カンボジアのシェムリアップに来てから4日めに私はプノンペン行きのボートの
チケットを購入した。Mr.ラウとの別れも名残惜しかったし、遺跡でまだ見ていない
ところもいくつかあって、結構悩んだがどうしても行っておきたいところが
プノンペンにあった。スケジュール的には順調だったので、
もう1日、2日はここに居ても大丈夫だったが、余裕を見ておくことにして
プノンペン行きを決めた。
余裕があったらプノンペン近郊の農村や遺跡でも見に行けばいいし。
ということで宿にチケットを手配してもらい翌日に出発が決定した。
話を聞いてみるとAM5:45に迎えのピックアップトラックが来るとの事。
私は時間通り、宿の前で待っていた。が、迎えが来ない。
不安になった私は宿の人に聞いてみるも何やら反応がない。
何か無視されたような感じがした。異国の地でこの仕打ちは結構こたえた。
AM6:00を過ぎてもまだ来ない。
バイタクを捕まえて自分で行くかどうか悩みだしたころ、一台の車が到着する。
しかし、まだこの車かどうかわからないので不安だった。
向こうも何も言って来ない。自分からチケットを持っていって見せてみた。
すると、「乗れ。」と言ってくれた。ホッとした瞬間であった。
この時AM6:20頃で日本のように時間厳守はここではあまり考えないほうがよい。
何につけても遅れると見たほうが確実だった。
車にはファランばかりが乗っていて寂しかったが、他の場所で拾った人は日本人だった。
すかさず、この車はボート乗り場に行くのかどうか聞いてみた。ちゃんと合っていた。
私は日本人を見かけても自分から話し掛けることはしていなかったがこの時は
自分から話し掛けたし、日本人がいてよかったと思った瞬間だった。
ボート乗り場に着くと観光客でごった返している。
自分の乗るボートはどれだ?
2隻あったボートのうちチケットの写真と同じ形のボートがあった。
チケットを見せてたずねると乗れ!というゼスチャー。
荷物を預け船室へ行って席の確認をする。?自分の席に他人が座っている。
ここは私の席なんですが。と言ったら「そんなものは関係なくみんな適当に座っている。」
と言われた。確かにあちこちでシート争奪紛争が勃発している。
色々な国の人達がいる。世界大戦のような雰囲気だ。急いで私も席を確保した。
何とか席は確保できた。なにせ席を確保できない人は屋根に座らされるのだ。
灼熱の炎天下の中、4〜5時間もの間、鉄の屋根に体育座りの姿勢で耐えねばならない。
人も多くぎゅうぎゅう詰になるので寝転がることも出来ない。
席の確保は絶対事項だった。なぜこうなるのかと言うと思いっきり定員オーバーなのだ。
席の人数と同じくらいの人数が屋根に座らされる。
この国では車でもバイクでも船でも定員という概念などない。乗せられるだけ乗せる。
これがこの国のスタイルだ。沈まないか?
このボート以前沈没したそうで不安になってはいたが。
席を確保し、一息して外の様子をうかがう。
ちょっとした小さな漁港だが通勤通学の大人や子供が多い。
小さな子供までもが船頭さんである。うまく船を操っていた。
ボートはやがて発進しトンレサップ湖に出て行く。
ここの風景は湖ではなく海のように思えるほど広大な湖だ。
周りを見渡すと陸地が見えない。
暫くしてタバコを吸いに船外へでる。
ふと屋根を見るとみんな明るく楽しげに座って吹き付ける風と眺めを楽しんでいる。
屋根は屋根で楽しそうである。
席へ戻り少し眠ることにしたが席も小さく足元も狭いし幅も狭い。
私は比較的体が大きかったのでこれはこれできつい。
だんだん腰や膝が痛くなってきた。とても眠れない。もしかして屋根の方が快適かな?
そう思って屋根の様子を見に行くも既にここも修羅場になっていた。
みんなさっきまでの明るい顔をしていない。ほとんどの人がうなだれている。
みんな腰痛と尻の痛さと灼熱とに苦しんでいるようだった。
それから到着まで私は席と屋根と船外とをうろうろすることになった。
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