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江津市浅利トンネル付近に見られるチャネル充填堆積層
場所:島根県江津市浅利町浅利トンネル付近の採石場

 国道9号線を江津市から大田市方面へ行く途中に浅利トンネルがありますが、このトンネルは昔から雨の降る夜は女の幽霊が出るといわれています。 しかし、こんな話はどうでもよいとして、このトンネルに入る手前の右側に採石場がありますが、この大露頭の頂上部には砂礫のチャネル充填堆積層が分布しています。 チャネルというのは溝という意味で、地表面に形成された溝状の凹地に河川から運搬されてきた土砂が流入してできたものです。 このたび、この露頭を近くで観察しようと気温30度を超える猛暑の中、汗だくだくのゲリラ戦を展開しながらこの露頭へ到達しました。


 赤い矢印で示したところにあるのですが、この地点からは双眼鏡でなければ頂上部付近に分布する砂礫層を確認できません。 この大露頭には北西の走向で高角度の断裂の系が見られ、当初は断層によってこの砂礫層が切られているのではないか、ここには活断層があるのではないかと思っていました。
 頂上部付近へ行くには正面きって大露頭の壁面をよじ登るのは少々不安なので、背後にまわって草深い山の中を通って行くことにしました。
 大露頭下の地面には、長径が15cm位の平餅状の円礫がごろごろしています。 そのほとんどは基盤岩(主に凝灰岩と珪長岩から成る)と同じ珪長岩や凝灰岩ですが、ところどころに三瓶山産か大江高山産かと思われるデイサイトの礫も見られます。
 対ゲリラ戦を想定した特殊工作員の戦闘訓練ではありません。 背後の山から目的の露頭へ行こうと道などない藪の中を枝木を伐採しながら進んでいるところです。 気温30度を超える中、汗を滝のように流しながらの行軍でした。  途中、甘酸っぱい液を出している木に名前の知らない虫やクワガタムシ、蝶などがたくさん群がっていました。
 えらい思いをしてようやく目的の露頭に到達。 しかし、砂礫層と基盤岩とが接する場所は崖っぷちにあり、ロープで宙づりになる以外には間近で見ることはできない。 しかたなしに持ってきた双眼鏡で観察。  眼下には国道9号線とその向こうに塩田の砂浜、そして日本海が一望できる。 日露戦争当時、日本海海戦で敗れたロシア艦隊の兵士の遺体がここにも流れ着いたそうです。
 きわめて規模の小さなチャネルですが、基盤岩が凹状に削剥された窪みに最初に礫がちの砂礫層が堆積し、その上に整合関係で砂がちの砂礫層が堆積しています。  礫がちの砂礫層の層厚は1.5〜2m位で、この中に含まれている礫のほとんどは平餅状の円礫で径がほぼそろっていて、どれも平らな面をほぼ水平にして堆積しています。
 円礫の中には三瓶山に見られるのとほとんど同じ見かけのデイサイトが含まれています。 はたして三瓶山の方から流れてきたのか、それとも大江高山あたりから流れきたのか。
 それにしてもこの付近に川が流れていた当時は、この地点の標高から考えて当時の海岸線はずっと沖合いにあったことになりますが、これはつまり当時が氷河期の時代であったということでしょうか。
 砂礫層が堆積している真下の壁面には断裂が幾筋も見られ、これに沿って風化が著しく進んで粘土状に軟質化しているところも見られます。 おそらく最初、基盤岩の層に断層などの断裂が形成され、その後これに沿って侵食が進んで溝状の凹地ができ、この中に河川の土砂が流入して砂礫を主体としたチャネル充填堆積物の層ができたのではないかと思います。

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