カンボジアに来てから思ったことがある。それはこの国の人たちのバイタリティだ。
とにかく良くも悪くもここの人たちは逞しい。
みんな生きるために出来ることを最大限にやっている。
当然悪事をはたらく者もいるがとにかくその日その日を必死に生きているということを
思い知らされる。この国のあちらこちらで見かける物乞い。彼
(彼女)らは
恥ずかしいや情けないなどの感情はないようにも見える。
自分の知られたくない嫌な部分をさらけ出し、それを武器に物乞いをする。
自分の欠損した体の一部を見せたり家庭環境を訴えたり。日本では誰もやらない。
そこまでする必要も無い。なぜなら国が身内がボランティアが助けてくれる。
ここでは誰も助けてくれない。この現状を作った原因となった戦争や内戦は多くの
不幸な人々を生み出した。しかしその道具をも生きる為の道具としている。
観光客に拳銃や機関銃、はては手榴弾やバズーカ砲までも撃たせてお金を稼ぐ。
初めはこんな物まで使ってまだ懲りないのか?と考えていたが彼らには生きる為に
出来ることは何でもやる。それが最優先事項だった。いい悪いは二の次のようだ。
シェムリアップやプノンペンを散策しているとシンナーを吸いながら道端にうつろな目で
座り込む少年や大勢の物乞いを見かける。道に座り込んでいる者、道を這いずりながら
移動する両足や両腕が無い者、炎天下の中赤ん坊を抱えて物乞いをする少女、自分の無い腕やただれた顔を見せて物乞いする者、五体満足ながら物乞いする者。
その光景は日本しか知らない私には地獄のような光景だった。
この国を訪れる前に集めた情報では赤ん坊も物乞いをする為の借り物だったり、
義足もあるのに無いフリをしたり、と色々知恵を使っているとの事だった。
それでもこの光景は地獄のような光景だった。お金は極力あげないようにしていたが
自分が何をどうする事が正しいのかだんだんわからなくなっていった。
シェムリアップで両足の無い道路を這いずる物乞いにカメラを向け写真を撮ろうとするが、
何故かなかなかシャッターを押せない。自分の中で葛藤が交差するのを感じる。
勇気を(勇気といっていいのか疑問だが。)振り絞ってシャッターを押した。
しかし地獄はここだけでは無かった。この後、プノンペンでも再び目撃することになる。
そんな中、意外なことがあった。
ごみ箱をあさっていた子供達の物乞いにお金をせがまれた時、
キャンディを一つずつあげた。非常に不満そうだったがお金はあげなかった。
散策を続けていると再びさっきの子供達と出会った。
またもせがまれ仕方なしにほんの少しのお金(100リエルずつ)をあげる。
またも不満そうだったが子供達は手を振って走っていった。
その様子を見ているとなんとその子たちは私があげたお金とその前にあげたキャンディを
体の不自由な道端に座り込む物乞いにあげていた。ネット上ではこんな情報は無かった。
またも何をどうする事が正しいのかわからなくなった。
プノンペンでMr.リョンにごみ山へ案内して欲しい。と頼んだ。
すると彼は私に質問した。「何故そんな所に行くのか
?観光できる場所は他にもあります。誰もそんな所に行きません。」私は彼に「この国の誰も見ようとしない所を見たい。
本当の現実を見る為に私はここへ来たんだ。だから行く。決してバカにする為じゃない。」
と言った。
彼は私の考えを理解してくれたようで「解りました。案内します。」と言ってくれた。
約束の日彼のタクシーでごみ山に向かう。その途中にキリングフィールドがあるとの事。
彼が「寄りますか?」と聞いてくる。ここのことはガイドブックにも書いてあるし、
ネット上にもたくさん情報があった。もちろん私も見ておきたかったので寄ってもらう。
そこはかつての粛清のなれの果てである。
地面のあちらこちらから今も人骨や衣服、髪の毛などが出ている。
ここと帰りに寄ったトゥールスレーン刑務所は今も粛清のあとが残っていて人間は
これほどまでに残虐になれるのかを見させてくれる。
数えきれない頭蓋骨や人骨、衣服などを見て気分が重くなってしまったがまだ気は
しっかり持っていた。見学を終えごみ山に向かってもらう。
しばらく走ると彼がエアコンを切ってもいいか?と聞いてくる。
どうやら匂いが車内に入るようだ。
当然彼はタクシードライバーであるので車内に生ごみの匂いをさせる訳にはいかない。
OKしてエアコンを切る。
この日はそんなに暑くは無かったがそれでも窓も開けずにいれば異常に暑くなる。
彼には申し訳ない限りだった。大通りを曲がったところでごみ収集車が多くなった。
しばらく走ったところで車が止まる。
Mr.リョンが小さな声で言う。「着きました。ここら一帯がごみ山です。」私はありがとう。
ここで待っててくれ。後は一人で歩いて行ってくる。そう言うとカメラを準備し車外に出た。
その瞬間、鼻を突く異様な匂いが私を包む。一気に気分が悪くなった。
マスクを用意していたのですぐに着用し、ごみ山に向かって歩いていった。
無数のハエが飛び回り、私の腕や顔、体にもたかっている。
しばらく歩くと人だかりがあって、そこへ着くと多くの人が投げ出されたばかりのごみを
あさっていた。すごい数の人だった。しかも大人だけではない。子供も大勢いた。
私が近寄ると人々はこちらを見る。当然笑顔など無い。
ほとんど無表情で一心不乱にごみをあさっている。カメラを向けることが出来ない。
ここのこの光景は紛れも無く地獄だ。私の中で何かが崩れていくのを感じる。
みんな生きるために出来ることをやっている。私はしばらくその場で立ち尽くしていた。
この中には危険なごみも多い。
生ごみだけではなく、動物の腐乱死体やガラスなどの割れ物も多くある。
その中を裸足や素手で作業している者もいる。
私だけがこぎれいな格好をしてカメラをぶら下げている。駄目だ、ここには居れない。
そう思うも帰ろうとはしない。子供が近寄ってきて何か言ってくる。
ソムローイだった。首を横に振る。私は意を決してカメラを構えた。
人々は私になどかまっていられない。誰よりも先に金目の物を拾わねばならない。
少し離れたところにさらに高く積まれたごみがあったのでそちらを見に行ってみた。
そのふもとに家が立ててある。布やトタンなどで作られた家。その中で子供が座っている。
カメラを向け写真をとる。周りにいた子供達が寄って来る。外人が珍しいのだろう。
私は付けていたマスクをはずした。なぜか解らないがそうすべきだと思ったからだ。
ものすごい匂いがするし、ハエが唇にも止まる。
でも子供達と写真を撮ったり話をしてると気にならなくなった。
子供達はどこでもみんな笑顔だった。
何枚か写真を撮り、あたりを散策する。あちこちで自然発火して煙が出ている。
そんな中、一人の少年が袋を背負い、煙の中を上半身裸でごみをあさっている。
私はしばらくその様子を見ていた。
この少年も生きるために出来ることをやっている。危険などは二の次である。
私はあたりを一通り見て周り、写真を撮ってあたりが見渡せるごみ山に上がってみた。
あたりは民家も多い。匂いのせいもあったがそれよりもここの光景は気分を
またも重くしてくれた。だんだん気分が悪くなり、車のところに戻ろうとごみの丘を
降りる途中になんとヘドロにはまってしまった。
その瞬間、足元からさらに強烈な匂いを発した。
ヘドロの表面は薄っすらと固まっていてその上にごみや枯草などが乗っていて
全く気づかなかった。
非常にまずい。足は怪我をしていなかっただろうか?いま怪我をしなかっただろうか?
怪我をしていたら破傷風になる恐れがある。車まで戻り彼にはまってしまったよ。
と笑って言うと彼は真剣な顔をしながら「すぐに洗いましょう。」
といって近くの民家に連れて行ってくれた。そこで水を借りてくれたので洗うことが出来た。
しかも彼も洗うのを手伝ってくれた。
かなりブルーな気分になっていたがMr.リョンが「一旦宿に戻りますか?」と聞いてくる。
とりあえず、足の怪我が心配だったので宿に戻りたかったが、
宿に戻ったらごみ山を見た後の気分では何もする気力が出ないと思い、
「いや、トゥールスレーン刑務所に寄ってくれ。」と言った。
「いいんですか?」と彼も心配してくれる。「ありがとう。大丈夫。」
そう言うと、トゥールスレーン刑務所に向かって車は走り出した。なぜか体調が悪い。
匂いのせいか異国の地のせいかはたまた精神的なものかわからないが
体調はすぐれない。トゥールスレーン刑務所にも片足の無い多くの物乞いがいた。
この刑務所の見学を終えた帰りに彼は昼御飯をご馳走してくれた。
クメールの料理は相変わらず口には合わなかったが彼の気持ちは無駄には出来ない。
一生懸命頑張って食べた。
宿に戻り、シャワーを浴びて足をチェックする。
怪我はないようだ。そして市場へ靴を買いに行く。
サンダルを手に入れこれからの予定を考えるがこの日はすごくヘビーな気分になっていたので何もしたくない。
キリングフィールド、ごみ山、トゥールスレーン刑務所、あまりにもきつすぎた。
本当は他にも行きたい所があったがもう地獄のような光景を見ることに
耐えられなくなっていた。
プノンペンのスラム街が残っていたのだ。駄目だ、今日はもうムリだ。
気分転換が必要だった。しばらく考えたあと一旦プノンペンを離れることにした。
リゾート地のシアヌークビルに向かうことにする。
ドライバーに事情を話すと彼は事情を察してくれて理解してくれた。
さらに彼は「シアヌークビルに知り合いがいます。すごく親切な人です。
その人のゲストハウスに泊まってください。必ずよくしてくれます。」
そして「私から連絡しておきます。」と言ってくれた。彼の好意に甘えることにした。
その後、彼はバスのチケット売り場に連れて行ってくれた。
そこでチケットを購入し宿に送ってもらい一休みしてから出発の準備を済ませ、
早めに休むことにした。
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