Linuxプラットフォーム 最終更新日:平成20年4月12日 LinuxとTRONを応援しよう!


お詫び

●もうずいぶん前から当館では迷惑メールに大変苦しめられておりましたため、これまで公開しておりましたメールアドレスは、現在、全く受信できないようにしております。 御了承ください。
なお、当館へ御連絡がある場合は、電話でお願い致します。
TEL:0855-93-0795

●昨今のインターネットを用いた検索技術の向上のために個人の情報を他人が容易に入手できるようになった現状を懸念して、当館のホームページではなるべく個人や団体組織の実名を掲載することは控えさせていただいております。 御了承ください。



(H20年4月12日記載)

自然館がゆく
郷土色のある博物館を目指して! 生(ナマ)の自然と正面から向き合う活動を!
これからの当館の行き方を考えると、やはり、「生(ナマ)の自然と正面から向き合い、自然を探求的に発見的に学んでいく活動を通して、郷土色のある博物館施設を目指すとともに、代償を当てにしない学びの意欲としぶとい思考力を育むことの重要性を世間にアピールしていく」ということに尽きると思います。
しかし、このような活動は、大変困難で容易ではないことを十分に承知しておかなければならないと思います。 しかも、父の生前中、「館長でなければ、息子では具合が悪い」という意見を持った人達が町内外に少なからず多からずおられたことを思うと、なお、いっそうの困難を伴うものと思われます。無理をせず、やれるところからコツコツとやっていきたいと思います。

父は、最後まで石見銀山鉱石館の夢を持ち続け、鉱石館の夢を見ながら亡くなりました。 しかし、筆者としては、「人のフンドシで相撲をとる」ようなまねはできません。
やはり、現在あるこの「小さな自然館」を今よりもっと良いものにしてからでないと、「石見銀山鉱石館」のことなどとても考えることはできません。
しかし、もし共同で出資し合い、当館とは全く無関係なものとして石見銀山に鉱石館をつくるのであれば、小さな自然館の反田としてではなく、桜江の変人として筆者も多いに協力したいと思っています。

●先日、大学院のドクターコースで鉱床を研究しておられるY君とともに、銅ヶ丸鉱山へ出かける機会があった。 さすが鉱床学の専門家だけに、筆者としては大変勉強になることが多かった。 あらためて、Y君には、この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。



(H20年3月28日記載)

桜江天体観測所と館長(故人)
上の画像は、3年前に、桜江町谷住郷出身の写真家 龍山悠一氏(東京都在住)に撮影していただいた写真を筆者がデジカメで撮ったものを掲載したものです。

父は、生前、もし自分が死んだら自分の葬儀では龍山氏に撮ってもらった写真をぜひ使ってほしいと言っておりましたので、父の遺言どおり、このたびの父の葬儀ではこの写真を使わせていただきました。
葬儀に参列された方々は、皆さん口を揃えて、実にいい写真だ、素晴らしい、と絶賛されておりました。 この写真を撮っていただいた龍山氏には、この場をお借りして、あらためて厚くお礼を申し上げる次第です。
(なお、画像の上にある銀や金色をした星型のものは、父の遺言に従って、龍山氏の写真に筆者がかってに折紙を星型に切りぬいて貼り付けたものです。)

一年三ヵ月前に父が最初の脳梗塞で倒れてから、桜江天体観測所の案内は、父を補助するために父とともに筆者も観測所の案内役になりました。 そして、父が亡くなった現在、観測所の案内役は筆者一人となりました。
父の生前中、「館長でなければ、息子では具合が悪い」という意見を持った人達が町内外に少なからず多からずおられたことを思うと、正直、非常にやりにくいです。 もっとも、筆者は史上最強最悪の落ちこぼれであり、第一印象の悪い男でありますので、それは無理からぬことだと自覚はしておりますが、まこと、我が郷土は住みにくい、というのが筆者の本音であります。

父は生前、天文の指導には大変熱心でしたが、桜江天体観測所でいっしょに活動してくれる仲間を作ろうとはしませんでした。 筆者としては、同じ志を持つもの同士で共に知恵を出し合って観測所を運営していくことを考えております。
分け隔てなく多くの有志達に集まっていただきたいものであります。

筆者は、学齢児童生徒学生の時代から今日まで、史上最強最悪の落ちこぼれではありましたが、科学的な好奇心と学びに対する執着心は、人一倍強かったと自負してます。 このような姿勢は、現在でも、自分が生涯にわたる専門と決めている分野の学習としてコツコツ続けています。
しかし、最近、やたら年を撮ったなあ~、頭の働きが悪くなったのお~、と痛感することが多いです。 おそらく、この原因は、自分に老眼の兆候が出てきているためではないかと考えていますが、正確なところはよくわかりません。
先日も本を読んでいて、等速円運動する物体に生じる加速度の大きさを表している式がでていても、すぐにはその導出の過程が自分の頭にイメージ的に出てこず、しばらくの間、悶々とした時間を過ごすことになった。 ベクトルの微分を使うのか、それともSIN関数の近似を使えば簡単に済むのか判断できないような状況だった。
また、分析されて得られたFeO+Fe2O3の重量パーセントをFe2O3のものに換算するにはどう計算すればよいのかが、すぐに出てこなかったのには、まことに自分ながらにあきれてしまった。
このようなことは、若いころにはすぐに頭にひらめいたものだったのに、と思うと、まこと自分は年を取って頭が活発に働かなくなっていることを痛感する思いであった。

数学や物理、化学などは、自然科学の基礎学問である。 いかに年を取っても、若いころに苦労して修得した基礎的な知識は忘れたくないものである。 そして、これからもどしどし新しい知識を修得していきたいものである。
人間というものは、年を取っていくと、新しい知識や技術に対する適応性が乏しくなってしまうという特徴があるようである。 代わりに、やたら古くさい習慣やしきたりにこだわるようなところが出てくるようである。
筆者としては、冠婚葬祭などに見られる古くさい慣習に詳しい年寄りになるよりも、コンピュータのプログラムに詳しい年寄りになりたいものだと願う昨今であります。

●ページの下あたりに、桜江天体観測所4月、5月、6月の天文情報を掲載してます。 みなさん、来てください。
筆者は、これまで天文関係はあまり熱心ではなく、大変勉強不足であります。 まことにもって、これからが大変であることを痛感しております。


(H20年3月7日記載)
館長(故人)の名がつけられた星
小惑星(登録番号14535)
"Kazuyukihanda"

夜空を見上げると無数の星が見られますが、その中の一つに父の名がつけられた星があることを知っておられる方は、おそらく専門化筋の方々ぐらいだろうと思います。
小惑星の探索では、その名を世界に知られている安部裕史氏(島根県八束町大根島在住)が、1997年9月1日に発見された登録番号14535の小惑星を氏の御厚意によって2001年になって父の名を使って命名していただき、"Kazuyukihanda"としていただきました。
父と安部氏とは、同じ天文仲間として古くからの付き合いで、十数年前に美保関に隕石が落下した当時、隕石研究の専門家である村山定男先生等とともにいっしょになって民家の中を隕石の破片捜しに大奮闘したこともありました。
父は亡くなってしまいましたが、しかし、これからは天空の星となって、いつまでも我々の心の中に生き続けていくのだろうと思います。 あらためて安部氏には、この場をお借りして厚くお礼を申し上げる次第であります。

2001年6月号の月刊「天文ガイド」の記事 小惑星センター2001年3月1日発行の
「小惑星回報(MPC)」の記事





(H20年2月10日記載)

先日、父の四十九日、満中陰を迎えました。 ようやく当館も普段どおりの状況が戻りつつあるように思います。
昨年12月23日に父が亡くなった当初は、市外や県外にお住いの教え子の方々や天文・地質関係の方々にはほとんど連絡が行かず、正月にはたくさんの年賀状をいただくことになりましたが、正月明けに父のことを知ったという方々からたくさんの励ましのお便りをいただきました。 この場をお借りして厚くお礼を申し上げますとともに、ご連絡が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。

川本町立川本小学校のウサギ小屋にて
(昭和四十年代はじめころ)
父は、教員時代から桜江天体観測所、小さな自然館の時代を通して、一貫して変わることがなかったものが、科学の心を育む教育的活動であったと筆者自身確信をもって言えます。
筆者は子供のころ、日曜日にはよく父について父が勤めていた小学校へ連れていってもらいました。 そこでよく動物小屋の掃除をしたり、理科室で父が実験器具を手作りするのを見たり手伝ったりしたものです。
今思えば、幼少のころのこのような経験や思い出が、大人になった今でも自分の心の中に深く生き続けているように思います。

父は長い教員時代とその後の天体観測所と自然館の時代を通して多くの人達から敬愛され続け、本当に良い一生を送ることができたと思います。
ところが、筆者の場合は、ある公的な採用試験の受験回数が二桁台という史上最強最悪の落ちこぼれでありますので、世間から罵声を浴びせかけられるばかりで、全然良い人生という感じではありませんが、しかし、科学的な好奇心や自然に対する探求心は、父以上に強いと自負しております。
これからの自然館の活動は、とにかく世間の風当たりが強く嫌悪な状況が待っているばかりであろうと予想されますが、戦国の武将「山中鹿之介」のごとく頑張ってやっていきたいと思っております。

父が最後まで持ち続けた夢
父は、今からちょうど一年とちょっと前に最初の脳梗塞を起こし、身体的機能は大丈夫でしたが、認知障害を起こしてしまい、計算がまともにできない、文章がまともに書けない、といった状況や失語症などに陥りました。
しかし、このような状況の中でも、以前から考えていた石見銀山鉱石館の夢をあきらめず、このたびの致命傷になった小脳梗塞が起きた日の前日まで、館でせっせと準備をしておりました。
上の写真は、館の一番奥の部屋にある展示で、父が石見銀山鉱石館の準備のために毎日コツコツやっていた展示です。 近いうちに、これを石見銀山関係者の方々に見せるのだと大変張り切っておりました。
正直申して、ちょっとムチャクチャな感じのする展示というところが目立つのですが、父にとっては、認知障害があるにもかかわらず、父なりに鉱石館建設を目指して一生懸命やったものであり、父の血と汗の結晶ともいうべきものであると思います。
筆者は、父のやったこの展示をしばらくの間、そのままにしておきたいと思います。 館へ来られた観覧者の方々に、父の最後の生きざまを見てもらいたいと思います。

先日、父の法事があった翌日でしたが、このたびの石見銀山の世界遺産登録に貢献された中心的人物で、大森町に大きな会社をやっておられるN氏のところへ出かける機会がありました。
N氏は父のいとこにあたる親戚で、N氏の母親にあたる方が筆者の家から嫁がれた関係で、父も父の弟に当たる方も幼少のころから大森町へはよく遊びにいったものだと、父は生前よく言っておりました。
先日、N氏宅へいったおり、N氏は不在でしたが、奥さんがおられ、そのおり一冊の週間女性雑誌をいただきました。 それには、N氏の会社のサクセスストーリーの記事が載っており、大変興味深く読ませていただきました。
この記事の中には、筆者の祖父のこともチラッと書いてありました。 会社創立のころは、全然商品の注文がなく、それをみかねた筆者の祖父がお情けで商品を注文したことがあったと、父は生前よく筆者に話しておりましたが、まこと当初は大変なご苦労があったようです。 奥さんと数人の従業員の方達と共に力を合わせて、奇抜なアイデアによって次第に会社を大きく成長させていかれたことがよくわかりました。

N氏の会社のサクセスストーリーの記事を読んで改めて痛感したのは、何でも最初からちゃんとしたものなどはない、不断の努力によって幸福というものは獲得されていくものであるということです。 この記事の中に、会社創立当初、いつ潰れるかわからない会社を経営するN氏のところへ岡山から奥さんが嫁がれ、夫婦で大変な苦労をされて少しづつ会社らしいものに育て上げていかれた様子が生々しく書いてありました。
実に素晴らしい、と思いました。 幸福というものは最初からあるというものではない、共に努力して獲得していくものだと改めて痛感しました。 筆者自身、大変勇気を感じることができました。

これからの当館の道はまことイバラの道という気がします。 しかし、最初からちゃんとしたものなどはない、不断の努力によって獲得していかなければどうしようもないことであることを改めて痛感しております。


桜江天体観測所天文情報(平成19年12月29日更新)は、ページの一番下にあります。

H18年11月25日付けの表紙ページ

H18年12月25日付けの表紙ページ

H19年1月1日付けの表紙ページ

H19年1月26日付けの表紙ページ

H19年2月20日付けの表紙ページ

H19年3月28日付けの表紙ページ

H19年5月10日付けの表紙ページ

H19年9月27日付けの表紙ページ

H19年11月17日付けの表紙ページ

H19年12月29日付けの表紙ページ



目 次
小さな自然館概要(H20年4月日更新)
参加者募集
展示の概要
活動の概要
発見塾をつくろう
桜江の火山を歩こう
みんなで銅ヶ丸へ行こう
野外で実験! 銅ヶ丸へ行こう
銅ヶ丸鉱山精錬所の全容写真発見!
松代鉱山産の”あられ石”だ!
●「風の国」の「桜江天体観測所」(只今、変更中)
野外で実践! 発見学習


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「ふるさとドットネット」へ

◎筆者のいとこが作ったHP→「ひでちゃんとその”家族”たち」へ

◎当館のもう一つのHP→「自然館がゆく」へ


インターネットには二つの顔がある、
いくら科学技術が進歩しても人のモラルがついて行かなければ何にもならない

←自然館の庭で岩石の観察をする子供達

先日、館へ遊びにやってきた子供達の一人が、「インターネットをやらせてよ」というので、気安く「いいよ」といってやった。 ところが、筆者が館の裏で三時間ほど作業して準備室へもどってみると、その子はまだネットに接続していたのに驚き、何に夢中になっているのかと聞くと、なんとその子はチャットをずっとやっていたのである。
小学校五年生の子供が何時間もインターネットに夢中になっている様子を目撃して、筆者は愕然とする思いであった。

今の社会には、インターネットでのチャットやオンラインゲームなどの仮想世界の中に自分の生きがいを感じる者が多いという。 生きる喜びを仮想世界の中に感じるとは、実に情けないことである。
人というものは、人間同士の心の交流や緑豊かな自然との触れ合いの中に生きる喜びや心の安らぎを感じることができてこそ、人というものであろう。 生きる喜びや安らぎをインターネットの仮想世界の中に感じるようではどうしようもない。

今は家庭でもブロードバンドの常時接続が当り前になってきていて、仮想世界の中にのめり込んでいく子供や大人達がどんどん増えているような気がする。 また、同時に出会い系サイトなどの普及にともなって男女間の愛情が軽薄なものになってきていて、不倫や不道徳な行為が当り前になりつつあるような気もする。
はたしてインターネットは、人類に明るい未来をもたらしてくれるのだろうか。 一体、インターネットとどうつき合っていくべきか、考えさせられる思いである。
正直申して、筆者としてはインターネットと隔絶したい心境である。 たとえ時代遅れになろうとも基礎基本と過程を大事にして、やはり、真のLinuxerを目指してコツコツ努力していきたい。

結果よりも過程を大事にし、「代償を当てにしない学習意欲」と「しぶとい思考力」を育てる活動が当館の目指しているものである。 インターネットに過度に依存するようなことだけはしたくない。やはり、泥と汗にまみれた活動こそ人間の活動の原点・出発点であると思っている。 また、人と人との心の触れ合いや友情、愛情(愛欲はほどほどに)も大事にしたいものである。






UNIXライク(UNIXに似た)を目指そう!
世界中でマイクロソフトのWindowsやアップルのMacが家庭のすみずみまで浸透している時代にUNIX系OSのLinuxを厚く重んじている当館は、ちょっと変わった存在である。 しかし、オープンソースは、自己の利益を度外視して世界中に平等に貢献できるものであると確信している。
当館のインターネット接続は、相変わらずのダイヤルアップ接続で、完全な時代遅れである。 実際のところ当館は、あまりインターネットを使っていない。 最近ではメールもほとんど使わなくなった。
正直のところ、インターネットというものに嫌気がさしている。 しばらく先端の技術というものから離れて、スタンドアローンでUNIXライクを目指してみようと思う。 難しいCのソースコードが出てきて、パソコンを使うよりも、なかなか読み進められない本をにらみつけている時間の方が多いのではあるが、その方が筆者の気性にあってて、心の充実感さえ感じることができるほどだ。

「個人立」は決して当館の造語ではない!
先日も当館へ来館された方が、当館の看板を見られて、「個人立」というのは大変ユニークだと驚いて言われた。
しかし、この「個人立」というのは、決して当館の造語ではないのである。 8年前に日本博物館協会が出版した「博物館研究5月号」の中に「個人立・日本玩具博物館ー22年の歩み」という題の記事が載っていたからである。

この「日本玩具博物館」は、個人が設立し運営しているもので、スタッフは館長、総務、学芸員、学芸員補、受け付けの5名である。

この記事の中で特に印象に残ったのは、「当館を設立した1974年、この姫路地方には兵庫県立博物館も姫路市立美術館も文学館もなかった。 私は失われていく日本の伝統的な玩具や人形を守り伝えていく砦としてこの地にささやかな施設をつくった。 私財を投じ、人生を賭け、世界的にも認められる内容の玩具博物館を築きあげた。」
筆者はこの記事を読んで大変感動する思いであった。 強い信念を持って、何もないところから形あるものを築き上げていった人間の人生を感じた。

この生き方に大変敬服し、当館もこの「個人立」という語を使わせていただくことにしたわけである。


(H20年3月日記載)
桜江天体観測所の案内…4、5、6月の星空の見どころ

4 月 5 月 6 月
上旬 中旬 下旬 上旬 中旬 下旬 上旬 中旬 下旬
星 座      春     の     星      座     夏 の 星 座 
20日に満月 20日に満月 19日に満月
水 星 明け方の東天低く見える。 観望には適さない。 夕方の西北西天で日ごとに高度を上げ、14日ごろが一番見ごろ。
観望好期
夕方の西北西天で日ごとに高度を下げていく。 観望には、あまり適さない。
金 星 明け方の東北東天で、日ごとにゆっくり高度を下げていく。 観望には適さない。 9日以後、夕方の西天に昇るようになるが、観望には適さない。
火 星 ふたご座を順行中。 17時ごろ南中し、夜半ごろ沈む。 ふたご座からカニ座を順行中。 23時ごろ沈む。 カニ座から獅子座を順行中。 夕方の西天に見える。
木 星 いて座を順行中。 夜半過ぎに東の空に昇り、夜明けに南中。 いて座付近にあって、夜半前に昇り、明け方に南中。
いよいよ観望好期到来。
いて座を逆行中。 夕方昇り、夜半過ぎに南中。
観望絶好期
土 星 しし座を逆行中。 21時ごろ南中し、夜半過ぎに沈む。
観望絶好期
しし座付近にあって、20時ごろ南中し、夜半過ぎに沈む。
観望絶好期
しし座を順行中。 夕方の西天に見え、23時ごろに沈む。
天王星 みずがめ座付近にあって、昇る時刻が遅く、低空で光度も小さいので、 観望には適さない。
海王星 やぎ座付近にあって、光度が小さいので、 観望には適さない。
星雲・星団 オリオン星雲 ← カニ座プレセペ星団空白空白空おとめ座銀河団 →
その他 22日に、こと座流星群が極大 6日に、みずがめ座η流星群が極大 空白



(H19年12月29日記載)
桜江天体観測所の案内…1、2、3月の星空の見どころ

1 月 2 月 3 月
上旬 中旬 下旬 上旬 中旬 下旬 上旬 中旬 下旬
星 座      冬     の     星      座     春 の 星 座 
22日に満月 21日に満月 22日に満月
水 星 夕方の西南西天で急激に高度を上げ、22日に東方最大離角。
観望好期
夕方の西天で高度を下げ、7日以降は、明け方の東南東天に見える。 明け方の東南東天で、日ごとにゆっくりと高度を上げていく。
金 星 明け方の南東天で、日ごとにゆっくり高度を下げていく。
観望好期
明け方の東南東天で、日ごとにゆっくり高度を下げていく。
火 星 おうし座を逆行中。 21時ごろ天頂近くで南中する。
観望好期
おうし座から ふたご座を順行中。
観望好期
木 星 いて座を順行中。 日の出近くで東の空に昇る。 観望には適さない。
土 星 しし座を逆行中。 20時ごろ昇り、3時ごろ南中。
観望絶好期
しし座を逆行中。 21日に満月と並ぶ。 24日以降は一晩中見える。
観望絶好期
しし座を逆行中。 23時ごろ南中して、夜明けに沈む。
観望絶好期
天王星 みずがめ座を順行中。 観望には適さない。
海王星 やぎ座を順行中。 観望には適さない。
星雲・星団 オリオン星雲(オリオン座)
プレアデス星団(おうし座)
その他 空白空白空 空白空白空 黄道光がみごろ


※観察時刻と時間は、日没時より約1.5時間です。
※観察希望の方は、「風の国」TEL0855-92-0001か「小さな自然館」0855-93-0795にお申し込みください。
※入所券は、大人300円、子供150円です。 「風の国」でお求めください。

★お問い合わせ先
★お風の国 TEL0855-92-0001
★お小さな自然館 TEL0855-93-0795



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