騨の山奥へ行ってきました、、、、、、というのは嘘です。 もう何年もこのあたりに行っていないので、欲求不満のせいか思わず虚偽の情報をネットに載せるところだった。 現在、自分のパソコンの壁紙には、上高地の雄大なアルプスの写真を使っています。
 以前から感じていたことですが、インターネットなんて、しょせん 偏った情報の発信源 という気がします。 個人や団体の都合の良い情報ばかり出して、反対に知られてはまずい情報は絶対に出さない。 これじゃまるで、戦時中の大本営がやっていた報道規制みたいなものだ。
 世の中、インターネットに出ている情報がすべて、と勘違いしてるんじゃないですか。 ネットに出ている情報だけで個人や団体の良し悪しを判断しかねないような勢いです。 全く馬鹿げていると思います。 これじゃ完全に、 世の中の人間はインターネットに飼い馴らされ、インターネットに振り回されている といった感じです。 全く馬鹿げている。
 父は生前、口癖のように「インターネットなんてなくても、ちゃんと生活できるよ」と言ってました。 まこと、インターネットなんてなくても、ちゃんと生活できる生活こそ、人間らしい生活ではないのか、とつくづく感じます。

 え〜、このたびは大変長い文章を記載してしまいました。 特に、「江津市の自治体や市民は『科学欠乏症』である」などと、ちょっと誹謗中傷じみたことも記載してしまいました。 もし、このような記載が誹謗中傷に値いするものであるなら、遠慮無くご連絡ください。 即座に削除いたします。

 なお、当館のもう一つのHP「自然館がゆく」も近いうちに大更新します。 こっちの方は、甘口、辛口、ちょっとエロい記事満載の楽しいHPです。 本HPの方は、またしばらく冬眠をします。 御機嫌よう〜。







目 次
●手と足でつくる博物館 小さな自然館概要

●すべて手作り 展示の概要

●自然科学の追体験 野外発見学習

●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫 只今、作製中です 

●郷土の火山跡を歩こう 参加者募集ー桜江の火山

●鉱山の自然に科学の目を向けよう 参加者募集ー銅ヶ丸鉱山

●手作り天文台 「桜江天体観測所」


インターネットには二つの顔がある、
いくら科学技術が進歩しても人のモラルがついて行かなければ何にもならない

←「猿の惑星」(1968年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像

不時着した未知の惑星が、実は核戦争で荒廃した地球だったことを知り、愕然とするクライマックスの情景


「続・猿の惑星」(1970年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像 →

「全能なる爆弾よ」
最終爆弾を神として崇拝するミュータント化した人類の生き残り達

←暑い夏、踏査中に見つけたクワガタ虫

先日、館へ遊びにやってきた子供達の一人が、「インターネットをやらせてよ」というので、気安く「いいよ」といってやった。 ところが、筆者が館の裏で三時間ほど作業して準備室へもどってみると、その子はまだネットに接続していたのに驚き、何に夢中になっているのかと聞くと、なんとその子はチャットをずっとやっていたのである。
小学校五年生の子供が何時間もインターネットに夢中になっている様子を目撃して、筆者は愕然とする思いであった。

今の社会には、インターネットでのチャットやオンラインゲームなどの仮想世界の中に自分の生きがいを感じる者が多いという。 生きる喜びを仮想世界の中に感じるとは、実に情けないことである。
人というものは、人間同士の心の交流や緑豊かな自然との触れ合いの中に生きる喜びや心の安らぎを感じることができてこそ、人というものであろう。 生きる喜びや安らぎをインターネットの仮想世界の中に感じるようではどうしようもない。

今は家庭でもブロードバンドの常時接続が当り前になってきていて、仮想世界の中にのめり込んでいく子供や大人達がどんどん増えているような気がする。 また、同時に出会い系サイトなどの普及にともなって男女間の愛情が軽薄なものになってきていて、不倫や不道徳な行為が当り前になりつつあるような気もする。
はたしてインターネットは、人類に明るい未来をもたらしてくれるのだろうか。 一体、インターネットとどうつき合っていくべきか、考えさせられる思いである。

筆者としては、インターネットに過度に依存するようなことだけはしたくない。やはり、泥と汗にまみれた活動こそ人間の活動の原点・出発点であると思っている。 また、人と人との心の触れ合いや友情、愛情(愛欲はほどほどに)も大事にしたいものである。



UNIXライク(UNIXに似た)を目指そう!
世界中でマイクロソフトのWindowsやアップルのMacが家庭のすみずみまで浸透している時代にUNIX系OSのLinuxを厚く重んじている当館は、ちょっと変わった存在である。 しかし、オープンソースは、自己の利益を度外視して世界中に平等に貢献できるものであると確信している。
 正直のところ当館は、あまりインターネットを使っていない。 最近ではメールもほとんど使わなくなった。
正直のところ、インターネットというものに嫌気がさしている。 しばらく先端の技術というものから離れて、スタンドアローンでUNIXライクを目指してみようと思う。 難しいCのソースコードが出てきて、パソコンを使うよりも、なかなか読み進められない本をにらみつけている時間の方が多いのではあるが、やたらパソコンパチパチよりも、このような態度の方が情報科学や情報教育の基本として望ましいのではないかとつくづく感じている。

「個人立」は決して当館の造語ではない!
先日も当館へ来館された方が、当館の看板を見られて、「個人立」というのは大変ユニークだと驚いて言われた。
しかし、この「個人立」というのは、決して当館の造語ではないのである。 8年前に日本博物館協会が出版した「博物館研究5月号」の中に「個人立・日本玩具博物館ー22年の歩み」という題の記事が載っていたからである。

この「日本玩具博物館」は、個人が設立し運営しているもので、スタッフは館長、総務、学芸員、学芸員補、受け付けの5名である。

この記事の中で特に印象に残ったのは、「当館を設立した1974年、この姫路地方には兵庫県立博物館も姫路市立美術館も文学館もなかった。 私は失われていく日本の伝統的な玩具や人形を守り伝えていく砦としてこの地にささやかな施設をつくった。 私財を投じ、人生を賭け、世界的にも認められる内容の玩具博物館を築きあげた。」
筆者はこの記事を読んで大変感動する思いであった。 強い信念を持って、何もないところから形あるものを築き上げていった人間の人生を感じた。

この生き方に大変敬服し、当館もこの「個人立」という語を使わせていただくことにしたわけである。


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