Linuxプラットフォーム 最終更新日:平成29年5月4日みんな Linuxer になろう!


お詫び

●もうずいぶん前から当館では迷惑メールに大変苦しめられておりましたため、これまで公開しておりましたメールアドレスは、現在、全く受信できないようにしております。 御了承ください。
なお、当館へ御連絡がある場合は、電話でお願い致します。
TEL:0855-93-0795

●昨今のインターネットを用いた検索技術の向上のために個人の情報を他人が容易に入手できるようになった現状を懸念して、当館のホームページではなるべく個人や団体組織の実名を掲載することは控えさせていただいております。 御了承ください。


★当館のコンセプト…「知識は結果ではなく過程」
分け隔てなく多くの人たちがつどい、地域の自然の情報や資料を持ち寄って自主的に調べ答えを出していく、こういった探求的で発見的な学習活動の場を醸成していきたいものです。



(H29年5月4日記載)

展示室をリニューある?・・・・郷土の自然史発見館へ

 
 このたびの特別展のために展示室をリニューアルしました。 といってもここに展示したものは、これまで市内の博物館施設に展示したことのあるものばかりで、言うなれば”流用品”のようなもので申し訳ないです。
 今年の夏に向けてこれからもコツコツ館内外をリニューアルしていき、館名を「郷土の自然史発見館」へ改名できればと思ってます。

 父は生前中、当時町内にあったイベント企画関係の団体が各地で主催したいろいろなイベントで出店をすることに大変熱心で、そのたびに筆者はその前準備に駆りたてまくられることが多かったです。 しかし,筆者はこのような商売じみたことが嫌いで、このような手伝いは必要最小限に留めるようにして、地域色のある博物館を目指してひたすら郷土の山河を歩き踏査を重ねてきました。 そして開設二十周年を迎えるに際してようやく館名を改名することにしました。
 博物館は調査研究の成果の上に成り立ってこそ博物館だと思います。 もっとも筆者のようなプロの研究者でもなく、陳腐な設備しか持たない者にとっては調査研究ではなく、単なる発見学習にすぎませんが、この発見学習の成果を基礎とした博物館をつくっていきたいと思ってます。

  ← スマホ狂いになるよりも

 GW期間中はずっと当館の四台の自作パソコンを無料で開放しています。 大きな画面をみんなで囲んで少しでもコンピュータの中身を考えながら使ってもらいたいです。

 筆者は、普段はノートパソコン(自作ではなくメーカー製のパソコン)に一番人気のLinuxディストリビューション「Ubuntu」をインストールして使ってます。 当館のHPもテキストエディタでHTMLを直接コーディングして更新しています。
 しかし、オンラインゲームはハイエンドのグラフィックスボードを搭載し、Windowsをインストールした自作パソコンでやりまくってます。 オンラインシューティングゲームの最高峰「BF1」が筆者のお気に入りで、先日も館内で人知れず機関銃を大音響で連射しまくっているところに来館者が来られ、唖然とした顔で玄関先に立っておられました。
 老若男女を問わず、GWは当館へやって来ていただきたいです。




(H29年4月11日記載)

★フィールドの季節到来!

 今年の7月で当館を開設して20年になりますが、当館のような日本一粗末な博物館で、しかもほとんど人脈や金脈、政治力を当てにしないとこが二十周年記念・・・・などと言っても、たとえ義理でも見にきてやろうという人もいないと思います。 真に”博物館的な動機”で来ていただきたいです。 筆者自身、身内の介護をしながらコツコツ、といった感じなので、今年も普段と変わりなくやっていこうと思います。


☆ 鉱床のできかたを発見的に探求しよう! 銅ケ丸観察会

 日時:4月9日(日)〜6月25日(日)までの毎週日曜日 午後1時〜5時
 場所:邑智郡美郷町銅ケ丸鉱山跡周辺
 料金:無料
 参加人数:毎回3人程度
 申込:希望日の前日午後5時までに電話連絡してください(0855-93-0795)
(平日は館を留守にすることが多いので、電話連絡が取れないことが多いと思います。 御了承ください。)

 銅ケ丸鉱山(美郷町)付近は露頭状況がよく、岩相が変化していく様子を広範囲にわたって観察できるフィールドです。 文献などの既存の知識から短絡的に学ぶのではなく、実際に野外を歩き自分の目と足と頭で発見的に銅ケ丸鉱床のできかたを探求してみませんか。

 ←左の写真は銅ケ丸鉱山周辺から採集したサンプルからつくった偏光顕微鏡用の薄片プレパラートですが、鉱石の検鏡であれば反射顕微鏡が必須と思いますが、当館には高校生が授業で使うような安価な偏光顕微鏡しかないので仕方ないです。 しかし、当館のような貧乏館では薄片づくりも貴重な発見的な探求の手段です。

 銅ケ丸の鉱床は、花崗岩と結晶質凝灰岩とが隣接している付近にあるので、この境界付近の岩相変化を詳細に調べれば銅ケ丸鉱床の成因が解明できるのではないかと思って、これまでに多くのサンプルを採集し、それらの薄片から組織をつぶさに観察してきたのですが、残念ながら今だに筆者にはよくわかりません。 低温熱水型の鉱床に特徴的な鉱物と高温熱水型の鉱床に特徴的な鉱物とがごちゃまぜになっているような感じで全然納得がいきません。

 今回、鉱山周辺の山林を所有している方からあらためて入山の許可をいただき、久しぶりに長期間にわたって自分なりに調べてみることにしました。 観察会ということにしていますが、たとえ参加者がゼロでも自分一人だけでもやります。
 銅ケ丸周辺は団体で観察会をするようなところではないと思います。 筆者といっしょにフィールドを歩き、鉱床のできかたを発見的に探求してみませんか。


HP内の「参加者募集ー銅ケ丸鉱山」のページへリンク   HP内の「みんな銅ケ丸鉱山へ行こう!」のページへリンク


☆木星と土星をみよう! 星空観察会

 日時:4月22日(土)〜9月23日(土)までの毎週土曜日と祝日前日 午後8時〜9時半
 場所:江津市桜江町長谷の風の国の天体観測所
 料金:無料
 申込:希望日当日の午後5時までに電話連絡してください(0855-93-0795)
(平日は館を留守にすることが多いので、電話連絡が取れないことが多いと思います。 御了承ください。)

 木星が4月から観望好期になり、土星が7月から観望好期になります。 「風の国」にある口径20cmの反射望遠鏡で観察します。

 風の国天体観測所は、温泉リゾート施設「風の国」が所有しているもので、当館のものではありませんが、実際には当館が掃除や修繕などを奉仕でやってます。
 ここにある天体望遠鏡は、もともと同町小田にあった「青少年の家」の屋上に設置されていたもので、旧桜江町時代に青少年への科学の教育普及を目的として活用されていたものです。 しかし、市町村合併で新生江津市になって間もなく「青少年の家」は閉鎖になり、当館が奉仕で「風の国」の敷地内に天文ドームを作ってここに天体望遠鏡を移設しました。
 現在は「風の国」の宿泊客専用の施設という感じになってしまっていて、市民の方々を対象にした施設でなくなっているのが大変残念でなりません。 だれでも自由に使用できる開かれた天文施設であってほしいものです。


HP内の「桜江天体観測所」のページへリンク


☆郷土の身近な発見展
 「甘南備寺山系の自然史と江ノ川の局地気象」+目覚めよ!スマホ狂いの子供達


 日時:4月29日(土)〜6月24日(土)までの毎週土曜日と祝日 午前9時半〜午後3時半
 場所:小さな自然館リニューアル展示室
 料金:無料

 桜江町大貫の北方に連なる甘南備寺山系の火山地質や登山風景の展示とその周辺の江ノ川流域にみられる霧や雲海、集中豪雨などに関する展示です。 新緑の甘南備寺路を歩こう!
 また、最近の子供達の多くに携帯端末への過度な依存がみられることを懸念して、当館の自作パソコンすべてを無料で開放します。 大きな画面をみんで囲んで伸び伸びとプレイしよう!

 ←甘南備寺横の
     流紋岩の大露頭

  当館の自作パソコンを
       無料開放→



 新緑の季節はやはりフィールドで多いに活動してもらいたいです。
 最近の子供達は、やたら猫の額のような小さな画面を指でなぞって遊んでいることが多く、完全にネット依存に陥っている。 まるでインターネットに飼い馴らされているといった感じです。
 以前から当館に常設している4台の自作パソコンを一般に無料で開放しておりますが、近所の子供達がやってきてパソコンを使ってすぐにやることといったらインターネットで検索ばっかり、これに飽きたらネットゲームや「YouTube」の動画ばっかり。 パソコンで他にやることはないのか、と怒鳴りたくなる心境です。
 筆者が20代〜30代の初頭ころまでは、パソコンには標準でROM-BASICとかN88-BASICという簡易なプログラミング環境がついていて、だれでも簡単なプログラムをつくって楽しむことができ、まだパソコンの中身がわかる時代だった。 しかし、現在では超ハイテクの時代になり、ハイテク機器をブラックボックスとしてしか使えない時代になっている。 ブラックボックスとしてその利便性にどっぷりと浸りきっている人達ばっかりで、インターネットの良いところ悪いところの区別ができなくなっているといった感じです。
 ぜひ当館に来て、自作パソコンを自由に使っていただきたいです。 昔ながらの大きなPCケースのパソコンですが、少しでもパソコンの中身を考えながら使っていただきたいです。 5月の連休中も開館してます。 オンラインシューティングゲームの最高峰「BF1」をマルチモニタの大きな画面で伸び伸びとプレイしてみませんか。


 ←甘南備寺山周辺の江ノ川流域に発生する雲海
  (デジカメ写真数十枚を早送りしたスライドアニメーション)


ラジオの気象通報を聞きながら天気図を描く→

 当館はこれまで、主に地質関係をやってきたのですが、当館の地質関係はあまり実証性がなく、きわめて定性的であったと強く反省しています。
 これからは気象学が面白いと思います。 気象学を正面切って学ぼうと思えば、難しい微分方程式などとの格闘になってしまいがちですが、しかし科学の基礎基本は物理や化学、数学だと思います。 このような基礎科学を学びの軸にしてコツコツやっていくべきだと思います。


露頭面に付着した淡青色の粒状鉱物(胆礬・・・いわゆる結晶硫酸銅)
(邑智郡美郷町銅ヶ丸鉱山)

 当館へやってくる子供達が館でやることといったら、館に備え付けの自作パソコンを使ってインターネットで検索したり、オンライゲームをやったり、「YouTube」の動画を見まくってばっかりでどうしようもないので、この日は筆者が予定していた銅ヶ丸鉱山の踏査に連れて行った。
 子供らしく、大自然の中で思いっきり汗をかいて、自分の目と足と頭で自然の真理を探求してもらいたいものだ。 とにかく最近の子供らはスマホ狂い、ネット狂い、ハイテク機器依存症といった感じでつまらない!

 写真の露頭付近の岩相は、斑晶状に出ている石英の結晶片を含む凝灰岩のマトリックスが強く再結晶したもので、まれに肉眼でもわかるくらいの白雲母が含まれているものもあります。 また、この付近には地下深所でできたと思われる断層角礫岩やこれに沿って貫入しているデイサイトなどもあり、凝灰岩の層が花崗岩に突き上げられて深所から浅所へ浮上していく過程で鉱床ができていったのではないかといった感じのところです。
 もしそうだとすれば、凝灰岩の層は花崗岩に持ち上げられて凸状に折れ曲がった背斜構造になっているかもしれません。 また、この層中には伸張性の断裂系や高角度の正断層などもあるかもしれません。
 これからは、鉱山自体にばかりこだわるのではなく、鉱山を取り囲む周辺の火砕岩層の姿勢やこれにみられる断裂なども重点的にやっていかなければいけないと思います。

 とにかく銅ヶ丸鉱山は自由にハンマーをふるって観察できる発見的学習・探求の絶好のフィールドです。 完成された知識の安売りや切売り、文献などからの短絡的な学習をするのではなく、実際に生(ナマ)の自然と正面から向き合い、発見やひらめきの喜び、問題解決の達成感や効力感を少しでもたくさん体験してほしいです。




(H29年1月28日記載)

超高圧下でできた新鉱物を探して20年
三郡変成岩に随伴して産する超塩基性岩・・・頑火輝岩
(位置:浜田市大金町姉金)

 右の二枚の写真は、先日久しぶりにここへ出かけて行って撮影したものです。 住所は浜田市ですが、谷川を隔てて江津市に隣接してます。

 当館を開設して今年で二十年になりますが、このころから超塩基性岩の成因やそれに含まれている鉱物などに興味があって、この大金町姉金産の頑火輝岩(がんかきがん)という超塩基性岩についてもよく踏査してました。
 しかし、この付近は非常に露頭状況が悪く、ほとんど露頭などはなくて山斜面や谷川筋に転がっている転石を手がかりに調べて歩くしかなかったです。 まさに転石地質学といった感じでした。

 下の左端の写真は、現在も当館に展示している頑火輝岩で、この中に長さが5センチ近くもある長柱状の頑火輝石が放射状に集合しています。 頑火輝石は斜方輝石のMg側の端成分ですが、この標本のものが本当に純粋な頑火輝石なのかどうかは実際に分析したわけではないのでわかりません。 当館では肉眼の鑑定と安価な偏光顕微鏡による検鏡だけで精一杯で、これ以上のことはよくわかりません。

 下の右側二枚の写真は、顕微鏡で組織を観察するために製作した薄片です。 斜方輝石以外に微細な不透明鉱物が多く含まれており、その大部分は磁鉄鉱などの磁性鉱物で、それ以外にチタン鉄鉱やクロム鉄鉱、磁鉄鉱とは別のスピネルの類の鉱物もあります。 また、非常に干渉色の低いうろこ状に集まった鉱物が見られ、もしかしてカンラン石が変質したものかもしれません。 蛇紋石かもしれません。
 露頭の岩石も転石も風化が進んでいて軟質なものばかりで、薄片を作りやすいのでたくさん作りましたが、反面変質が進んでいて検鏡しにくいものばかりで困りました。
  
 上の文章は、頑火輝岩を展示した当初にこれといっしょに使用した解説プレートに記載していたものです。 磁性鉱物を多く含むので、小片であれば容易に磁石にくっつき、磁石とともに展示して大変好評でした。


 頑火輝岩の成因は何か、もしかしてダイヤモンドのような超高圧下でできた鉱物が含まれているのではないか、という素朴とも言える疑問を当館を開設した当時から持ち続けているわけですが、とにかくムチャクチャ露頭状況が悪いため地質平面図も断面図も描けず、わずかな露頭と山斜面や谷筋に転がっている転石だけの情報から大ざっぱな分布を描くくらいが精一杯のところです。 下の右側の図は、自分がクリノメーターと歩測だけで簡易的に測量して作成したルートマップに岩種別に色付けして各岩種の分布状況を描いたものです。

 こんな図面では何がなんだかさっぱり、、、、、という感じです。 西側の頑火輝岩を含む三郡変成岩と東側の火砕岩とが接していますが、どういう関係で接しているかはわかりません。 この火砕岩は有福温泉一帯にみられる凝灰岩などです。
 頑火輝岩を含む三郡変成岩はどれも大変風化が進んでいるため緑色片岩と緑色岩との区別も明瞭ではないですが、どちらも鏡下でアクチノ閃石が主要な緑色鉱物を占めています。 また、図では頑火輝岩と緑色岩との境界を実線で示していますが、境界のみられる露頭はただ一箇所だけで、しかも大変風化が進んでボロボロになっていて接触関係がさっぱりわかりません。

 はたして頑火輝岩は三郡変成岩とどういう関係の岩石なのか、なぜこんなに岩相に違いがあるのか。 ここの最初の踏査から20年近くも経つけれど、今だに自分なりに結論を出せず今日に至っている次第です。

 広域変成岩に随伴して産する、俗に「菊石」と呼ばれる岩石は、全国を見れば何箇所もあり、似たような地質条件のフィールドも多くあります。
 12年前、父親といっしょに鳥取県にあるクロム・ニッケル鉱床の鉱山跡(広瀬鉱山)に行ってクロム鉄鉱の鉱石を採集したことがありましたが、このおり鉱山跡からそれほど遠くないところで姉金産の頑火輝岩に似た俗に「菊石」と呼ばれるような岩石を見ました。 周辺の詳しい状況は知りませんが、おそらくここも広域変成岩に随伴しているんじゃないかと思います。

 広域変成岩に随伴している輝岩やカンラン岩、蛇紋岩といった超塩基性岩やそれに準ずる岩石に関して大学の先生方が著されている論文はたくさんあるので大変参考になりますが、似た事例のフィールドに関する論文をこの姉金産の頑火輝岩に当てはめて適当に結論にするわけにはいきません。
 露頭状況の悪いフィールドを苦心して踏査しても、安物の偏光顕微鏡でたくさんの薄片を観察しても、わずかな試薬で簡単な分析をしても、、、、とても大学の先生方にかなうわけないですが、しかし、当館のモットーは”野外で実線! 発見学習”です。 完成された知識に頼るのではなく、自分の目と足と手と頭で発見的にこの結論を導出したいです。 

頑火輝岩は、太古の隕石!?

 ← 「stellarium 0.12.4」からスナップショットした今月12日の満月の画像

 当館を開設するずっと以前から、Y大で隕石鉱物などの惑星間物質を研究されていたM先生(江津市跡市町出身)を存じているのですが、日本では異端の科学者として知られている方です。
 M先生は、平成4年12月10日に島根県美保関町の民家に落下した隕石について一番先に分析され、その結果を公表された方です。 また、江津市島の星町にある隕石神社に祀ってある隕石を調べられ、その実態を明らかにされたこともあります。
 M先生は、地球上にみられる何とも説明のつけがたい特異な地質体やその構造などを地質時代の巨大隕石の落下で説明される傾向の強い研究者で、現職のころから地質学者達とそれがもとで大ゲンカをされてこられました。

 たしかに隕石と超塩基性岩とは、その構成鉱物に共通するところが多いです。 日本には産出しませんが、もしかしてダイヤモンドのような超高圧下でできた鉱物などは、太古の昔に炭素質の巨大隕石が地球上に大衝突してできた衝撃変成岩に含まれていた鉱物かも、、、、、という気がしてます。
 左の月面画像は地球の方からのみ見える側ですが、裏側には表側以上に隕石の衝突跡(クレーター)があります。 月も地球もほぼ同時にできた天体なわけですから、長い地球の歴史を通して地球にも月と同様にたくさんの巨大隕石が衝突してきたことは間違いないです。

 決してM先生の影響だとは思われませんが、筆者も最近は地球外物質に関心が向くようになっている。 大宇宙から比較すれば、地球など、さらに日本列島など、さらに島根県など、さらに江津市の片田舎のフィールドなど、まこと”ニアリーイコールゼロ”であります。 存在しないに等しい。
 こんな狭いところにばかりこだわって一生を終わりたくない、自分もアインシュタイン方程式の解法に挑戦して、「宇宙とはこういうものだ」といった宇宙観を自分なりに確立して一生を終わりたい、、、、、自分も加齢のせいか、最近はこういう心境にさいなまれて仕方ないです。


長柱状の霰石の産地を探して18年

 当館を開設してまだ間もないころ、世間でよく知られている大田市松代鉱山産の霰石とは明らかに結晶形態が異なる霰石に初対面する機会があった。 松代鉱山以外にも霰石を多産する地域が県内にあるのか、これは大発見!、、、、と心を踊らせたことがありました。

18年前に多伎町在住の方から寄贈された長柱状の霰石
(産地:不詳 長柱状の結晶が放射状に集合している)
16年前に三瓶自然館から寄贈された長柱状の霰石
(産地:大田市長久町 長柱状の結晶が束状に集合している)
 18年前に多伎町在住の方が来館され、河川の工事中に付近で見つけられたという径が40センチもある白っぽい丸みのある岩塊を持って来られたことがありました。
 岩塊の摩耗された表面にはヘキ開が顕著なガラス光沢の鉱物がたくさん見られたので、おそらく方解石だろうと思って希塩酸を浸してみるとさかんに発泡して溶けたので、当初この岩塊は方解石が主体のものだと思いました。
 しかし、その数日後、あらためてその岩塊の表面を注視してみると、長さが8センチくらいの長柱状で柱の方向にヘキ開の平坦面をみせている鉱物が数本、放射状ぎみに集まっている部分があるのに気づき、この岩塊を割ってみれば放射状の様子がもっとよくわかるだろうと思って大ハンマーで細かく割ってみると、長柱状の結晶同士が放射状に集まっている様子がはっきりと確認できました。
 さらに、へき開の様子も方解石とは異なり、長柱状結晶の柱の方向を直交ないしは斜交して切る方向にはへき開はみられず、この方向の断面は貝殻断口になっていることがわかりました。
 方解石と同じ炭酸塩鉱物で柱状方向にしかへき開が発達していない鉱物は、、、、ということで霰石が候補に上がり、方解石との違いを確認するためにマイゲン反応の有無をみたところ、紫色になることを確認しました。

 さらに自分以外の人からも確認してもらうために、当時一般からの鉱物鑑定の依頼を受け入れている京都の益富地学会館へ試料を送って肉眼鑑定をしてもらったところ、霰石に間違いないとの返答をいただいた。

 この霰石を寄贈してもらった多伎町在住の方(名前は不明)の話では、多伎町内の河川の工事中に付近に転がっていた転石だったそうである。 しかし、その工事現場がどこかは聞き逃してしまい、その後、再びその方は来館されることがなく、具体的な産地が不詳のまま今日に至っています。
 18年前に多伎町在住の方から産地不詳の霰石をもらってからほぼ二年ほどして、三瓶自然館のリニューアルに際して当館から差し上げた布志名層産の化石ブロックのお礼として、大田市長久町の造成地工事中に採集されたという繊維石膏に似た鉱物を頂いたことがありました。
 その数日後、この鉱物が18年前に多伎町の方からもらった霰石と同じ結晶形態の長柱状の霰石と判明し、大変驚くとともに18年前にもらった霰石の産地同定の有力な情報を得ることができました。

 右の写真にあるように、三瓶自然館から二個体の試料をいただきました。 右側の試料を当館に展示し、左側の試料は益富地学会館へ寄贈しました。

 当初、これらの試料の鉱物は繊維石膏だと言われていましたが、爪で引っ掻いても傷跡ができず方解石くらいの硬度があって、希塩酸を浸してみるとさかんに発泡して溶けたので、試料から鉱物結晶の一部を掻き取ってルーペでへき開の様子を観察してみたところ、二年前に多伎町在住の方からもらった霰石と同じように長柱状結晶の柱の方向を切る断面には貝殻断口しか現れてないことがわかり、最後にマイゲン反応で紫色になることを確認して、これも霰石であると断定しました。

 二年ぶりの、こんどはちゃんと産地のわかった長柱状霰石との再会でした。 このたびも、二年前と同じように自分以外の人からも確認してもらうために、京都の益富地学会館へ試料(上の写真の左側の試料)を寄贈品として送って鑑定をしてもらいました。 このたびは肉眼鑑定だけでなく、無料で粉末X線分析までしていただき、分析データが標準値にピッタリ合った理想的な霰石であることもわかりました。
 益富地学会館の研究員の方の話では、長柱状の霰石でこれほど大きなものは日本産では他に例がない、とのことでした。 


16年前ごろの大田市長久町の国道9号線沿いの風景 →


 写真中央に見られる「ジャスコ」というデパートの建物が17年前に建てられたそうですが、それ以前は、ここにはバックにある山と同じくらいの高さの山がありました。 この山を全部崩して平坦にし、ジャスコが建てられたそうです。
 18年前に多伎町在住の方から寄贈してもらった霰石は、どこかの川の護岸工事のときに付近に転がっていた転石を採取されたものだそうですが、ジャスコの建物と手前の畑の間には三瓶川が流れており、今から二十数年前に護岸工事が行われています。 もしかして、多伎町在住の方が言われた護岸工事というには、多伎町内ではなく、この三瓶川流域の護岸工事ではなかったかという気がします。 この川に面した山の斜面を掘削するときに、この霰石が付近の川へ転石となって流出したのではないかと思います。

 周辺の山の地質は、中新世の時代のラミナが顕著な凝灰岩です。 三瓶自然館からいただいた霰石は、このジャスコ造成地の工事中に崖を掘削中に採取されたもので、露頭面に脈状に産していたそうです。 霰石結晶の束状の集合体が、束の方向を脈壁にほぼ垂直にして産していたものだと思います。 貫入脈が冷却されていく過程で霰石のへき開が冷却節理となって剥離したため、繊維石膏に似た繊維状の外観になったと思います。

← 左の文章は、18年前に多伎町在住の方から寄贈してもらった霰石を展示した当初にこれといっしょに使用した解説プレートに記載していたものです。

    ↓短柱状の霰石(産地:大田市松代鉱山)
   
 島根県の霰石といえば、松代鉱山産のものが有名ですが、この霰石は太めの短柱状の霰石結晶および双晶が放射状に集合しているもので、へき開に沿った割れはあまり顕著ではないです。 あきらかに長久町産の霰石とは結晶形態が異なり、結晶の生成条件が相当違っていると思います。

マイゲン反応で方解石と区別
   
 マイゲン反応というのは、硝酸コバルトの水溶液で結晶を煮沸すると特定の色に変色する反応のことで、霰石の場合は紫色になります。 上の左側の写真が煮沸しているところで、右側の写真は 1が煮沸していない霰石、2が煮沸した霰石、3が煮沸した方解石です。 ご覧のとおり方解石は変色しませんが、霰石は紫色に変色します。
 鉱物結晶や人口結晶を対象にした無機化学などの分野でよく用いられる簡易な分析ですが、当館のように高価な機材を使用した機器分析などに全く縁のないとこでは大変重宝しています。


今年で二十周年!


 ← テレビ取材(知っテレビ)のときに、霰石について説明する館長(亡き父 14年前)

 写真右端の標本が16年前に三瓶自然館からいただいたもの、その左上隣りにある7〜8個集まった標本が18年前に多伎町在住の方からいただいたものです。
 三瓶自然館でいただいた霰石は、同じものが三瓶自然館でも松代鉱山産の霰石といっしょに「繊維状霰石」という標本名で展示してあります。
 三瓶自然館に自分が鑑定した鉱物が展示してある、と思うと大変うれしいです。 しかし、父親が生前寄贈して展示してあった益田市産のビカリアの化石が、父親の死後間もなく撤去されてしまったのは大変残念です。 博物館の展示標本としては一級品だと思うので、可能ならばもう一度展示していただきたいです。

 今年の7月が来ると当館は満二十歳になります。 祝! 二十周年、、、、と言いたいですが、自分にとってこの二十年間は、大変つらい思いの連続だったです。 経済的にも精神的にも、まさに禁欲に苦しみ続けた二十年間だったように思います。
 三瓶自然館が、リニューアルする少し前に出した学芸員の採用募集になぜ応募しなかったのかと後悔したこともありましたが、しかし、自分が我が郷土へUターンするはめになった動機を考えると、なにがなんでも己の信念を貫かねば、、、、という気持ちになってしかたなかったです。

  開設以来今日まで、当館は社会教育関係のところにずいぶん奉仕活動を続けてきましたが、しかし、所詮あのような組織は他人に奉仕させるばっかりで、てめえ達は全然奉仕しようということのないところだということがよくわかりました。
 二十年目を節目にして、、、、というわけでは決してありませんが、これからは身内の介護をしながらコツコツと、、、、といった感じで基礎科学(数学や物理、化学など)を中核にした自然館づくりに一生懸命になろうと思います。 つまり、自然館というよりも科学館を目標にやっていきたいです。

自然館二十周年イベント

          ●4月〜5月 特別展「人麻呂終焉の地? 新緑の甘南備寺山を歩こう」(場所:小さな自然館)
          ●5月の連休中 目覚めよ!スマホ狂いの子供達 自作パソコンでゲームをしよう(場所:小さな自然館)
          ●4月〜8月 春から夏にかけての木星・土星・火星をみよう! 惑星観察会(場所:風の国天体観測所)
          ●7月〜8月 二十周年展「野外で実線! 発見学習」(場所:小さな自然館)

 当館で特別展などをやっても、たとえ義理でも見に行ってやろう、という人もいないと思いますが、一応のところ上記のような予定でやってみようと思っています。 現在、館内部の修理をコツコツ手作りでやってます。 春からは館外部の修理も始めます。
 また、ちょっと無理かもしれませんが、4月から5月にかけて「鉱床のできかたを発見的に探求できるフィールド 銅ケ丸観察会」をやってみたいのですが、いろいろ制約があるのでまだ未定です。 今年は石見銀山の世界遺産登録十周年なので、現状の石見銀山ではハンマーを使った観察会がほとんどできないことを懸念して、、、、という意味でぜひやってみたいです。




(H28年12月3日記載)

★三江線で銅ケ丸へいこう!
 先日、江津駅から三江線の汽車に乗って竹駅周辺を散策するイベントが行われ、筆者も銅ケ丸精錬所跡だけですが参加させていただいた。
 左の写真は、このイベントを企画実施されたKさん(松江市在住)から電子メールに添付して送っていただいたものです。

 当館は今日まで銅ケ丸鉱山での自然観察の意義を強調してきたわけですが、決して筆者は鉱山自体に興味があったわけではありません。 むしろ鉱山は自然破壊の最たる根源だと思っています。 このたびのイベントでも銅ケ丸産の磁硫鉄鉱を希塩酸に浸して有毒な硫化水素が発生することなどを演示実験でお見せしたかったのですが、打ち合わせと全然違っていてそれができなかったので大変残念でした。
 筆者が銅ケ丸で強調したいのは、鉱山やその周辺の谷川筋は大変露頭状況がよく岩相の変化の様子をほぼ連続して追跡することができ、鉱床のでき方を発見的・探究的に考察できるからです。

 自分は決してどこかの大学の先生が学会誌などに書かれている内容の知識を切り売り・安売りするようなことはしません。 科学的な知識が導出されてきた過程をわずかでも追体験しながら自然を科学することが当館のやり方です。
 秋は松茸の季節なので、入山することはちょっとできないと思いますが、冬になると積雪がなければ山は大変歩きやすくなります。 納得がいくまで地表踏査を徹底的にやって鉱床のでき方を解明したいものです。


暖湿な空気が
江ノ川の水面付近で冷やされてできた霧 →
(平成28年10月17日午後5時ごろ 桜江町鹿賀付近)

 江ノ川流域で見られるこのような局地気象は、日中に気温が急激に上昇しやすい夏季期間中などによく起こりますが、10月中旬ごろに見たのは自分は始めてです。

 今年は秋になっても真夏のような気温の高い日がけっこう多く、この日も雨が降っている時は一時的に気温が下がっても、雨がやむと途端に気温が急上昇して湿度が高くなったみたいです。

 こういう条件のときに局地風が吹いて暖湿な風が周囲の山斜面を上昇していくと、江ノ川沿いの山々に滑昇霧が発生するわけですが、ほとんど無風のときは暖湿な空気塊が滞留してしまうので、大気の温度勾配の関係で川の水面付近の空気塊は上昇せず滞留し続けます。
 水の比熱は土壌や植生のものに較べて大きいので、水面付近の水の温度は地表面の温度よりも上昇が鈍く、大気の気温は地表面から熱を受けてどんどん上昇し湿度もどんどん上昇していきますが、水の温度はあまり上昇しないので、水面と接している暖湿な空気は冷やされて飽和水蒸気圧を下回り空気に含まれている水蒸気の一部が凝結して霧を生じます。

 このようにして江ノ川の水面に沿って層状の霧が発生する・・・と、自分なりに説明しているのですが、この説明はきわめて定性的であり、実際にこの日の気温、湿度、水面付近の水の温度、風速などを観測したわけではないので、この自分の説明は全然実証性のない科学的なものではないと思います。

 局地気象を発見的に探究的に学んでいくためには、局地的な気象観測が必須だと思います。 霧の中を歩いてハンマーで霧を叩いてルーペで観察して、というわけにはいかないので大変難しいです。


暖湿な空気が
風穴付近で冷やされてできた小規模な霧 →
(平成28年6月20日午後6時ごろ 桜江町八戸 八戸の風穴)


 八戸の風穴については、本HPの「●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫」→「八戸の風穴と崖錐地形」を参照してください。

 右の写真は、同町長谷にある風の国天体観測所へ掃除に行った帰りに通りかかって偶然出くわしたときのもので、きわめて小規模な局地気象と言えるものです。
 この日は日中、雨が降る天気だったのですが、夕方頃には回復し日差しがさし込んできて気温が急上昇しました。
 写真ではうまく撮れてなくてわかりませんが、風穴付近の路上には小規模な霧がモクモクと出ていて、まるで風穴から湯気が湧いて出ているように見えました。
 科学にあまり縁のない人が見たら、風穴の中に温泉が湧いているのではないかと勘違いされるかもしれません。

 先日、出雲市佐田町在住の人で、八雲風穴の調査研究と普及活動をしておられるI氏(技術士)が来館され、風穴のメカニズムに関する興味深い話を聞く機会がありました。
 八雲風穴のメカニズムも桜江町八戸にある風穴のものとほとんど同じであると思いました。 地質条件よりも地形条件や局地気象の条件に風穴の形成が関与しており、同じような条件のある地域に風穴ができやすいことが推測できます。 我が郷土には、これと同じような条件の地域がいくつもあるようなので、風穴を探して我が郷土の冬の山(積雪のないとき)を踏査してみたいものです。


冬は山歩きが歩きやすい! 納得がいくまでやり抜こう!
 千丈渓流域の地質については、本HPの「●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫」→「千丈渓の地質あれこれ」を参照してください。

 当館の設立依頼今日まで、ずっと千丈渓の踏査をやってきているわけですが、今だに納得のいく図面が描けないです。 はっきり言っていい加減にしかできないです。 大縮尺ということもあって、きわめて精度が悪いです。 こんなものを大学の先生に見られたら笑われてしまうと思います。
 長年にわたって千丈渓と格闘してきて、最近気付き始めたのは、花崗岩とこれに接する地質体との間にみられる境界断層に沿って花崗岩のカタクレーサイトが顕著なのは、花崗岩のマグマ溜まり全体が固化した後もそれ自体が造構的な運動を続けて周囲の地質体へ力学的な影響を与えてきたのではないかということです。 岩石の固体が生き物のように運動する、というのはちょっと不思議ですが、しかし、自分の直感からしてこれは絶対にそうだ! という気がしてなりません。
 自分はまだまだ勉強不足で、最近はあまり地質関係の専門書などを読むことが少ないですが、もしかして自分の考えと同じことが専門書や大学の教科書などに書いてあるかもしれないです。 もしそうだとすれば、自分はすでに科学的な知識となっているものを自分単独に導き出した、つまり、発見的学習をしながら科学的な知識が導出されてきた過程を追体験したことになると思います。

 よく当館へ来られた方が、「おたくは研究熱心ですね」と言われることがありますが、自分は決して研究をしているつもりはありません。 自分がやっているのは、郷土の自然を教材にした発見的学習です。 要するにに自分は単なる学習者にすぎません。
 今では1台一億円もするような機材を使った機器分析が当たり前の時代で、自分のように野外を踏査して得たデータだけでまともな研究ができるわけはないです。 大学の先生に笑われてしまうだけです。

 しょせん自分は、一生勉強で終わってしまうだけの人間だと思っています。 当館の活動の軸は、発見的学習の実践にあります。 物理や化学、数学といった基礎科学を中核とする発見的学習の場づくり、科学の芽を育む土壌づくりにあります。


← 「化石でたどる地球の歴史展」(H18年夏 桜江町坂本 M施設)

 父親が生存中元気だったころから同町坂本にあるM施設に展示を続けて来たわけですが、今年いっぱいでやめることにしました。 運営や管理している組織に全然熱意や誠意が感じられなかった、というのが正直のところの感想です。

 やはり博物館の主たる機能・役割は、その博物館での調査研究の成果を展示することとそれに関連した教育普及活動だと思う。 お宝をよそから借りてきて展示し、大勢の観覧者を集めることが博物館の役割だと勘違いしているような感じです。

 たいしてお金がなくてもできる博物館活動は探せばいくらでもある。 大事なのは特色のある博物館的活動をコツコツ積み上げてノウハウを磨いていきながら、真に博物館的な動機で見に来たい観覧者を少しでも増やしていくことであって、義理で見に来る観覧者を当てにしていては博物館として全然進歩できない。

 自分は元来、物理や化学を一生懸命勉強していた男なので、気象・水文・陸水のような水に関する自然現象や天文・宇宙の関係もこれからどんどん扱っていきます。 これからは、当館はM施設のライバルのようなものです。 頑張ってやっていきます。


来年で二十周年!・・・精神的なひもじさに耐えて20年
 来年の7月が来ると当館は満二十歳になります。 これに併せて当館では「個人立の自然館二十周年展 ”野外で実践!発見学習”」を4月吉日から8月吉日までの土・日曜日にやる予定にしてます。
 当館は観光施設ではないつもりです。 また博物館でもなく、言うなれば博物館類似施設です。 当館の活動の軸は、自然を教材にした発見的学習の実践で、野外発見学習館と呼ぶべき施設だと思っています。
 当館は、すでに完成品になっている科学的な知識を人に切売り・安売りするところではなく、科学的な知識が導出されてきた過程を少しでも追体験しながら科学を学ぶ、こういう施設を目指しています。
 これからも経済的なひもじさ、精神的なひもじさに耐えてやっていかなければなりませんが、自分のライフワークとして頑張り抜きたいものです。




目 次
●手と足でつくる博物館 小さな自然館概要

●すべて手作り 展示の概要

●自然科学の追体験 野外発見学習

●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫 只今、作製中です 

●郷土の火山跡を歩こう 参加者募集ー桜江の火山

●鉱山の自然に科学の目を向けよう 参加者募集ー銅ヶ丸鉱山

●手作り天文台 「桜江天体観測所」


インターネットには二つの顔がある、
いくら科学技術が進歩しても人のモラルがついて行かなければ何にもならない

←「猿の惑星」(1968年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像

不時着した未知の惑星が、実は核戦争で荒廃した地球だったことを知り、愕然とするクライマックスの情景


「続・猿の惑星」(1970年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像 →

「全能なる爆弾よ」
最終爆弾を神として崇拝するミュータント化した人類の生き残り達

←暑い夏、踏査中に見つけたクワガタ虫

先日、館へ遊びにやってきた子供達の一人が、「インターネットをやらせてよ」というので、気安く「いいよ」といってやった。 ところが、筆者が館の裏で三時間ほど作業して準備室へもどってみると、その子はまだネットに接続していたのに驚き、何に夢中になっているのかと聞くと、なんとその子はチャットをずっとやっていたのである。
小学校五年生の子供が何時間もインターネットに夢中になっている様子を目撃して、筆者は愕然とする思いであった。

今の社会には、インターネットでのチャットやオンラインゲームなどの仮想世界の中に自分の生きがいを感じる者が多いという。 生きる喜びを仮想世界の中に感じるとは、実に情けないことである。
人というものは、人間同士の心の交流や緑豊かな自然との触れ合いの中に生きる喜びや心の安らぎを感じることができてこそ、人というものであろう。 生きる喜びや安らぎをインターネットの仮想世界の中に感じるようではどうしようもない。

今は家庭でもブロードバンドの常時接続が当り前になってきていて、仮想世界の中にのめり込んでいく子供や大人達がどんどん増えているような気がする。 また、同時に出会い系サイトなどの普及にともなって男女間の愛情が軽薄なものになってきていて、不倫や不道徳な行為が当り前になりつつあるような気もする。
はたしてインターネットは、人類に明るい未来をもたらしてくれるのだろうか。 一体、インターネットとどうつき合っていくべきか、考えさせられる思いである。

筆者としては、インターネットに過度に依存するようなことだけはしたくない。やはり、泥と汗にまみれた活動こそ人間の活動の原点・出発点であると思っている。 また、人と人との心の触れ合いや友情、愛情(愛欲はほどほどに)も大事にしたいものである。



UNIXライク(UNIXに似た)を目指そう!
世界中でマイクロソフトのWindowsやアップルのMacが家庭のすみずみまで浸透している時代にUNIX系OSのLinuxを厚く重んじている当館は、ちょっと変わった存在である。 しかし、オープンソースは、自己の利益を度外視して世界中に平等に貢献できるものであると確信している。
 正直のところ当館は、あまりインターネットを使っていない。 最近ではメールもほとんど使わなくなった。
正直のところ、インターネットというものに嫌気がさしている。 しばらく先端の技術というものから離れて、スタンドアローンでUNIXライクを目指してみようと思う。 難しいCのソースコードが出てきて、パソコンを使うよりも、なかなか読み進められない本をにらみつけている時間の方が多いのではあるが、やたらパソコンパチパチよりも、このような態度の方が情報科学や情報教育の基本として望ましいのではないかとつくづく感じている。

「個人立」は決して当館の造語ではない!
先日も当館へ来館された方が、当館の看板を見られて、「個人立」というのは大変ユニークだと驚いて言われた。
しかし、この「個人立」というのは、決して当館の造語ではないのである。 8年前に日本博物館協会が出版した「博物館研究5月号」の中に「個人立・日本玩具博物館ー22年の歩み」という題の記事が載っていたからである。

この「日本玩具博物館」は、個人が設立し運営しているもので、スタッフは館長、総務、学芸員、学芸員補、受け付けの5名である。

この記事の中で特に印象に残ったのは、「当館を設立した1974年、この姫路地方には兵庫県立博物館も姫路市立美術館も文学館もなかった。 私は失われていく日本の伝統的な玩具や人形を守り伝えていく砦としてこの地にささやかな施設をつくった。 私財を投じ、人生を賭け、世界的にも認められる内容の玩具博物館を築きあげた。」
筆者はこの記事を読んで大変感動する思いであった。 強い信念を持って、何もないところから形あるものを築き上げていった人間の人生を感じた。

この生き方に大変敬服し、当館もこの「個人立」という語を使わせていただくことにしたわけである。


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