(H29年4月11日記載)
★フィールドの季節到来!
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| 今年の7月で当館を開設して20年になりますが、当館のような日本一粗末な博物館で、しかもほとんど人脈や金脈、政治力を当てにしないとこが二十周年記念・・・・などと言っても、たとえ義理でも見にきてやろうという人もいないと思います。 真に”博物館的な動機”で来ていただきたいです。 筆者自身、身内の介護をしながらコツコツ、といった感じなので、今年も普段と変わりなくやっていこうと思います。
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日時:4月9日(日)〜6月25日(日)までの毎週日曜日 午後1時〜5時 場所:邑智郡美郷町銅ケ丸鉱山跡周辺 料金:無料 参加人数:毎回3人程度 申込:希望日の前日午後5時までに電話連絡してください(0855-93-0795) (平日は館を留守にすることが多いので、電話連絡が取れないことが多いと思います。 御了承ください。)
銅ケ丸鉱山(美郷町)付近は露頭状況がよく、岩相が変化していく様子を広範囲にわたって観察できるフィールドです。 文献などの既存の知識から短絡的に学ぶのではなく、実際に野外を歩き自分の目と足と頭で発見的に銅ケ丸鉱床のできかたを探求してみませんか。
←左の写真は銅ケ丸鉱山周辺から採集したサンプルからつくった偏光顕微鏡用の薄片プレパラートですが、鉱石の検鏡であれば反射顕微鏡が必須と思いますが、当館には高校生が授業で使うような安価な偏光顕微鏡しかないので仕方ないです。 しかし、当館のような貧乏館では薄片づくりも貴重な発見的な探求の手段です。
銅ケ丸の鉱床は、花崗岩と結晶質凝灰岩とが隣接している付近にあるので、この境界付近の岩相変化を詳細に調べれば銅ケ丸鉱床の成因が解明できるのではないかと思って、これまでに多くのサンプルを採集し、それらの薄片から組織をつぶさに観察してきたのですが、残念ながら今だに筆者にはよくわかりません。 低温熱水型の鉱床に特徴的な鉱物と高温熱水型の鉱床に特徴的な鉱物とがごちゃまぜになっているような感じで全然納得がいきません。
今回、鉱山周辺の山林を所有している方からあらためて入山の許可をいただき、久しぶりに長期間にわたって自分なりに調べてみることにしました。 観察会ということにしていますが、たとえ参加者がゼロでも自分一人だけでもやります。 銅ケ丸周辺は団体で観察会をするようなところではないと思います。 筆者といっしょにフィールドを歩き、鉱床のできかたを発見的に探求してみませんか。
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HP内の「参加者募集ー銅ケ丸鉱山」のページへリンク HP内の「みんな銅ケ丸鉱山へ行こう!」のページへリンク
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日時:4月22日(土)〜9月23日(土)までの毎週土曜日と祝日前日 午後8時〜9時半 場所:江津市桜江町長谷の風の国の天体観測所 料金:無料 申込:希望日当日の午後5時までに電話連絡してください(0855-93-0795) (平日は館を留守にすることが多いので、電話連絡が取れないことが多いと思います。 御了承ください。)
木星が4月から観望好期になり、土星が7月から観望好期になります。 「風の国」にある口径20cmの反射望遠鏡で観察します。
風の国天体観測所は、温泉リゾート施設「風の国」が所有しているもので、当館のものではありませんが、実際には当館が掃除や修繕などを奉仕でやってます。 ここにある天体望遠鏡は、もともと同町小田にあった「青少年の家」の屋上に設置されていたもので、旧桜江町時代に青少年への科学の教育普及を目的として活用されていたものです。 しかし、市町村合併で新生江津市になって間もなく「青少年の家」は閉鎖になり、当館が奉仕で「風の国」の敷地内に天文ドームを作ってここに天体望遠鏡を移設しました。 現在は「風の国」の宿泊客専用の施設という感じになってしまっていて、市民の方々を対象にした施設でなくなっているのが大変残念でなりません。 だれでも自由に使用できる開かれた天文施設であってほしいものです。
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HP内の「桜江天体観測所」のページへリンク
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☆郷土の身近な発見展
日時:4月29日(土)〜6月24日(土)までの毎週土曜日と祝日 午前9時半〜午後3時半 場所:小さな自然館リニューアル展示室 料金:無料
桜江町大貫の北方に連なる甘南備寺山系の火山地質や登山風景の展示とその周辺の江ノ川流域にみられる霧や雲海、集中豪雨などに関する展示です。 新緑の甘南備寺路を歩こう! また、最近の子供達の多くに携帯端末への過度な依存がみられることを懸念して、当館の自作パソコンすべてを無料で開放します。 大きな画面をみんで囲んで伸び伸びとプレイしよう!
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←甘南備寺横の 流紋岩の大露頭
 当館の自作パソコンを 無料開放→
新緑の季節はやはりフィールドで多いに活動してもらいたいです。 最近の子供達は、やたら猫の額のような小さな画面を指でなぞって遊んでいることが多く、完全にネット依存に陥っている。 まるでインターネットに飼い馴らされているといった感じです。 以前から当館に常設している4台の自作パソコンを一般に無料で開放しておりますが、近所の子供達がやってきてパソコンを使ってすぐにやることといったらインターネットで検索ばっかり、これに飽きたらネットゲームや「YouTube」の動画ばっかり。 パソコンで他にやることはないのか、と怒鳴りたくなる心境です。 筆者が20代〜30代の初頭ころまでは、パソコンには標準でROM-BASICとかN88-BASICという簡易なプログラミング環境がついていて、だれでも簡単なプログラムをつくって楽しむことができ、まだパソコンの中身がわかる時代だった。 しかし、現在では超ハイテクの時代になり、ハイテク機器をブラックボックスとしてしか使えない時代になっている。 ブラックボックスとしてその利便性にどっぷりと浸りきっている人達ばっかりで、インターネットの良いところ悪いところの区別ができなくなっているといった感じです。 ぜひ当館に来て、自作パソコンを自由に使っていただきたいです。 昔ながらの大きなPCケースのパソコンですが、少しでもパソコンの中身を考えながら使っていただきたいです。 5月の連休中も開館してます。 オンラインシューティングゲームの最高峰「BF1」をマルチモニタの大きな画面で伸び伸びとプレイしてみませんか。
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 ←甘南備寺山周辺の江ノ川流域に発生する雲海 (デジカメ写真数十枚を早送りしたスライドアニメーション)
 ラジオの気象通報を聞きながら天気図を描く→
当館はこれまで、主に地質関係をやってきたのですが、当館の地質関係はあまり実証性がなく、きわめて定性的であったと強く反省しています。 これからは気象学が面白いと思います。 気象学を正面切って学ぼうと思えば、難しい微分方程式などとの格闘になってしまいがちですが、しかし科学の基礎基本は物理や化学、数学だと思います。 このような基礎科学を学びの軸にしてコツコツやっていくべきだと思います。
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露頭面に付着した淡青色の粒状鉱物(胆礬・・・いわゆる結晶硫酸銅) (邑智郡美郷町銅ヶ丸鉱山)
 当館へやってくる子供達が館でやることといったら、館に備え付けの自作パソコンを使ってインターネットで検索したり、オンライゲームをやったり、「YouTube」の動画を見まくってばっかりでどうしようもないので、この日は筆者が予定していた銅ヶ丸鉱山の踏査に連れて行った。 子供らしく、大自然の中で思いっきり汗をかいて、自分の目と足と頭で自然の真理を探求してもらいたいものだ。 とにかく最近の子供らはスマホ狂い、ネット狂い、ハイテク機器依存症といった感じでつまらない!
写真の露頭付近の岩相は、斑晶状に出ている石英の結晶片を含む凝灰岩のマトリックスが強く再結晶したもので、まれに肉眼でもわかるくらいの白雲母が含まれているものもあります。 また、この付近には地下深所でできたと思われる断層角礫岩やこれに沿って貫入しているデイサイトなどもあり、凝灰岩の層が花崗岩に突き上げられて深所から浅所へ浮上していく過程で鉱床ができていったのではないかといった感じのところです。 もしそうだとすれば、凝灰岩の層は花崗岩に持ち上げられて凸状に折れ曲がった背斜構造になっているかもしれません。 また、この層中には伸張性の断裂系や高角度の正断層などもあるかもしれません。 これからは、鉱山自体にばかりこだわるのではなく、鉱山を取り囲む周辺の火砕岩層の姿勢やこれにみられる断裂なども重点的にやっていかなければいけないと思います。
とにかく銅ヶ丸鉱山は自由にハンマーをふるって観察できる発見的学習・探求の絶好のフィールドです。 完成された知識の安売りや切売り、文献などからの短絡的な学習をするのではなく、実際に生(ナマ)の自然と正面から向き合い、発見やひらめきの喜び、問題解決の達成感や効力感を少しでもたくさん体験してほしいです。
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(H29年1月28日記載)
超高圧下でできた新鉱物を探して20年 三郡変成岩に随伴して産する超塩基性岩・・・頑火輝岩 (位置:浜田市大金町姉金)
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右の二枚の写真は、先日久しぶりにここへ出かけて行って撮影したものです。 住所は浜田市ですが、谷川を隔てて江津市に隣接してます。
当館を開設して今年で二十年になりますが、このころから超塩基性岩の成因やそれに含まれている鉱物などに興味があって、この大金町姉金産の頑火輝岩(がんかきがん)という超塩基性岩についてもよく踏査してました。 しかし、この付近は非常に露頭状況が悪く、ほとんど露頭などはなくて山斜面や谷川筋に転がっている転石を手がかりに調べて歩くしかなかったです。 まさに転石地質学といった感じでした。
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下の左端の写真は、現在も当館に展示している頑火輝岩で、この中に長さが5センチ近くもある長柱状の頑火輝石が放射状に集合しています。 頑火輝石は斜方輝石のMg側の端成分ですが、この標本のものが本当に純粋な頑火輝石なのかどうかは実際に分析したわけではないのでわかりません。 当館では肉眼の鑑定と安価な偏光顕微鏡による検鏡だけで精一杯で、これ以上のことはよくわかりません。
下の右側二枚の写真は、顕微鏡で組織を観察するために製作した薄片です。 斜方輝石以外に微細な不透明鉱物が多く含まれており、その大部分は磁鉄鉱などの磁性鉱物で、それ以外にチタン鉄鉱やクロム鉄鉱、磁鉄鉱とは別のスピネルの類の鉱物もあります。 また、非常に干渉色の低いうろこ状に集まった鉱物が見られ、もしかしてカンラン石が変質したものかもしれません。 蛇紋石かもしれません。 露頭の岩石も転石も風化が進んでいて軟質なものばかりで、薄片を作りやすいのでたくさん作りましたが、反面変質が進んでいて検鏡しにくいものばかりで困りました。
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| 上の文章は、頑火輝岩を展示した当初にこれといっしょに使用した解説プレートに記載していたものです。 磁性鉱物を多く含むので、小片であれば容易に磁石にくっつき、磁石とともに展示して大変好評でした。
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頑火輝岩の成因は何か、もしかしてダイヤモンドのような超高圧下でできた鉱物が含まれているのではないか、という素朴とも言える疑問を当館を開設した当時から持ち続けているわけですが、とにかくムチャクチャ露頭状況が悪いため地質平面図も断面図も描けず、わずかな露頭と山斜面や谷筋に転がっている転石だけの情報から大ざっぱな分布を描くくらいが精一杯のところです。 下の右側の図は、自分がクリノメーターと歩測だけで簡易的に測量して作成したルートマップに岩種別に色付けして各岩種の分布状況を描いたものです。
こんな図面では何がなんだかさっぱり、、、、、という感じです。 西側の頑火輝岩を含む三郡変成岩と東側の火砕岩とが接していますが、どういう関係で接しているかはわかりません。 この火砕岩は有福温泉一帯にみられる凝灰岩などです。 頑火輝岩を含む三郡変成岩はどれも大変風化が進んでいるため緑色片岩と緑色岩との区別も明瞭ではないですが、どちらも鏡下でアクチノ閃石が主要な緑色鉱物を占めています。 また、図では頑火輝岩と緑色岩との境界を実線で示していますが、境界のみられる露頭はただ一箇所だけで、しかも大変風化が進んでボロボロになっていて接触関係がさっぱりわかりません。
はたして頑火輝岩は三郡変成岩とどういう関係の岩石なのか、なぜこんなに岩相に違いがあるのか。 ここの最初の踏査から20年近くも経つけれど、今だに自分なりに結論を出せず今日に至っている次第です。
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広域変成岩に随伴して産する、俗に「菊石」と呼ばれる岩石は、全国を見れば何箇所もあり、似たような地質条件のフィールドも多くあります。 12年前、父親といっしょに鳥取県にあるクロム・ニッケル鉱床の鉱山跡(広瀬鉱山)に行ってクロム鉄鉱の鉱石を採集したことがありましたが、このおり鉱山跡からそれほど遠くないところで姉金産の頑火輝岩に似た俗に「菊石」と呼ばれるような岩石を見ました。 周辺の詳しい状況は知りませんが、おそらくここも広域変成岩に随伴しているんじゃないかと思います。
広域変成岩に随伴している輝岩やカンラン岩、蛇紋岩といった超塩基性岩やそれに準ずる岩石に関して大学の先生方が著されている論文はたくさんあるので大変参考になりますが、似た事例のフィールドに関する論文をこの姉金産の頑火輝岩に当てはめて適当に結論にするわけにはいきません。 露頭状況の悪いフィールドを苦心して踏査しても、安物の偏光顕微鏡でたくさんの薄片を観察しても、わずかな試薬で簡単な分析をしても、、、、とても大学の先生方にかなうわけないですが、しかし、当館のモットーは”野外で実線! 発見学習”です。 完成された知識に頼るのではなく、自分の目と足と手と頭で発見的にこの結論を導出したいです。
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頑火輝岩は、太古の隕石!?
← 「stellarium 0.12.4」からスナップショットした今月12日の満月の画像
当館を開設するずっと以前から、Y大で隕石鉱物などの惑星間物質を研究されていたM先生(江津市跡市町出身)を存じているのですが、日本では異端の科学者として知られている方です。 M先生は、平成4年12月10日に島根県美保関町の民家に落下した隕石について一番先に分析され、その結果を公表された方です。 また、江津市島の星町にある隕石神社に祀ってある隕石を調べられ、その実態を明らかにされたこともあります。 M先生は、地球上にみられる何とも説明のつけがたい特異な地質体やその構造などを地質時代の巨大隕石の落下で説明される傾向の強い研究者で、現職のころから地質学者達とそれがもとで大ゲンカをされてこられました。
たしかに隕石と超塩基性岩とは、その構成鉱物に共通するところが多いです。 日本には産出しませんが、もしかしてダイヤモンドのような超高圧下でできた鉱物などは、太古の昔に炭素質の巨大隕石が地球上に大衝突してできた衝撃変成岩に含まれていた鉱物かも、、、、、という気がしてます。 左の月面画像は地球の方からのみ見える側ですが、裏側には表側以上に隕石の衝突跡(クレーター)があります。 月も地球もほぼ同時にできた天体なわけですから、長い地球の歴史を通して地球にも月と同様にたくさんの巨大隕石が衝突してきたことは間違いないです。
決してM先生の影響だとは思われませんが、筆者も最近は地球外物質に関心が向くようになっている。 大宇宙から比較すれば、地球など、さらに日本列島など、さらに島根県など、さらに江津市の片田舎のフィールドなど、まこと”ニアリーイコールゼロ”であります。 存在しないに等しい。 こんな狭いところにばかりこだわって一生を終わりたくない、自分もアインシュタイン方程式の解法に挑戦して、「宇宙とはこういうものだ」といった宇宙観を自分なりに確立して一生を終わりたい、、、、、自分も加齢のせいか、最近はこういう心境にさいなまれて仕方ないです。
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(H28年12月3日記載)
★三江線で銅ケ丸へいこう!
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先日、江津駅から三江線の汽車に乗って竹駅周辺を散策するイベントが行われ、筆者も銅ケ丸精錬所跡だけですが参加させていただいた。 左の写真は、このイベントを企画実施されたKさん(松江市在住)から電子メールに添付して送っていただいたものです。
当館は今日まで銅ケ丸鉱山での自然観察の意義を強調してきたわけですが、決して筆者は鉱山自体に興味があったわけではありません。 むしろ鉱山は自然破壊の最たる根源だと思っています。 このたびのイベントでも銅ケ丸産の磁硫鉄鉱を希塩酸に浸して有毒な硫化水素が発生することなどを演示実験でお見せしたかったのですが、打ち合わせと全然違っていてそれができなかったので大変残念でした。 筆者が銅ケ丸で強調したいのは、鉱山やその周辺の谷川筋は大変露頭状況がよく岩相の変化の様子をほぼ連続して追跡することができ、鉱床のでき方を発見的・探究的に考察できるからです。
自分は決してどこかの大学の先生が学会誌などに書かれている内容の知識を切り売り・安売りするようなことはしません。 科学的な知識が導出されてきた過程をわずかでも追体験しながら自然を科学することが当館のやり方です。 秋は松茸の季節なので、入山することはちょっとできないと思いますが、冬になると積雪がなければ山は大変歩きやすくなります。 納得がいくまで地表踏査を徹底的にやって鉱床のでき方を解明したいものです。
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暖湿な空気が 江ノ川の水面付近で冷やされてできた霧 → (平成28年10月17日午後5時ごろ 桜江町鹿賀付近) 江ノ川流域で見られるこのような局地気象は、日中に気温が急激に上昇しやすい夏季期間中などによく起こりますが、10月中旬ごろに見たのは自分は始めてです。
今年は秋になっても真夏のような気温の高い日がけっこう多く、この日も雨が降っている時は一時的に気温が下がっても、雨がやむと途端に気温が急上昇して湿度が高くなったみたいです。
こういう条件のときに局地風が吹いて暖湿な風が周囲の山斜面を上昇していくと、江ノ川沿いの山々に滑昇霧が発生するわけですが、ほとんど無風のときは暖湿な空気塊が滞留してしまうので、大気の温度勾配の関係で川の水面付近の空気塊は上昇せず滞留し続けます。 水の比熱は土壌や植生のものに較べて大きいので、水面付近の水の温度は地表面の温度よりも上昇が鈍く、大気の気温は地表面から熱を受けてどんどん上昇し湿度もどんどん上昇していきますが、水の温度はあまり上昇しないので、水面と接している暖湿な空気は冷やされて飽和水蒸気圧を下回り空気に含まれている水蒸気の一部が凝結して霧を生じます。
このようにして江ノ川の水面に沿って層状の霧が発生する・・・と、自分なりに説明しているのですが、この説明はきわめて定性的であり、実際にこの日の気温、湿度、水面付近の水の温度、風速などを観測したわけではないので、この自分の説明は全然実証性のない科学的なものではないと思います。
局地気象を発見的に探究的に学んでいくためには、局地的な気象観測が必須だと思います。 霧の中を歩いてハンマーで霧を叩いてルーペで観察して、というわけにはいかないので大変難しいです。
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暖湿な空気が 風穴付近で冷やされてできた小規模な霧 → (平成28年6月20日午後6時ごろ 桜江町八戸 八戸の風穴)
八戸の風穴については、本HPの「●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫」→「八戸の風穴と崖錐地形」を参照してください。
右の写真は、同町長谷にある風の国天体観測所へ掃除に行った帰りに通りかかって偶然出くわしたときのもので、きわめて小規模な局地気象と言えるものです。 この日は日中、雨が降る天気だったのですが、夕方頃には回復し日差しがさし込んできて気温が急上昇しました。 写真ではうまく撮れてなくてわかりませんが、風穴付近の路上には小規模な霧がモクモクと出ていて、まるで風穴から湯気が湧いて出ているように見えました。 科学にあまり縁のない人が見たら、風穴の中に温泉が湧いているのではないかと勘違いされるかもしれません。
先日、出雲市佐田町在住の人で、八雲風穴の調査研究と普及活動をしておられるI氏(技術士)が来館され、風穴のメカニズムに関する興味深い話を聞く機会がありました。 八雲風穴のメカニズムも桜江町八戸にある風穴のものとほとんど同じであると思いました。 地質条件よりも地形条件や局地気象の条件に風穴の形成が関与しており、同じような条件のある地域に風穴ができやすいことが推測できます。 我が郷土には、これと同じような条件の地域がいくつもあるようなので、風穴を探して我が郷土の冬の山(積雪のないとき)を踏査してみたいものです。
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| 冬は山歩きが歩きやすい! 納得がいくまでやり抜こう!
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千丈渓流域の地質については、本HPの「●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫」→「千丈渓の地質あれこれ」を参照してください。
当館の設立依頼今日まで、ずっと千丈渓の踏査をやってきているわけですが、今だに納得のいく図面が描けないです。 はっきり言っていい加減にしかできないです。 大縮尺ということもあって、きわめて精度が悪いです。 こんなものを大学の先生に見られたら笑われてしまうと思います。 長年にわたって千丈渓と格闘してきて、最近気付き始めたのは、花崗岩とこれに接する地質体との間にみられる境界断層に沿って花崗岩のカタクレーサイトが顕著なのは、花崗岩のマグマ溜まり全体が固化した後もそれ自体が造構的な運動を続けて周囲の地質体へ力学的な影響を与えてきたのではないかということです。 岩石の固体が生き物のように運動する、というのはちょっと不思議ですが、しかし、自分の直感からしてこれは絶対にそうだ! という気がしてなりません。 自分はまだまだ勉強不足で、最近はあまり地質関係の専門書などを読むことが少ないですが、もしかして自分の考えと同じことが専門書や大学の教科書などに書いてあるかもしれないです。 もしそうだとすれば、自分はすでに科学的な知識となっているものを自分単独に導き出した、つまり、発見的学習をしながら科学的な知識が導出されてきた過程を追体験したことになると思います。
よく当館へ来られた方が、「おたくは研究熱心ですね」と言われることがありますが、自分は決して研究をしているつもりはありません。 自分がやっているのは、郷土の自然を教材にした発見的学習です。 要するにに自分は単なる学習者にすぎません。 今では1台一億円もするような機材を使った機器分析が当たり前の時代で、自分のように野外を踏査して得たデータだけでまともな研究ができるわけはないです。 大学の先生に笑われてしまうだけです。
しょせん自分は、一生勉強で終わってしまうだけの人間だと思っています。 当館の活動の軸は、発見的学習の実践にあります。 物理や化学、数学といった基礎科学を中核とする発見的学習の場づくり、科学の芽を育む土壌づくりにあります。
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← 「化石でたどる地球の歴史展」(H18年夏 桜江町坂本 M施設)
父親が生存中元気だったころから同町坂本にあるM施設に展示を続けて来たわけですが、今年いっぱいでやめることにしました。 運営や管理している組織に全然熱意や誠意が感じられなかった、というのが正直のところの感想です。
やはり博物館の主たる機能・役割は、その博物館での調査研究の成果を展示することとそれに関連した教育普及活動だと思う。 お宝をよそから借りてきて展示し、大勢の観覧者を集めることが博物館の役割だと勘違いしているような感じです。
たいしてお金がなくてもできる博物館活動は探せばいくらでもある。 大事なのは特色のある博物館的活動をコツコツ積み上げてノウハウを磨いていきながら、真に博物館的な動機で見に来たい観覧者を少しでも増やしていくことであって、義理で見に来る観覧者を当てにしていては博物館として全然進歩できない。
自分は元来、物理や化学を一生懸命勉強していた男なので、気象・水文・陸水のような水に関する自然現象や天文・宇宙の関係もこれからどんどん扱っていきます。 これからは、当館はM施設のライバルのようなものです。 頑張ってやっていきます。
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来年で二十周年!・・・精神的なひもじさに耐えて20年 来年の7月が来ると当館は満二十歳になります。 これに併せて当館では「個人立の自然館二十周年展 ”野外で実践!発見学習”」を4月吉日から8月吉日までの土・日曜日にやる予定にしてます。 当館は観光施設ではないつもりです。 また博物館でもなく、言うなれば博物館類似施設です。 当館の活動の軸は、自然を教材にした発見的学習の実践で、野外発見学習館と呼ぶべき施設だと思っています。 当館は、すでに完成品になっている科学的な知識を人に切売り・安売りするところではなく、科学的な知識が導出されてきた過程を少しでも追体験しながら科学を学ぶ、こういう施設を目指しています。 これからも経済的なひもじさ、精神的なひもじさに耐えてやっていかなければなりませんが、自分のライフワークとして頑張り抜きたいものです。
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